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氷魚  作者: 雲音︎︎☁︎︎*.
10/10

10日目「舞い泳ぎし氷魚」

【memoryー追憶ー】2章「氷魚」


口下手だがずばぬけて頭がよい“アオイ”

笑顔で過ごすがどこか寂しげな“リョウ”

日々を平和にくらす幸せだった子“ヒオリ”

短気で荒み、いつも1人の“ケンセイ”


平和なふりをしていた。“私達”みんな秘密を抱えて、誰にも話さず平気そうにして生きていた。

世界はこんなにも美しいのに

どうしてこうも私達は歪んでいるのだろう。

ごめんなさい。全部私のせいなの。


------------------‐


うみの神になってしまったアオイは、世界を守るべく、海に還ると決心した。

この世界ですごす最期の1日だ。

『氷魚』最終話。


〈1部残酷、流血表現等があります。〉


2人の旅のものがたり。

自分を嫌って憎んで許せなかった少女の、ものがたり。


「海に、還ろう」


そう心に決めたが、私は最期に家族に会っておきたかったため1度帰った。話せないことが沢山あるし、絶対止められるから何も言えないんだけどね。家に帰るころには、太陽はほとんど山に隠れてしまい、暗くなっていた。

ガチャッと家のドアを開ける。最近はそのまま自室に行くことが多かったが今日はリビングへ歩く。

「ただいまー。」

と母に声をかけた。

「おかえり。」

母も丁度仕事帰りだったのかカバンや仕事着があたりに置いてあった。

もうすぐ兄さんも帰ってくる。そしたら晩御飯になるだろう。あーでも、最近兄さんは修学旅行の準備で忙しいって言っていたし少し遅くなるかもしれない。

「お母さん。」

「ん?何?」

「…やっぱり、何でもない。」

母は一瞬不思議そうな顔をしたがすぐに「そ、」と言って背を向けた。私はその背中に、荷物片付けてくるねとだけ告げて2階へ登った。

パタン、とドアを閉めて息を吐きながら座り込む。

いつもありがとうって言おうと思ったんだけど、言えなかった。でも、言えなくて良かったかもな。不審がられそうだし。

お母さん…。

お父さんを亡くしてから、女手一つで子供2人を育てあげてくれた母には本当に頭があがらない。沢山の愛を注いでくれた。母から貰ったものを全て返すことなんて一生かかっても成せないだろう。

「ありがとう…。」

目覚まし時計の秒針だけがカチカチとなる部屋でひとり、私は呟いた。

家族や友達…ヒオリのことを思うと身を投げるのは少し罪悪感が湧いてくるが、完全に死ぬわけではないから、と言い訳まがいのことをする。

そう。私は彼らの提案通り『海に還る』だけ。

そうすると私がどうなるのか、水泡からは何も言われていないけど、私には元からある知識のように、何となく分かる。

海…故郷は特殊な空間で、そこにかえると現実世界では『死んだ』とみなされ死体もできる。

だが精神は生きており、再び現実世界に戻るとき肉体と共に蘇る。この世界に戻る時…それは、人魚から再三告げられていた『災厄』が訪れた時だ。私はこの世界を守るために海へ、還る。災厄が訪れるのがいつになるのかは分からない。だから私が目覚めるのは1年後かもしれないし、300年後になるかもしれない。

私が居なくなっても、お母さんには兄さんがいて、ヒオリには沢山の友達とケンセイがいる。きっと、大丈夫。少し悲しい思いと記憶を与えてしまうだけだ。

申し訳なさを覚えながらも、そこからはいつも通りの時間を過ごした。

する必要もないのだが今日の宿題をして、母から頼まれた家事を手伝う。やはり今日は兄の帰りが遅いらしくご飯の前に先にお風呂に入った。髪を乾かしていると兄が帰ってきて、味噌汁のいい香りが漂い始める。


