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氷魚  作者: 雲音︎︎☁︎︎*.
1/10

1日目「涙、鼓動」

【memoryー追憶ー】


対象の結末は始めから決まっている。

あなた達に見せるのはそれに至るまでの

記録である。


record by MNE.



2章 「氷魚」


0日目「邂逅」


冷たい水の感触が私を襲う。

外は真っ赤だというのに、海の中はどこまでも碧く、光り輝いていた。

嗚呼、なんて美しいんだ。

しかしまだ2月になったところ、酷く冷たくて寒い。それでも、右手にあるあなたの温度だけはあたたかさを感じた。

ドクン、ドクン

鼓動の音がきこえる。

その時、何かが目覚めるような、始まるような感覚に襲われた。

海の中だというのに体が、軽い。

まるではじめから此処で生きていたみたいだ。

「  」

!?


貴方は


あのときの


キィィインッ

刹那、ガラスにヒビがいったような音が甲高く響き、水が私に向かって流れる。

物凄い水圧がかかり、少しでも気を緩めるとあなたと離れ離れになってしまいそうだ。でも今、ここで手を離したらもう二度と助けられない。何故か強くそう感じて、両手をしっかりと握った。


そして、そのまま2人は光に包まれていった…。



「ぷはっっ」

『リョウ』が海面から顔を出した。

長く水の中にいたからか、咳き込んでいる。

そんな彼を隣に私は目の前の光景に目を疑った。


「え…嘘…。」

やっと落ち着いた彼も、『ある事』に気づき、驚きの声を出していた。

眼前に広がっていたのは、先程までの見慣れた海ではない。


「ここ…どこ??」


足が少しつくくらいは浅瀬の、南国の碧い海だった。



1日目「涙、鼓動」


ピピピピピ

昨晩設定したアラームが私の耳元で鳴った。

うぅーん…と唸り、意識が覚醒せぬままアラームをとめる。

そのまま布団から手足を出し、ゆっくりと体を起こ…


すことなど出来るはずもなく…。


なんという華麗なる二度寝か。

アラームは鳴った、今日は学校、だというのに私、龍治 葵は二度寝に突入。

あたたかい布団の中で再び意識は眠りの世界へと旅立ったのだ…。


             ♢


「いやね、真冬のオフトゥンって楽園だと思うんすよヒオリサン。」

「うん、そうだね。」

私の幼なじみである八色ヒオリは、仁王立ちをして私のいいわけを聞いていた。

「逆にオフトゥンの外は地獄、凶器、悪夢なんだ。クソ寒い。」

「うんうん。確かにそうだ。」

一応肯定はしてくれてはいるが、目は笑っていない。

「なので、私の二度寝はしょうがない事なんだ!!!許してくれヒオリ!!」

「いやだねーー!!集合時間10分も遅れてくるやつは許さない!!」

そんな…いやまぁ確かに私が悪いんだけどさ…。でも、ちゃんと学校の登校時間には間に合ったというのに。寝坊したにも関わらず、10分で用意して来たのよ?ヒオリを1人で登校させまいと…。

じと…という目で見られる。

「う…ちゃんと悪いとは思ってるよ。ごめんな、待たせて。」

私は息をついてようやく反省の意を示す。

「うむ、よろしい。今後気をつけるよーに。」

「明日からは二度寝しても間に合うようにアラームを早めに設定しておくよ。」

と改善案まで出したのだが、そういう事じゃない!!そもそも1回で起きろ!という怒号が耳をつきぬけて言った。

ヒオリはちょっとぬけてる所あるけど、朝は強いんだよな…すぐに目覚められるし動けるし。そういうタフなところ、羨ましいや。


         ♢


昼休み。

クラス内がザワザワとしている中、私は教室でひとり孤独に窓の外を見ていた。

小学校の頃は、みんな外に出て運動場で遊んでいたが、中学校の運動場はガラリとしている。まぁ、こんな真冬の寒さの中、外に出て遊ぶ中学生も珍しいか。

ヒオリは、ケンセイのいる屋上階段に今日も行っている。毎日あんなとこによくいけるなぁ。この時期は特に寒そうだ。

立入禁止だから、バレたら即生徒指導だろうし。…私がこういう事許してるの、結構珍しいんだからな。

でも、ヒオリはケンセイのために毎日行っているから、何とも言えないのも事実。私もケンセイの友達だし、彼の為になにかしたいとは思うけど、何も出来ぬまま半年程はたった。

