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氷魚  作者: 雲音︎︎☁︎︎*.
5/10

5日目「波に攫われた過去」

【memoryー追憶ー】2章「氷魚」


口下手だがずばぬけて頭がよい“アオイ”

笑顔で過ごすがどこか寂しげな“リョウ”

日々を平和にくらす幸せだった子“ヒオリ”

短気で荒み、いつも1人の“ケンセイ”


平和なふりをしていた。“私達”みんな秘密を抱えて、誰にも話さず平気そうにして生きていた。

世界はこんなにも美しいのに

どうしてこうも私達は歪んでいるのだろう。

ごめんなさい。全部私のせいなの。


------------------‐


美しい景色を探すため、海をテレポートする力をもつアオイと共に旅に出たリョウ。

アオイが己を罪人と言い、異常なまでに蔑む理由が、突如現れた人魚の口から紡がれる。


〈1部残酷、流血表現等があります。〉


2人の旅のものがたり。

自分を嫌って憎んで許せなかった少女の、ものがたり。


碧く美しい海から、それに負けぬような輝きを持つ者が現れる。

憂いを帯びた瞳に白い肌、目が眩むようなその美しい女に足はなく、代わりに魚の尾に似たものがあった。

「久しいなアオイ。いく年か見ないうちに随分と美麗になったものだ。」

一言話すだけでその場の空気を制圧してしまいそうな程の力が、存在感が彼女にはあった。頬に冷汗が流れる。過去の記憶の事もあり、私の体は思うように動かなかった。

それでも私は己の罪と向き合うべく拳を握りしめ彼女に答える。

「……ッ、どうして、あなたが此処に…!!」

あの事件から、あなたと出会った日からもう7年も経つ。それまで1度も会えたことがなかった。強くつよく、何度願っても再開は叶わなかった。なのに…。

リョウは未だ口を開けて呆けていた。それもそうか。空想や御伽噺の存在である人魚が確かにそこにいるのだから。

「どうしても何も、そなたの方から妾のもとへ来てくれたではないか。寧ろ、そなたこそ何故今まで来てくれなかったのだ。いつでも来いといったのに…。」

そう言って少し不満げにフン、と鼻を鳴らす人魚。

私の方から…?