「「いただきます。」」


鯖の塩焼きと味噌汁、いくつかの副菜。そしてツヤツヤした白米。昔から変わらない安心する母の味。それを囲み他愛もない話をする。

「兄さん修学旅行どこ行くんだっけ。」

「京都。企画だの時間の調整だので今1番準備が大変なとこなんだ。」

「最近遅いものね。まぁでも修学旅行の日はゆっくり静かに過ごせるわねアオイ。」

とお母さんが冗談を言う。

「そーだね。うるさい人がいないから。」

「誰がうるさい人だよ。そんなこと言う家にはお土産買ってきてやらないからな。」

「えーお母さん八ツ橋欲しいなあ。」

「まあでもアオイには恒例の珍土産買ってくるから楽しみにしてな。」

珍土産…いつものアレか。よく分からない恐竜の形したコップとか、ギャルの格好をしたハニワとか。

「あれ使い道なくて溜まってるんだけど...。」

「俺の以外にもお前の部屋は色々ゴミが溜まってるだろうが。大掃除しろよ。」

失礼な。私の部屋は汚いとよく言われるが、これでもほぼ毎日掃除機かけてるんだからね。歩けるスペースさえあれば問題ないのだ。

そんなこんなでご飯を綺麗にたいらげご馳走様をする。晩御飯の洗い物をするのは兄さんの役割だったが、準備で忙しいみたいだし私が代わりにやった。

さくっと終わらせて2階の自室に戻る。

部屋の隅に積まれた恐らく8割ほどもう要らないであろう紙類、プリント類を目にする。

「…掃除…するか…。」

バタバタガサガサしながら不要な紙を纏め下のゴミ箱へ運ぶ。そしてその仕分け作業の途中、私は再びリョウのノート…日記を見つけた。

まだ途中までしか読めていない、彼の夢と輝きで溢れたまるで小説のような美しい日記。

あの時は罪悪感から読むのをやめてしまったけれど、行先を見つけた今なら大丈夫な気がする。何より、この日記(ものがたり)の続きが気になっているのだ。

ゴミはもう残り少ない。これを捨て終わったら読もう、と1度机の上におく。


私は迷わずノートを開き『3月21日』のページまでページを一気に進めた。



3月21日


ーー次は桜を見てみたいな。

来年はヒオリやケンセイも一緒に。

満開の桜の下でみんなでお弁当を食べて色々なことを喋るんだ。

ケンセイ来てくれるかな。ヒオリが引っ張って連れてきそうだ。


なんて、その頃僕は生きていないかもしれないけれど。どうしてだろう。僕は無性に今日が最期の日な気がしてならない。

まあでも、そもそも本当ならもう既に死んでいるはずの人間だ。ここまで生きていられたのも全部アオイのおかげだから。


最低な人生だった。

光のささない牢獄に閉じ込められ傷をつけられ続けた。

そんな牢を君が壊してくれたんだ。ひかりの外で見る景色は、全部が綺麗だった。

君が魅せてくれたんだよ。

神様なんていやしないってずっと思ってきた。

でもアオイは神様みたいに僕の前に現れて、本当の世界を見せてくれた。

そのおかげで僕は幼い頃からずっと見てきた世界は偽物だったんだってわかった。

君は僕の神様。

ありがとう。僕を救ってくれて。


どうか君にも幸せな朝がやってきますように。



私は思わず涙が一筋零れた。

自分でも何の涙なのかが分からなかった。

悲しい?辛い?喜び?

