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氷魚  作者: 雲音︎︎☁︎︎*.
7/10

7日目「そして泥濘へ帰る」

【memoryー追憶ー】2章「氷魚」


口下手だがずばぬけて頭がよい“アオイ”

笑顔で過ごすがどこか寂しげな“リョウ”

日々を平和にくらす幸せだった子“ヒオリ”

短気で荒み、いつも1人の“ケンセイ”


平和なふりをしていた。“私達”みんな秘密を抱えて、誰にも話さず平気そうにして生きていた。

世界はこんなにも美しいのに

どうしてこうも私達は歪んでいるのだろう。

ごめんなさい。全部私のせいなの。


------------------‐


世界の美しいところを探す旅をしていたアオイとリョウはある日、リョウの父親に見つかった。アオイが殺されそうになったところをリョウが異質な力で父親を殺し、自らも氷となって崩れる。

1人残されたアオイは―。



〈1部残酷、流血表現等があります。〉


2人の旅のものがたり。

自分を嫌って憎んで許せなかった少女の、ものがたり。


チュンチュンという雀の鳴き声が遠くから聞こえて、私は朝が来たのか、とゆっくりと目を開ける。窓から差し込んだ朝日が、暖かく柔らかい布団を照らす。何の変哲もない朝だ。

つい数週間前まで過ごしていた朝とは大分違うが。

私に、日常が戻ってきた。

…戻ってきてしまった、と言うべきだろうか。もう、戻るつもりなんてなかったのに。


どうしてこうなったんだ。



ー数週間前。

彼が凍りついた直後、私の意に反してテレポートが発動した。そして辿り着いてしまったのは人魚の住処である、穴の空いた海だった。…彼女も、いた。

私は感情のままに彼女…人魚に声を上げる。

「どうして、どうしてリョウを助けてくれなかったんだ!!まだどうにか出来たかもしれないのに!!!」

人魚もいつになく神妙な面持ちをして言う。

「あの少年の力は妾の知らぬものだった!何の気配も感じなかったというのに、主が殺されそうになった瞬間、突然力を放出させおったのだ。そんな得体の知れぬものアオイに近づける訳にはいかぬ!」

彼女の声色から本当に分からないことは理解できた。だがそれでも私は許せなかった。

「そんなの関係ない!!リョウはリョウじゃん。不思議な力を持っていても、助けてあげてよ!!!」

「お前の敵になり得たのかもしれぬのだぞ!?」

「!?」

人魚は私の肩を掴み顔を近づける。

「あの力は実に不安定だ。主もみたであろう!?無差別に、周囲のものがせ凍りついていった様を。不安定で強大な力は世界を滅ぼす要因となる。近い将来やつは災厄側になっていたかもしれん!!そうなれば、主は世界を見捨ててヤツの方へゆくのか!?」


「世界とかそういうことじゃないよ…。私の、大事な人だから助けたかったんだ…。」


「…ッ!…もうよい。これ以上の論議は無駄だ。ここから去れ。」

そう言うと人魚は私に背を向けて黙ってしまった。

私もその背中から視線を外し拠点へ戻るように念じる。今度はいつも通り、自然に飛ぶことができた。

リョウとの思い出が散りばめられたこの拠点には、もう私一人しかいない。

もう、彼はいないのだ。私が殺した。

私が無理に海を飛ぶと言わなければ

彼の手を離さなければ

波を呼ぶことが出来たら

そもそも、私が旅に連れていかなければ。

私が生きていなければ、良かった。

そうすれば、彼は生きていた。


そう悟った時一筋の涙が流れ、彼の遺した氷に零れた。そして私は全ての持ち物を手に元の町へ帰って来た。

ここを出た時は2月だった。海に入った時は肌を刺すような冷たさがあった。でも帰ってきた時には海水は心做しか優しい温度になっていた。遠くに燻る桜色と春の香りを感じて私は「もう春か」と思った事を覚えている。

