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 目的地へと近付くにつれ、次第に音がボリュームを増していく。

 それはどこか郷愁を誘うような……というか普通にうるさい……。


 ノーチェが神妙な顔で振り返る。それに頷き返し、忍び足で隣に並んだ。

 ちなみに忍び足をしなくても、すでに魔術で気配を消している。(さっそくちょっと頼った。)

 ノーチェは自分でこの術を使っていた。だから黒い影の噂程度で、今まで誰にも発見されなかったみたいだ。


 木の影から、やや盆地状になっている眼下を窺う。その土地いっぱいに黄金色が広がっていた。圧巻。

 だけど景色に感動できたのはほんの一瞬だった。


 チュチュンチューン!!

 チィチィ!! チィパッパァ~~!!!


 うわ、テンション高っ……!


 黄金に輝く田んぼ(?)には、聞き覚えのある鳴き声で飛び回る集団がいた。

 そこかしこを飛んだり跳ねたりしたかと思えば、穂の中に頭から突っ込み、一心不乱にそれを貪る。

 シャリラ祭りの盛り上がりは最高潮だ。このやかましい奴らが食害魔物で間違いない。


 遠い目を使って拡大する。

 ずんぐり丸いフォルム、枯れ草のような茶色の羽毛、……あれ? 頬の丸い模様がピンクだ。

 記憶よりも少し大きい、鳩くらいのサイズ。だけどこの姿はどこからどう見てもあの鳥。スズメだ。


 必死にシャリラをついばむ様子は、見てると思わず癒されてしまいそう。

 だがしかし、奴らは魔物。そしてシャリラを食い荒らす敵だ。ちょっと可愛いからって許すわけにはいかない。


「ノーチェの魔力は闇属性だけ、だったよね」


 私の言葉にアメジストが頷く。

 魔本を取り出し、見慣れた術をイメージして開く。出てきた魔術をノーチェに見せた。

 私の意図を理解すると何度か手元で試してから、集中して前足を差し出す。


 田んぼの上空に黒い塊が現れた。塊が大きく広がりながら落下する。

 黒い紐の変化形、闇の投網バージョンだ。これでスズメ魔物を一網打尽にする!


「――チュンっ!?」


 穂に頭を突っ込みはぐはぐしていた一匹が術に気付き、顔を上げる。

 その一匹が飛び立つのと同時に、あたりのスズメ魔物も一斉に飛び去った。投網が空しくシャリラに覆いかぶさった後、消える。

 さすがスズメ、すばしっこい。それにノーチェの黒い紐はアメジストのものほどスピードが出ないみたいだ。


 スズメ魔物数匹がこちらに気付いて向かってきた。ノーチェが片前足を猟銃風に構え、弾丸のような黒い塊を連続して放つ。

 一匹に当たり、それを見た他の魔物が方向転換して逃げていく。

 まずは一匹……、と思いきや。撃たれた魔物が地面に転がったあと、慌ててとび起きると仲間のもとへ逃げ帰った。


 ノーチェが悔しそうに息を吐く。

 お腹のあたりに当たったように見えたのに。障壁でも張っていたのかな。


 のんきにシャリラフィーバーしている場合じゃないと悟ったらしい。魔物達が田んぼを離れ、こことは反対側の丘にある大木に集結した。


 次の手を考えながら、魔物の様子を拡大して見る。

 私達を警戒……している個体は、してる。

 でも数匹ほど、丸い身体をさらに膨らませてうとうと船を漕いでいた。思いっきり熟睡してる奴もいる。きっとお腹がいっぱいなんだね。

 ……のどかだな~……。


「知ってる? 羽毛を膨らませた姿をふくらスズメって言って、中に空気をためて寒さから身を守るんだよ」

「あの中は瘴気だ」


 ほっこり気分で豆知識を披露したら、冷静な分析が返ってきた。

 スズメ魔物は羽毛に空気ではなく、瘴気を仕込んでいるらしい。

 一気にほっこり気分がしぼんでいく。それでノーチェ弾の効き目が悪かったのか……。


 膠着状態になったため、一度野宿した場所まで戻り作戦会議をすることにした。

 それにしても、ほのぼのした見た目のくせに瘴気を纏うとは。まるで竜魚や怒り狂ったスピネリスだ。見た目を裏切って案外大物なの?


「いや、奴らに瘴気を生み出す能力はない。どこかに発生場所でもあるのか……」


 首を傾げるノーチェにアメジストが瘴気について軽く解説すると、目からウロコとばかりに何度も目を瞬かせた。瘴気を知らないせいで、攻撃が効きにくい理由が今までわからなかったようだ。


「なるほど。だったらふくらスズメになれないように、瘴気の供給源を見つけて叩けば勝機がありそうだね。しょうきだけに」

 手を叩いて提案すると、つぶらな瞳が期待で輝く。


「作戦としては悪くない。だが生命線を絶たれると分かれば攻撃も激しくなるだろう。覚悟して臨め」


 ギャグをスルーしつつ振り向いた監督ヅラに、私とノーチェは大きく頷いた。



   ◇◇◇



 アメジストが作ってくれた昼食で、一旦休憩することにした。


 メニューはおいしい肉と野菜のスープだ。ノーチェには鍋ごとわけてあげると、中を覗き込んで一瞬動きを止める。

 ……うん、私もちょっと思った。どことなくノーチェリーチェを意識した味だな、って。

 でもやっぱりあの味を再現できてはいない。黒くもないし、とろみも足りない。

 最近の魔王、なにゆえ料理の完コピにハマった? まあ魔のつくもの以外にも興味を持つのはいい傾向、かな……?


