3日目「助けたいなら」
【memoryー追憶ー】2章「氷魚」
口下手だがずばぬけて頭がよい“アオイ”
笑顔で過ごすがどこか寂しげな“リョウ”
日々を平和にくらす幸せだった子“ヒオリ”
短気で荒み、いつも1人の“ケンセイ”
平和なふりをしていた。“私達”みんな秘密を抱えて、誰にも話さず平気そうにして生きていた。
世界はこんなにも美しいのに
どうしてこうも私達は歪んでいるのだろう。
ごめんなさい。全部私のせいなの。
------------------‐
ある日の夕方、アオイは傷だらけのリョウを見つける。彼は「こんな世界で生きられない。」と死を望んだ。
しかしアオイが説得し、彼女が持つ海と海をテレポートできる能力を使って世界の美しさを探す旅を始める。
2人でみたオーロラは、寒さが厳しくても本当に綺麗だった。
〈1部残酷、流血表現等があります。
自.殺を推奨するような意図は全くもってありません。〉
2人の旅のものがたり。
自分を嫌って憎んで許せなかった少女の、ものがたり。
3日目「助けたいなら」
北欧でオーロラを十分に堪能した後、暖かい無人島に戻り私たちはすっかり慣れてしまった野性的な寝床で眠っていた。隣からは静かな寝息が聞こえるけれど、私は先程のオーロラが頭から離れず中々寝付けないでいた。
綺麗だったなぁ…。やっぱりリョウが選ぶとこは環境は過酷だけどセンスいいね。いや、過酷な環境だからこそあの景色が生まれるのかな。自然現象ってのは不思議だ。
…それにしても、ここの所リョウがずっと楽しそうで良かった。何をしても新鮮で嬉しいのか、表情が生き生きとしている。今から思えば、旅に出る前のリョウの笑顔には寂しさが滲んでいた。無理してなんともない様に装っていたんだなと今更だけど分かった。
彼の事を知ってるふりして何も気づいてあげられなかった自分に腹が立つと同時に、彼から聞いた真実を思い出しては眉をひそめた。
暴力を受け蔑まれる毎日。
強いられる行動、制限される生活。
人の扱いは受けられない。
そう。リョウの家庭環境は劣悪だったんだ。
♢
ー2週間前。
「…父さんが、皆が僕を拒むんだ。」
そう言って彼は、ぽつりぽつりと少しずつ自分自身のことを話し始めた。
リョウは古くからある大手企業の家の長男で、唯一の跡継ぎだった。跡継ぎやら長男やらと時代遅れを感じなくもないが、長い歴史をもつ家ならば古臭い考えにもなるのかもしれない。
両親…特に父はリョウに家業をしっかり受け継いでもらうため、彼に多くのことを強制し教育した。食事や生活などほとんど全てを管理されていたのだ。それは、人によれば贅沢だと思うものかもしれない。お金や毎日のご飯に困ることなんてなく、将来に悩むこともない。ただこの暮らしには、彼には一切の自由がなかった。自由時間など無いに等しく、常に勉強と習い事だった。しかも、言いつけを守らなければリョウに暴力をふるった。実は、頬の火傷痕もその名残らしい。
母さんに熱しられた鍋で殴られた、あの時はさすがに死ぬかと思ったよ、と決して笑い話ではないのに苦笑しながら彼は言った。
話が進むにつれて彼の両親への怒りがどんどん湧いてきた。
「実の親でありながら、そんな、力で押さえつけて縛って決めるなんて許せないよ…!リョウの人生はリョウのものなのに。」
ギリと奥歯を噛み締め拳を握る。元々痛々しかった彼の火傷痕が余計辛く見えた。
そんな様子の私を見兼ねてかリョウが寂しげな顔で言う。
「…あんまり気にしないで。世界にはそういう、どうしようも無い人が案外沢山いるんだ。」
私は何も言えないでいたが、彼は次第に話をすすめた。
「それで…ちょっと、これは初めて言うんだけど実は僕…弟がいてね。」
「お、弟!??一人っ子って言ってたよね?」
少し慌てたようにリョウは言う。
「あぁ、弟といっても義理の、ね。あまりにも僕が役立たずだから父さん母さんも諦めて養子をとったのが…去年。」
その義弟はそれは素晴らしい頭脳と心持ちだったそうで、両親も満足した。しかし彼が来たことによって、リョウの扱いはさらに酷くなる。家の調和を乱さないために生活の徹底管理は行うが、それは他の者にさせ直接はあまり関わろうとしなかった。食事すら与えてもらえない事もあり、両親からリョウになにかするのは暴力を振るう時だけだった。
だけど、義弟だけは優しかったようでリョウの事を心配し沢山接してくれた。
「でも…きのう。」
リョウは次第に声が震え、顔色が悪くなっていく。私は嫌な予感がした。
「弟が、死んだ。」
「…!!?」
死んだ…?