ヒオリは本当に優しいひとだ。尊敬するし、友達としてとても誇らしい。

そんなわけで、昼休みの私は静かだ。

友達は少ない訳では無いし、委員長などもよくやるのでどちらかというと話せる人は多い。けど普段ヒオリや、もう1人の親友依本リョウといることが多いのでそれ以上に仲の良い人は中々出来なかった。

そういえば、リョウは今日まだ学校に来てないみたいだけど…また体調崩したのか?

リョウはよく体調を崩したと学校を休む。

まぁ見かけからも、体ほっそいし肌白い。あいつ結構少食で偏食だからなぁ。お昼ご飯にちいさなおにぎり1つだけ持ってきた時はびっくりした。今すぐ家に押しかけて飯を振舞ってやろうかという気持ちになった。

あ、でも家…行ったことないな。場所も…高級住宅街のどこかってことしか…

「アオイっ、おはよ。」

「うわっびっくりしたぁ!」

にゅっと突然視界に入ってきたリョウはクスクス笑い、びっくりしすぎじゃない?と言った。背負った鞄を下ろす。

考えてた人が突如現れたらびっくりするよそりゃ…。

「…ま、おはよ。遅かったな。あと2時間で学校終わりよ。」

「うんちょっとね〜。」

ちょっとて…。風邪とかじゃなさそうで良かったけどさ。

笑顔を崩さない彼の頬には、湿布のようなものが貼られている。

リョウは普段ずっとそれをつけている。その下は誰も知らないし問わない。聞いても彼がそれを外すことはないからだ。だが私は過去に、気になって気になってついに尋ねてしまったんだ。


その時、リョウは苦笑して、アオイならいいかと外してくれた。

ずっと隠れていたものは、火傷の痕だった。

白い肌にあらわれる赤い傷跡は結構な大きさだった。

「昔、ちょっとした事故で、火傷をしたんだ。その痕。」

淡々とそう語った。

ちょっとしたって…それでこんな痕がしっかり残るような痛々しい火傷…。

「ああ、もう殆ど痛まないから安心して。触れても全然大丈夫だから。」

笑って彼は自分の傷を触れ、再び湿布を貼り付けた。

「もしかして、隠すためにつけてたの?」

「うん。そうだよ。結構目立つし、気を遣われてもなんか…面倒だから。」

そっか、と曖昧に返事をした。

ちょっとした事故って何?

聞こうとして、口を噤む。私はまだ触れてはいけない。そんな気がした。


あれから何年かたったが、未だに聞けていない。

リョウはよく笑うしよく楽しそうにしている。私達のことを本当に友達として親しく思っているのだろう。だけど、どこか壁を感じるのだ。

薄くて硬い、決して壊れない透明な壁。

何が、リョウをそうさせているんだろう。

どうすれば、その(わだか)まりを無くせるんだろう。


でも、それらを解決する術などなく


私は今日も自身の無力さを悔いるだけ。


             ♢


白い息を微かに吐きながら、私は歩く。

時刻は4時過ぎ。学校終了後いち早く家に帰った私はビニール袋を持って、『とある所』に向かっていた。

学校が終わるのは大体4時頃でほとんどの人は部活。だけど私は帰宅部…というか部活にはいっていないので、すぐに帰れるのだ!

