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「本当に覚えていないんだな?」

「ええ。他の方ならともかく、アメジスト様に嘘偽りは申しませんわ」


 確認すると楽園の主が静かな瞳を向ける。

 大精霊として復活する以前を思い起こさせる表情に、確かに嘘は感じない。


 だとすれば、やはり陰謀めいた話だ。

 スピネリスの一件との繋がりも感じざるを得ない。


「その方のお顔も、語られたお話も覚えてはおりません。そこから先の記憶は途切れ、モチータとして幾度かの生を全うした記憶がおぼろげに続くばかりです」


 ある日楽園の主のもとに、“旅の者”が訪れた――。


 そいつが魔術で楽園の主の魂を封じ、マーナイゴンに転生する仕掛けをした張本人かは定かではない。

 だが確実に黒幕の一人ではあるだろう。あの海底の宮殿にただの人間が到達できるとは思えない。

 時代が違う、スピネリスに助言した旅人と同一人物ではないはずだ。だが何らかの組織内で目的を共有し、長期間かけて事を行っている可能性はある。


 書庫の監視者が俺達を誘う目的も謎のままだが、少なくともこの二つの異変を無視できない理由があったということだ。

 監視者が姿を現さない理由もそれに関係しているのだろうか。

 本を介した断片的な情報も、ふざけているのではなく本当にその程度の動きしかできない、と解釈するべきなのか……。


 今の時点で判断するのは危険かもしれないが。監視者には俺達を罠に嵌める余裕などないのかもしれない。


「わたくしは長い時をこの海の主として過ごしてまいりました。大精霊と呼ばれるに値する力もございます。それがこの有様ですわ。くれぐれもご用心なさいませ」

「肝に銘じておく。といっても、狙いは大精霊のようだからな。俺達の旅に直接関わってくることはないだろうが」


 俺の言葉に楽園の主が強い視線を返した。


「竜魚を封じた時のことを覚えていらっしゃいますか?」

 頷いてみせると、

「あれは力のある精霊だけが用いることのできる技ですわ。人、ましてや魔物に真似できるものではございません」


 海に流した魔力が還ってくる、奇妙な体験を思い出す。

 まだ独力で成功はしない、俺の能力だと言い切っていいものか。だが補助付きとはいえ一度でも成功したことが問題らしい。


「アメジスト様……あなたは大精霊に相応する、稀有な魂をお持ちなのです」

 己がどんな存在か、という件に新たな説が上ったところで今更驚きはしない。


「最も有力なのは“魔王”だそうだが」


 誰にともなく呟くと、楽園の主が不思議そうに目を瞬かせた。



 部屋へ戻る途中、ヨゼフが声をかけてきた。人気のない方へ手招きする。


「なんだ」

「あんたと情報交換がしたい」

 声をひそめて続ける。

「提供するのはセラの情報だ」


 俺が食いつくと確信しているらしい顔についていき、誰もいない船倉に入ると話を切り出した。


「船を離れていた間、何が起きていた? 詳しい話を聞かせてくれ」


「聞いてどうする。以前と比べ海が平穏になった。ただの海賊のお前にはそれで充分だろう」

「こっちの事情はどうでもいいだろ。あいつの情報が欲しくねえのか?」

「ああ。二度と会う気もないからな」

 踵を返すと焦った様子で扉の前を塞いでくる。


「い、いやそっちが会う気なくても多分向こうから……」

「次は目視の不可能な距離から葬るしかないな……」

「すでに葬る気でいらっしゃる!?」


 もし次に相対した時、コハルを奪うつもりであればやむを得ないだろう。(ただしコハルに気付かれないよう、上手くことを運ぶ必要がある……。)

