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氷魚  作者: 雲音︎︎☁︎︎*.
8/10

8日目「碧く染まった」

【memoryー追憶ー】2章「氷魚」


口下手だがずばぬけて頭がよい“アオイ”

笑顔で過ごすがどこか寂しげな“リョウ”

日々を平和にくらす幸せだった子“ヒオリ”

短気で荒み、いつも1人の“ケンセイ”


平和なふりをしていた。“私達”みんな秘密を抱えて、誰にも話さず平気そうにして生きていた。

世界はこんなにも美しいのに

どうしてこうも私達は歪んでいるのだろう。

ごめんなさい。全部私のせいなの。


------------------‐


美しいものを探す旅は終わり、リョウは死んでアオイだけが生き残った。相も変わらず何も言えない日々で自死を考え続けるアオイは…



〈1部残酷、流血表現等があります。今回動物が死にます。〉


2人の旅のものがたり。

自分を嫌って憎んで許せなかった少女の、ものがたり。


夢を見た。

そこは、どこをみても碧い世界。地面も空も全てが碧一色に染まっているその空間は海の漣の音で飽和していた。

人の姿なんて見えないのに、誰かが私を呼んでいる声が聞こえる。

たくさんの、だれかが。

「「アオイ。」」


「「どうして世界を嫌いになったの?」」


ハッ

私は勢いよく目を覚ます。

鳥の声と、朝日が照らす自室の天井。

「私……寝てた……?」

実に何週間ぶりの眠りだろう。心做しか体調はいつもよりスッキリしている。

でも、今のは…。…夢…?

現実では無いのだと思っても、何者かのあの言葉は私の胸をぞわりとさせた。

「どうして…世界を嫌いになったの、か。」

ボソ、と呟く。

「そんなの、私が聞きたいよ。」


己が醜いのであれば、世界ぐらい美しく見えていたかった。

目に映るものぐらい、綺麗でいてほしかった。

神様。私はもう、美しさを感じることすら許されないのか。

ベットの上で1人うずくまり、目を閉じた。


         ♢


時の流れというのはほんとうに一瞬で、残酷だ。

旅から帰ってきてからは、毎日彼のことを思い出しては泣きそうになっていたというのに、最近は別のことを考えられるようになってきた。

夜眠らないことは変わらないけどね。

私も変わったな…。こんなにすぐに立ち直るなんてこれまでに無かった。前は、どんなに小さな失敗でもショックを受けて、数日引きずるような性格だったのに。

今も、海の遠くをぼんやりと眺めることが出来る程リラックスしている。実は、最近学校が終わっても真っ直ぐ家には帰らず、海が見える所に寄り道している。いつもはこのまま眺めているだけだが、今日はふと海辺へ降り立ってみたくなった。靴を脱いで靴下も脱いで裸足になる。そっと砂浜へ足を沈めると、指の間を通り抜ける砂の感触が心地よくて私は笑みを浮かべた。そしてもう少し海の方へ歩いて砂浜に座り込む。波が寄っては離れ、離れては寄ってを繰り返す過程で時折海水が足元へやってきた。冷たい水が身体に触れた時、

「帰っておいでよ」

と誰かの高い声が耳の中で響いた。

「!誰!?」

そう言ってばっと周りを見渡すがそこに人の姿なんてひとつもない。

「そんな汚い世界なんてほっておいてさ」

「私たちと居よう」

「ここは幸せだよ」

そんな言葉を次々とかけられるという恐ろしい状況だったが、私の頭はひどく冷静で、ある事を理解する。

この声は人ではない。これは…海の声だ。

理由は無いがなぜかそう確信できた。

まるで初めから知っていたかのように、それが当然であるかのように、私はこの声が海の中に住む意思とわかったのだ。

「海水に触れると、声や思考が聞こえる…?」

その推測を裏付けるかの如く、足を海水から離すとピタリと声は止んだ。

そこで嫌に冷静だった脳がふと正気に戻り、私は恐ろしくなった。さっと立ち上がっては砂で足をもつらせながら走って海辺を離れた。

遠くへ行かないと。やっぱり海は危険だ。

誘い込まれてしまう。

自分がどんどんおかしな方へ向かっている。

最近ずっとそんな感覚があった。

海に対して懐かしいと感じるようになったり、今のように声が聞こえたり。

『帰りたい』と、思ったり。

人魚の目的通り、私は本当の『海の神様』にでもなったのだろうか。

数分走っていると、安心出来る本当の家に着いた。母のおかえりの声に小さくただいまと返しながら、2階の自分の部屋へとかけ上がる。

バタンとドアを閉め、私はようやく息をついた。

「帰ってこれた…。」

早まっていた鼓動が段々と静まっていくのが感じられた。それと同時に思考も落ち着き、私の今の状態について考え始める。

…もし本当に、私がかみさまになっているのなら…どうして?いつの間に?