ま、特にやりたいことも得意なことも無いからなぁ。

はしゃぎまわる小学生とすれ違い、草むらに入り込む。わさわさと暫く歩けば、そこは川が流れる橋の下。

「クロ、来たよ。」

そう呼びかければ、遠くからにゃー…という鳴き声と共に1匹の黒猫が姿を現した。

クロ。

私が世話をしている野良猫だ。

1年前、この橋の下で、か弱く鳴いていたところを見つけたのだ。毛はボサボサで泥だらけ、ちぎれかけの首輪をつけた子猫。

もしかしたら捨て猫かもしれない、と思ったが元の飼い主も、そうであることも分からなかったし、何だか弱りきった姿に惹かれてその日から面倒を見ている。

カサ、とビニール袋から取り出したミルクと猫用のエサをクロに与える。

嬉しそうに頬張り、満足気な顔をしていた。

そんなクロを見、私は微笑んだ。

…本当はどこか、保護団体などに預けた方が良いのだろう。もしくは、家でちゃんと飼い猫として世話をするか。私の家に別に()()()()()()()()()()()()。問題自体はないんだ。

でも、手放せない。この子を失いたくない。

間違っていると分かってるのに、感情を優先にするなんて

私はどれだけ醜くあれば気が済むのだ。


時折クロを撫で、遊んでやり、眺めているとあっという間に時が過ぎ、日が差し掛かっていた。

鴉の鳴き声が辺りに響きわたり、私はクロに「じゃあ、また来るね」とだけ言って離れた。

ここのところ日が暮れるのが随分と早い。早く帰らねばすぐ暗くなってしまうだろう。

とそそくさと足早に帰ろうとした時。

「  」


「…!?」

私はバッ、と振り返る。今、微かに…。

辺りを見渡し、耳を澄ます。

「ひっ、く、えっ…うぅぇ…。」

疑念は確信へと変わる。確かに啜り泣く声が聞こえた。

音のする方へとゆっくり足を運ぶと、そこにはひとりの少年が蹲っていた。


「…ってリョウ…!?」


ビクッとして、泣き止んだ彼―リョウは私を見る。私は、目を見開いた。

赤く腫れた頬、涙の跡、口は切れて血が出ている。他にも微かな傷跡がいくつも見えた。

「リョウどうしたの!??その、傷…!」

かけつけると、彼は再び涙をぼろぼろと零し、言った。


「アオイ…僕、死にたい。」


「え…?」


思わず変な声が出たが、そうにも関わらずリョウは暫く泣き続けた。

その光景は、普段の彼からは想像できないもので、『非常事態』だということがよく伝わってきた。

私は徐に肩を抱き寄せ、脆いものに触れるように両腕で包み込んだ。

だが何を言えばいいのか分からず、ただ無言で冷えた背中をさすり続けた。


―数分後。

ようやく泣き止んだ彼は声をしゃくりあげ、

鼻を啜った。

体は離れ、改めてリョウの顔を見たが、それは思わず目を背けたくなるような酷い有様だった。

「ありがとう…アオイ。ごめんね取り乱しちゃって。」

「ううん、それは大丈夫だけど…。

リョウ、一体何が」

私の声を遮るように、彼は勢いよく立ち上がる。

「心配かけちゃったと思うけど、もう大丈夫だから!僕は帰るし、アオイも早くしなね!じゃあ、また明日。」

早口にそう言って立ち去ろうとする、にへら笑いのリョウの手首を掴む。

「…何誤魔化してんのよ。」

「え?」

「そんな傷だらけでいながら、なにが平気だよ!!!!!笑って流せると思うな。手は、体は、傷は震えてんだろうが!!」

彼の外傷はただ転けた、というような温いものではない。この様子からしても誰かになにか惨いことをされたとしか思えない。

「なのに、『ボクは大丈夫ですーてめぇは関係ない帰れ』だぁ!?」

いや、そこまでは言ってな…と言う声が聞こえたが無視をした。

そして私はもう一度彼を抱いた。

先程よりもいくらかあたたかい。

心臓の音がする。


「…お願いだから1人で抱え込まないで。」


暫くの沈黙の後、リョウはポツリと言った。

「…父さんが、皆が僕を拒むんだ。」


彼から告げられた真実は、過去は壮絶なものだった。

私は、自分の無力さを、鈍感さを改めて自覚し、悔いた。リョウが毎日そんな目にあいながら学校にきていたなんて。脳裏に浮かんだいつもの笑顔を思い出し、心が苦しくなった。