帰ってきてからはそれはもう息をするのも忘れるような忙しい日々だった。

家に帰ると少しやつれた母がいて、私を見て信じられないという顔をした後抱きしめた。少し首が痛くなるぐらい。

叱られるかと思ったけど母は心の底から安堵した様子でまず「心配した。生きてて良かった。」と言った。

私が帰ってきたと聞くと沢山の人がやってきた。学校の先生や近所の人、友達。兄さん。

ヒオリは無事でよかったああ!!と泣きながら大声でそう言った。

みんな私に無事でよかった、生きてて良かったと一通り口にしたあとリョウの事を聞いた。

「リョウは…………。」

と私が言葉を濁すと皆察したような顔をしてそれ以上聞こうとはしなかった。

帰還した日のうちに私が見つかったと警察に連絡したが、少し休ませたいという母の意向により2日後に事情聴取をすることになった。

皆に何があったのか、誰に何をされたのかと聞かれる度にそういえば、誘拐されてるってことになってたんだなと思い出す。

事情聴取では何も覚えていないと言い張った。実際は誘拐犯なんていないのに誰かをでっち上げることなんてできない。あー強いて言うならば私が誘拐犯か?

とりあえず周りにはショックで1部の記憶が失われているという体にしておいた。

特になにも話さずもう帰るつもりだったが警察官のある一言が入る。

「そういえば、先日依本社長…リョウくんのお父さんが不審死していてね。胸に大きな穴を空けて亡くなっていた。また彼の部下も氷漬け…凍死している。彼らについて心当たりとか、何か思い出せることはあるかい?」

…ああ、彼らはやはり死んでしまったのか。この人は私たちを疑っているのか?いや、違うな。皆誘拐犯がいると信じていそうだった。そいつがやったのではとでも考えているのだろう。

リョウも凍りついたが最後はわれてしまったため警察には見つかっておらず、依然行方不明という事になっているようだ。

「ごめんなさい。特に覚えてないです。」

「…そうか。君が1番混乱しているところなのに沢山質問してすまなかった。捜査の協力に感謝します。一刻も早く犯人を見つけることに力を尽くします。それと、リョウくんのことも。」

そう手を握ってくれた警察のひとは真剣な瞳をしていて、その言葉は本心であると感じられた。

「はい。ありがとうございます。」


…事情聴取で起きたことはこれだけだ。

覚えてない、分からないという言葉を何度言ったか数えるのが億劫になるほど口にした。

伝えたことといえば、気づいたら家に帰ってきていたということぐらいだ。

能力のことは言わなかった。こんなの誰も信じないしもう誰も巻き込みたくなかった。私のちからは不幸を呼ぶ。これに関わってしまったら皆に死が訪れる。元々意味のわからない力だったんだ。もう二度と使わないようにしよう。

それから私はカウンセリングに行ったり時折聴取を受けたりしながら、少しずつ学校にも足を運んだ。そして1ヶ月がたち中学3年生に進級するともう普通の生活が戻ってきていた。もう特に何も得られないと思ったのか警察から電話がかかることも無くなりこの事に関しての報道もされなくなった。

皆、私に会っては口々にこう言った。


『アオイちゃんだけでも無事でよかった。』

『生きててよかった。』

『帰って来れて良かった』


『でも』


『リョウくんのことは…残念だったね』


私は生きてちゃダメなのに

何故リョウが死んで私が息をしている。

生きててよかった?

違う。違うんだ。

何も良くないよ。

私が死ねばよかった。

でも彼を助けられなかった私が

彼を殺したも同然な私が


死を懇願することは決して許されない。


罪には罰がいる。


私にとって生が罰ならば


それを重んじて受けなければならない。


思考がおかしな方向へ行き始めたことに気づいて、一旦考えるのをやめて学校に行く準備を始めた。私は中学三年生になった。4月中は母の意向で休み、5月から通学を再開した。

今日も使わなかった目覚まし時計を手に取り、もう鳴らないようアラームを取り消す。

ここ数週間、眠ろうと思って目を瞑っても泥の中に居るようで、全く眠れないのだ。眠気が無いわけではないが眠れないというのをもう1週間程続けている。最近では眠気すら感じなくなってきた。今のところ何故か眠らなくても正常に生活できてはいるが、ずっと夜の闇の中独りというのは中々厳しいものがある。その時間があるだけで一日が異様に長く感じる。まるで、自分だけ一日多く生活しているような気がするのだ。

