2日目「遠海へ」
【memoryー追憶ー】2章「氷魚」
口下手だがずばぬけて頭がよい“アオイ”
笑顔で過ごすがどこか寂しげな“リョウ”
日々を平和にくらす幸せだった子“ヒオリ”
短気で荒み、いつも1人の“ケンセイ”
平和なふりをしていた。“私達”みんな秘密を抱えて、誰にも話さず平気そうにして生きていた。
世界はこんなにも美しいのに
どうしてこうも私達は歪んでいるのだろう。
ごめんなさい。全部私のせいなの。
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ある夕刻のこと、家に帰る途中でアオイは傷だらけの同級生、リョウを見つけた。彼から耳を疑う出来事を聞かされ、アオイはリョウを連れて海に潜る。次に浮き上がった時、そこは先程とは違う景色が広がっていた。
〈1部残酷、流血表現等があります。〉
2人の旅のものがたり。
自分を嫌って憎んで許せなかった少女の、ものがたり。
2日目「遠海へ」
私たちはとりあえず海から出て、砂浜に座った。その孤島は、人の気配など感じられず、ただただ静寂が流れていた。
「…で、アオイ。どういうことなの?ここはどこ?僕達帰れるの?そもそもなんで…」
「あーあーいっぺんに聞かれても私器用じゃないから答えられない!一つ一つ説明するよ。」
興味津々、といったリョウの視線が刺さる刺さる。私はくしゃ、と頭を一かきして話し始めた。
「私は…7歳の時から、この…所謂「テレポート」ができるようになった。テレポートっていっても海から海へしか飛べないんだけどね。」
「それだけでも十分凄いよ…!アオイにそんな力があっただなんて…!」
先程の暗い顔から打って変わり、キラキラと子供のように目を輝かせる彼を見て私はなんだかほっとした。
「ま、まぁね…!一時期はとにかく実験だ、と文字通り海に入り浸ったよ。最近は…あんまりしてなかったけど。」
懐かしいな…といくつか記憶が蘇る。
肌が潮臭くなるまで、ふやけるまで毎日自分の力をためしていた。
「…あ、でも誰にも言っちゃダメだから。…ほら、色々説明するのも注目されるのも面倒だろ?言ったのはリョウが初めてなんだ。…ふたりの秘密ね。」
「うん。わかった!秘密にする。」
お互いシー、と指をたてる。
なんだか幼い頃に戻ったようで楽しくなり、私は微笑んだ。
「それと、ここの場所なんだけど…正直、詳しくここってのは断定できない。けど南半球…で大西洋とかにある島だと思う。」
「え、なんで?」
私は青く澄み渡った空を指さす。
「日本は冬…2月だったけど、ここ暖かいし多分夏ごろ。だから季節の違う南半球。それに時間も朝か…もしくは昼頃だ。だったら時差的にアフリカとかの辺りかな、と。」
「はぁ〜なるほどね。」
ここに着いた時から薄々気づいていたが、大分遠いところまで来てしまったようだ。
「…あと…リョウ。これからについてなんだけど…。あ、これはひとつの提案ね?断ってもいいから。」
こんな事言うの、今更かなと自嘲するがさざ波がそんな思いを流す。
「旅、しようよ。私のこの海を飛ぶ能力をつかってさ。」
彼の黒々とした瞳が開かれる。
「旅…?」
「そ。美しい世界を見つける旅。リョウはあんな家に帰れないだろ?私も、帰るべきじゃないんだ。」
脳内に、今朝おはようを交わした母と兄を浮かべる。
「えっ、アオイの家族はすっごい素敵な人達だと思ってた…。あれ、でも帰るべきじゃない…?」
「あ…別に家庭環境が悪いわけじゃない。お母さんも兄さんも本当に優しい人。こんな事リョウからしたら逃げとか甘えに見えるかもしれないけど…。ただ、私がいたら二人は不幸になる。私はあの家に居ちゃいけない。だから…。」
私は考えたのだ。
家に帰れない者同士、何処かに逃げてしまおうと。このままじゃリョウが死んでしまう。
人間時には逃げることも大事なのだ。
