表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

隣の部屋のラジオ

作者: 在り処

 




 俺の住むボロアパートはとにかく壁が薄い。

 月の家賃が格安だから仕方がないとも思うが、隣の部屋の生活音が丸聞こえだ。


 これが小説ならば、隣に住むのは美人大学生や美人OL……なんてこともあり得ただろうが、実際は何を考えているのかも分からない浪人生。


 ここに住み始めた頃、何度かこちらから挨拶をしたことはあるが、あちらからの返事はなく、無愛想というのがしっくりくる男だ。


 そのくせ夜型なのか……はたまた遅くまで勉強をしてるのか……金曜日の23時になると隣の部屋から決まってラジオが流れ出す。


 その音量は何を喋るっているかがはっきり分かる状態であり、俺の睡眠の妨げになっている。


 何度か深夜は音量を下げるようにお願いしたのだが、こちらをチラと見るだけで何の反応も示さない。

 大家さんにも苦情を言ったが、「注意はしましたよ」と連絡があっただけで、改善されることはなかった。


 時には抗議のように壁を叩いたりもした。だが、それも無駄に終わった。




 ——23時。


 時間を知らせるように隣の部屋からラジオが流れ出す。

 おそらくよほどこの番組が好きなのだろう。

 そこで俺は、ある一つの行動を起こしていた。


 その計画を思いつつ、俺はラジオに耳を傾ける。


 いつも通りの女性パーソナリティがタイトルコールをすると、賑やかな音楽が流れ出す。

 今日の話題をネタにしたトークが始まり、合間には懐かしい曲が聴こえてくる。


 やがて番組はお便りコーナーに入った。

 お便りとは言っても、最近ではメールや番組ホームページでも送ることができ、リスナーにとっては気軽に参加出来る垣根の低いものになっている。

 パーソナリティへの質問や、悩み相談。

 たまにお題もあるが、大体はフリーテーマだ。



『——次はペンネーム角部屋さん。

 いつもラジオを聴いています……ありがとね。

 なになに、隣の部屋から毎週決まった曜日に大音量のラジオが聞こえてきて、睡眠時間が奪われています。

 マナーを守るように注意してください——か』


 俺は小さくガッツポーズをしてほくそ笑んだ。


『うーん。そうだね。

 そこはやっぱり最低限のマナーあってのラジオだよね?

 もし、この番組を聞いていて身に覚えのあるリスナーの方は、ほんの少しでもボリュームを落として下さいね!

 最近はイヤホンも高性能だから、その選択肢もありだよ!』


 俺でもダメ。大家さんでもダメ。しかし好きなラジオのパーソナリティならどうだ?


 案の定、隣の部屋から聞こえていたラジオの音量が少し下げられた。

 鳴っているのは間違いないが、何を喋っているかは分からないほどだ。


 俺は確かな成果に満足して、眠りにつくのだった。





 だが、その7日後——23時に流れ出したラジオの音量は以前と同じ大きさに戻っていた。

 あまりの苛立ちに壁を叩いたが、だからといって下げる様子は見られない。


 お決まりのお便りコーナーに入り、俺は急いでスマホでメールを送る。

 前に送ったものより感情的な文章になってしまったが……ある意味、俺がどれだけ迷惑に思っているのかがよく分かるだろう。


『——次のお便りは……ペンネーム耳たぶさん』


 さすがにそう都合よく、俺の出したメールは読まれないようだ。

 だがこのコーナーは始まったばかり、まだチャンスは残っているはずだ。


『いつも勉強中に聞いています。

 このラジオは僕の生きがいです……いやぁ、そこまで言ってくれると嬉しいなぁ!

 えーっと、最近ラジオを聴いていると、隣から大きな物音がします。どうやら壁を叩いているようです。

 あー、何か先週もそんなお隣さんとのトラブルのお便りあったよねぇ。

 せっかく楽しんで聴いているのに、邪魔をされてしまいます……か』


 どうやら逆の立場のやつが送ったものらしい。

 こうなると似た内容である、俺の送ったメールは読まれない可能性が高いが、これはこれでオッケーだ。

 先週も注意していたくらいだ。逆に『あなたのラジオのボリュームは大丈夫ですか?』と言ってくれるだろう。


『あー、分かる。楽しんでる時に邪魔が入るのって本当にムカつくよね』


 予想外のパーソナリティの言葉に、俺は唖然とした。

 いや、そこは逆だろ?


『そういうやつってさぁ、()()()()()()欲しいよね!』


 このパーソナリティは何を馬鹿なことを言ってるんだ。

 ——そう思った時だ。

 隣の部屋からラジオ以外の音が聞こえ出した。

 何かを探すような……物をかき分ける音。


 瞬間、俺は寒気を感じた。

 今のパーソナリティの言葉……もしかして——。


 俺の部屋の玄関の扉が叩かれる。

 ノックとは呼べない強烈な音に、俺は部屋にある机や布団をバリケード代わりに玄関の前に押しやった。


「く、狂ってる!」


 何度も何度も、扉が壊れそうなくらい叩かれたが、やがて諦めたのか扉の向こうの気配は消えた。


 ——もうここには住んでいられない。

 俺は明日一番で引っ越しする決心を固めた。











 ——その時。


 木の割れる音が部屋に響いた。

 壁から突き出た男の腕。

 その手には包丁が持たれている。


「うぁぁぁあああーー!!」


 腰が抜け、その場にへたり込むと、腕が抜かれ出来た穴に男の顔が見えた。

 それはもう人と呼んでいい顔ではない。

 悪魔のような笑みを浮かべ、やつは壁を壊していく。


『次は……ペンネーム——あっ、また角部屋さんからだ。

 これはもういっか』


 














評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] まさに現実にも起こりそうな話だし、番組時間帯が具体的でリアリティーを感ずるホラーでした。 実際、他人の話(それが自分の気に入っている人間の話でも)のうちの自分に都合の良い部分を拡大解釈して…
[一言] パーソナリティーの軽い口調と起きている出来事のギャップにゾワッとしました。 お隣さんとのトラブルには気をつけないとですね…
[一言] 隣人の登場シーンの時に ダダンダンダダン…… ダダンダンダダン…… とターミ◯ーターのテーマが頭に流れました 逃げるのは不可能ですね 怖かったです
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