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※虫さんが苦手な方はご注意ください※
醤油系調味料がベースの具だくさん雑炊で元気をチャージした私達は、のどかな風景にシュール感をぶち込んできた繭を目指した。
ちなみに昨日の夕食は普通のグラタン風料理だった。これも私の好きなやつ。
「今度こそ勝って、シャリラでフィーバーするぞ~!」
静かな田んぼの前でつぶらな瞳と頷き合い、やー! と気合を入れる。
……って、自らを鼓舞するためにもああ言ったものの。実は全く自信がない。
巨大な黒繭の前まで来るとアメジストが鞄から楽園ペン(ブリリンペンと悩んだ末、こう呼ぶことにした。)を取り出した。
渡されたそれを両手で握りしめる。その後、背後に密着し腕を回してきた。
…………あの~? まさかこの体勢で??
既に気配を消す魔術をかけたノーチェが、さらに空気になろうとする。だから誤解だって。
「集中しろ。魂を感じ取れ」
耳元で無茶言うな。
だけどこれが作戦の成否を決める、今回の私の任務なのだった。
「魂て、なんすか……」
「知らん。まあ命と似たようなものだろう」
予想に反してぼやっとした返事が返ってくる。
哲学的な定義とかを語られても理解できる自信はないとはいえ。オリジナルですらよく分かってないものを扱う能力を、本当に私が使いこなせるんだろうか?
悩んでいると、片手が外されて頭に久々の衝撃が襲いかかった。
「こんな風に相手の本質が発するものを捉えるイメージだ」
ますますわからん……。
だけどぐずぐずしていても時間切れになるだけだ。悪霊に頭を鷲掴みされたまま、心を決める。
コピー能力“操作”で、ついに私も猛禽類デビュー!?
この世は弱肉強食。鷲掴みされる獲物はもちろん――スズメ(魔物)。
ただし田んぼに潜伏している奴らではない。ターゲットは謎の昏睡状態のまま転がってる方だ。
一番最初に枝から転げ落ちた警備スズメが地面で大の字になっている。それを選んでしばらく意識を集中させた。
私は猛禽女子……。スズメの本質を鷲掴みする……!
……。だからスズメの本質って何よ?
もっと具体的にって質問……、いや頼りすぎか。もう少し自分で考えよう。
そもそもこの魔物達、なんでシャリラを食べるんだろう?
動物なら生命維持のために食物は必要だよね。でも魔物がご飯を食べるなんて今まで聞いたことがない。
ただ単純に食べるのが好き、とかいう話なんだろうか。
本質って、まさか食欲??
……今朝の和風雑炊、おいしかったな~。
中身が米だったらもっとおいしくなりそう。あー、シャリラで試したい。
真のノーチェリーチェも早く食べたいけど、真の和風雑炊もぜひ味わっておきたい。無事収穫できたらリクエストしてみよう……。
思考が少々脱線してしまった、と思った瞬間。
仰向けの警備スズメのくちばしがピクっと動いた気がした。
慌てて鷲掴みのイメージを強める。だけどそれ以上動く気配はない。気のせいだった?
はやる気持ちをリラックスさせるため、私は今までにアメジストが作った料理を脳内で再生した。
短い期間で随分レパートリーが増えている。そのうち『創作ダイニング魔王城』とか開店する気なのか。もし元の世界に帰れなかったら皿洗いのバイトでもしようかな……。
警備スズメの翼が小さく動いた。今度こそ、気のせいじゃない。
「よし。そのまま魂を掌握しながら、取らせたい行動を思い描くんだ」
成功した!? 私、あの警備スズメの魂を鷲掴んでるの?
全く実感がない。だけどこれってもしや、食欲に共鳴した……!?
とりあえず指導された通り、必死に作戦を遂行する。ただし実際に遂行するのは操作している魔物だ。
警備スズメが起き上った。翼をはばたかせて真上に移動する。
パタパタ飛んだあとに舞い降りたのは星の頂点、黒繭の一番高い場所だ。
「チュピピピ~~」
高らかな鳴き声に、シャリラの間からスズメ魔物がひょこっと頭を出した。
さらに一匹、二匹……と田んぼから次々姿を現す。
直前にかけたノーチェの魔術で、繭は元の大木に見えているはずだ。
警備スズメを操り、再び鳴き声を響かせた。
「変な繭は消えて、安全安心なホームが復活しました。みんな集まれ~~!」
意訳するとたぶんそんな感じになっているはず。
仲間が私に乗っ取られているとも知らず、田んぼの一ヶ所に集まった魔物達が一斉に飛び立ち、こちらを目指して飛んできた。
やった! 作戦成功!!
「食への執着が生み出した力、見せてもらおうか……」
……これってそんな大食いキング決定戦みたいな話だったんだ?