「交通事故。ほら、最近雪も降ったし寒かったから…。車がスリップして丁度弟のいるところにつっこんできたんだ。僕の目の前で起きた出来事だった。救急車も呼んだし、何時間も手術室で治療をうけた。…けど、駄目だった。」
腐った家での唯一の理解者が不運で、しかもリョウの目の前で死ぬだなんてそんなの…。
「酷すぎるよ…。」
あまりにも不幸が重なっていた。そんな事が起きたのなら世界を疑ってもおかしくない。
「…お前が死ねばよかったのに、って父さんに言われた。」
「!」
徐々にリョウの瞳が潤んでいく。ぽた、と涙がこぼれおちた。
「その後、殺されかけたんだ。刃を向けられた。本能的にかな、死ぬのが怖くて咄嗟に父の手を振り払って逃げてきた。」
「こ、殺されかけた!?仮にも実親だというのに!!?」
私は思わず声が裏返った。人を殺すというのは基本的に精神的にも肉体的にも消耗がある。なのにそう軽々としようとするだなんて…本当に狂ってる。
「うん。あの人にとって僕はそれぐらい、どうでもいい存在だったみたい。」
もう諦めたかのように苦笑する。
「それに、表では有名企業の依本だけど本当は色々悪いことやってるし、腐った面があるんだ。だからそういうのに慣れてた所もあるんじゃない?」
「え!?そ、そうだったんだ...。」
CMでも見るようなところなのにそんな裏の顔があったんだ...。でも確かに、自分の子を追い詰め殺そうとまでしてくる奴が会長の会社なんてまともな訳がないか。
リョウがふと遠くの方をみる。
「つい逃げてここまで来ちゃったけど、時間が経って今。生まれて初めて父の言葉が理解出来てる気がする。確かに将来有望で心優しい弟が死ぬより、何の役にも立たない僕が死んだ方がよかった。」
「だから僕はー」
ここまでがリョウの真実だ。
そして私は彼を海に連れ、能力を使いこの旅が始まった。
聞いた直後は勿論、今でも彼の両親に対する怒りは収まらない。今すぐ警察に突き出したいが、物証がなく私たちはまだ子供で相手は大企業だ。準備がいる。
それに、まずはリョウを安心させたかった。私のような味方がいると知って欲しかった。
いや、そんな綺麗な理由じゃないかも。ただ私が愛する、美しい世界を嫌いになって欲しくなかっただけで、私がたまたま現状から逃げたかっただけ。所詮この旅は私の自己満足で現実逃避。リョウは巻き込まれたんだ。
自分に言い聞かせるように、私は脳で諌める。楽しそうに見えるからと言って救えたと思うな。本当の意味で助けるのは私の力ではできない。もっと良い人と機関がいる。
分かっているのに。
♢
その後私はいつのまにか眠りについていた。しかし、やけに強い風と肌寒さを覚え、目が覚めてしまった。
「ん……?……!?」
私は驚いてガバッと勢いよく起き上がる。
地面はサラサラとした砂から柔らかい緑の草花に変わり、ヤシの木や海浜植物もまったくなくただ連なった山々だけが視界に入った。そしてその山を包む壮大な雲海と朝日。
美しいと思う前にまず焦りを感じた。
「嘘でしょ…!?能力は使ってないし、海にも入ってないのに…!」
見たところ周りに水辺もなかった。いくら雲“海”といっても、これまで水のないところで転移なんて1度もできたことがなかった。
!そういえば、リョウは…。
「んん…?アオイどうしたの………え!?何ここ!?さ、寒い!」
私のすぐ側で眠っていたが目を覚まし、同様景色の変わりように驚いていた。
「リョウ。私も何故こんな所にいるのかが分からない。寝てる内に飛んでたみたいで。」
雲海が見える…ということは、標高の高いところだけど、一体ここが日本なのか他の地域なのかもわからない。とにかく寒い。そもそも元のところに戻れるのか?突然テレポートされたのにここから戻れないとかそんなの最悪すぎる...。暖かい格好をしている訳でもないし、このままだと2人とも凍死してしまう。思考をめぐらせ、状況を打破しようとするがリョウの声で私の頭は止まる。
