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 腕の中にコハルがいる。

 こうなった理由は…………よくわからない。


 だがそれで正解だったらしい。どこからか湧き上がってくる力を感じた。

 しばらくその姿勢でいると新たな能力を獲得した。


 俺の力の複製を対象が使用する――能力の複写だ。


 ただし複写できる能力は、精霊にまつわるものに限定されているようだ。

 対象は契約者に見立てたコハルのみ。当然ながら俺の魔力を消費して行う。

 これで魔力や魔術を与えることができれば便利だろうが、そこまで精霊になりきった能力ではないらしい。


 まずは試しに望遠を複写した。

 近くの壁に張り付いていた肉が見えたという。……性能の低下が著しい。精霊術は魔術よりも劣化するというあの現象なのか……。

 使用を重ねるうちに多少は向上すると期待しよう。


 一見何の力も持たないコハルだが、確かに普通の人間ではないのかもしれない。

 金髪が怪しげな発言をしたらしいが。転移が強化され、この部屋に入れたことにも関係があるのだろうか。

 今までも何度か俺の力を引き出している。何らかの能力はあるということか。


 もしこれがコハルと引き合わされた理由の一つなら、ここは素直に感謝しておくとしよう。


『……いい加減に……。そこは……の部屋ですのよ……』


 再び能力複写を試そうとした時、肉から雑音の交じる通信が入った。

『肉。どうした』

『……いえ……。アコ・ブリリヤのことですが……』


 この部屋には巨大な貝以外、生きたアコ・ブリリヤは存在しなかった。

 コハルを船に戻した後、念のため他の生息地を回ることにした。望み薄だというが仕方ない。

 現物を持ち帰れと指示されたわけでもない。手に入らなければそこまでだ。この経緯もおそらく監視しているだろう。


『その後はどちらへご案内いたしましょう』

『いや、もういい。フィンダルへ戻る』

『……初めてお会いした時、ついてこい、とおっしゃいましたわね。わたくし、本当にどこまでもついていく気でおりましたのよ。この身体ではどこまでもお供なんてできるはずがありませんのにね』


