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『Q.旅の目的は何ですか?』
『A.力の増強だ』
『Q.どうしてそうしようと思ったのですか?』
『A.理由は特にない』
バカだ……!!(知ってた。)
「今日はなんだか楽しそうだね」
「そう? 無人島ってなぜかワクワクするよね~」
隣のセラの視線をさり気なく外し、にやけそうになる顔に力を込める。
朝イチで読んだ手紙の返事には、わりと真面目な回答が並んでいた。
また適当な嘘をついているのではと読み返す。だけどなんとなくそれはないような気がした。
それにしても旅の目的が。魔術馬鹿というか厨二病、いやむしろ小学生。
よかった、世界征服とかじゃなくて。
もう充分強いのにもっと魔力バッキバキになりたいアメジストは、昔の魔術士が残した闇の遺物というものを探しているらしい。
あの隠しダンジョンが遺物の在り処だったそうだ。
そのほか案外丁寧な回答に、パズルのピースがはまって納得! というものもあれば、まだいまいち理解が追いつかないものもある。
だけどわからない事はまた聞けばいいんだと思えた。手紙でも、会話でも。
自分でも何がそんなに嬉しいのかわからないけど、変なテンションを抑えるのに一苦労だ。
船首で少しずつ近付く島を眺めていたら、視線を感じた。振り向くと船の中央あたりにいるアメジストが無表情を向けている。
返事読んだよ~。
そんな気持ちを込めて笑ってみせると、そのまま無表情を返された。なのに気分が下がるどころか高め安定。
このままでは一日中ニヤニヤしてるやばい奴になってしまう。波音で心を落ち着かせつつ、隣のセラと少し真面目な会話をした。
セラも精霊が見える人らしく、今までに何度か見たことがあるそうだ。
「シャルーク海には昔、精霊がたくさんいたと言われているよ。力のある大精霊もいたみたいだね」
「へ~……もしかして異変はそういったことにも関係してるのかな」
スピネリスの一件を思い出す。若君の頼みであの地域を守護するようになったと言っていた。
そのきっかけは、ガンラル川で異変っぽいことが起きたせいだ。
「まだ確証はないけど、可能性はあるね。世界各地で精霊は減少しているとされ、反対に異変は増加している」
それって環境問題的な感じの話なのかな。精霊が減ると何かのバランスが崩れるとか。
まぁだからこうして聖穏教会をはじめ、各国が調査を進めているのだろう。
と思ったらセラ達の活動は教会内でも知る人ぞ知る、極秘プロジェクトらしい。
「教会は基本的に異変には関わらない姿勢を取っているよ。他の国々も重大視してはいても、対処のしようがないのが実情かな。だから暗黙の了解で、魔動ギルドに調査や解決を要請する流れになっているんだ」
最先端技術を持つ専門家に丸投げするパターンか。まあそうなるよね~。
「じゃあ異変を解決できる人材は貴重ってことだ」
「どこの国でも欲しがるだろうね」
……アメジストを異変解決屋としてプロデュースしたら儲かるかも。
でも権力者に変に気に入られると、それはそれで面倒臭いことになるかな。
よくあるよね。国を救ったご褒美はお姫様との結婚、とかそういう話。
……やめとこ。アメジストが王宮で大人しく過ごせるわけないし。どうせいつか魔術ぶっ放して出禁になる。
一息ついて、地味に気になっていたことを思い出した。
「そういえば、なんで“精霊さん”?」
「うーん。なんかフワッとしてたから……?」
地面からちょっと浮いてる、みたいなジェスチャーまで付けてくる。
いやだから、あんたにだけは言われたくないっていうか。ただの第一印象かい。
「私もセラほどフアフアホワホワした男の人は見たことないよ」
「えっ、どこが?」
「天然たらし怖い……」
陽が傾きだした頃、無人島に到着した。
島の片側にある入り江に船が入っていく。肉がその手前で顔を出した。
水かけ対策に両手で顔をガードしたら、どことなく冷ややかな目を向けられた。
魔王のしもべめ……視線まで真似しなくていいのに。
◇◇◇
「あれ?」
一人の部屋で、思わず声を出してしまった。
脳内でニュース速報が流れるくらい驚いたことに、アメジストは私の手紙を読みたいらしい。
魔のつくものにしか興味を示さない奴だ。きっとストレートな意味じゃなくて何か裏があるんだろうけど……(魔術の実験に使うとか。)
そう思いながらもつい張り切って、昨夜は二枚も書いてしまった。
――それなのに。
何度見返しても、ない。添削もコメントも、どこにも何もない。
……まさか私、体目当ての男に心まで弄ばれてる……?(怒りの語弊……)
戸棚に置いたままの飴を一つ指で転がして、素朴な紙包みをただ眺めた。
朝食後、船内をうろついてみてもアメジストを見かけることはなかった。機関室にもいない。
ここへはアメジストの指示で来たはずだ。島のどこかにいるんだろうか。
もしかして、隠しダンジョンがあるとか?