「確かになんでか分からないけど...とりあえずすっごい綺麗!雲海、とか初めて見たよ!!」
彼の無邪気な笑顔で緊張と焦りは緩む。
私は目の前の景色を改めて見た。
朝日が山から顔を出し、それに染められた緋色の雲海が緑の山を覆っている。
ため息がでるほど眩しく、美しい。
あぁ私、馬鹿だ。一瞬とも言えるこの風景を見逃そうとするなんて。
「リョウは凄いな。」
口をついでそんな言葉が出た。
「私は、周りを見れない。自分のことばっかりで嫌になる。リョウみたいに、偶然も愛せない。」
「そんなことないよ!」
私が何気なく言った言葉だったがリョウは思ったより食いついてきた。
「アオイは誰よりも周りのことをみてるし、誰かを気にしてる。逆に、もっと自分を大切に自由にして欲しいぐらいだよ。」
…自分を大切に……
「違う、私は……」
そう言う途中で、私の耳がある音を拾った。
「 〜♪♪〜〜〜♪〜 」
バッと雲海の方を見る。
「アオイ…これ…。」
「リョウも聞こえてるなら、…空耳じゃなさそうだなぁ…。」
私は雲海のとある所に指を指す。
「雲海から…歌声が、聞こえる。」
「も、もしかしたら、この雲海の下の山で誰かが歌ってるのかもよ?」
ちょっと怖いのかリョウの声が震えてる。そういえば心霊系苦手って前に言ってたな...。
「そうだとしても、こんなところまで聞こえてくるのは変だ。」
私には何故か、これは人が歌っているというより雲が歌っているような…
『手を離しちゃだめだよ』
「「!?」」
突然声が聞こえ、バッと辺りを見渡したがどこにも人はいない。
「あ、アオイ…?」
突然キョロキョロとし始めた私をみてリョウははてなマークを浮かべ聞いてくる。この声は私にしか聞こえていないのか…?
「何か、誰かの声が聞こえた。私だけなのかな?」
彼はええ!?と驚き必死に耳をすませる。
『彼を守りたいなら』
『ずっとわたしの傍にいて』
男とも女ともとれないその声は端的に言葉を発する。もしかすれば人間ですらないかもしれない。私は応える。
「貴方は誰!!?傍にいて…ってどういうこと?そもそも貴方は何処にいるの!?」
…
返事はかえってこず、そのまま辺りは静かになった。瞬間、目の前の景色が瞬きをする僅かな間のうちに変わった。
「「!!?」」
元の、生活をしていた島に戻ってきていた。
「えっわっ…あ、戻ったのかぁ…。」
リョウも一緒に帰って来れていた。とりあえず戻れたことには安堵したが、疑問は解消されないままだった。
「今のは一体…。」
突然のテレポート
雲海からの歌、声。
“彼”を守りたいならという言葉。
心が不安になる。何か、良くないことが起こるような、そんな感覚に陥る。
この感じ…あの時の…。
「アオイ?」
彼が私を少し心配そうに覗き込んでいた。
「な、なんでもない。…帰れてよかった。」
「ねーほんとに。…なんでアオイの知らない内にテレポートしてたんだろうね。さっきの歌?は聞こえたんだけど、声はやっぱり聞こえなかった。なんて言ってたの?」
「……『わたしの傍にいて』だって。よく分からない。何処にいるかも分からないのに…。もうこんなこと無いといいけど。」
お互い少しうーんと考えるが結論はつかない。謎だらけだけどなんか楽しかったし綺麗だったね、とリョウが言ってこの話は一旦終わった。
実は、私はこの突然転移にひとつ勘づいていることがあった。昔から思っていたことで、最近能力使うのを控えていた理由でもある。
もしかしたら、この能力は使いすぎるとなにか代償があるのかもしれない、と私は懸念している。だって明らかに普通のものではない。常軌を逸しているのだ。
暴走が、始まるのか。
----------------
能力の不安要素も
この旅の意味のなさも
全て分かりながら、
今が続くことを望む私を
誰か止めてくれないか。
息の根ごとでもいいから。