「そなたらが今いるこの海は妾の住処。少し潜ればアオイもよく知るあの空間に繋がっている。妾達の出会いの場だ。忘れたとはいわせぬぞ?」

ヒュッと息を飲む。確かに辺りをよく見ると、ここはあの日の景色と全く同じだった。

少し目を遠くにやるとそこの海には直径3m程の大きな穴が空いていた。そう。海に突然空洞が出来ているのだ。

人魚はこれを“戦いの痕”だと言っていた。

頭を抑える。それを視界にいれてしまうと、否が応でも思い出してしまい頭痛がした。

「あっあの…人魚さん!出会いの場ってどういうことなんですか?アオイの能力と関係があるんですか?アオイは、アオイの体がどうにかなったりはしませんか!?」

とようやく理解が追いついたリョウが彼女を質問攻めにする。しかし、ひとつ思ってもいない問いがあった。

「リョウ!?なんで私の体の心配を!?」

「だ、だって!こんな力本来人間が持つものじゃない。最近アオイのテレポートの様子少し変だし、さっきの連続も、意識してやったわけじゃないでしょ!?」

だから心配だ、と…。そんな事を考えていたのか。私の様子が変なのはとっくにバレてた。

「何度でも言うけど、僕は君が傷つくのが一番いやなんだ。」

私の手を握り、真剣にそう言った。

「リョウ…。」


「妾を放置していちゃつくとは、面白い奴らよの。」

「ついてない!てかどこでそんな言葉覚えてきたの!!!」

「それよりアオイ。ここまで力を見せておいて、此奴に本当に何も話しておらぬのか?」

少し呆れたように言い放つ。

「タイミングがなかったの。うるさいなぁ。」

「ふむ。頬の傷痕は気になるが中々良い貌をしておるではないか。さてはアオイの気に入りだな。お主は大事な奴にほど何も話さない所があるからな。」

と彼女はペチペチとリョウの頬に手を当てる。7年も前に数十分話しただけなのに、なんでそんなよく知った感じに言うのか…。

「そ、それで…アオイは…。」

「そうだな…その質問に答えるにはまず、少し昔の話をせねばならぬ。」

「昔の話?」

とリョウが首を傾げる。彼女が答えようとするが私は自分で話しておきたいんだ、と言って静止した。

「私は、7年前…お父さんが亡くなった日、彼女と出会った。海で彼女と目が合った瞬間、海の中に引きずり込まれ、気づけば此処に来ていたんだ……」


その時凄く驚いたけど、正直怖くはなかった。当時の私は子供特有の有り余る好奇心を持っていたから、人魚というものを実際に見て喜びすら感じた。今でも嫌なくらい鮮明に思い出せる。碧い水底、光の中を優雅に泳ぐ魚たち、そしてどこまでも美しい人間ではない存在が目の前にいた。海とはこの世の神様が沢山住んでいるのかもしれない。そして彼女はそのうちの一人かもしれないと子供心ながら感じた。

