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 ある日いきなり険悪になった二人がいたので、共通の友人に話を聞いてみた。


「同担だとわかってからはずっとあんな感じ」

「あー、なんかそれ聞いたことある」


 推しが被ってる相手とは仲良くできないという……。 


「相手はバスケ部だって」

「リアルな恋!?」

「じゃなくてただのファンみたいだよ。部員との絡み方とかでなんか解釈違いが起きたらしい」

「複雑な世界だ……」

「一般人相手にそういうのやめろとは言っておいたけどね」

 机に頬杖をつき、憂い顔で続ける。


「でも気持ちはわかるな……。もしコハルが私の推しを好きになって“わんこそば大会で主人公の給仕を辞退してライバルに譲ったの理解できない”とか言い出したら、友達続ける自信ない」

「どんな話なのか微妙に気にはなるけど、推さないから大丈夫……」



 あまりに長いせいか、どうでもいいことを思い出してしまった。


 金銀財宝が雑に積んである不思議空間で、私はアメジストの腕の中にすっぽり収まっていた。

 荷物のように抱えられているのでも、悪霊に憑かれているのでもない。

 普通に抱きしめられている。


 …………長いなぁ。



   ◇◇◇



 幽霊船をお祈りパワーで退散させようとするセラにふんわり退路を断たれ、とにかく祈っていたはずが、気付くと夜の海を眺めていた。

 というよりも、夜の海へと真っ逆さまに落下していた。


「――はあぁぁ!? 退散されたの、私っ!?」


 眠れる力を引き出すどころか沈めてどうする!?


 どこへ向けたらいいのかわからない怒りと混乱の中。秘められし力の封印も重力からも解放されることなく、私は海面に叩きつけられた。


 必死に目を閉じ息を止める。

 まずは浮かなきゃ。でも下手に動く方が危ないんだっけ?

 海水浴なんて数えるほどしかしたことない、ましてや飛び込みなんて人生初なんですが……!