リョウの愛と願いがこめに込められた文章に、心が動かずにはいられなかった。

そこからはただ純粋な『私に生きていて欲しい』という感情が伝わってきた。

『そう。僕は君に死んで欲しくない。』

突然、周りが碧い世界に変わった。以前水泡と出会った空間で、あの時のことが思い出されるが聞こえてきた声に私はひとつも恐れを感じなかった。

だってかれは、

「リョウ…。」

そう言って彼は私の前に姿を現した。目の前の存在と、私の記憶にある彼の姿は一致していて、驚きと再会の喜びがこみあがる。

「リョウ…どうして此処に…。生きていたの?」

『んー半分死んだってところかな?実の所僕もなんでこうして生きてるのかよく分かっていないんだよね。』

そう言って首を傾げる。

『それよりアオイ、ほんとうに逝くつもりなの?君は何も悪くないというのに。』

「うん。でも私はこのままじゃ本当に誰かを殺してしまうから。今度こそ自分の手で。リョウも何となく分かっているんでしょ?止めないんだもの。」

この美しい世界を守る為に、私は逝くんだ。

碧い海が輝くこの世界。

全てを包み込みそうなほど大きな緋い夕暮れ。

私は瞼の裏にそんな景色を浮かべる。

「それに、なにも今の私は罪悪感から海にゆこうとしている訳じゃない。現実世界では確かに死んだことになるけど…。『いつか』が来るまで私は海の中で生き続けるから。」

だからなにも心配することも悲しむこともないよ、と付け加えた。

『そうだね。……。』

とリョウは1度は頷くがまだ悲しげな顔をして言う。

『でもアオイ、少し違うよ』

「ちがう?何が?」

『僕は、君に自由に生きていて欲しいんだ。僕は君を神様だと思っている。そして本当にそうなんだと分かっている。でも君はそのせいで散々苦しい思いをした。これ以上その役割に縛られて欲しくないんだ。普通の人間としてこの世で幸せに自由に生きて欲しい。』

どこまでも碧い世界に、彼の震えた声が響く。

『でもアオイはそんな事出来ないし、やらない。君がこの選択をすること、きっと運命とやらに決められちゃってるんだ。それが…それが僕は心の底から悔しい。』

「そんな事気にしないで。私は」

『運命なんてクソ喰らえだ。』

私の言葉を遮りリョウはそう吐き捨てる。眉根を寄せ、彼からは見た事のない感情が露わになっていた。

そして、今一度私の顔を見る。

『アオイ』


『コールドスリープって知ってる?』

「え…?」

コールドスリープって、あれだよね。SF映画とかでたまに出てくる…人体を低温状態に保つことで老化を防ぐやつ。

『僕には今氷の力がある。この力を使って僕自身をコールドスリープの状態にしようと思っているんだ。』

氷の力…!?

リョウの父親の胸を貫いたあの氷塊、凍っていく大人の姿を思い出す。

『君はこれから何百年何千年と眠るかもしれないだろう?人の僕にはその年月は生きられない。でもコールドスリープをすれば、僕だって永く生きられる。君と共に眠れる。

“その日”が来るまで、僕は氷になって生きる。』

強い意志が宿った瞳が私を見つめる。

「リョウ…。どうしてそこまで…?」

『君がまだ死なないのなら、僕だって死にたくない。アオイと一緒に生きていたいんだ。』

彼は私に手を差し出した。

『2人で一緒に生きよう。』


あまりにも目の前の彼が眩しくて。

お父さんを喪った日からずっと私についてまわった闇が、薄れていく。

「こ、コールドスリープは本当に大丈夫なの?リョウへの危険はないの?」

『それは心配しなくていいよ。僕もうこの力、完璧にマスターしちゃったからね。』

問題ない!と胸を張って自信満々に彼は言う。

「 私と生きていくって…何年かかるか分からないよ?それに…私結構やばい存在らしいし、リョウのこと傷つけてしまうかも。」

「何年だって待つし君から何をされそうになったら絶対に止める!だから、信じて!」

自分を否定し続けた人生だった。

はじめてほんとうの生きる意味を、生きたいという感情を手に入れた。

涙が溢れるがそれを拭うことはせず、私はリョウの手を取る。

「リョウ…私、生きたい。一緒に生きよう!」



「…うん!」


私は暫く涙が止まらず、落ち着いた頃には朝が近づき始めていた。もうすぐ時間だ。前回の経験から朝が来ればこの空間は無くなることが分かっている。私は現実世界に戻り、海に還る。