眼前にいる人魚は何も言わず暫く私の事をじっと見ていたが、ふと笑みを浮かべると口を開いた。

「ふむ、主が()()()()()()か。

まだちと幼いが、王にふさわしい美貌が期待できる。成長が楽しみよの。」

凛と響く声だが何を言っているのかはさっぱり分からなかった。だから私はそのまま自分が疑問に思ったことを問いた。

「?…あなた…人魚さん、だよね?大きなお魚の尻尾ついてるし…それに絵本で出てきたのとそっくりだよ!ねぇお名前は?」

「む?妾に名は無いぞ。人魚でもお姉さまでも好きに呼ぶが良い。それより主こそ、名は?」

「!私はアオイ。宜しくね。人魚のお姉さん。」

そして、私はあっという間に彼女と親しくなり、この空間についてや人魚について教えてもらった。まるで夢でも見ているような状況に、私は時を忘れて彼女と話していた。

「人魚さんはなんでこんな所にいるの?あ、もしかして大切な人を待ってるの?私、絵本で読んだよ!」

「大切な人…?ふむ、まぁ当たらずとも遠からず、といったところね。そうよ、妾はずっと守護者を待っていた。」

「しゅごしゃ?」

「妾たちを護ってくれる者。この広大で美しい海の神だ。」

「かみさま!すごいね。」

やっぱり海には神様がいるんだ。とワクワクした。

「そうね。…アオイ、あれが見える?」

「あれ…?」

と彼女が指さした方を見ると、そこには空洞があった。海に穴が空いている。

「…!!凄い。なにこれ…!?」

「あれは、我々と神の戦いの痕。」

「たたかい?」

「そうよ。遠い昔、この世界を奪おうとする悪い悪い神様と私達人魚が戦った。」

「わるいかみさまは、海にこんな大きな穴をあけるぐらい強かったんだ。」

「ええ。本当に。今でもあの忌々しい姿が脳裏にこびりついているわ。彼は正に厄災そのものだった。」

彼女はその美しい顔を歪ませ拳を強く握った。

「もう二度とこんな事態にはさせない。いずれまた、奴は復活する。その時のために妾は守護者を育て、見守らなければいけない。」

こんなこと、人間は誰も信じぬがなと呆れ笑う人魚に慌てて私は言った。

「そんなことないよ!私は信じる。人魚のお姉さんはこの世界を守るすごいヒーローなんだって。」

彼女はその言葉に目を見開き驚いたような顔した後、笑い出した。

「ふふ、ははははっ!主はなかなか面白く見込みのあるやつだ。これで妾も一安心できる。この刻は楽しかったぞ。アオイ。」

「お別れ?もう少し居たい。」

私は人魚のひんやりとした手を握るが、首を振られる。

「それはならぬ。ここの時の流れは向こうの世界よりは遅いが、もうタイムリミットなのだ。」

「あ…そうだ。私、海に遊びに来てるんだった…。急にいなくなっちゃったらきっと皆心配する。怒られちゃうかな…。」

と、その時。静寂に包まれていた海中に、波と一緒にアオイの父親が現れた。アオイを必死に探していたのだろう。無事そうなアオイを見つけると、安堵する様子が感じ取れた。

「!お父さん!!」

「ふむ。人間がどうやって此処までたどり着いたのやら。いやはや家族というのは恐ろしい。」

驚いたと言いながらも冷静な顔を崩さない人魚は続けて言う。

「…まぁ、ちょうど良い。贄に使えるだろう。アオイ、妾が今からすることをどうか許してくれ。」

少し声のトーンが変わった彼女を横目に、アオイは父の元へ駆け寄ろうとする…が、人魚が突然アオイの腕を強く掴み身体ごと引かれる。

「!?」

「先刻、妾は言ったであろう?妾は然るべき時のために、『アオイ』には完璧な神(しゅごしゃ)になってもらいたいのだよ。」

「人魚さ…ん…!?」

凛と響く声がアオイの耳もとで囁かれる。

「海の神とは厳かなる者。主が神になれるように妾は主にこれを授けよう。大いなる海の力と、上位者に相応しい無情な心を。」

彼女がそう言った瞬間、私は全く体が動かなくなった。いや、正しくは動いてはいるのだが自分の意思で行動することができなくなったのだ。人魚に体を乗っ取られたと理解するまでにそう時間はかからなかった。

彼女は私を使って波を、渦をおこす。それは父を襲い、彼のおおきな体ですら為す術なく流してしまう。

「やだ、やだよやめて!!お父さん!お父さんが溺れちゃう!!お願い!!」

そう叫ぶが彼女は何も答えない。たとえ、自身の意思ではないとしても自分の手で海水を操っている感覚がしっかりとあり、最愛の父を殺そうとしているというのが分かってしまう。こんな魔法のような力、おかしいだなんて思わなかった。その力は恐ろしい程に私に馴染んでいて、余計に感触が生々しいものとなった。

私の手が右から左へと大きく降ったら最後、父は勢いよく波に飛ばされ見えなくなる。

「いやあああああああ!!!!!!」

あの水圧を受けて体が無事で済む可能性は限りなく低く、更に飛ばされる前、すでに彼は意識を手放していた。なんとか泳いで陸上に戻ることは不可能だろう。

実際、お父さんは帰ってこなかった。

私は、

父親を殺したんだ。


          ♢


「これが、私の罪。今まで、誰にも言わずに黙ってきたんだ。…それもまた罪かな。はは。」

と自嘲気味に笑った。

「ちょ、ちょっと待ってよ!そんなの、別に…別に、アオイは悪くないじゃないか!だって彼女に、人魚さんに操られていたんだろ!?」

「関係ないよ。そもそも私が彼女を追いかけなければ、時間を忘れて話したりしていなければ良かったんだ。それに私がこの手で父を殺めたという事実は変わらない。」

私が首を振ってそう言うと、これまで沈黙を貫いていた人魚が口を挟む。

「なんだアオイ?そのような些事を未だ気にしておるのか?ふむ…。主には冷徹で無情になってもらわねば後々困るのだがな。」

リョウは普段の落ち着きを失い、人魚に啖呵を切る。

「ねぇ人魚さん、どうしてそんな事をするの!?アオイがこれまでどれだけ苦しみながら、罪の意識に潰されそうになりながら生きてきたと思う!?一方的にアオイを神だなんだと言って力を与え、大切な人を奪うなんて勝手がすぎるよ!!」