 閉じた目蓋の先に光を感じる。縋るように小枝を握りしめた。

 頭の中でひたすら同じ名前を繰り返す。


 ……気付いてもらえるわけないか。

 大海原のどのあたりに飛ばされたのかすらわからない。万が一気付いたとしても、間に合う距離に都合よくいるとは限らないし。


 そろそろ息が限界だ。

 もし肉と楽園で遊んでいるなら、後でお迎えに行ってやる……幽霊船で。


 ふいに名前を呼ばれた気がした。どうせ幻聴だろうと思いつつ目を開く。

 暗い海の中に一瞬で黒尽くめの姿が現れて、私を抱えるとまた一瞬で移動した。



「コハル。大丈夫か」


 やっと少し呼吸が落ち着いてきた頃。床に座り込んだまま、隣で膝をつくアメジストの方を振り向いた。

 無表情……ではない。

 少し眉間に皺が寄っている。怒っているのではなく、一応心配しているらしい。

 しばらくそれをぼうっと見てから頷いてみせた。


「ありがと。……いきなり落ちたのに、よく気付いたね」

「それのお蔭かもな」

 片手で握ったままの小枝を指差す。なるほど。


 これにはちょっとだけ絆を強める力があるとスピネリスが言っていた。

 祈りが通じたというよりは、アメジスト宛ての救難信号を届けてくれたのかもしれない。


「一体何があったんだ。あの金髪は何をしている」

 同じ表情で今度はじわっと怒りを滲ませる。矛先がセラに向かう前に、まずは幽霊船のことなどを手短に説明した。

「ほとんど同時に異変らしきものが起きた……。どこまで予定されていたことなのか。この妙な転移も、金髪の発言も気になるが……」

 思案モードに移行するかと思ったら、私の手をとり一緒に立ち上がった。


「お前が無事なら今はそれでいい」


 なんか反応に困る……。

 視線をさまよわせて、思わず感嘆の声を上げた。


「……わあ~……!」


 改めて現在地をぐるりと見渡す。

 はからずもアメジストと合流して一安心したところで、ようやく今いる場所の異常さに気が付いた。いい意味で。


 私は月明りが降り注ぐ海中に立っていた。


 正しくは海の中にある透明な壁で囲まれた部屋、のようだ。

 壁の先で色とりどりの魚が泳ぎ、体の一部をぼんやり光らせた大きな魚が通り過ぎていく。部屋の中には財宝が山ほど積まれ、夜の海とは思えないほど明るい。


 よく見ると五匹のモチータがこちらを覗いていた。私達に一番近いところの壁に張り付いているのが肉だろう。

 しばしの間、私は幻想的な風景をうっとり眺めた。


 アメジストが乱雑に積まれたお宝の物色を始める。

 見る限りでは換金目的の盗みではなく、主に床に近い場所で何かを探しているようだ。

 それを目で追っていたら、部屋の真ん中に鎮座するものを発見して吹いた。


「でかっ……! 貝が、でかい!」


 口を開けた巨大なホタテっぽい貝を指差す。振り向いた無表情から無反応が返ってきた。

 気にせず私も部屋をあちこち見て回ることにした。


 ゴージャスでラグジュアリーな宝飾品がごちゃっと置かれたテーブルの上には、本が何冊か積んであった。それらを軽くパラ見する。

 この部屋の主は乙女の心を持っているようだ。

 ……あ、これ前に読んだ小説と同じ作者。主人公は前作の悪役を母に持つご令嬢かぁ……。今度魔本でじっくり読もう……。


「そろそろ帰るぞ」


 でかい貝と一緒に口を開け、横に長いマンボウみたいな生物が泳ぐのを眺めていると。物色を終えたアメジストが背後にいた。

 なんとなく期待外れと言いたそうな雰囲気だ。お目当てのものは見つからなかったのかな。


 結局、幽霊船はどうなったんだろう。それにお荷物(私)を抱えたまま、無事にあの島まで帰れるんだろうか。(自力で泳いでいく自信は当然ゼロ。)


 そう言うと、どうせ金髪がどうにかしただろ、と相変わらずセラの実力をやたら高く見積もってから、

「今の転移なら、数回で島まで辿りつけるはずだ」

 ごくごく微量に喜色を滲ませる。アメポートがレベルアップしたらしい。

 何度か転移を繰り返すだけで帰れる予想だそうだ。よかった~。


 ……でもこの異世界水族館ともお別れか。そう思うとこんな時なのに、妙に名残惜しくなってきた。

「あと五分だけ眺めさせて」

 二度寝のお願いみたいな頼み方をして景色を目に焼き付けていると、


「そんなに気に入ったなら、いつかまた来ればいい」


 驚いて思わず振り返った。

「来れるの?」

 期待のまなざしを向けると若干わざとらしく思案げになる。

「信頼の深まりようによっては、転移の性能が更に上がる可能性がある。そうなれば船に頼る必要もない……つまりお前次第、」


 仮説の途中でテンションがはね上がった私は、勢いよくターンして目の前の黒尽くめにとびついた。


「また来ようね。約束だよ」


 後で思い返すと、完全にやっちまった感しかない行いだ。これも記憶の底に封印しようと思う。


 見上げた顔は無表情……ではない。

 口が半開きのまま固まっていた。誰が見てもわかるレベルで驚いている。

 おそらく本人史上初の表情に、私はさすがに我に返ると慌てて身体を離した。


 だけど離れた直後、再び視界が黒一色になった。



   ◇◇◇



 終わりの見えないハグを甘んじて受けていると。

 それまでほぼアメジストの服しか映っていなかった視界が、突然切り替わった。


 透明な壁に全身をびったり張り付けた肉が、震えながら白目を剥いている。

 その背後で目には見えない稲妻が走った気がした。


 もし肉と会話ができても、アメジストの話題で仲良くお喋りする日は来ないんだろうな。


 少なくともこの状況について、すでに甚大な解釈違いが発生している。たぶん。


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