 独り言のように呟く。何を言いたいのかわからないが、情報収集、そして食肉として確保するつもりで言ったのを覚えていたようだ。

 こいつをコハルに食わせる気はもうない。今のうちに訂正することにした。


『あの時とは事情が変わった。案内を終えた後は好きにしろ』

 自由にしてやると言うと、震えだした。


『もう、わたくしは必要ありませんか?』


 本当に瘴気を退ける効果があるなら、一度試してみたい気もするが……。

 コハルが服を引き、声は出さずに何か訴えてきた。

 まさか俺の考えを見抜いたのか。傾いた思考を抑え、返事代わりに頭を撫でた。

 肉に合わせるように貝が動いている。そういえば部屋に入る前も、肉の言葉に反応した時があった。


『ああ、ないな』

『…………わかりました』


 肉がどこかへ去っていく。船までついてくる気はないらしい。

 生息地の案内を放棄したとは思えない、その時になれば出てくるだろう。

 今はコハルを安全な場所まで戻すのが先だ。


『……純粋な娘ってのは悪い男に騙されるものなんだよねぇ。アタイとどっちが傷が深いかな……』


 転移の間際、術者のマーナイゴンの謎めいた呟きが耳に届いた。



   ◆◆◆



 島を離れた海賊船は楽園に近付いてきていた。金髪が探知しているのだろう。

 数度の転移で甲板に降り立つ。


 どうも胡散臭い話だったが。金髪の言う通りなら、コハルは奴よりも俺を頼ったということだ。

 見下ろすと複雑怪奇な表情をしていた。面白い。

 何か言いたげな金髪には気付かず、顔を赤らめるのも不思議と気分がいい。

 緩んだ気分の中、妙な気配を感じ望遠を起動した。


 大部分が崩れ去り、わずかな岩場が残る禁術の島。その海中に肉の姿があった。

 深く潜っていくのを追う視野に、突如光が溢れる。

 今の魔術は――。


 光が収まった時、解放された竜魚の口の中に肉がいた。口を閉じると喉が動き、中のものを飲み下す。


 状況を伝えると、俺の胸倉を掴むコハルが目に涙を溜めて項垂れた。

 肉が食われたと聞いただけでこれだ。それとは知らせず食わせた後、気付かれたら大変なことになっただろうな。


 竜魚をどうにかしなければ、ここも危ない。

 念のため船はフィンダルの港まで向かわせることにした。


 海に流した魔力がほとんど回復していないのを金髪に指摘され、思わず舌打ちする。同時に納得した。


 あの光は呪いを解除する回復術だ。対象は肉ではない。

 もし俺の施した封印が“呪い”のようなものだとすれば。解呪することで竜魚を解放したということか。


 生贄の中で最も強い魂が竜になる。

 竜が生まれれば、楽園の主が目覚める。


『そこは……わたくしの部屋ですのよ』


 雑音交じりの通信は、そう聞こえた気がした。


 コハルに鍵を手渡し、金髪に指示を出す。

 監視者も異変を解決する気はあるだろう。また何か都合のいい、妙な術を出してくるはずだ。

 ……少し楽観が過ぎるか。コハルの影響かもしれない。


 ともかく、肉はその身を犠牲に賭けに出た。

 事態がどう転ぶにせよ、船に被害が及ばないよう竜魚を抑えておく必要がある。


「体調が普段と違うなと思ったら、潔くバトルはお休みしましょう」


 船を降りかけたところで腕をとられる。ほどこうとして思い直し、抱き寄せた。

 魔力ではない、不可思議な力が生じる感覚に意識をゆだねる。


「治った」

「……っ!? こ、こんなたらし技どこで覚え……はっ!?」

「どうして俺を見るの?」


 風と水の合成術で海上をすべるように移動する。

 崩壊した島の一部に降りると、風属性の魔力が尽きた。水属性も残りわずかだ。

 俺の到着に合わせたように竜魚が海面に顔を出す。


『……アメジスト……サマ……』


 通信術ではない。だが竜魚の言葉が聞き取れた。


「肉、やはりお前の魂が勝ったか」


 見る限り、封じた時と変わらず爬虫類に近い姿だ。これが完全体とは思えない。

 少しの間黙って俺を見上げる。

 低い唸り声で荒波を立てると、竜魚が瘴気を纏いはじめた。

 瘴気が巨体を覆い隠した時、落雷が俺のいた岩を砕いた。


『……アイ……ニエ……デスワ……』


 とびのいた先に高波が襲いかかる。それを避けながら瘴気を吸収した。


「瘴気を使えばいずれ代償を払うと言ったのはお前だぞ。何のために命を賭けたか思い出せ」


 竜の出現による楽園の主の復活。それが肉の目的のはずだ。

 しかしどれほど強い魂でも、禁術の一部となった意識は相当に混濁している。

 合成法で魂の均衡を取ることも考えたが、その隙に別の魂に主導権を奪われる恐れもあり諦めた。


『……ナンノタメ……チカラ……モトメ……? アナタハ……?』

「俺か?」

 力を追い求めるのに理由などない。……以前なら迷うことなくそう答えていた。


「今は守りたい者もいるからな。力はどれだけあっても困らない」


『マモリタイ……モノ……』

「お前にもあったはずだ」

『……ワタクシノ……マモルベキ……』

 竜魚の攻撃が止まる。瘴気の幕をはがしていくと、現れた顔はマーナイゴンに近付いていた。


『……アイ…………ウバウ』


 闇を裂き、あたりに無数の光が降り注ぐ。 

 わずかに残っていた足場が次々と崩れ、海底に沈んだ。


 魔力はそれほど回復していない。攻撃が長引けば厄介だ。

 だが水中の俺から視線を外すと、竜魚が反転した。そのまま推進機の最高速度を上回る速さで泳ぎだす。

 船のある方角だ。


 闇の糸を投げ、先端をかぎ状の刃にして白い背に突き刺した。

 一度大きく身を跳ねさせるも、俺を引きずって進んでいく。

 もう会話も通じなくなった。このまま進ませるわけにはいかない。


 今すぐ最大威力の闇の術で仕留めるべきか。あと少し、都合のいい奇跡を待つか……。


 迷う間に頭上から氷の刃が降り注いだ。

 俺ごと闇の糸を切り刻む気らしい。糸を切られないように防ぐ間、攻撃を受けた腕から血が流れる。

 そこでふと思い出し、闇の糸を手繰り寄せて竜魚に近付いた。


 攻撃を避けながら尾に近い鱗に手をかけ、よじ登る。

 大きさは保ったまま、すでに全身がマーナイゴンに似た姿に変化していた。

 背に到達するまでに更に変化し、頭と上半身にも頑丈な鱗が生えた。刺していた闇の糸が鱗に弾かれて外れ、術を解除する。


 振り落とそうと暴れる背にしがみつき、魔力を纏った片手で鱗をはがす。

 現れた身の一部を切り裂くと、そこに俺の血を注いだ。


 竜魚が吠え、激しくのたうち回る。

 理由は不明だが。以前この血で一時的にスピリットを服従させた。

 推測通りであれば、今この巨体を操っているのは瘴気に呑まれた精霊の魂だ。少しでも動きを抑えられればいいが……。


 怒りに満ちた咆哮で、瘴気が一段深くなる。

 俺の全身も黒い靄に覆い隠された。抑えるどころか逆効果だったか?

 その分この量の瘴気を力として使えば、おそらく倒せるだろう。

 逃げる船体が肉眼でも見えるほど迫ってきた。そろそろ決断するべきか。


 瘴気を奪い片手に集中させる。

 俯くコハルの顔が頭に浮かんだ。集めた靄が竜魚に戻っていく。


「肉。必要ないと言ったのを訂正する。俺はどうやら、お前の復活を望んでいるらしい」


 吸収していないはずの瘴気が薄れた。

 徐々に晴れていく視界に船が映る。書庫の鍵を覗き込むコハルと金髪が見えた。


 二人のまわりを淡い光が包み込む。

 竜魚の背を降り、海を漂いながら大精霊の目覚めを見守った。


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