「…でも、すぐ父さんに見つかっちゃうかも。次、あの人に会ったらもう…。それに、アオイまで巻き込んでしまう…ッ。」
顔は蒼白になり、カタカタと震え出したリョウからは一切の恐怖しか感じられなかった。
許せない。『実の親』が、自分の子をここまでなる程追い詰めるなんて…。私はフツフツとこみ上がる怒りを抑え、彼の手を握った。
「大丈夫、だれもこんな所に居るなんて思わないよ。それに、リョウを見捨てなんてできない。いずれその事は解決させるから巻き込まれなんてしない。信じて。私のこと。」
リョウはぽろ、と涙を流し、おもむろにコクリと頷いた。私達は互いの腕を体に絡め抱きしめあった。ヒトは、本当に傷ついた時誰かの温度を求めるらしい。ハグに癒し効果があると言われているのもその関係なのだろうか。私は彼の背中の震えがとまるまでトン、トン、とたたき続けた。リョウは身長が高いため、いつも大きく見えていた背中は思っているより小さくて薄かった。段々と彼が落ち着いてきた気配を感じ、安堵する。
『誰か』に縋っていたかったのは私の方だったのかもしれない。
♢
「寒い寒い寒いこれはダメーーっ!!」
「うわああああああー!!!」
握った2人の手にちからに込めれば、未だ慣れない浮遊感が訪れ、あっという間に元の暖かい島に戻れた。先程の肌を刺すような冷気に比べれば暑いとさえ感じるほどだ。
やっぱり寒すぎたり暑すぎたりする地域はダメだな…体が持たない。寒い所にいくということで念の為上着を着てて良かったけど、それでも耐えられなかった。一応、能力のおかげか海水自体の温度は感じないし、服も濡れないんだけど、空気がまず冷たかった。
「う〜まだ寒いよ〜…。」
と、隣でリョウが震えていた。
リョウが希望したんじゃん…。絶対寒いからって私は反対したのに…。と心の中で密かに愚痴をこぼした。
…あれから2週間がたった。
飛んだ先で貰ったものや買ったものをやりくりしながら生活をしていた。
朝日が拝める頃に目覚め、準備が出来ればどこかへ飛び、たっぷり楽しんで帰ってくる。
そして夜はぐっすりとは拠点で眠る。
ちなみに拠点というのは、最初に飛んできた孤島のこと。ここに色々な物資を集めてるんだ。毎日そんな感じだが、全く飽きる兆候が見えない。寧ろ、次はここに行きたい、と論争しているくらいだ。
因みに今日は、リョウが「北の海に行きたい!」といったので北海道のオホーツク海にきた。(そして冒頭である)
まぁそんなこんなで一応平和に暮らせている。ただ…1つ問題があるとすれば、資金面かもしれない。実は、最初のテレポートのあと一旦日本に戻って、私の家から必要最低限の物をカバンに入れて持ってきたんだ。(誰にも会わないようにかなり神経をとがらせた)持ってきたものは…私の財布、非常用バッグから取ってきた携帯食、水、いくつかの着替えなどの必需品。とはいえ私の少ないお小遣いや他物資もいずれは無くなるし、誰かに物乞いするのは人目に付く。通報される可能性だってあるのだ。この旅はまだ始まったばかり、まだまだ続けていきたい。一応リョウの家は「お金持ち」だが、流石にセキュリティのしっかりしている彼の家に行くのは、リスクもリョウの精神的負担も大きかったからやめた。それに、あんな奴のお金なんて使いたくない。それが私たち二人の見解だ。だから自給自足で何とか暮らせるよう模索中。毎日のテレポート先では物資もさがしている。この孤島の砂浜に流れ着いたものを探したり、森の中を探索するのも日課。その成果かろ過器が完成し、私たちはいつでも安全な水が飲めるようになった。
コートの上から毛布にくるまるという装備でかなりあったまったのか、リョウは元気そうに『あるもの』を見ていた。
「アオイ見て!日記帳、半分まで書き終わった!」
そう。あるものとはこの旅の日記だった。
「えぇ!それ結構ページ数あるやつなんだけどな…って、リョウ文章めっちゃ長いじゃん!それは確かに半分までいくわけだ!」