最近の変化でいえば、旅が終わってリョウを……リョウを死なせてしまったことだけど、人魚の反応からするにリョウの死は想定外のものだった。なら条件ではないはずなのに…。

考えを深めていく内に、少し前のケンセイの言葉を思い出す。

そういえば…ケンセイ、この前『目覚めて帰ってきやがった』って言ってた…。『目覚めて』っていうのは神様の事を指していて、ケンセイは何か知っている…?

単なる私の憶測に過ぎないけど、何か知っている可能性はある。元々ケンセイからは普通のひととは少し違う、『異質さ』を感じていた。

次、彼に会ったら何か聞いてみよう。もしかしたら、この力を無くす術を知っているかもしれない。

その時、何となく過ごしていた日々に目的が生まれてきた。自分への罰だと思っていた『生きる』という事に、終わりを見出し始めた。

この力を無くす。

この力が無くなれば、私がかみさまでなくなれば、少しでも私のせいで死んでいったひとたちへの償いになるかもしれない。

そうだ。この力を無くしたら死のう。ずっと、罪悪感と共に生きて、誰かを救うことばかり考えてきた。でも最近ようやく気づけた。私が救えるものなんて無いんだって。

だからもう終わりにするんだ。

進む道が決まると、喉につっかえていた小さな骨が取れるような感覚だった。

うん。頑張ろう。

自身に限界がとっくに訪れていると気づきながらも、私は自らに暗示をかけ続けた。

心のどこかで“誰か”に助けを求めても、ひとたび目を開けばそこにはドス黒く濁った私の手がみえた。私の穢れた手を見る度に罪の意識が強くなっていった。

いつからおかしくなったんだっけ。

私だって一般常識は持ち合わせている。自分の自己肯定感が異様に低いってこと、分かってる。過去のことなんて、普通皆は忘れていくものだって。

でも私には生きている限り罪がまとわりついてくる。いくつもの過ちが重なり、積もってゆく。殺人犯って、こんな気持ちになるのかな。

いっそ、何をしても罪悪感なんて湧かない感情のない人形で有れれば良かったな。

なんて。


「アオイ!ご飯よ!」

目を細めて手のひらを見ていたが、母の声ではっと体を動かす。

帰ってきた時はまだ昇っていた太陽はとっくに姿を消し、短針は7を指している。いつの間にかこんな時間だ。

「うん、今行くー。」

さっきは焦りと不安でお母さんにいつもと違う態度をとってしまった。心配してるかもしれない。何を言って戻ろうか。

いつも通りで、いいか。



         ♢


6年前。

父を喪ってから1年がたった頃だ。

当時の私は未だ己の手で父を溺れさせた感覚が忘れられず、傷は塞がらないままだった。

事件後は母と兄の目を盗んで何度も海に潜り、力を使って父を探していた。だがこの頃はどれだけ探しても居ないことに気づいてしまい、ほとんど諦めていた。

でもこの時沢山テレポートを繰り返し慣れていたおかげで、旅をしていた時違和感なく力を使えたのはあるだろう。

かさぶたになることの無い記憶に苦しみながら幼い私は日々を生きていた。

私はそんな昔のことを思い出す。


(お父さん…)

真夜中、遠くで虫の鳴き声が聞こえる部屋で父の仏壇の前に私は3角座りをしていた。和やかな笑顔をした父の写真をながめる。

もう1年…。

何度家族に真実を言おうと思っただろう。

でも人魚に会った、自分がお父さんを海の底へ流したなんていっても誰も信じやしない。

もし、信じたとしよう。

(みんなで海にもぐって人魚をさがすことになるのかな。)

