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「お騒がせして申し訳ございませんでしたわ」


 そう言って、へさきの上に浮かぶ美女がぺこりと一礼した。


 リゾート感のあるドレスを纏った全身は、ほんのり光を放っている。華奢な腕の鱗がアクセサリーのように朝日にきらめき、耳の形は魚のヒレに似ていた。

 人ならざる姿を驚きの表情で見上げ、海賊達がどよめく。


「……肉、か……」

「ああ、とんでもねぇ肉だ……」

「…………でかい」


 ――いや肉って、そこを見て付けたわけじゃないよね!?

 あの頃はまだモチータだったし。……それともすでに真の姿に気付いてた!?

 人間との違い云々よりも、美女のある部位に目が釘付けになっている海賊達から隣に視線を移す。


「どうした」

「……べ、べつに」


 不思議そうに見返してきた無表情を分析する。……多分シロ、のはず。

 なんとなく自分の胸元に視線を落として、ちょっと落ち込んだ。


「セラ様には二度も助けていただきましたわね。ありがとうございました」

「大したことはしていないよ、お肉さん」

 禁術(疑惑)をしっかり遂行したセラが爽やかな笑顔で返す。紳士だ。


「うふふ。……ですが“肉”という名はお返ししようかしら。いつかもっと素敵なお名前をくださる方が現れるかもしれませんものね」

 艶やかに微笑みながらアメジストに視線を向ける。それを受け、平然と頷いた。

「そうしろ。正直その名はどうかと思っていた」

 じゃあ付けるなよ。

 海賊達が鼻息を荒くして肉――楽園の主へのお名前提供合戦を始めた時、


「コハル。約束、忘れないでね」


 反対側の隣から身を屈め、セラが耳元で囁いた。

 だからそういうの、やめてもらえませんかね……。

 すかさず飛んできた黒い紐をさらりとかわし、そのまま傍を離れていった。


「約束がどうとか聞こえたが」

「あー、うん」

「今すぐ破棄しろ」

「禁術(?)を使ってくれたんだし、そういうわけにも……」

 内容すら聞かずに言うアメジストに、曖昧に返す。


「大体、実現するかもわからない話だから。いつか聖区で一緒に遊ぼうね、っていうただの口約束だよ」


 よくある社交辞令的なやつなんじゃないかなって。

 そう言うと、ますます眉間の皺を深めて呟いた。


「やはり今のうちに海に捨てておくか……」



   ◇◇◇



 肉の魂は、この海を治める大精霊のものだったらしい。


 セラが術に集中しはじめた矢先、遠くの海にぼんやりと影が見えた。

 暗闇の中でもなんとなくわかる。瘴気に覆われた塊が、すごいスピードで船を追いかけてきていた。

 間違いなくあれがやばい化け物、アメジストの言う竜魚だ。


 アメジストはどこにいるんだろう。まさか魔力不足で竜魚にやられた……?

 こんな時こそ小枝にお祈りを……!

 しかし鞄を開けようとした片手をとられて、魔本に戻された。


「コハルの力も必要なんだ。今はこっちに集中して」

「……う、うん」


 もし本当に私に何か力があるのなら、それって書庫を構築した(らしい)ことと関係があるのだろうか。

 筆頭所有者は特権的なものを与えられてる可能性がある、とかアメジストも言っていた。

 そのくせ書庫になんて一度しか入れたことがない、しかもどうやって入ったのかも謎っていう。


 ……なんか私もアメジストも、この書庫に遊ばれてない?


 特にアメジストなんて、記憶喪失かつ魔術オタクなのを完全に把握されて、最近は情報を小出しにして釣られてるみたいだし。(釣られてるとわかってて乗る性格すら把握されてる……。)


 集中しろと言われたのに、つい関係ないことを考えてしまっていると。

 私達のまわりで光の粒が舞い始めた。術が発動したらしい。


 さすが完璧騎士、禁術まで楽々こなすんだね。

 隣を見上げる。今まで見たことがない冷ややかな、感情の乏しい表情だった。

 さすがに楽々こなしてはいない。……というよりも、何か怒ってる……?


 うちの魔王が無理を言って申し訳ない。

 そんな気持ちで、片手でセラの手を軽く握った。一度こちらに横目を向け、ゆっくりと目を閉じる。

 私も目を閉じ、今度こそ雑念を捨てて集中した。


 光が収まり目蓋を上げる。目の前にアメジストがいた。

「成功したようだな」

 後方の海を眺める。瘴気の塊は見当たらない。


 白み始めた空の下、船首の上に光が集まり、その中に輝く美女が降臨した。



   ◇◇◇



 立て続けにいろいろ起こった疲れが出た私は、機関室に向かうアメジストに断って部屋で仮眠を取ることにした。

 仮眠と言いつつまたしてもぐっすり眠り、起きたら――枕元に浮く美女に見下ろされていた。


「うわ肉っ」

「もう肉ではありませんわ」


 そうでした。今は楽園の主様、とお呼びするべきでしょうか。


「コハル様。確認しておかなくてはならないことがございましてよ」


 は、はい。何でございましょう、主様。

 腕を組んで(胸元を強調し……)、やたらと気合の入った様子にたじろぐ。


「どちらにするんですの」

「はい、……何が?」

「決まっているでしょう、アメジスト様とセラ様ですわ。どちらをお選びになるのかしら?」


 ……私はなぜ寝起きに寝ぼけた質問をされているのかしら。


「肉も賭けに参加してるの?」

「賭け? いいえ、違いましてよ。さあ早く教えてくださいませ」

「だから誤解……」

「頭の辞書に恋愛のれの文字もないまま突っ走るデンジャラスなアメジスト様? それともミステリアスなスパイスをちょい足しした甘いお菓子のようなセラ様? あぁもう気になってあと百年は眠れそうにありませんわっ!!」


