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 楽園の主の手に貝が現れる。アコ・ブリリヤだ。


「生き残ったのはほんのわずかです。この子の命を大事に使ってくださいね」

「……だそうだ」

「譲ってくれるのか?」


 訝し気なダトーに頷いてみせた。


「ああ。俺には必要なくなった」


 コハルとの関係次第で力が手に入ると分かった今、理由の開示もない指令をこなす気はほとんど失せている。

 貝を受け取り、手を差し出すダトーに用意しておいた紙を手渡した。


「報酬は確実に支払ってもらいたい。ここにサインを」

「わかった、わかった」


 予想通り、契約書の中身をろくに見もせずペンを走らせる。返された紙を確認し、貝を渡した。


 それを神妙な顔で原動機に取りつける。

 少しの間あたりが振動した後、――船が動きを止めた。


 貝が奇妙に脈動し、各装置を逆流させ魔力を吸い上げていく。

 蓄積していた魔力の半分程を吸った頃、足元の床が透けて海が見えた。

 悲鳴と共にとび上がり、ダトーが透明な床と輪郭の薄れていく室内を見回す。


「なっ、何が起きている!?」

「なんということでしょう……。船が精霊になろうとしていますわ」

「船が、精霊に??」


 大精霊も驚愕を浮かべ、外の景色を映し出す部屋を見渡した。


「船の精霊化? どう変化するんだ?」

「わかりません。精霊に似た力や、意思を持とうとしているようですが……。禁術の暴走に近いものを感じますわ」


 体験者が言うなら間違いないのだろう。この実験は失敗する可能性が高そうだ。

 それにしても妙な話だ。アコ・ブリリヤの命によって、船は永遠になる――。

 精霊になればそれが“永遠”なのか。暴走した状態でいつまでも存在されては、人間側には迷惑な話だが……。


「……そうか。“幽霊船”も、この実験の失敗作か」

「旦那、一体どういうことだ?」


 何故かついてきていたヨゼフが振り向く。


「おそらくは魂もしくはその代替物を作製し、意思を持たせようという実験だ。それに失敗し、人間と契約したがる攻撃的な物体を生み出したため海に沈めた……といったところだろうな」