それはそれで少し楽しそう…なんて一瞬思うけど、ちがうちがうと首を振る。

人魚さんが見つかったら、みんなに悪いモノだと思われて殺されてしまうかもしれない。

あの出来事は、あの時の人魚さんは本当に怖かった。でも彼女が話していたことがずっとひっかかっている。

『彼はまさに災厄そのものだった』

わるい神様がいると言っていた。戦ったと言っていた。きっと、その時に何かひどいことをされたのだろう。

人魚さんはわるいひとじゃない。そう感じていたからこそ、みんなにこの事を言うのをためらった。

自分の手を見つめ、ため息をつく。

悪い事をしたら怒られる。裁かれる。

私はお父さんを殺した悪い人なのに、何もされずふつうに過ごせている。

まるでバケモノじゃないか。

ヒオリについ言ってしまった時「バケモノなんかじゃないよ」ってあの子はいってくれた。ヒオリは何も知らないし、優しいからな。

この1年、落ち込んでいた私を励ましてくれたヒオリを頭に思い浮かべる。太陽みたいに明るい大好きな私の親友。

『お父さんのことでずっと悲しんでたらダメだよ。前向いていかないと!』

ある時、そう言って背中を叩いてくれて私は少し気が楽になったんだ。1度忘れてみようと思った。でもそれを許さないっていうみたいに、

何度もあの日の夢を見た。

今だって、同じ夢を見てしまい眠るに眠れなくて父の写真の前にいる。

「…やっぱり、ダメなんだ。」

顔を膝にうずめて声にならない声で泣く。

私はバケモノ。ゆるされない存在。

グッと堪え、何度も涙をぬぐったけど全然止まらなくて。ようやく眠れたころにはもう太陽がのぼりはじめていた。



そのまま、長い時がたった。あの日から私はずっとこんな感じだ。そして、中学生の時に起きたある出来事をきっかけに更に心の影は濃くなった。

思えば、私が今みたいに半分死んでいるような状態になったのはこの時からかもしれない。人生に対していつも投げやりで、いつか死のうと思うような状態。

中学一年生になって数ヶ月がたった頃のことだ。朝、いつもの様にヒオリと一緒に登校していた。半分ほど歩くと、前を歩く通行人からいつもと違う雰囲気を感じ嫌な予感がした。そしてそれは的中する。

猫が車に轢かれて死んでいた。

いつもは素早く動く体躯はピクリとも動かず、黒く艶がある毛は赤黒くなりどこか湿っていた。

誰もがそれを避けて歩いていた。ある人は憐れむ顔、またある人は表情に嫌悪が現れていた。しかし大抵の人は視線をよこさず何もせず離れて通って行った。

私はそんな重い空気の中猫に向かって歩み、その亡骸に触れた。

「え…やば。」

「汚っ」

「何やってんのあいつ」

そんな声が聞こえるが無視し、私は猫を抱き抱えた


…!


私は目を見開く。

突然手が震えだした。でもここで放り出す訳にはいかない。歩道の信号も点滅し始めた。

私は小走りで横断歩道を渡り切り、その先の道端にそっと猫を寝かせた。

皆口々に好きなように言うけど、汚くなんかない。違うよ。1番穢れてるのは…。


私だ。


猫の亡骸を見た時私は、既に死んでいて皆から避けられている獣に安心感を得た。自分を重ねた。罪悪を抱えた生活も長くなり疲弊していたのだろうか、ひとりじゃないという感覚が欲しくて、穢れた仲間が欲しくて。

同じ仲間ならば触れても良いのかも、と思い抱き上げた。その時私は己の浅はかさに気づいてしまったのだ。

猫は、まだあたたかかった。

心臓こそ動いていなかったが、それでも確かに私の手の中には目が眩むほど輝いている命があった。

のに、私が触れた瞬間輝きを失った気がした。

穢れてなんていなかったいのちを

勝手に仲間とおもって近づいて

堕としてしまった。

私が意味のわからない同情など持たなければ、あのまま輝いて在れたというのに。


その日は今朝のことが忘れられなくて授業中ずっとボーっとしていた。優しいのは分かるけど、感染病などの危険があるから触るのは褒められたことじゃないって先生に少し怒られた。

