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「だから言っただろう、お前の想像からはかけ離れていると。変異種、それも稀に見る珍種だな」


 少し離れた木陰に佇む姿を呆然と眺めるなか、呆れ声が降ってくる。

 木陰に佇む、って表現はふさわしくないかもしれない。木のてっぺんから長い耳がはみ出していた。


 時々ちらっと顔を出しては、目が合うとまた木の影に隠れる。

 とはいえ黒い毛皮に覆われた筋骨隆々の身体を隠すには、それなりの太さの幹でも荷が重い。


 こんなのもう、なんちゃらカムイとか呼んで畏怖すべき存在でしょ。


「の……ノーチェさん?」


 すでに断定調のアメジストの言葉を信じきれず、疑問形で呼びかける。長い耳がぴくっと動いた。

 数秒の沈黙の後。おそるおそる顔を出し、今度はそのまま私と目を合わせた。


「なぜ名を知っているのか、だそうだ」


 こちらこそ、なぜそのサイズで今まで発見されなかったのか知りたいです……。


 ナチュラルに通訳するアメジストの膝の上で、私は顔をほとんど真上に向け、つぶらな瞳と見つめ合った。



   ◇◇◇



 たぐいまれな変異種と接近遭遇する前日。

 詳しい話を聞くため、私達は張り紙の依頼人のもとへ訪れていた。


「うわぁ、おいしい~!!」


 そして美味に舌鼓を打っていた。

 とろっとろの黒いルーの中に、薄切り肉と野菜が仲良く溶け合っている。

 この味。まさしく本格派のハヤシライス……!


「この料理、初めて食べました!」

 元の世界で似たものは食べたことがある、レトルト食品で。

 こっちの方が圧倒的においしい。そういう意味でもはじめましてだ。


「そんなに喜んでもらえると嬉しいわ。ノーチェリーチェっていう、あたしの生まれ故郷の料理なの」

「ノーチェ?」

「あの子もこれが大好物でねぇ……」


 こんないいもの食べてたのか、あのウサギ。というか異世界のウサギは肉もいけるのか。

 割烹着風の服がよく似合う、ふっくらしたマダムが声を落とした。

 隣に座る旦那さんが励ますようにその肩に手を置く。

「そろそろ帰ってくるだろ。ひと月もこれを食べずに耐えられるわけがない」

 少なくとも月一以上は食べてたなんて、贅沢なウサギだ……。


 老夫婦が暮らすこの家は、町や村から離れた場所にポツンと佇む一軒家だ。

 自然が豊かなところで、家の前には畑が広がっている。旦那さんの趣味の家庭菜園だそうだ。

 のどかでいい雰囲気。だけどノーチェリーチェを完食した私は、迷子のペットと同じくらい気になっていることを切り出した。


「あの……、このあたりで最近、魔物が出るって噂を聞きました」


 アメジストが地図で示した範囲の端の方に、ここも含まれていた。

 事実なら、被害が出る前に避難もしくは移住を勧めようと思う。各地で異変の起こる世界だ、いきなり新たな生息域になってしまう可能性だってある。

 私の言葉にきょとんと顔を見合わせたあと、夫婦そろって明るく笑った。


「そんな噂があるのかい? ここに住んで長いけど、魔物なんて一度もお目にかかったことがないな」

「ノーチェはちょっと臆病だから。そんなのがいたら、怖がって布団の中から出てこなくなっただろうねぇ」


 今のところ不安を感じるようなことは起きていないみたいだ。

 ……と安心しかけた時、旦那さんの表情が曇りはじめる。


「待てよ、まさかそのせいで……。ではあの商人さんもそれであんなことを……」


 気になる呟きを詳しく聞き出してみたら、思わぬ話が出てきた。


 二週間ほど前のこと。いなくなったノーチェを心配しながら過ごす二人のもとに、旅商人を名乗る子供が訪れたという。

 その子からいくつか日用品を買うと、今度は町の空き物件の話を始めたらしい。

 旦那さんがここでの暮らしに不都合はないと断ると、何か言いたげにしながらも立ち去ったそうだ。多分、私と同じ心配をしたってことだろう。


「ノーチェを探す張り紙は、その商人さんが書いてくれたんだ」

 画伯はその子だったのか。商品を買ったサービスだそうだ。


「商人さんがね。今年はシャリラの収穫は絶望的だから、諦めるしかないって言ったのよ」

「シャリラ?」

「この地方の限られた場所だけに生える穀物だよ」

 人の手によらず、自然に実る珍しい穀物だそうだ。本来ならちょうど今が収穫期らしい。


「水で炊くとふっくら、もちもちで本当においしいの。ノーチェリーチェは炊いたシャリラにかけると最高なのよ。ノーチェなんていつもの倍の量をぺろっと食べちゃうんだから」


 なぬっ! それってほぼ米じゃない!?

