4日目「いつかの罪」
【memoryー追憶ー】2章「氷魚」
口下手だがずばぬけて頭がよい“アオイ”
笑顔で過ごすがどこか寂しげな“リョウ”
日々を平和にくらす幸せだった子“ヒオリ”
短気で荒み、いつも1人の“ケンセイ”
平和なふりをしていた。“私達”みんな秘密を抱えて、誰にも話さず平気そうにして生きていた。
世界はこんなにも美しいのに
どうしてこうも私達は歪んでいるのだろう。
ごめんなさい。全部私のせいなの。
------------------‐
家族から虐待を受けていたリョウを助け出すためアオイは自身の『海と海をテレポートする』能力で旅を始める。平穏な日々が続くがある日、アオイの意識のしないところで別の場に転移してしまうという事が起きる。
『彼をまもりたいなら ずっと私の傍にいて』
〈1部残酷、流血表現等があります。〉
2人の旅のものがたり。
自分を嫌って憎んで許せなかった少女の、ものがたり。
突然のテレポートがおきてから1週間がたった。なんと私たちが旅をはじめてから1ヶ月に差し掛かっていた。誰も国外のこんな小さな島にいるとは思わないのだろう。思っているより長く旅が続けられていた。
私たちは変わらず平和な日々を送れている。
ただ問題があるとしたら、やや寝不足で、少し食事に栄養がたりないことぐらいだろう。ここ最近買い物に全く行っていない。そろそろ何処かで食料を買った方がいいのかもしれない。だけど…
すっかり軽くなってしまったサイフを掴み、ため息をつく。
元々そんなにお小遣いを持っておらずお年玉などは全て貯金していたから、いくら節約しているとはいえ資金は底をついてきていた。
「…かくなるうえは。」
私はひとつの覚悟をきめた。
「リョウ!ちょっと飛ぼう!」
と私は日陰の下で日記を書いていたリョウを呼ぶ。
「んー?えっどこに?今から?」
彼はのんびりとそう聞き返し、ついに2冊目にはいったノートを閉じる。
「あぁ。ちょっと、就職活動。」
♢
道路を歩くのは久しぶりだ。それと、民家を見るのも。この1ヶ月基本2人だけでいたから、人とすれ違うと新鮮な気持ちになるし、手入れされた畑などから人間の生活を感じさせられた。
私たちは今、目先には山、振り返れば海が見えるようなまちにいる。目的は、彼に言った通り「就職活動」だ。
「で、アオイ…就職活動って、どういうこと?何で急に…しかも、僕達まだ中学生なのに。」
その通りだ。別に私も気が狂った訳では無い。意図がある。
「いい?とにかく今、私たちは資金不足。このまま旅を続けるにはもっとお金が必要なんだ。だからこの人が少なそうな田舎の街で、お世話になれるところを探そうと思ってね。」
「お世話にって…。」
「ほら、家出ものの作品でよくあるだろ?訳ありでも匿ってくれる優しい人達の元で働くシーンがさ。それに、リョウも私も背が高い方だし高校、大学って言っても中学生って分かんないよ。」
でも…とリョウは珍しくもごもご言いよどみ続けている。きっと自分があの良家からの家出人とバレないか心配なのだろう。その点は私だって不安だ。大企業の長男が1ヶ月も行方不明となるとニュースのひとつやふたつになっていたって何もおかしくない。ましてや、アイツはリョウを殺そうとしている。彼を探し出して葬るために大々的に捜索願や報道をだしているかもしれない。すると日本のほとんどの人がリョウの顔と名をしっている可能性だって出てくるのだ。
そのこともあり、これまでも彼は正体がバレることを恐れ人前に行こうとしなかった。外で買い物をするにしても私だけが行っていた。当たり前だが、私もこの旅が終わり元の家に返されてもう二度と会えないだなんてことが起きるのは、絶対に嫌だ。
優しい家族をもつ私はともかくリョウは命の保証がないのだ。