一般的なサイズのノートに文字がしっかり詰められており、一日につき2、3ページ程その日の出来事などか書かれていた。
「えっへへへ...。なんか、楽しくて長々と書いちゃうんだよね。」
楽しいって気持ちは私も一緒だけど、それでもこの文字数を書けるのは凄いな...。私も書いているんだけど、1ページ丸々書くのも厳しいぐらいだ。将来小説家やブロガーとかになっていそうだなぁ…。紙はちょっと足りなくて貴重なものなんだけど、私達がこれまで訪れた世界はこの紙たちに遺されている。そう思うと紙をケチってなんていられないという気持ちになる。
私達はこの家出…旅において、ひとつの目標
をたてた。それは「綺麗なものをみること」
綺麗なものとは景色や物、親切にしてもらった人など何でも良い。とにかく私たちが「綺麗だ」と思ったものだ。
出会ったものたちを記録しようと提案をしたのはリョウだった。私は普段から日記をつけるという習慣がなかったので意外な発想だったかららすぐに「いいね!」と書き始めた。
自分の感じたこととかをそのまま書く日記を毎日見せ合うのもなんだか恥ずかしいし、帰ったら旅の振り返りついでに2人で読みあおうという事になった。無事に帰還し、リョウの周りの環境について全て円滑に終わって欲しいという意味もあったり。
まだ4分の1ほどしか使用されていない自分の日記帳をペラ、とめくりこれまでの記録について眺める。
ホノルル
小笠原
ヴェネツィア
スーニオ岬
今までは中々行くことなんてできなかった海外や、遠い地域へよく飛ぶ傾向がある…気がする。世界は凄く広いからもっと色々な景色をみてみたいな。
「…あ。そうだリョウ。今日さ、寒かったから全然何も見れてないだろ?日記に書く事も必要だし、別のところにでも行く?リクエストあるなら聞くよ。」
もう寒い海は勘弁だけど。
そう言うとリョウはぱっと笑顔になっていいの!?と言った。
「あのね、僕ずっと見てみたかったものがあるんだ。…あ、でも、今からじゃなくて…夜でもいい?かな。」
「?…いいけど。」
夜しか見られないものなのかな?
まぁ正直寒くないならなんでもいいや。
夜までの間、私たちは暇を潰して過ごした。
日課の漂流物探しをしたり、雑談したり。(リョウは途中、なにやら藁を集めていたが何をするつもりなのか…)
まぁとはいっても、半分ぐらいは私やヒオリの昔懐かしい思い出話だ。
「―んで、ヒオリが木の上まで登ってボールをとりにいって…。」
「えぇ!流石ヒオリだなぁ凄い身体能力!いや、子供って結構皆登れたりするのかな?」
「ただ、登ったはいいけど降りれなくて結局、私が先生呼んできてヒオリとボールを助けてもらったんだけどね。」
あの時のヒオリは猫みたいだったな…。わりと高い木だったから落ちたら…と私も焦ったし、先生に怒られた。小学校1年生の頃の話だ。リョウは笑ったあと、少し羨ましそうに言った。
「アオイとヒオリはそんな昔から仲良しだったんだね。僕は小学5年生のときからしか知らないもんなぁ。もっと早くから友達になりたかったよ。」
すこし赤みがかってきた空を彼は見上げ、言う。
「そういえば…ヒオリ、元気にしてるかな。黙ってふたりだけで来ちゃったけど。」
「そうだなぁ…。」
必需品を取りに行った時、家から出て海まで行く途中でヒオリの家が見えた。彼女のことを思い出し、何も言わず出ていくことに少し心が傷んだ。3人で行くことも考えたけどヒオリまで巻き込めないと判断したんだ。『あの事』は彼女は知らない方がいい、と。
心配かけるかな。不安にさせるだろうな。
「ごめんね。ヒオリ。」
とポソりと言い放って私はその場を離れた。
…と、それから特にヒオリのことについて考えていなかった。それは彼女の事がどうでもいいから、という訳でなく…おそらく
「まぁ、ヒオリは元気だろうよ。」
という信頼からである。
「そうだね。なんか、ヒオリが落ち込んでるとこなんて思い浮かばないもん。テストの点数がヤバくてもなんか笑ってるもんね。」