 そして海底に眠っていたものが、楽園の禁術をきっかけに力を取り戻したのか。

 あくまで推測に過ぎない。とはいえ魔物に禁術を授ける輩がいる世界だ。魂を創造しようとする奴がいてもおかしくはない。


「魔動ギルドには狂った技師がいるってことかよ」

「さあな。まぁ二十年程前には存在していたようだ」

「……師匠。まさかそんなえげつねぇ実験のために、船を造ったってのか……」

「今ならまだ間に合います。貝を取り外してもよろしいですわね?」


 楽園の主の断固とした声に、ダトーが力なく頷いた。



 部屋に戻るとまだコハルが眠っていた。

 起きた時、腹を空かせたままではまた面倒な状態になるだろう。食事を確保しておくため厨房へ向かった。


「……坊主の分を取り置くのは構わんが。料理の一つくらい出来ねぇと、そのうち愛想尽かされるぜ?」


 昼食の仕込みをしていた奴が挑発的に言う。

 実際、コハルといる限り料理ができれば便利だろう。調理の様子を観察し、同じように作ってみることにした。


「ま、初めてにしちゃあ上出来か。セラの腕には及ばねーけどな」

 入れ替わりやってくる海賊達が途絶えると、俺の作ったものを覗き込んだ。

「あいつは何を作ったんだ」

「俺も知らねぇ料理が多かったぜ。いろんなとこを旅してるって話だから、行く先で覚えたのかもな」


 コハルの手紙によれば、金髪もリチア同様異変の調査を行っているらしい。

 奴ははじめ、コハルを俺から引き離す気でいた。だが聖区へ誘い込もうとする言動は、そのためだけとは思えない。

 一体何を企んでいるのか。二度と会う気もないが……。

 安全な避難先の一つとして考えていたが、聖区は候補から外すべきだろう。


 戻って起きていたコハルに食事を渡す。

 大きくかぶりついた後、俺が作ったと言うと真面目な顔になって礼を言った。

 ただそれだけのことが何故か面白く思える。


 楽園の主が力を与えたらしい。鞄から姿を変えた小枝を出した。

 精霊石と同等の奇石を吸収したという話に頷く。今までにはない安定した力を感じた。


「結局、私の力はなんだかよくわからないんだってさ」

「金髪の言葉を鵜呑みにする必要はない。だがお前に何らかの能力があることは認める」

「本当? さんざん無能扱いしてたのに?」

「ああ。悪かったな」

「アメジストが謝った!!!」


 異変だ! と騒ぎだすのを、隣に置かれた手を握って収める。

「謝罪が聞きたいならいくらでもしてやるぞ。俺に力を与えてくれるなら……」

 大人しくなったと思うと、手を振りほどいて立ち上がり距離を取った。


「その件ですけど。ああいう行いは信頼低下を引き起こしかねないんですよねー。それに新技入手とぎゅっとしたことの間に、特に因果関係はないんじゃないかという見解もあってですね」


 俺が近付いていくと同じだけ後退する。……またか。


「何が問題なんだ?」

「何って、全体的に。私達の関係を揺るがす危険行為だよ」

「だったら関係を変えればいい」

「そういうことじゃないんで!」


 壁際まで追い詰める。壁に両手をつくとその中で固まった。

「コハル。お前に死なれては困る」

 契約者の守護に関しては、精霊の力の方が魔術より優れているのではないか。そう期待している。


「お前を守る力がほしい」

「あ……うん。書庫を守りたいのは知ってるよ。だけどもう少し手段も選んでいただきたいというか……」


 書庫を守りたい? 確かにそれもある。

 ただ、今はそれだけじゃない。


 困惑気味の言葉にどう返したものか悩むうちに、腕の間をすり抜け、また部屋の隅へ逃げられた。



   ◇◇◇



 まったりと船が帰路につく中。まだ大陸が見えてこないうちにアメポートして、私たちは一足先にフィンダルの港町に到着していた。


「なんで?」


 楽園の主とは少し前に軽く別れの挨拶をした。(海賊達が必死に引きとめたものの、皆振られてた。……くくく。)

 だけどこの行動は予想外だったから、セラや海賊達には何も言わずに去ったことになる。

 多少の不満も込めて隣を見ると、


「善行だ」


 全く信用できない言葉と共にスタスタ歩き出す。

 その足が向かった先は、役人の詰め所だった。入口を開けようとする腕にしがみついて止める。


「こ、こんなとこに何の用かな!? いくら魔王様でも、大海原で苦楽を共にした仲間を売るなんて血も涙もない真似できないよね!?」

「苦楽を共にした覚えはないが……、お前の考えているようなことじゃない」


 そう言って、懐から一枚の紙を取り出した。

 何やら小難しい文章が並んでいる。アコ・ブリリヤの支払に関する契約書らしい。下の方にダトー船長のサインがあった。

 アメジストが指差すあたりを読む。


『支払期日までに支払いがない場合、魔動砲とその操縦席の所有権をアメジストへ移転する。』


 支払期日は昨日までだ。ということは……。


「魔動砲とその操縦席、って取り外せるの?」

「無理だな」

「じゃあ所有権の持ち主に……」

「船ごと渡すしかないな」


 同じ釜の飯を食った仲間達のため、契約書を破こうとする私の手を止めて言う。


「聞け。これはあいつらが今の稼業から足を洗うための策だ」


 アメジストの推測によれば。フィンダルの海軍はあの海賊達に目をつけているという。

 シャルーク海を航海できる魔動シップが欲しいのはもちろんのこと、屈強な海賊達を軍に引き入れる気もあるだろう。経歴など気にしていられないほど、この国の人手不足は深刻だ。……とのこと。


 つまりアメジストが手に入れた所有権をこの国の海軍に売ることで、海賊船と乗組員、全部まるっと引き取ってもらおうという話だった。

 ……って、やり口が本当にインテリヤクザだ!?