本当はこの案はできるだけ使いたくなかった。だけど、これからも旅を続けるならばどうしても食は必要だし、そのためにはお金…つまり労働が必須なのだ。私一人だけ働くのもありだったが、私のある計画を成就させるためには2人で働かないといけないしもう少しは旅を続けないといけない。実は前々から考えていたことではあるんだけど、1週間前の突然のテレポートが起きたことにより、明確に心を決めた。私の計画とは
『この旅が終わって、リョウが一人だけになっても安全に過ごせるようにする』
ということだ。
能力の不安定さに気づき、この旅はずっと続けてられないと私はようやく未来について目を向け始めた。準備を開始した。
人が1人で生きるのは本当に大変だ。しかもずっと狭い箱の中で過ごしてきたリョウは特に自立が難しい。だけど外との関わりを持っていれば、信用できる協力者を作ることができる。私はそんな人を探し、事情を話してリョウを託すつもりだ。何もその人と彼にずっと暮らしてもらうつもりはない。これまで頼ってこなかった保護団体に連絡することを頼むとか。前にも思った事だけど、然るべき機関というのがちゃんとあるのだから頼らないと。
まぁこんな事を考えてはいるが結局どうするかはリョウ次第だ。彼が家なんかに縛られず笑顔で生きてくれていたらそれでいいんだ。私はその手伝いをするにすぎない。彼の幸せを最後まで協力できない、見届けられないのは残念だけど私には完全に助けることが出来ないんだ。
ああ…さっきから何故リョウが一人前提で話しているかって?
…私は、無事にリョウを助けられたらこの世からは去るつもりだ。
私みたいな化け物はこの嫌になるくらい美しい世界で生きてちゃならない。
でも誰かを傷つけるだけ傷つけて世から去るなんてこと許されない。
そんなの逃げだ。
だから数年前から思っていた。
いつか死ぬのならば
誰かのために、あなたのために死のうと。
大切な人を助ける手伝いが出来たら
死ぬことぐらいは赦して貰えないだろうか。
私は自分の思考がかなり深くまで来ていることに気づき我に返る。目の前はいつもとは違う…人気が少ない田舎の景色だ。
相変わらず隣のリョウは私に隠れながら歩いている。てかあなたのその高い身長だと全然隠れられてないんだけどな…。
「あれから1ヶ月も経つんだ。ここは私達が住んでいたところより遠いし、もう誰も私達のことなんて意識してないよ。」
自分への言い聞かせの意味も込めて彼に言う。そうだ。きっと、大丈夫だ。
「うぅ…でもさぁ…。」
「そんなオドオドしてると逆に怪しいよ?ほら私にひっつかないでしっかり歩いて!」
堂々としていた方が隠し事はバレないんだから。こんな風に接していると、友達っていうより弟とかと話しているような感覚がある。まあ私、弟はいないんだけど…。
おっと、そんなやり取りをしていると自転車にのった人が前からやってきた。
私は平然をした顔ですれ違い…
『依本 涼さんと龍治 葵さん2人が誘拐されてから、今日で1ヶ月がたちます。』
そのまま歩いていく、はずだったが私の動きは止まる。それは、自転車の男が聞いていたラジオと思われるものから聞こえた音声だった。その人はこちらの事を気にもとめずそのまま走り去る。どうやらリョウも先程の内容が聞こえていたようで、一気に青ざめた顔をする。
「ゆう…かい…?」
初めに声が出たのは私だった。
今私たちの耳に入ったそれは事実無根な内容だった。
「私たち、別に誘拐なんてされてない。どうしてそんなニュースが…」
「と、父さんだ…絶対、アイツの仕業だ……!!!!!!」
と震える声でそう言ってリョウは突然逃げ出すように走り出した。
「!リョウっ、待って!!」