ノーチェが攻撃術を準備する。
しかしそれを発動する機会はないまま、アメジストの推測通り、すぐ上空まで迫ったスズメ魔物の一団が突如意識を失い、地に伏した。
◇◇◇
二人と一匹で、かすかに震えはじめた黒繭を眺める。
魔王の眼力によればこの中には今もカエル(と寄生した幼虫)がいるらしい。
繭の中で力を溜め、より強力な形態に進化するつもりだろう、とのこと。
そこでスズメ魔物達を誘導して大量の“食い意地の力?”を吸収すれば、進化が完了し、繭から出てくるはず――。
「って、ただの食欲にそんなすごいパワーある!?」
「鳥魔物にこれといって抜きんでた力はない。唯一特殊なのがあの食い気だ。カエルにはそれを力に変換する能力でもあるんだろう」
だから瘴気を与える代わり、スズメ達に食欲を捧げさせていた、らしい。
そんなに欲しいなら私も少しくらいあげてもいいんだけど。またスカートがきつくなる前に……。
まあ普通の人間や動物の食欲ではだめなんだろうな。アメジストの言うように、ご飯を愛して爆食する魔物は珍しいってことだね。
命にも等しい食欲を吸い取られ、ぬいぐるみのようにスズメ魔物が転がる中。ついに繭の中央に大きな亀裂が走った。
そこからどろっとした黒いものがあふれだす。瘴気の塊……? もしあれを飲もうとしたら絶対止めよう。
「相手の得意分野もおそらく闇だ。お前も食欲を解放し、力で圧倒しろ」
どんなアドバイスだよ。
真面目な声での助言にノーチェも真面目に頷き返す。それを見届けるとアメポートでいつもの丘の上に降り立った。
「えっ、ノーチェだけで相手させる気?」
「あの場はこれから瘴気で満たされる」
コピー能力と魔本でサポートするつもりでいたのにな。そりゃ瘴気で倒れ、護衛がいなきゃ1ターンで即死の私がいたら足手纏いだろうけど。
せめてと思い、黒い紐で気を失っているスズメ魔物達を回収し、ひとまとめにして田んぼのあぜ道あたりに移動してもらった。ノーチェの邪魔にならないように、それと巻き込まれて潰されたりしたらなんかかわいそうなので。
そうこうしているうちに破れた繭が溶けるようにして崩れると、中から黒い影が現れた。遠い目で拡大する。
蝶というより蛾っぽい羽。大きなカエルの頭。なぜかその下の身体はヘビ……じゃない、ムカデだ。
大きさはノーチェの半分くらいだろうか。巨大なカエル頭の虫が浮いていた。
モスでカエルでムカデ……。もうカエルではない、モカデナイでいいや。
もし人畜無害に、どこかの藪の中とかで生活する意向なら……。
そう願ったりもしたものの。やっぱりそんな気さらさらないらしい。
モカデナイが強く羽をはばたかせ、あたりに瘴気が広がった。
ノーチェが魔術を使い、一瞬だけ闇が巨体を包みこむ。身体強化の術だそうだ。
繭の残骸がぐずぐずと崩れ落ち、瘴気にまぎれて消える。それを合図に二匹がぶつかった。
カエル頭の口から高速の何かがとび出しノーチェを襲う。たぶん舌だ。あのハエとか捕るやつ。
ムチのようなそれに巻き付かれたかに見えた巨体がぼやけて消える。残像を残して避けたらしい。
今度は口から液体をとばしはじめた。ノーチェがよけた場所の草が溶けている。毒液だ。この攻撃もなんかデジャヴ感あるな。
その後もモカデナイの先制攻撃が続いた。
攻撃術を叩き込むタイミングを見計らっているんだろう。ノーチェが攻撃を避けながら死角に回り込む。
だけどムカデの尾は尾ではなく頭がついていて、勘付かれて反撃されていた。頭二つはずるくない?
何かここからでも手伝えることないかな……。そうだ!
「おふくろの味! ノーチェリーチェの香りで食欲を刺激して……!」
「食材が足りない」
オムライスのソース以降、出現しなかった理由はそれか。
毒液の連打が止まった瞬間を狙い、ノーチェが一気に距離を詰めると大きく振りかぶってカエル頭にパンチを入れる。
身体強化した巨体の体重が乗った拳だ、これは痛い――が、惜しい! ギリギリでかわされてしまった。
でもそれも作戦のうち。かわした先の上空には巨大な鉄球に似た黒い塊が。それが一気に落下すると、三位一体の身体にめり込んだ。
残念ながら一撃では倒せなかった。だけど重傷には違いない。
羽を震わせ、へこんだムカデの胴体に瘴気を集中させている。あの瘴気に回復効果でもあるのかな。
さらにノーチェ弾で追撃する。見事ダメージ部分に命中し、ムカデ頭のついた胴体の半分ほどが地面に転がった。
間髪いれずのたうち回る本体に肉薄した。今度は本気のパンチを叩き込む!