「ではこのまま海賊としてのさばらせておくか? 楽園の主も復活した、これまで通り好き勝手はできないぞ」

 契約書を片手でひらひらさせる無表情に、いまいち釈然としない気分で返す。


「皆をある程度ちゃんと扱ってくれるように交渉するなら、信頼は据え置くことにします」

「据え置く? ここは大きく上昇すべきところだろ」


 本気で不満げな様子に、今後も教育は必要だと再認識した。



 いきなり現れとんでもない案件を持ち込んだ魔王への対応で、小さな港町の役人たちは阿鼻叫喚しながら奔走した。


 無事、そこそこちゃんとした条件で海軍に所有権を売り渡したのを確認した後。

 私達は港町を離れ、少し内陸に進んだ先の小さな町を訪れた。

 寂れた飲食店の料理は一味足りない。絶品海賊めしが恋しい……。


「そういえば。前に幻の美味を食べさせてくれるって言ってなかった?」


 ふと思い出して顔を上げる。

 厨房の様子を眺めていたアメジストが、変な間のあと目を合わせてきた。

「本当に食べたいか?」

 えぇ……? なにこのちょっとホラーな空気。


「お前がどうしても、何が何でも味わいたいと言うのなら……」

「いや、いいよ」


 その後もしつこく確認され(むしろ食べさせたいの?)、嫌な予感センサーが発達してきた私はお断りを続けた。



   ◇◇◇



 軽く日用品を買い足した帰り道、アメジストが寂れた裏路地に入った。

 人気のない狭い道の片隅に、ぽつんと小さな席が見える。サイズ感は学校の机と椅子くらい。


 迷うことなくそこへ向かう背中についていくと、席に座る人が振り向いた。

 頭には深々と長いベールをかぶり、口元も同じ布で覆われている。目元だけは開いているものの、妙にぼんやりとした印象しか残らなかった。


「こんにちは~。占い、いかがです?」


 あ、やっぱり占い師。

 いかにもそれっぽい姿の女の人(多分)に声をかけられ、意外にもアメジストが頷いた。


「魔動ギルドに詳しい情報屋を探している」

「はぁ……変わった内容ですねえ」


 しかもそれを占いに頼るなんて。らしくない気がするけど……?


「魔動ギルドからの報復を恐れる海賊に情報を売り、そこで得た情報を相手にも流す……いや、単に監視していただけか。ダトーから得る情報に大した価値もないだろうしな」

「あの……?」

「だがシャルークでついに異変が起きた。この情報はまだ手に入れてないんじゃないか?」

「……」


 占い師が一度俯き、顔を上げると肩をすくめた。


「はいはい。バレているならさっさと話を進めますね。何を知りたいんですか?」

「魔動の機密……とまでは言わないが。魔動の構造に関して、俺の質問に答えろ。対価は異変の詳細だ」

「んー。まあ、いいでしょう」


 つまりこの人が情報屋ご本人、ってことらしい。

 そこからしばらく二人の質疑応答が続いた。お察しの通り、私には何ひとつ理解できない内容だった。


 質問が一段落し、今度はアメジストが今回の事件について話しだす。

 それを興味深そうに聞く占い師とふいに目が合った。深い青の瞳が、柔らかく細められる。

 優しげな微笑みに、なぜか目を逸らしてしまった。


「他に欲しい情報はありますか? もちろん有料ですけど」

「そうだな……、ジャンという傭兵が来なかったか?」

 意外な名前に隣で驚く。アメジストがジャンのことを聞きたがるなんて。そんなに興味を持っていたようには見えなかったのに。


「……お客さんの情報を流すのは本来ならご法度ですからね。高額になりますよ」

「ではやめておこう」


 あっさり引くと、踵を返した。慌てて追いかける。

 来た道を戻る私達の背中に、占い師が軽い調子で声をかけた。


「なかなかいい情報をいただいたので、占いもオマケしておきますね。――砂漠には近付かない方がいいですよ」


 アメジストが足を止め、振り返った。それに目だけで笑顔を返す。

「……とまぁ、そんな結果が出ました。信じるかどうかはあなた次第です」

 少しの間無言で占い師を眺め、再び歩きだすと裏路地を後にした。


「次は砂漠に行くの?」


 私はどちらかといえば絶対行きたくないんだけどな?

 宿の部屋に着いてから、おそるおそる訊いてみる。すると早速魔本を取り出し膝の上に乗せられた。


「今はその予定はない。……こいつか」


 魔本を一緒に開き、出てきたものを覗き込む。

 なんか見覚えがあると思ったら、いつか読んだ『精霊占い』という本だった。


「あの情報屋が書いたものだ」

「えっ!? そうなの?」

「これを見る限り、頭から信用する気にはなれないな」


 呆れたように言い捨てると、目を閉じた。

 あの人がこの本の著者だったとは。『とこしえの美軍曹ヴィヴィアン』……名前まで怪しさ全開だ。


 アメジストが書庫にいる間、暇つぶしに本を読み直す。

 最後のページを読み終えた頃。私はがっつり、とこしえの美軍曹ヴィヴィアンを信用していた。


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