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「本当はこんなことしてる場合じゃないけど……試してみる?」

「ああ。今更後戻りもできないからね」


 そう言って目を閉じる。整った顔をほんの少し歪ませた後、息を吐いた。


「……だめだ。今の俺にこの術は難しすぎるな」


 本気で悔しそうな声につい笑ってしまった。


「セラでも無理なら、製作者以外の使い手なんて現れないかもね」

「いや、もう少し修行すれば使えるようになると思う」

「修行するんだ」

 笑いながら手元の魔本に視線を落とす。


『《洗濯機(風呂)》……対象をぬるま湯で洗い、乾かす。』


 なんと私がさんざんお世話になっている術が魔本に掲載されていた。

 タイトルが絶対おかしいし、これはアメジストのオリジナルなのだろう。

 私を水責めにした後、無表情で得意げにしていた。本当に高度な術だったらしい。


「するよ。俺が魔術を使いこなせていれば、この事態も防げたかもしれない」


 どこか拗ねたような口調で、目の前の炎に手をかざした。立ち昇る煙が増す。

 炎は砂の少し上に浮いた状態で燃え盛っている。セラが魔本で覚えた魔術だ。救難信号っぽくするため、いい感じに煙が出るように応用してもらった。


 置いてけぼりにされた私達は、ひとまず魔本にお願い作戦を開始した。

 するとまずは珍しい物などを探知できるという、アメジストがよく使っている術が出てきた。

 海賊船は世にも珍しい魔動シップ。探知にも引っ掛かりやすいはずだ。


 その術で船の居場所を探ってもらいつつ、サンドイッチを片手に魔本をめくっては、出てきた術を片っ端から試しているのだった。


「セラが責任感じるのはおかしいと思うけど。それにこれって、ただのいたずらなんじゃない?」


 燻製肉と魚の切り身が絶妙なソースでまとめられたサンドイッチを食べ終え、隣を見上げる。

 ボートを発見した時もなんか謝っていたけど、セラが謝る理由はないはずだ。

 海賊側に何か事情ができたのでない限り、ちょっと度を越したお遊びってとこだと思う。そのうち戻ってくると思うのは楽観しすぎだろうか。


「……そうだとしたら、やっぱり俺の……」

「手懐けすぎたのがアダになったな」


 急に背後から会話に加わった声に、驚いて振り返る。


「ヨゼフ!」

「好意丸出しで訊かれても否定しない。そりゃ暇な奴らが盛り上がるだろ」


 言いながらセラをどかし、間に座ると袋を片手にビスケットを食べ始めた。

 貴重な食料を減らされることより、安堵が勝って大きく息をつく。


「なんだ、いるならもっと早く来てくれればよかったのに」

「まぁ隠れて見守れと言われてたもんで」

「なにそれ、酷いなー」


 やっぱりどんなリアクションするか観察される系のやつか。

 ――と思いきや。いたずらはいたずらでも、それは想像の斜め上のものだった。

 唖然とする私をちらりと見下ろし、ビスケットをちびちびかじる。


「けっこう本気の額を賭ける奴が出てきちまってな。だから気を付けろと忠告しといたのによ……」

「……」

 セラが無言で煙の量を増やした。

「ちょ、なんだこれ……おいやめ……っ!」

 私も煙を手であおいだ。ヨゼフの顔に煙が向かう。


 むせながら涙目でキレかけたので一応謝っておいた。ヨゼフはこの件に加担していない、でもそのせいか見届け役(覗き)を押し付けられたそうだ。

 ちなみにコックの彼は賭けはせず、善意での参加らしい。……善意とは。

 私は湧き上がる怒りのままに立ち上がった。


「私とセラがくっつくかどうか、賭けてるだとぉー!?」

「なんだかんだほとんどは旦那が死守する方に賭けてんだよな。で、大穴狙いの奴らがお膳立てを計画したってわけよ」

「皆、私が女子だと知っててからかってたんだね!?」


 確かに一時は誤解されてた方が安全かなとか考えたけど。でも演技なんて一切してないのに男扱いされるの、何気に気にしてたんだよ!