完全に壊れるまで私たちは手を繋ぎ話していた。

『それにしても、アオイの泣いてるところはじめてみたよ。』

「はは、なんか恥ずかしいなぁ…。」

『恥ずかしがらなくていいよ。ほら、涙って奇跡を起こす力があるらしいよ。人魚の涙は不老不死になるっていうし!』

「涙ひとつでそんな壮大な話になるのか。やっぱリョウってすごいな。」

そんな風に笑ってると、ついに時間が来て天の辺りから段々と碧い空間が崩れていく。

「さて、お別れか。」

と私たちは立ち上がる。

「次会う時は何年経ってるのかな。」

『そうだね。アオイが眠っている間に時代の始まりと終わりが何度訪れるんだろう。』

「案外数年しか経ってないかもよ?あーでもどうしよう。目覚めたら世界がすっごい変わってて、空飛ぶ車とかロボットとかが街を徘徊してたら。」

『えー!それ凄い面白そう!』

もうすぐ別れだと分かっているのに、話は止まることがない。この時間が一生続けば良いのにと思わずにはいられなかった。

でも、私にはやらなきゃいけないことがある。

「…リョウ。私が目覚めたら、1番に貴方のコールドスリープを解きにいく。貴方がどこにいるか、どうなっちゃってるのか分かんないけど兎に角、絶対起こしに行くから。」

リョウの体も透き通り始めた状態で、彼は私の言葉を聞いて優しい笑みを浮かべた。

『ありがとう。…ね、アオイ。』


『まるで世界の終わりみたいだね。』

碧が崩れる。

「うん。でも凄く綺麗な世界の終わり。」



「「またね。」」


次に瞬きをした時、そこは私の部屋だった。

暗闇に沈んでいた空はいつの間にか紺色にになっていて、山の方は薄らと緋が見えた。

真夜中にだけ現れるあの碧い空間は何なのだろう。此処ではない別の世界なんだろうけど…。

少し考えるがリョウとの会話がふと頭に蘇り、笑う。あの時間もまた忘れられないものになるな。

時計は朝4時半をさしている。夏至が近く、朝が来るのはかなり早くなった。

そろそろ家をでないと。6時近くになればお母さんが起きてしまう。

急いで準備をしないと。

どの服を着ていけば良いかなんて分からなくて、結局着慣れた制服に替えた。

荷物はリョウが凍りついた時に割れて落ちた、氷の欠片。不思議な力と存在感があって、あるから何ヶ月もたっているのに溶ける気配がない。リョウの形見になるような物を持っていきたくて、唯一の持ち物として選んだ。

声を潜め、忍び足で家の廊下を歩くのは今年2回目だ。旅を始めた時のことを思い出す。

途中、お父さんの仏壇がある部屋の扉が空いていて、外から父の笑顔の写真が見えた。

(お父さん…。ごめんね。助けてもらったけど、また私は海へゆくよ。)

そういえば、お父さんはずっと私に“私は悪くない”と言い続けてくれていた。リョウだってそうだ。私を信じてくれる人、肯定してくれる人は周りにいた。

(ずっとごめんなさいばかり言って、1度も言ったことなかったね。)

(お父さん、こんな私を助けてくれてありがとう。もしいつかまた会えたら、ありがとうって言わせてね。)

手を合わせて黙祷を捧げる。

(よし、行こう)

そしてなんとかバレずに家を飛び出した。どうせ海に沈むのだから靴は履かず裸足で走る。

コンクリートに転がっている小さな石が足の裏を突いて痛かった。でもその痛みすらも生きている実感が湧いて嬉しかった。

海に着くと朝日が半分ほど顔を出していた。

美しい漣を奏でる波に足をつける。まだ日が登りきっていない時の水は、夏が近いとはいえ冷たかった。

そのままざぶざぶと奥へ歩み、海水が膝から下を覆うところまで来た。朝日がキラキラと海を照らす。

「綺麗…。」


『綺麗だよね。この世界で唯一美しい所だと思うよ。』

あの時の水泡の声だ。

「うん。でも…。」

ふと寂しげに私は振り返った。そこには15年間住んで慣れ親しんだ街並みがあった。

街も目覚め始めて電車の音や車の音がかすかに聞こえる。

目をいくらか細めてそんな景色を見る。そして徐に口を開いた。

「…私、この世界のこと何にも知らないのに、分かったフリして綺麗だって言ってた。」

そうだって思ってた。

「でも、この世界には目を背けたくなるような真実や嘘に塗れた現実がある。重い罪を犯しながら平然と生きる人、そんな人に苦しめられ死にながら生きる人、自ら命を絶つ人だっている。貴方の言う通り、汚くて醜い世界だ。」