準備を終わらせると1階におり、軽く朝ごはんを食べ家を出る。朝はあまり沢山食べれない性質(たち)なんだ。


「あ、おはよう!アオイ!」

ガチャ、と扉を開け外に出ると彼女―ヒオリがいた。

「…おはよ。相変わらず元気だね。」

私ははにかみながら挨拶を交わす。

元気元気!と腕を回すヒオリ。

「毎朝家の前で待ってなくていいのに。これから暑くなるよ?」

「なぁに言ってんの!小さい時からこうやって一緒に登校してたじゃん!まあアオイはよく寝坊してたけど。」

「うっさい」

いつも通りの会話。笑い。

ヒオリはずっといつも通りでいてくれた。思えば、お父さんを亡くした時もそうだった。彼女の不変的なところが、触れないでいてくれるところが私は居心地が良かった。

聞きたいことは沢山あるだろうに、何も無かったように、忘れたように話してくれる。彼女といる時は、私は総ての罪から解き放たれ許されている様な気がした。

ふとヒオリを見た時、彼女のカバンがいつもより膨らんでいるように見えた。

「ヒオリ、今日なんか荷物おおくない?」

「あ、これー?実は今日ケンセイにテスト対策プリント渡してやろうと思ってさ。ほら、もうすぐ定期テストじゃん?」

定期テスト、そういえばもうそんな頃か。

2年生最後のテストは出来なかったから、久しぶりだ。

「ヒオリは本当に優しいよね。…私も行こうかな。」

ケンセイにも長らく会っていない。一応、この前会ったけど学校の廊下を歩いているのを見かけた程度だ。殆どあっていないに等しい。一方的な感情かもしれないが、友達なんだ。久しぶりに話しに行こう。

「めっずらしーアオイがそんな事言うの。いつも『屋上は一応立ち入り禁止なんだからな!目瞑ってるけど本当はダメなんだからな!』って言ってるのに。」

と普段と声の調子を変えて言うヒオリ。なにそれ私のモノマネ…?ヒオリには私がそんな感じに見えてるのか…?

「まあいいんだよ。偶には。」

…本音を言うと、最近ルールとかがちょっと信じられないんだ。

この世にはリョウの父親みたいな奴もいる。それを野放しにしている世間がある。

彼を拒む世界が存在する。

それを知ってから、この世界に不信感を抱くようになった。

可笑しなことだ。『美しいものを探しに』旅に出たのに、世界を嫌いになって帰ってきてしまった。

美しいと思っていた空が濁っている気がして、

街の経済を担うビル群が泥の塊にみえて、

目につく人々の顔は生気を失っているように感じた。

その一方で、海だけが異様なほど輝いて見えた。波打ち際を眺めていると、私の中の何かが揺さぶられた。脳がひとつの言葉で支配される。

“帰りたい”

ああそうだ。それは確かに海なのに、私は帰りたいと思った。

流されて

溺れて

沈んでしまいたい。

私はその時ようやく安寧に辿り着ける気がするから。


            ♢


「けーんせっ!来たよ〜。今日はアオイも!」

とヒオリが元気な声で、最後の踊り場から彼に声をかける。

返事は無いが、ヒオリの背中から覗き込むとそこには確かにケンセイがいた。

いつもは決して合うことがない彼の鋭い目に一瞬怯む。あれ?今、睨まれた…?

「ひ、ひさしぶり!」

「……帰ってきてたのか。」

とだけ言えばすぐにふい、と目をそらされた。睨まれたと思ったのは気のせいかな…?

「あ!やば、肝心の対策プリント持ってくるの忘れた!!ごめん教室に取りに行くからちょっと待ってて!」

「え、ちょヒオリ!」

制止の声も届かず彼女はぴゅーーっと直ぐに走り出してあっという間に姿が見えなくなった。

「あいつマジで勉強させる気かよ…。」

ケンセイがそうぼやいた。

彼と2人。賑やかでコミュ強のヒオリがいなくなった瞬間、しーんとした空気が漂っていた。何か話そうかと思うが、そうも出来ない状況にいた。先程からやけにケンセイから見つめられている。

別にコミュニケーションが苦手ではないけどこんなに見られてたら話しにくいよ!?