これ迄は特に何を言われようと冷静な態度を崩さなかった人魚は、徐に雰囲気が変化し、強い口調で告げた。

「口を慎めよ少年。守護者がいなければ、『あの悲劇』の再来で無数の犠牲がでるのだ。世界を守るために、多少の命になど気にしてられぬ!」


「アオイもアオイだ!過去のことを悔やむような甘い考えを未だ持っているのなら、また殺させてやろうか!!この少年を!」

と言って人魚はリョウの手首を掴んだ。

「!!!人魚、そんな事をしたら私は絶対にあなたを許さない!!私の手で自分を殺す。貴方もそれは望まないよね!?」

人魚は眉をひそめ、惜しげに彼の手を離す。そしてこれまでの冷静さを取り戻して語った。

「…妾とて、別に主と関係を悪くしたい訳では無い。すまない、少し頭に血が登った。」

頭を軽く下げ素直に謝った。

「…だが、この世界に限界が来ているのは確かな事実なのだ。災厄は、近づいている。」

「その災厄って…一体どんな神様なの?」

とリョウは恐る恐る聞いた。

確かに、悪い神様とまでしか聞かなかった。一体どんな恐ろしい奴なんだろう。

「…文字通り、災厄よ。彼が目覚めたとき“天が落ち、海は沈み世界に闇が訪れる”」

「つまり、滅びね。もう終わりなの。」

まるでそれが至極当然であるかのように、平然と言われた。遠くで聞こえる波の音が私の耳で反響する。

「今、この地球が残っているのはまさに奇跡よ。守護者が我々を守ってくださった。偉大なる海の力で、天の力で世界を修復した。」

その末裔が、アオイなのだ――と。

「海の…力…。末裔…。」

大分心当たりのある言葉が混ざる。

だけど、

「でも、私のこの力は貴方と出会ってから突然現れたもの。元々のものでもなんでもないから、末裔とかじゃない…。現に、私のお母さんは『普通』でしょう?」

「神の血筋が皆海の力を持っていれば、妾もこんなに気苦労せぬ。長い年月の果て、力の根源を持つ主が生まれた。妾は目覚めの手助けをしただけだ。」

手助け…。7年前のあれは、彼女にとっては能力を目覚めさせるための通過儀礼でしかなかったのか。

「ああそれと…。アオイの体の話だったな。何も問題あるまい。先も言ったが元々主が持つ力だ。神になればひとつも恐れることはないだろう。」

「…神にならなかったら?」

リョウはいつもの彼からは想像もつかない慎重な声で言う。

「さあな?それこそ神のみぞ知る、と。」

「……。」

このまま私が人であれば、どうなるか分からないのか…。

私たちがしばらく何も言わないでいると、彼女は息をついて言った。

「もう聞きたいことは終わったか?妾はそろそろ帰る。邪魔をしたな、主らも早う元の拠点へと戻るが良い。」


「久しぶりに会えて嬉しかったぞ、アオイ。」

去り際、ふと微笑んで彼女は泡となり消えてしまった。突然現れ、颯爽と消える。まるで大波のようなひとだと思った。

その後、彼女の言うとおりすぐに拠点へと戻った。もういつも通りのテレポートだった。

だが着いた瞬間、私はリョウに抱きしめられた。

「アオイは、何も悪くないよ。海の力とか、あのひとの言った災厄とか僕にとっちゃどうでもいい。それより、アオイがアオイのままで生きていて欲しい。笑っていて欲しいんだ。

力のこと、絶対なんとかしよう。一緒に。」

彼の言葉や気持ちは嬉しかったが、私は返事をすることが出来なかった。私には災厄がどうでも良くなかったからだ。それが訪れれば、この美しい世界が終わる。そんなのは嫌だ。

寧ろ、私がそれを止められるのならば、神にでもなんにでもなってやろうと思っている。


(ごめんね)


昼を照らす太陽が、美しい夕日へと移っていく。風が弱く、海の(ささなみ)は聞こえなかった。

小さな懺悔を波に流して私は目を閉じた。


- - - - - - - - - - - - - - - - -


あの日のこと、瞼を閉じれば今でも思い出せる。夢であればと何度願っただろう。

皮肉にもそれは夢のような存在である人魚からもたらされた現実だった。

もし、あの日海に行っていなければ

…いや、それでも私はいつか彼女と出会っていたのだろう。


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