「でもきっと、そうしたのって私たちだ。」

『……。』

何も返事は返さないが、少し驚いたような雰囲気を感じた。

『この世界の本当の姿は、ずっとずっと綺麗でやさしいのに、私たち人間の欲とかエゴが、世界を壊している。』

海辺に落ちていた無数のゴミ、権力を乱用するリョウの父親の姿が脳裏に浮かぶ。


「私たちが壊してしまったのなら、私たちが直さなきゃだめだ。私がまた、心から美しいと思える世界を取り戻すんだ。」

くるっと朝日の方に向き直り、足を進める。

「この力があってよかった。私はあの旅で世界の本当の姿を知れた。」

蹂躙され続けた中でも生き残った、僅かな美しい自然の悲鳴を聞いた。

確かに美しい世界はあったのだと教えられた。

このことに気づけて今に繋がるのなら、私たちの旅は悪いことばかりじゃなかった。

あのまま息苦しさと罪を抱えて続けていたら、何も知らずに私は身を投げていただろう。

リョウだって死んでいたのだろう。

「てか、こんなカッコつけたこと言ってるけど本当はただ平和な世界になって欲しいだけなんだ。」

リョウは『こんな世界で生きられない』と言っていた。そしてきっとそんな人はこの世に沢山居る。だから『私達が生きられる平和な世界』にしたいんだ。

これが、私のしたいこと…しなきゃいけないこと。

足がつかなくなる所まで来てしまい、ついに私は潜る。海に適応している私は呼吸の必要がなく、ゴーグルなしで海中で目を開けることも出来た。

「…!!」

私は目の前に広がる絶景に目を見開いた。

故郷…海の世界からは溢れかえる生命の力を感じた。魚は舞うように泳ぎ、何処からか歌声が聞こえ歓迎の意を感じる。


『ありがとう。僕たちの声を聞いてくれて。』


そんな声が響き、私は微笑んだ。

ゆらゆらと光が差す海面を見上げる。

冷たいであろう水は母の腕の中のようにあたたかく感じられた。優しい朝の光に包まれる中で潮の匂いが鼻をくすぐる。

「…うん。行くよ。」

力を使うため、目を瞑り集中する。

右手と左手を組んで祈る姿勢をとった。

数ヶ月ぶりに感じる水の圧迫感が訪れ波が揺れる。


還ろう。人々が生まれた海へ。

私が眠る地へ。


次はもっと素敵な世界で貴方と生きられたらいいな。


私は海へ還った。




???日目「他界」


「龍治先生は、どうして養護教諭になろうと思ったの?」


目の前の少し疲れた顔をした生徒が私にそう聞いた時、すっかり聞きなれた学校のチャイムの音が鳴った。

『進路について思い悩んでいるから話を聞いて欲しい』という事で保健室にやってきた子を迎え入れたのが、20分前のことだった。

彼女の話をよく聞き大体わけが分かった所で、はじめて彼女の方から問いがなげられた。


「私?私は…貴方みたいに、何かに苦しんでいる子が少しでも楽になれる様に手助けがしたかったの。身体的にも、心理的にもね。それと…」

一瞬私はこの話をするかどうか悩むが、まあ良いかと口を開く。

「…それと不思議な話があって…昔、助けたかったひとがいたの。それが誰なのかは記憶が曖昧で分からないんだ。」

この記憶はなんなんだろう。会ったこともないのに、いつからか時折脳裏に浮かぶようになった背の高い黒髪の少年。

「それは…確かに不思議ですね。…あ、わかった。前世の記憶とかじゃないですか?」

「それは小説の読みすぎ。」

彼女は少しケタケタと笑うと、『気持ちがちょっと楽になった。ありがとう先生』と言って保健室から出ていった。

手を振って見送り終わったあと、私は椅子に腰掛けて伸びをする。

「前世の記憶、か…。」

あの少年について考えても、何も思い浮かぶことはない。

いつか思い出すなり、出会うなりできたらいいな。

窓の外でゆるやかに揺れる葉を眺めて、私は仕事を再開した。

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