その時間が10秒ほどたったころ。

「…やっぱり。目覚めて帰ってきやがった。」

と彼がボソリと呟いた。

「え?」

今、なんて…。と聞こうとするがその気配を察したのか彼はふいと目を逸らす。

「なんでもねえよ。」

……

また、沈黙が訪れるが先程と違って見られていないため私は(おもむろ)に話し始めた。

「えと、ケンセイ久しぶり。」

「お前いつもこんなとこ来ねえだろ。アイツ(ヒオリ)が言ってる。」

「えーそんなに変かな。私だってルール破るよ。思春期だし。」

「それに、勉強って聞いたからね。ヒオリが勉強教えるって不安しかないし…。」

ヒオリのテストの点数は正直、ヤバイ。

それは小学校の頃からだったけど、中学生になってからは特に顕著になった。

今年私たちはもう受験をする学年だ。なんとか頑張って欲しいなあ…。

「それはそうだな。何であの頭で人に物教えようとか思ってんだ。アイツの思考回路は俺には理解できない。」

私はずっとヒオリの話をするケンセイの様子に思わず笑みを浮かべてしまい、言う。

「ふは、ケンセイって学校じゃほんとヒオリとしか関わってないんだね。あの子の話しかしない。」

「なっ。…アイツがいつも押しかけてくるだけだ…。」

「いいじゃん、仲良しで。」

彼と友達かどうかが不安になる私と違って、ヒオリとケンセイは文句なしの『友達』と言えるだろう。その関係に羨ましくなった。

「私、またちょこちょこ来ていい?」

「来んな…。ヒオリだけでも五月蝿いのに増えんのかよ。」

「えーいいじゃん、勉強教えるよ?」

「…ヒオリにしてもお前にしても、なんでこんなに俺に構うんだよ。何のメリットもねえだろ。」

面倒くさそうな顔でそう言うケンセイ。

「またその話?最初にいったでしょ、私は貴方と友達になりたい。話したいし、何か困ったことがあれば助けたいよ。友達だもの。」


その瞬間、彼は目を見開き動きをピタッと止める。

「?ケンセ…」

「うるさい。」

怒りを含んだ声で制止される。

「そう簡単に人を助けられると思うな。偽善者。」

…!

「無責任に手を差し伸べるな。“特異”なお前がリョウを巻き込んだから、またこの世はおかしくなったんだよ。」

私が…この世をおかしくした…?

彼の言葉の勢いは止まらない。先程までそっぽを向いていたが顔をこちらに向け、どんどんと近づけてくる。

目と鼻の先に彼の顔がある。

「みんな助けるとかいってさぁ。結局裏切って俺を置いていくんだ。()()()()も……」

そこまで言いかけると、彼はハッとして口を止める。

「え?…アイツら……?」

「チッ、なんでもない。いいか、お前まで俺に関わろうとするな。俺が言いたいのはそれだけだ。」

そう言って彼は階段を足早に降りていく。

少し下の方で、声が聞こえた。

「えっ!?ちょっとケンセイ今プリント持ってきたのに!ケンセーーー!!?」

ヒオリの反応からするに、帰ってしまったのだろう。

私のせいだ。

私が彼を怒らせてしまったから、楽しくなるはずの勉強会が無くなった。

『そう簡単に人を救えると思うな。偽善者。』

その通りだ。

私は誰も救えない。救うだなんて思ってはいけない。思えば思うだけ人を誤った道へ連れていき、殺す。

白い天井を見る視界が滲む。

おかしいな、全然焦点が合わないよ。


         ♢


『いつでも頼ってよ。私はケンセイのお姉ちゃんだからね。』

『彼女』の声が脳に響く。

ああ…これ程時が経ってもまだ、声を覚えていられるのか。ひとの記憶とは脆いもので忘れたいことも忘れたくないことも何十年か経てば忘れられると聞いていたのに、違ったみたいだ。

()()()経っても、彼女たちの声も姿も鮮明に思い出せてしまう。

遥か遠い昔の記憶が身体を蝕む。

『ケンセイ!後のことは◾︎◾︎に任せて、◾︎◾︎の所に行こう。あたしの◾︎◾︎も外が気になるってさ。』

ガンッ

気づけば拳を壁に打ち付けていた。

分かってる。“お前ら”に言われなくても分かってるから。

だからどうか


「もう何も言うな……はやく、死ねよ。」


自分にしか聞こえない程の声量で、俺はそう呟いた。


----------------


今までは、リョウが毎日楽しそうに日記を書くから三日坊主の私も書き続けられていた。でも、彼はもういない。

もう書く理由なんてない。

ノート、半分残っちゃったな。

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