 頭の中でそれを想定した魔術を組み立てていると、意を決したように妙な巻き毛の頭を下げた。


「頼む、どうしても異変の全貌が知りたいんだ。教えてくれ」


 ヨゼフ。こいつも初めて見た時からどこか違和感を覚える奴だと思っていたが……。

 今は分かる。魂だ。

 これといって特徴のないものだが、違和感の理由が分かり納得する。


「ダトーが贔屓にしている情報屋。そいつの居所と交換だ」


 勢いよく顔を上げ、頷くと先に船倉を出ていった。

 面倒だが、仕方ない。断ればコハルを使って聞き出そうとするだろう。

 ようやく金髪が纏わりついてこなくなったところだ。陸へ戻るまでの間、いちいち邪魔を受けたくはない。


 ダトーを酔い潰して情報を手に入れた、と言うヨゼフに楽園での経緯を語った。

 酔わせる必要もないはずだが、都合はいい。起きた頃には契約書のことなど記憶の片隅にも残っていないだろう。



   ◆◆◆



 当初の想定とは異なる結果になったが、能力複写を手に入れた。

 これを使い試したいことがある。遺物の残るエミーユの遺跡へ戻ることにした。


 その途中、また不可解な理由で足を止めたコハルに付き合うことになった。


 能力を向上させる機会だ。少し焦らせて負荷をかけるため、期限を設けた。

 旅の途中で耳にした噂、奇怪な絵の張り紙。

 妙な符合を感じると、やはり野放しになった変異種が魔物と戦っていた。


 能力を爆発的に向上させ、巨大化するという珍種だ。

 効果は約ひと月。しかし大賢者の鐘の力によるところが大きく、自分の意思で自由にできる能力ではないようだ。


 コハルがスズメと呼ぶ鳥魔物はなかなか面白かった。食欲を持ち、好物を前にすると能力を上げ、集団で襲い掛かる。

 そして満腹になるとまるでコハルのように無防備に眠る。俺の強化の参考にはならないが、弱い魔物の中にも見所のある奴らはいるらしい。


 逆に陰陽蝶の幼虫と共生したカエルの進化はつまらないものだった。

 あの繭には禁術ほどの力もない。竜を生み出すのは不可能だろう。


 繭を持ち去った者がいたらしいが。瘴気を発生させるしか能の無い生物を造るのが関の山だ。

 それとも使い方次第では、強力な生物兵器でも生み出せるのだろうか。

 例えばスロシュでの一件のように、魔物や人の意識を乗っ取り、操作するような……。


 俺の補助のもととはいえ、コハルに操作が使えると分かったのは収穫だった。

 不完全な能力のはずの操作が、複写して使用できる。おそらくコハルの力によって欠陥が補われたのだろう。


 楽園の主が言うには、コハルには“女神の加護”があるらしい。


 ほんのわずかな時間とはいえ魔物を操ってみせた。俺にも不可能だった魔物の操作だ。

 コハルに加護を与えているのは女神エルテクタなのだろうか。

 監視者の目的も、それに何か関わりがあるのか……。


「ちょ、ちょっと。こんなところで思案モード入らないで!」


 コハルが俺の腕を掴んで言う。夕日のせいではなく顔が赤い。


「お前が店を探すというから待っているんだろ」

「そうだけど、なんか思ってたのと違ったから……は、早く出よう」


 食事をするための店を物色していたはずが、急に顔色を変えると俺の腕を引いて歩きだした。

 それなりに賑わいのある通りだ。酒場が多い。だが何が違うのか分からない。

 密着している奴らも多い。結局あいつらは何者なのか……謎めいた関係を構築するギャンブラーだそうだが……。


「そこのお二人さん、雰囲気のいい部屋空いてるよぉ~」

「けっこうです!!」


 声をかけられ、顔の赤みが増した。

 部屋などどこも大差ないと思うが。この宿に泊まる気だけはないらしい。


「あー、危なかった……」

「どこに危険があった」

「アメジストはわからなくていいの!」


 通りを出ると何に憤慨しているのか、複雑な表情でこの町の「大人たち」とやらへの文句を呟きはじめた。

 相変わらず驚くほどよく動く顔だ。頬もよく伸びる。


「確かに理解できなくても面白いものはあるな」


 頬をつまんで伸ばす。ころころ変わる表情を眺めていると、警邏中の役人が俺の肩を叩いた。

 コハルを買ったのではないかという意味のわからない質問をいくつか受けた後、それらを否定するコハルに追い払われ去っていく。


「いくら出せば買えるんだ?」

「非売品です」


 もしも金で思い通りになるのなら、難解な関係を目指すより余程簡単だ。

 わずかな期待を込めて訊くと、頬を染めたまま睨まれた。



 喧騒から離れた通りで宿を取り、書庫に降り立つ。

 あの空虚な隠し部屋の先から光が洩れていた。


 久しく沈黙を保っていたが。とうとう次の指令を出す気か。

 だが今後は余程のネタでも出さない限り、素直に従うつもりはない。

 誘導先の異変は何者かによって意図的に引き起こされたもののようだ。

 楽園の主の助言がなくとも、今はコハルの身の安全を保障できない話に積極的に乗ろうとは思わない。


 階段を降り、全体が淡く照らし出された室内を見渡す。

 光源は本棚ではなく、机に置かれた台座らしき物体だった。


 …………。


 手の中の物を見る。先程コハルに押し付けられた奇怪な木彫りの像だ。


「書庫って殺風景でしょ。これを飾って、ほどよいユルさを演出するといいよ」

「いらんと言っている」

「ね~~、お願い。これ意外とかさばるし、いつか耳とか折れるんじゃないかって心配で。かといって捨てるのも忍びなく……」

「捨てろ」


 しつこく懇願され、結局ここへ持ち込むはめになった。


 視線を上げると台座が光を点滅させる。

 像には魔力が込められているでもなく、素材もありふれた木材だ。

 もしアコ・ブリリヤを持ち帰ったなら、ここへ置くのだろうと予想していたが……。


 あからさまな誘導を受け、像を台座に置いた。

 部屋がかすかに揺れ、埃が舞う。

 揺れと光が収まった時、空だった本棚に数冊の本が現れた。


 一冊手に取り、開く。

 ページをめくるたび、上階の本棚では見たことのない情報が次々と現れた。


 以前は喉から手が出るほど欲しかった、複雑かつ高等な技法。膨大な知識に裏打ちされた深遠な論説。

 魔術書には時折、理解しがたい術とその構成が浮かび上がった。禁忌、禁術のたぐいがたやすく引き出される。


 なんということだ。奇怪な像こそがこの部屋の鍵だった――――と誰が思うか。

 ただの演出だ。どうせ何でもよかったのだろう。

 監視者。やはりどこまでもふざけた奴……。


 一度本体へ戻り、今起きたことをコハルに話すと吹き出した。


「アメジスト、それおちょくられてるよ。前から思ってたけど完全にいじられキャラと認定されてるね」

「うざい……」


 にやけた顔を両手で挟み、頬を伸ばす。

 そうする間も腹を抱えて笑う声が部屋に響いていた。


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