そんな事があっても、授業でテストに出る大事なポイントの話をしていても、私はずっとあの小さな亡骸の姿が脳に張り付いて消えない。

自分がした事への羞恥や怒りも胸の内にあったが、主に気にしていたのは死についてだ。

あの子は、死して尚輝いていた。

私みたいな人間でも死んだら光になれるのかな。やっぱり、なれないのかな。

(人がどうせいつか死ぬのなら………。)

一瞬、考えちゃいけないことが思い浮かび頭を振る。そしてようやく先生の声に耳を傾けはじめたのだ。


学校が終わり、下校の時にその道を通ると猫の姿はなかった。亡骸があったところには水が流された痕と洗いきれなかった微かな血がただあるだけだった。



         ♢


思い出を振り返るのを1度やめ、私は目を開ける。私が野良猫のクロの面倒を見るのも、轢かれた猫への贖罪故だった。橋の下で衰弱していた子猫がやけにあの猫に似ている気がして、餌を与え世話をし始めた。

クロもあの頃に比べて随分と大きくなったよね。昔は私の両手のひらにのってたのに、今はもう腕で抱えるほどのサイズだ。

今、何をしてるのかなぁ。寝てるかな。

時刻は深夜3時、すっかり家族は寝静まっているのに私は眠気のひとつもやってこない。

窓の外の細い三日月を眺めながらぼんやりクロのことを思う。私が死んだら、クロはどうしよう。今から保護団体とかに連絡しておこうか。本来それが1番正しいんだからそうすべきかな。唯一ヒオリがクロのことを知っているけど、こんなこと彼女に頼めない。

死ぬ…。

最近ふとした隙に現れるその感情は、中学一年生のあの頃まではそう思うこと自体ダメだって思ってたのにな。特に旅が終わってからはこの世に一切の光を感じることが出来なくなった。

うーん、今日はやけに色々思い出してしまう日だ。眠れないとはいえ体をすこし休ませよう、と私は決心し布団で横になろうと動く。その時だった。


トサッ

左側から、何か紙が落ちる音がした。

暗くてよく見えなかったが、窓から入り込んだ月明かりに照らされ、薄らとノートのかたちが見えた。

私はそれに近づき、拾う。目を見開いた。

「これ…リョウの…。」


床に落ちたそのノートは、旅の時にリョウが毎日書いていた日記だった。


『2月 5日 はれ

昨日、僕とアオイは家出を始めた。

あー正確には“美しいものを探す旅”か。

アオイは本当に不思議で魅力的な力で、僕を牢獄から抜け出させてくれた。

きっと、これからは今までと一転して素敵な日々が待っている。日記なんて書いたことないけど、頑張って毎日書いてみよう。』


彼の日記を開き1番に目に飛び込んできたのは、丁寧な字で書かれたこの文章だった。

懐かしさがこみあげ、私は薄らと目に涙を浮べる。

紛れもない。これはリョウの字だ。

どうしてこんな所に…。と近くを見渡す。

棚の上に積まれた物達の中に、1つチャックが空いている大きなカバンがあった。

これは、旅の時に使ったカバン…!思い出して気持ちが落ち込むから、帰ってきてから1度も触らずここに置いたままにしてたんだ。

荷物全部を一纏めにしてこのカバンに入れていたから、リョウの日記もあったのか…。

「…どうしよう。」

いわばこれは遺品だ。だが遺品を渡すべき家族は彼にはいない。能力の事も書いていたみたいだし、私が持っておくでも良いだろう。けど、…。

中身を読んでも、いいのかな。

結局、私はリョウのことをちゃんと知ることができなかった。彼の本当の笑顔や感情…好きなものや興味があるものを漸く知り始めたところで全てが終わった。

彼の輝いた両目が見る世界は、一体どんなものだったんだろう。

「…リョウのこと、もっと知りたい。」

もう彼はこの世に居ないのだから、

聞けなかったこと

知りたかったことを

今、

この手記でわかったら。

リョウとの旅の時間は私が唯一生きたいと思う日々だった。彼のためにという義務感も強かったが、生きてもいいと思えた。

リョウ。あの頃の感覚を蘇らせて、もう一度私の世界に光を灯してくれないか

私は1度深呼吸をし、ゆっくりとノートを開いた。


----------------


【今日アオイは日記を書いていない】

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