「ノーチェいけー!」
「……早まったな」
隣の呟きに首を傾げる暇もないまま。攻撃を入れたはずのノーチェの巨体が吹き飛び、後方の木々をなぎ倒して止まった。
なんで!? 相手は弱ってたはずじゃ……!
遠い目の視野が曇ってきた。前に繭の中を覗いた時に似てる。
一度遠い目をやめて肉眼で眺めると、二匹が戦闘する丘は厚い瘴気に閉ざされてほとんど何も見えなくなっていた。
ただ痛みにのたうち回っていたんじゃない。大量の瘴気をふりまいていたのか……。
再び遠い目で必死に霧の中を覗く。ムカデの胴体の途中から、さらに三つの頭が生えていた。増えてるし!
曇った視界でもわかるくらいノーチェの動きが鈍っている。
瘴気の丘とは対照的に、空には高く昇った太陽が輝いていた。タイムリミットが迫っている。
私は身体の向きを変え、冷静に戦局を眺める黒尽くめの胸にとびこんだ。
「……どーしても、今すぐ味わいたいものがあります……!」
顔を上げると、想定外だったらしく呆然顔でぎこちなく頷いた。
アメポートでひとっとびし、持ち帰った一束を風の術で脱穀する。
軽く洗って水と一緒に鍋に入れ、火の術を駆使した超時短調理をお願いした。
なんと約3分のスピード炊飯! 忙しい朝も疲れて帰った夜も、チート魔術士一台で炊き立てがすぐ味わえます! 今なら精米機もお付けして……非売品です。
炊けたシャリラの詰まった鍋を両手で抱え、私は走った。
珍しく慌てた様子でアメジストがついてくる。
瘴気に覆われた丘の手前、田んぼのあぜ道あたりで鍋を下ろすとあらん限りの声で叫んだ。
「ノーチェ! 聞こえる……いや嗅いでるー? 絶対勝って、家族と一緒にこれを食べるんでしょー!? 瘴気なんて食欲でぶっとばせ~~!」
ついでに風を起こしてかぐわしい湯気を中へ送ってもらう。
食欲で強くなれる説。どこまで本気で言ってるのかわからないけど、今だけは信じようと思う。
とはいえ現実的な手も打てるだけ打っておかなくては。
「これはもう異変レベルの事件だよ。万が一ノーチェが負けそうになったら、解決のプロにバトンタッチするしかないね」
「そんな奴がいるのか。ご苦労なことだ」
保険をかけようとしたら、ご飯のかおりを送風しつつ他人事の顔を返された。
「まあそう言わずに。あんなやばい魔物と戦ったらますます強くなれちゃうよ」
「……」
「瘴気を出す魔物を倒せば、瘴気飲みレベルがアップして味やのどごしがよくなったり」
「そろそろ関係を更新しないか?」
「…………うぇ?」
送風を止めて振り向くと、紫の瞳が強い視線を送ってきた。
普段とはまた別種の圧で目を逸らせない。ヘビに睨まれたカエルな私。
「更新って、どんな?」
「どこの町にでもいくらでもいる、際限なく密着しているような関係だ。そうなれば逃げる理由もなくなるよな」
ついに何かに気付いてしまったらしい。しかしなんとなくぼかした言い方だ。まだ本当の意味で理解できたわけじゃなさそう。
「そういう関係は、その分信頼の変動も大きいよね。うっかり別の人とハグしようものなら即、ゼロを越えてマイナスまで落ち込んだり。他にも信頼感が下がる条件がいっぱいあるし。ギャンブル要素が多すぎるよ」
これはあながち嘘とも言い切れないよね。
圧の消えた瞳がかすかに泳いだ。頭上に疑問符が大量発生している。理解が追いついてないの丸わかりだ。
「……では先に条件を全て提示してくれ」
「それは最初に提示できるものじゃないから。だってはなから疑ってる相手とそういう関係になるなんて、普通無理でしょ」
平静を装いながらもポンコツを隠しきれない無表情に畳みかける。
「もしうまくいかなかったら、一緒にいられなくなっちゃうんだよ? 私達みたいな二人旅の場合、あまりにもリスクの高い選択だと思うんだよねぇ……」
「??????」
私の言葉になすすべもなくフリーズする。
ふははは。わかんないなりにそのへんのカップル達に着目して都合のよさを感じ取ったんだろうけど、そうはいくか。
魔王よ、書庫で恋愛小説丸ごと一冊写経してから出直すがよい!
――その時、勝利に酔いしれていた私は気付かなかった。
狂気で満たされたいくつもの瞳が、こちらへ向けられていたことを……。