「その状態はちょっとまずいけどな。」
ヒオリの将来が少し心配になってきた。いや、勉強できることが全てじゃないけどさ。ただ、できていた方が今後の選択肢が広がるし、世の中はそういう人の方が好きみたいだし。
「でも…心配はかけてるだろうなぁ。ヒオリ以外にも、先生とか、警察の人とかも探してるかもね。」
そうだな、と相槌を打ち、私は思った。
こんな何気ない雑談の中で、私たちは旅の終わりについて口にしない。できない。いつか終わりがくることも、カタをつけねばならない事もある。それでも…私はずっと自分を捨ててみたかった。誰も私を知らない世界で生きてみたかったんだ。
「僕、この旅をはじめた時は…もしかしたら世界中の人が僕たちを探しにきたり、住んでた街が爆発して無くなっちゃったりするんじゃないかって思ってたんだけど…。」
「そんなこと思ってたの!??スケールでかいな!」
私は勢いよくつっこんだ。
「ははっ、でしょ?でも実際はなんにも変わらなかった。案外ちっぽけな存在なんだね僕たちは。」
そんなこんなで話している間に日が暮れてきた。これまでは、日に日にひが短くなっている様に感じていたが、最近は逆に段々長くなっていっている。春が始まるのか。
「じゃあアオイ、そろそろ行こう。」
確かにもういい時間だろう。
「うん。で、場所は?」
私はそう問いながら、身を包んでいた毛布をたたもうとした所、リョウに止められる。
「あ、毛布と服はそのままでね。寒いから。」
ガサッと纏められた藁をリョウは持つ。
「うん??」
「いざ、北欧へ!」
♢
「いや寒っ!!!」
着いた瞬間私は声をあげながら即海から脱出する。昼に行った北海道なんて比じゃない。流石高緯度地域…。砂浜に近いところにとべたみたいだ。歩けばすぐに陸に上がれた。
北欧!と言われて、なんでまた寒いとこなの!??と思ったし聞いた。するとさっきのでもっとあったかくしたら良いってのが分かったでしょ?対策組めるよ!と返ってきた。なんという楽観というかポジティブ精神…。
てか謎に集めていた藁は藁布団を作るためか…!!!完全に仕組まれていた…。
でも、あんなことを知っちゃったら断らざるをえないじゃないか…。
「アオイ…!見て!」
リョウが私の手を引いて、指で宙を指す。
「…!」
私は息をのむ。
深くて暗い藍のそらにかかる光のカーテンのような、翡翠のオーロラがそこにはあった。
本やテレビでしか見たことのなかったオーロラは、頭の中にあったものより何十倍も美しく、今にもかみさまが降りてきそうだ。
「綺麗…。」
言葉を発するのも、呼吸をするのも忘れるほど見入っていた私がようやく放てたのは、たった3文字だった。自分の語彙のなさが悔やまれる。だけど、この景色を形容する言葉はどうしても見つからなかったのだ。
「こんなに美しい世界も、あるんだね。」
そう言ったリョウの黒い髪は揺れ、もう隠さなくなった傷跡を撫でている。彼の瞳にはオーロラが映っていた。
もう一度、鮮やかに輝いた空を眺める。
ふと涙が頬を伝った。
「アオイ?どうしたの?」
私の異変に気づいたリョウが少し心配そうに伺う。
「ううん。なんでもない。ただ、 うれしいんだ。」
あなたが美しい世界を見れていることが。とはとても恥ずかしくて口には出せない。
「リョウ、ありがとう。今日のこと、絶対に忘れない。」
「お礼をいうなら僕の方だよ。…アオイに出会えて本当によかった。」
しばらく私達は心地の良い光に包まれていた。
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この地球でも随一と言えるほどの美しい景色は、世界の終わりのような風景にも見えた。
地球がこわれる時というのはこんな感じなのかもしれない。もしその時が訪れたら私は、今日のように貴方と静かに寄り添って、終幕を眺めていたいと思った。