「コハル……それは……」

「……昨今の海賊は柔軟だよなぁ」

 口ごもる男二人が視線を逸らす。

 はぁん……?


 どうやら私は性別を間違われたまま、アメジストやセラとの仲を疑われていたらしい。


「オレの呼び方が原因だろうな……悪かったよ」

「ごめん。俺もそのことについて特に訂正はしなかったから……」

「……もういいよ」

 いつか魔本に頼んで、海賊達がこの先一生女性からフラれる呪いをかけることにしよう……。


 それはともかく。一応、船は明日には戻ってくるらしい。

 のんびりとマイ水筒(中身はお酒っぽい)をあおりながら言うのに一安心するも、セラの表情は硬いままだった。


「無事に戻ってくるといいけど……」

「え? このあたりには魔物はいないんじゃないの?」

 不穏な呟きに首を傾げる。船はすでに探知で探り当てていたようだ。


「一人一人は気のいい人達でも、彼らは海賊だからね」

 言葉同様、炎を見つめる横顔はどこか淡々としていた。

「こんなとこにカモが迷い込んできたってのか? その言い方、相手は手練れかよ。まさか同業者か?」

 驚くヨゼフ。私は大人しく体育座りに戻り、二人を交互に眺める。


「……普通の船でも海賊船でもない。あれはきっと――」


 探知に集中していたセラが言葉を切り、立ち上がると別の魔術を使った。

 私達全員、淡い金色の光に包まれる。光の障壁だ。


「二人とも、気を付けてくれ。船が“異変”を連れて戻ってくる」

「ええぇ!?」


 よりによってアメジストがいない時に!?

 思いっきり動揺する私とは違い、立ち上がってセラと一緒に剣を抜いたヨゼフがため息を吐いた。


「あんたの密航を見つけた時点で、何事もなく陸に帰れるとは思ってないぜ……」



   ◇◇◇



 波打ち際に打ちあがった魚が大きく跳ねる。

 けっこうな数が砂浜でびちびち蠢いていた。港町で見た光景にそっくりだ。


 その直後、海に小さな影が見えた。少しずつ島へ近付いてくる。

 海賊船だ。本当に戻ってきた。


 自分とヨゼフに何か魔術をかけていたセラが、二人の後方へ移動したこちらを振り返った。


「コハル、鞄に面白い物が入っているね。見せて?」


 張り詰めた空気から一転、いつものふんわり感で言う。

 面白い物??


 訝しく思いながら鞄を開けると、鞄の底にぼんやり光る物がある。スピネリスに貰ったあの小枝だった。

 恐る恐る取り出してみる。枝の先が淡い光を放って手元を明るく照らした。

 なんかちょっとあれに似てるな。ライブとかで推しを応援するライト。


「きっとコハルを守ってくれるよ。ついでに俺達全員、無事でいられるよう祈ってくれると嬉しいな」

「う、うん……?」


 頷くとにっこり笑ってから前を向き、剣を構える。

 お祈りかー。まぁ得意科目ですけどね。この世界に来てから一番やってることかもしれない。


「おいおい……なんだありゃ?」

 海を見据えていたヨゼフが声を上げた。


 海賊船は推進機を使っているらしく、かなりのスピードが出ている。もうすぐ入り江に到着しそうだ。

 その後方にはもう一隻、じわじわ近付く船がある。

 薄暗い視界ではなんとなく輪郭が見える程度だ。ただヨゼフが顔を引きつらせる理由はわかった。


 やけにゆらゆらと左右に揺れながら進んでいる。ズタズタになって垂れ下がる帆がゆらめくマストは斜めで、そのうち一本は途中で折れていた。


「た、助けてくれぇ!」


 船が入り江に入ると接岸作業もそこそこに、恐慌状態の海賊達が島へなだれ込む。

 もう賭けどころじゃないのだろう。魔術の炎と私達の姿を見つけ、半泣きで駆け寄ってきた。


「幽霊船だぁ~!!」


 ……だと思ったぁ~!!