 それは今まであまりにも寝すぎたからでは……。

 危ない目つきで迫ってくる(元)肉に、ベッドの端まで後退しながら返した。


「そういう関係じゃないし私に選択権とかないし。そっちこそ、アメジストのことが好きなんじゃないの」

 黒目勝ちの瞳を瞬かせたあと、頬に片手を当てて息を吐く。


「確かにモチータちゃんの身体だった時は、本気でしたわ。そのせいで思い詰め、あんなことを……」


 悩ましげな伏し目で語り出した。どうやら竜魚を解放したのは肉だったらしい。

 自分の前世(?)を思い出した肉は、竜が現れると楽園の主が復活するという話に賭けて、竜魚を竜へ進化させるために自ら食べられに行ったのだという。


 だけど完全な竜にはなれず、我を忘れて暴走してしまった。そしてセラの術で解放され、元の姿に戻ることができた、という話だった。

 ちなみに竜魚は楽園の主の復活と同時に、無事海の底に再封印したらしい。


「この姿を取り戻せば、アメジスト様を魅了できるのではと期待してしまったのです。本当に愚かなことをしましたわ」


 実際女の私から見ても、ただ綺麗なだけじゃない不思議な魅力が溢れている。

 ずっと一緒にいたら、あのアメジストですら魅了されたりするんだろうか……?


「今はそんな気はありませんから、ご安心なさって」


 ついじっくり全身を眺め回してしまった私に、穏やかな笑顔を見せる。

 だから安心するとかしないとかいう関係じゃないのに。……まぁ一生この海で暮らすとか言い出されても困るから、本気を出すのは勘弁してほしいけどね。


 見当違いの恋バナをしにきたのかと思ったら、私の鞄を指差した。

 言われるままに中からスピネリスの小枝を出すと、どこからともなく宝石を取り出し手の平に浮かべる。


「これは昔、ブリリンが産んだ石ですのよ。海に瘴気が異常発生した時、瘴気を吸いまくって生成してくれましたの」


 あのでかい貝のことらしい。真珠色の中に虹色のマーブル模様が輝く、雫型の石だった。


「すごい、綺麗。瘴気からこんな宝石ができるなんて」

「ふふ。綺麗なだけではなくってよ」

 ブリリンは見た目以上に特別な貝であり、この宝石は精霊石と同じくらいの力があるそうだ。


「本当はアメジスト様に差し上げるつもりでしたけど……きっとあなたが使った方がよろしいわ」


 そう言うと宝石を持った手で小枝に触れた。一度光が灯ったあと、その手から忽然と宝石が消える。

 ただの小枝が宝石と同じ色をした、万年筆のような姿に変わっていた。


「小枝の力を安定させましたわ。感情の揺れにいたずらに反応することもなくなるでしょう」

 前のバージョンは、私の感情に反応して不安定な動きをする時があったらしい。

 お祈りで海に飛んだのはそのせいだったのかもしれない。


「そうだったんだ。ありがとう。……ところで大精霊から見て、私にはどんな力があると思う?」

 素敵に変身したペンを鞄にしまい、ここぞとばかりに訊いてみる。

「コハル様の力は……、」

 ごくり……。


「よくわかりませんわ」


 ……ええー。

 小首を傾げる仕草も魅力的な美女の言葉に、私は思わず肩を落とした。

 大精霊でもわからないなんて。どんな力だよ。


「ただわたくしの部屋にお入りになったのですし、女神様のご加護をお持ちなのは確かかと」

「女神様かぁ……」


 もしご加護があるのなら、このまま魔王と信頼を深めてしまって大丈夫なんだろうか……。



 話を終えて楽園の主が姿を消す。そのすぐ後、アメジストが部屋に入ってきた。

 片手にお盆を持っている。部屋に食欲を刺激する香りが広がり、私のお腹が素直に鳴いた。


 お昼はとっくに過ぎている。食いっぱぐれたと思っていたのでこれは嬉しい。信頼が急上昇したと伝えた。


 お盆を受け取りベッドの端に座って食べ始めると、隣に座って眺めてくる。

 今回もボリュームサンドだ。視線は気にせず思いっきりかぶりついた。

 うん、安定の美味。……だけどいつもと少し味が違う気も……?


「俺が作った」

「えっ!?」

「厨房の奴の見様見真似だ」


 どういう風の吹き回し? まぁこれも信頼アップで力を得るためか。

 それ以上何も言わずにじーっと見つめてくる。

 しっかり味わって飲み込んでから、姿勢を正して隣を見上げた。


「おいしいよ。ありがとう」


 私の感想を聞くと実に満足そうに、柔らかく微笑んだ。

 悪が滲んでない表情にはまだ免疫を獲得していない。

 不意打ちを受けた私は、またしばらく味覚が麻痺するはめになった。


 この短期間でアメジストの能力がどんどん開花してしまっている。


 まずい。非常にまずい。このままでは謎の波にさらわれた結果、底なしの何かにハマって抜け出せなくなるかも……。


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