 一息ついたあとは、瘴気の供給源を特定するべく行動を開始した。

 といっても今のところ私にできるのは遠い目だけ。地道にやるしかない。


 ノーチェの話によると、スズメ魔物は基本的に田んぼの周辺から離れることはないらしい。

 それなら遠い目で見られる範囲内にあるかもしれない。田んぼを中心に、円を描くように眺めていく。

 だけど一時間くらい眺めてもそれらしい場所を見つけることはできなかった。


 私の能力の問題なのだろうか。それとも何か見落としてる?

 さらに一時間近く眺めるも成果は上がらず、田んぼの見回りから戻ってきたノーチェに首を横に振ってみせた。


 腕組みして監督ポジションを貫く気でいる無表情をちら見する。

 瘴気を飲むのって、コピーできる能力なのかな?

 手っ取り早くそれを借りて、直接スズメ魔物の瘴気を奪い取る……。でもやってるうちに瘴気漬けになっていつか倒れる……。

 う~ん。この策は破綻してるな。


「それにしても、なんで今までいなかったスズメ魔物が出没するようになったんだろ。これも異変?」

 遠い目を使いながら何気なく言うと、振り向いたアメジストと目が合う。

「奴らの大半はおそらく、あの時解放した一派だ」


 世間って狭い、悪い意味で。

 スズメ魔物達のほとんどは、私とリチアを誘拐した変態貴族とその執事が謎の杖で使役していた魔物の一部だったらしい。

 最後はアメジストが杖の力を吸収し、魔物達はその場で解放されたという……。

 おいおい。近隣に住民はいなさそうな場所とはいえ、どこかで被害が出てなきゃいいけど。


「じゃあポロットからはるばる流れてきた奴らに仲間が加わってチュン団になった挙句、ここへ棲みついたってことか。めちゃくちゃ人災なんですが」


 あの件に関してはアメジストも被害者の一人だとしても、多少は責任を感じるべきでは……。

「もとを正せば術具を作った大賢者の責任だな」

 もうこの世にいない相手に押し付けた。

「まぁどんな道具も使う側の問題だよね。その杖があれば、スズメ達を回収してどこかの生息域に放てば解決なのになー」

「……」


 急に思案げに黙ったあと、無いものねだりをする私をじっと見下ろしてきた。


「もし魔物を服従させる力が存在するならば、女神エルテクタとやらに関係があるのかもな」

「姫……いや女神様に?」

「竜を服従させる力があれば魔物など容易いものだろう。メトラの術具はその力を求めての実験だった可能性もある。魔動ギルドの実験も突き詰めれば……」

「監督、それやってると日が暮れますから」


 思案オタクモードに突入される前に、長い髪を軽く引っ張って引き戻す。

 監督ヅラに切りかえると、私の腰の鞄を指差した。

「魔物を使役する力を願ってみてはどうだ」

 言われるがまま魔本を開く。だけどどれだけ念じても、今回ばかりは白紙のままだった。


「そこまで都合のいい話はないと言いたいらしい」

「ですよねー。それもう私が女神を名乗っていいレベルの奇跡だよ」


 不思議そうに私達のやり取りを見守っていたノーチェが急に大木を凝視すると、振り向いて目とジェスチャーで何かを訴えてきた。


「木の根元を見ろ、と言っている」


 遠い目で地面に近いところを拡大した時。何もない場所にいきなりスズメ魔物が現れた。

 よく見ると根元に大きめのウロがある。今の奴はそこから出てきたらしい。

 続いて枝から舞い降りた別の一匹が、ぴょこぴょこ跳ねてウロの中に消えた。


「コハル。望遠で中を覗いてみろ」


 遠い目は透視までできるのか。

 ……普段、変なとこまで覗いてないでしょうね? ってその手の興味も発想もないんだろうな。


 透視を使えるようになるまでけっこう時間がかかってしまった。

 すっかり辺りが暗くなった頃。最後のスズメ魔物が木のウロの先、狭いトンネルのような道を通っていくのが見えた。

 長いトンネルが終わると広いほら穴に出る。そこに何かがいた。


 透視の限界なのかよく見えない。その前でしばらくうずくまった後、魔物は再びトンネルを通って戻ってきた。

 仲間のいる枝にとまり、うつらうつらしはじめる。こいつら魔物なのに夜は寝るんだね……。

 見たものを話すと、アメジストが整列した私とノーチェを見渡す。


「そこが供給源で間違いないだろう。明日までに襲撃方法を考えておけ」


 直立不動で返事をしてから、私とノーチェは地面に棒で図を描いたり身振り手振りしたりして作戦会議を行った。


 会議が終わると夕飯ができていた。いそいそと鍋を囲む。

 ノーチェがハッと息を飲んだ。同じく息を飲んでから、慌てて自分の分を器によそう。


 一口食べて愕然とした。

 そんな……! たった半日でオリジナルの味に近付いている……!!

 ……いや、まだだ! まだ本物ほどのコクも深みもない!


 ノーチェも同感のようで、鍋をゆっくりと味わう間に平静を取り戻していた。


 それにしてもなんて恐ろしい魔王だ。このままではおふくろの味を完コピするのも時間の問題かもしれない……。


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