 すぐそこまで迫ってきた船の姿はどこもかしこもボロボロで、本来なら海に浮かぶはずのない有様だった。

 普通の人間が乗っているわけがない。なのにどんぶらこっこと島を目指してくる。もし船員がいるとしたら、間違いなくあの世の方々だ。


「皆、落ち着いて。あれは俺達がなんとかする。なるべく島の奥へ避難してくれ」

「わ、わかった」


 最後に駆け込んできたダトー船長が、顔面蒼白ながらも毅然と宣言した。


「俺はここに残る。当たりさえすりゃあ、魔動砲は効き目がありそうだったからな。……変わっちまったあいつの動きにもやっと慣れてきた、次はどれだけ指がつっても操縦してやる……!」

「あの旦那、どんな改造してくれてんだよ」


 うちの魔王がすみません。 

 セラが船長に障壁をかけた時、うっすら瘴気を纏った船が海賊船の隣に並んだ。


 幽霊船から何かが降りてくる。魚だらけの砂浜をとことこ歩いてくるのは、小さな子供……ではない。

 人形だ。首があらぬ方へ傾き、ぼろぼろのドレスを纏った人形がこちらへ近付いてきた。

 こういうの映像なら笑えたりもするのに、リアルで体験すると怖すぎる……!

 隣の船長と身を寄せ合ってガクブルしつつ、握りしめた小枝に祈る。どうか成仏してください!!


『……ケイヤク……スル?』


 砂浜の途中で立ち止まり、人形の口がぱかっと開いた。

 一度口を閉じるとカタカタ動いて、また同じ言葉を繰り返す。


「悪いけど、できないよ」


 冷静に返事をするセラをじっと見つめた後、人形が飛んだ。

 剛速球のように向かってきたそれが、剣を振ったセラの足元に転がる。


 船長と一緒に安堵の息をついたのも束の間、船から次が降りてきた。

 今度はあちこちから綿のとび出たぬいぐるみだ。同じように砂浜で止まり、くるりと向き直る。

『ケー……ヤク……』

「ごめん」

 ぬいぐるみから無数の針のようなものが飛び出した。

 それらが障壁に全て弾かれ、引き返してぬいぐるみの頭上に降り注ぐ。そのまま動かなくなった。


 その後も幽霊船からやってくる物の、世にも奇妙なオーディションは続いた。

 今のところ合格者は出ていない。この先も出る予定はない。

 セラとヨゼフの周りに、斬られて動きを止めた物の残骸が積み上がっていく。

 人形以外にも皿やティーカップ、家具や船具、狂ったコンパスなど様々だ。

 ……これっていわゆる、つくも神ってやつかな。


 つくも神たちは何らかの契約をしたいらしい。聞く前に全部お断りしているので、その内容まではわからないけど。でも絶対契約しちゃだめなやつだろうな。


 最後に出てきたアンティーク調の椅子を切ると、セラが剣を鞘に戻して振り向いた。


「あの船にもそろそろお引き取りいただかないとね。手伝ってもらえるかな」

「私……?」

 頷いて、私の握る小枝を指差す。


「その枝の力を借りれば、きっと祈りは通じるはずだ」


 ほう、お祈りにはそんなすごい力が……って。


「いやいや。いくらこの世界でも、祈っただけで幽霊船をどうにかできるなら魔術なんていらないんじゃない? しかもごく平凡な一般人のお祈りで……」


 正直私の祈りの勝率は高くない。というか効果があった気がしない。

 教会関係者はそういうのを信じるのも仕事のうちかもしれないけど。普通はこういう反応になるよね。


 すぐ目の前まで来たセラと目が合う。

 完璧スマイルを浮かべながら、恭しく私の手をとった。


「コハル。せっかくの力をただ眠らせていては勿体ないよ」


 ……後で冷静になると怪しいってわかるのに、なぜか契約してしまう営業みたいなのやめて。


 言葉と共に小枝を握る手を両手で包み込まれた。

 仕草は丁重なのに、やんわりと有無を言わせない空気にも包み込まれる。

 セラは本気で私に“力”があると思っているらしい。一体何を根拠にそんな確信を持ったのだろう。


 逃げ場を失った私は、未だかつてないほど真剣に祈った。


 アメジスト…………助けて。(騎士の謎の期待から。)


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