 この世界の穀物は麦や雑穀って感じのものが主流で、まだ米そっくりの穀物に出会ったことはない。


「だが魔物が出るせいで、収穫できないってことか……」

 項垂れる夫婦と一緒に私も項垂れた。


 ああ~魔物さえいなければ、異世界でついに米(に似た穀物)と再会できるのに。魔物さえ……、

 って魔物を秒で駆除できる人が隣にいる。いるけど……。

 今回はアメジストの力にはほぼ頼らないと決めたんだった。うぅ、米……いつか必ず会いましょう。


「黒いのが失踪したのはひと月前だったな」


 苦悩する私を横目で見てから、沈黙を保っていたアメジストが口を開いた。

 夫婦が頷くのを確認すると立ち上がり、私にも退席を促す。


「期限は今から三日後だ。それまでに捕獲できなければ諦めろ。手出しはしない代わり、捜索範囲の決定と移動は俺が担当する」


 家を出るとそう言われ、素直に了解した。

 一応、この旅の主導権はアメジストが握っている。三日間ならけっこう譲歩してくれたと思う。


「アメジストはノーチェが生きてるって信じてるんだね」


 魔物が出没すると聞いて、実は私は悪い想像をしてしまった。だけどなぜか確信を持っているような態度に希望を感じる。


「さあ、どうだろうな。……だが食い意地の張った奴はしぶといのが多いようだ」


 ……なんで今、食い意地の話?

 首を傾げる私に術をかけて抱えると、アメジェットで一軒家を後にした。



 まずは移動先でアメジストに指示された範囲を遠い目で眺めて回った。

 最初のうちは肉眼でギリギリ見える距離を拡大できる程度だったけど、やっているうちに少しずつ遠くまで見えるようになった。


 ノーチェも魔物も目にすることなく夜になり、野宿の間も見れる範囲をしらみつぶしに探す。疲れてきたら星空をズームで眺める。そのまま膝の上で寝落ちした。


 ――で。起きたら私の想像するウサギの枠をあらゆる意味でぶち抜いたターゲットに、こちらが見下ろされていたのだった。



   ◇◇◇



「……つまるところ。ノーチェはあのご夫婦のため、この地域から魔物を一匹残らず駆逐してやんよ、と決意し家を出た……ってことでいいのかな」


 アメジストが隣で体育座りをする巨体に視線を向けた。


「加えて食い意地も動機の一つだ。シャリラを収穫する気でいる」


 体育座りをもぞもぞさせて、恥ずかしそうにこくんと頷く。

 かわいい……と思うのは難しい……。

 黒い毛皮に長いお耳。だけどウサギじゃない。超巨大グマにうさ耳がついている。顔から下はクマとゴリラの中間みたいなマッスルボディだ。


 聞いた話からはいくらなんでもこんなサイズには思えなかった。

 アメジストいわく“珍種”のノーチェは、大好きな夫婦を守りたいという強い意志(と食欲)によって、ひと月ほど前、なぜか今の姿に変貌してしまったらしい。

 魔力も大幅アップ、魔術まで使えるようになったとか。ヒーロー感が半端ない。


「でもさー、もう一ヶ月でしょ。二人とも心配してるよ。なんならシャリラを手土産に、一度顔を見せに帰ったら?」


 べつに成功報酬を貰おうという下心からではない。(本当だよ。)

 安否確認し、シャリラ版ノーチェリーチェで元気回復してから、改めて魔物と対決してはどうだろうか。あわよくば私もお相伴に預かりたいなって。


 そう提案してみるも、通訳のアメジストが首を横に振る。

 ちなみに通信術ではない。この謎の会話能力もコピーしてもらおうと思ったけどだめだった。「完成度の低い能力は複写できないようだ」とのこと。


「その収穫が一番の難題だそうだ。どうやら魔物の狙いもシャリラらしい」


 なんと、件の穀物は魔物の食害に遭っているのだという。

 つまり一ヶ月もの間、ノーチェは夫婦の身の安全と共にシャリラも守っていたのだった。


「それは許し難い蛮行。だったら魔物の駆除に協力するよ」

 依頼の達成、そして老夫婦の安全な暮らしを守るためにも、魔物をこのまま放っておくわけにはいかない。


「俺に頼らず魔物を退けようというんだな。その意気だ」

「おっ……おうよー!」


 対魔物に関してはちょっとくらい協力してもらおうかな? とか思っていた機先を制され、慌てて拳を握ってファイティングポーズをとった。

 期限まであと二日以上ある。コピー能力を駆使すればなんとかなる……はず?


 つぶらな瞳がじぃ……っと見つめてくる。

 私はもう一度気合を込めて、拳を空へ突き上げた。


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