「…だからさ…アオイ。僕はね、もう死にたい。そもそも生まれてきたこと自体が間違いだったんだ。」

そんなの駄目、違うと言おうとしたが、うまく声が出ない。止めないと、ここで止めなければ私は『また』…。

私の心を察したのか彼は微笑して言った。

「止めないで。アオイたちに会えて、本当に良かった。でも、もう僕はこんな世界で生きられない。君のせいじゃないから。大丈夫。」

その瞬間、私は自分の頬を両手で強くひったたいた。

パチィンッと辺りに響く音がなり、頬が風にあたって少し痛みが走った。

「あっ、アオイ…?」

素っ頓狂な声を彼は出す。

私は何という奴だ。リョウがせっかく本当の心を吐き出してくれたのに、何も言えず、動けず黙っているだなんて。

そんなの、見殺しも一緒だ。

「…リョウ、少し走るよ?」

え…という彼の手を引っ張り、私は走り出した。

そう遠くはない。すぐそこに見えている、夕陽に照らされた広い海。

砂浜に降りれば、足を進める度に細かい砂が靴に入り込んだ。

「アオイ、どうしたの…?っ!」

海に入る。海水が傷にさわるのか、リョウは一瞬苦痛の表情をした。

「ごめんね。でも、すぐだから。」

どんどん進み、頭まで浸かる。

岩が聳え、小さな魚は泳ぎ、海藻が揺れた。

夕焼けのせいか、どこか赤らんだ海は深く深くどこまでも続いている。

ドクン、ドクン、

聞こえる。

波の音が、ふたりの、鼓動が…!


大きな魚の尾が、視界を過る。


ピキィィインッ

その時、ガラスにヒビが入ったような、甲高い音が鳴った。

物凄い水圧で水が流れ、私達は圧される。

繋いだ手を強く、強く握りしめた。

今離してしまえばもう二度と会えないと、助けられないと何故か思った。

もう意識が飛びそうだと思った頃、突然水流が穏やかになった。

「プハッッ」

勢いよく頭を出し、酸素を取り込む。

隣にいるリョウはしばらく咳き込んでいた。

「ア、アオイ…?どうしたの急に海に飛び込んだりして…。って、アレ?服、全然濡れてないし水が冷たくない。それに、なんだか周りが明る………えぇ!!??」

だんだんと彼も状況を理解し始めた。

私達を取り囲んでいる景色は先程とは異なり、南国の碧い海だった。夕焼けとはまた違う太陽の眩しい光が世界を包み込んでいた。


「アオイ…? !!何こ…!?」

「間違いなんかじゃない。」

私は彼の言葉をさえぎる。

目はバッチリと会い、動揺していることがよく分かった。

「私はあなたが生まれてきて、出会えて嬉しい。あなたは生きられるよ。この世界は本当に美しくて優しいから。見つけよう。探そうよ。私達の世界の綺麗なところ。」


「この世界は、リョウが思っているより悪いもんじゃない!」


嫌いにならないで欲しかった。

私が愛した世界を。景色を。

『こんな世界で生きられない』

なんて聞きたくなかった。

だって、地球はこんなにも美しい。

リョウは今、何を思っているのだろうか。

目は見開いたままだったが、もうそこに驚きの色はなかった。

空は青空のままだというのに、光を帯びた雨が静かに降り注いでいた。


----------------


これは、海と海を渡る能力を持つ私と彼の旅の物語。

そして、

私が死ぬまでの物語(きろく)である。


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