私は急いで追いかける。こう見えても足の速さには自信があるため見失うことはなかったが彼と海まで走り抜けた。
誘拐という報道が彼の父のせいだというのは私もすぐに分かった。
家出や失踪などというより『誘拐』と言った方が捜査に熱が入る。企業のイメージを損なうことも抑えられるだろう。メディアへの介入は予想していたけどここまでするなんて。
彼が海に入ったところで私はやっと追いつき私はリョウの手首を掴んだ。そこからの動きは自然だった。もはや無意識での行動だった。もう何度も経験した浮遊感と水の冷たさに包まれ、海を飛ぶ。
いつもの離島の海に降り立った途端、彼が勢いよく口を開いた。
「やっぱり僕らにはもう逃げ場なんてないんだ!!どこまでも、世界はどこまでも追ってくる…!」
彼は尋常ではないほど震え、私にしがみつく。その様子は元の海に帰ってきたことにすら気づいていないのではと思うほど。
「大丈夫、大丈夫だから落ち着いてリョウ!もうここは安全だから!!」
リョウの冷えてしまった手を握る。
「何があっても守るから、私がついてる。絶対貴方をあの家に戻らせはしない!」
私の言葉でも彼は冷静にならず、大きく眉を歪ませ私に訴えかけた。
「ちがう。アオイはわかってないよ。アイツは…父さんはどんな手を使ってでも僕を見つけてくる。アオイのことだって躊躇なく殺す。僕は嫌だ、自分があの場に戻るより、君が死ぬ方が断然嫌だ!!!そんな事になるぐらいなら僕は大人しく家に帰る!」
「…ッ!そんなの、私だって嫌だ!!!あなたをあんな腐った野郎のとこに戻すなんて…それこそ命の保証もないだろ!?」
だんだんと言い合いは熱くなり、声量も大きくなっていった。
もし見つかっても、私の能力があれば海の近くならいつでも逃げられる。なのになぜ家に帰るなんて言う!?
「アオイが死ぬよりよっぽどいいよ!!このまま一緒にいて、アイツに見つかったら絶対君が殺される。そんなの嫌だ!」
「いいの、そんなのどうでもいい。あなたは笑って生きなきゃダメ。私は死んでもいいの。いや死ぬべきなんだよ!!!」
そう力声を張り上げたと同時に景色が変わる。いつもの感覚や圧がかからず、テレポートしたことに気づけないほどの自然すぎる転移だった。だが、そんな状況下にあってももう私の口が止まることは出来なかった。
「私はあなたが思っているような人間じゃない!!化け物だ!」
リョウはそんなことない!と瞬時に否定するが私には届かない。また転移する。もう能力は私の意識下になかった。
「ちがう!!!!!ねえ聞いて、リョウ。私は…!!」
シュンッ、シュンッと次々に景色が変わっていく。
「私は!この手で自分の父親を殺したんだ!!!」
♢
「殺した…?アオイが…?」
理解できない、想像できないという風に私の言葉をただ反響させるリョウ。
「どういうこと…?お父さん、海難事故だったんだよね?」
そんな問いが帰ってきて、私は今自分が彼に『罪』について話してしまったことに気づく。言うつもりはなかったけど、ここまで言って誤魔化すことは出来ない。それに、良い人ぶったまま、これを隠したまま死ぬだなんて良くないだろう。私は一呼吸ついてから漸く口を開く。
「今から、全部話す。私は…。」
「私はあの日、人魚にであったんだ。」
その言葉を口にした瞬間、私たちの背後の水が浮き上がり、パシャァンと何かが出てきた。激しい水飛沫の後、そこにいたのは…彼女だった。
リョウが私への言葉か、はたまた今目の前にいるものを指してかこう言う。
「人…魚??」
彼女―下半身が鱗に覆われた美しい白髪の人魚は碧い瞳で私たちをみすえる。
「久しいな。アオイ。」
----------------
これは遠い昔のできこと。
深い海の中で私とあなたは出会った。
出会ってしまったんだ。