甲板に出て島を眺めた。私の足でも、頑張れば一日で一周できそうに思える。
魔物もいないって話を聞いたし、ちょっと見にいってみようかな。
船から海岸へ渡された板に恐る恐る足をかけようとしたら、後ろからセラに腕を掴まれた。
「コハル。一人で島へ行く気じゃないよね」
気付いてどこからか駆けつけてきたらしい。珍しくとがめるような口調だ。
「大丈夫、軽く散歩するだけだから。魔物もいないんだし」
「そういうわけにはいかないよ。準備をするから少し待って」
無人島もサバイバルも初心者なので、大人しく頷く。
待っていると腰に剣を提げ、水筒二つと蓋つきのバスケットを片手に戻ってきた。
なんかサバイバルというよりも、ピクニック用の装備みたいな……。
「景色のいいところで食べよう」
笑顔でバスケットを持ち上げてみせる。本当にピクニックをするつもりらしい。
そうして午後はセラと島をゆるりと半周した。
昼食は小高い丘のようになった場所でいただいた。思ったより手の込んだ料理に驚くと、
「もともとコハルを誘おうと思って用意してたんだ」
しれっと言う。笑顔が晴れた海より眩しい……。
「……セラがリチアにいまいち話を聞いてもらえない理由が、わかった気がする」
「どういうこと!? ……美味しくなかった?」
「いえいえ。完璧です」
完璧騎士の完璧ピクニックランチを堪能しながら、悟る。
至れり尽くせりエスコートからの、相手を誤解させる言動の連続攻撃。
たとえ本人にそんなつもりがなくても、いつでもこんな調子なら真面目なリチアがいい顔をするわけがない。
「じゃあ何がだめだったのかな? コハルの笑顔が見たくて俺なりに頑張ったんだけど……」
「そういうとこだよ」
船へ戻る頃には空に月が浮かんでいた。もうすぐ満月だ。
その日、アメジストとは一度も遭遇することはなかった。
そしてやっぱり翌朝も、手紙を読んだ形跡はなかった。
「……そういやあいつ見かけなくね?」
「ああ、昨日もいなかったな。……平和って大切だな」
「ようやく船長の涙の痕を見なくてすむぜ……」
海賊達の会話を聞き流し、甲板に出ると雨が降っていた。
傘なんてない。今日は引きこもるしかないかな。
魔物のいる海でダイビングするような奴は、雨なんて気にせず何かやってんだろうけど……。
そういえば昨日から肉の姿も見かけない。
どうしても気になって、セラに頼んで肉へ通信を送ってもらった。(アメジストには着信拒否されそうだから。)
「この近くにはいないみたいだ」
「……そっか」
モチータは気に入った人を楽園にご案内するらしい。片道切符で。
……肉め。アメジストを楽園に連れ込んで舞い踊ったり、闇の魔力がたっぷり詰まった多魔手箱とかで引き止めたり……? だから帰ってこないの……?
俯く私の頭の上に片手が置かれた。
「明日、晴れたらまた島に行こうか。まだ行ってない場所を回ってみよう」
慰めるように頭を撫でられる。
無造作で雑な撫で方とは全然違う優しい手つきなのに、気分は浮上してくれなかった。
翌朝、早めに起きて天気を確認する。すっかり快晴だ。
セラの雑用を一緒に手伝って終わらせ、昼食の準備のために厨房へ行くと、コックの彼にバスケットを渡された。
「楽しんできな」
私たちが今日は島へ行くだろうと、作っておいてくれたらしい。お礼を言って受け取ると笑顔で付け足した。
「島の奥に洞窟があるらしいぜ。中には光る岩なんかがあってキレーだったってよ。魔物もいないようだしゆっくり探検してこいよ」
洞窟? まさか隠しダンジョン(遺跡)!?
「ありがとう! 行ってみる!」
テンションが急上昇する私とは逆に、セラはどこか怪訝そうに昼食の仕込みに戻った後ろ姿を眺めていた。
洞窟の入口は、船を停めた入り江から一番遠い場所にあった。
中は思ったより広く、入り組んでいる。本気で探索したら数日かかるかもしれない。
内部には発光する苔のついた岩が点在していた。
光の色は何色かあり、点滅する時もある。イルミネーションみたいで面白い。
たまに道の先が海に繋がっていて、洞窟との境目をカラフルな魚が泳いでいた。
ここにアメジストがいるようには思えないけど、来てよかったな。
「セラ、ありがとう。次はセラの行きたい場所に行こう」
ほどほどに探検したところで洞窟を出て、隣に向き直る。
たぶん、島の中にアメジストはいない。
変にジタバタしないで帰ってくるのを待とう。きっとそのために、魔物のいないこの島に私を連れてきたんだろうから。
心配してくれているらしいセラに、もう大丈夫だと笑顔を向ける。
少しの間のあと、柔らかい微笑みが返ってきた。
「俺の行きたい場所は、コハルが行きたい……」
「オッケー。じゃあ適当に歩いて回ろうか」
たらしの空気を華麗にキャンセルして、私達は気の向くままぶらついて無人島を満喫した。
「あ~楽しかった!」
夕暮れの中、帰路につく。
ヤシに似た木々の間に見える満月は真っ赤だ。魔王と過ごす日々の中、こういうのを不吉と思う感性はほぼ失われている。
それまで隣をにこにこ歩いていたセラが、急に足を止めた。
すぐに焦った顔で駆けだす。慌てて後を追った。
「セラ? どうしたの……――!?」
入り江に出て視界を遮るものがなくなった時、やっとその理由がわかった。
船がない。
この海岸に停泊していたはずが、忽然と消えていた。
「なっ、なんでぇーー!?」
置いていかれた!? なにそれ、いじめ!??
……でも私だけならともかく、海賊達からアイドル並みの人気を博すセラまで見捨てるなんて、そんなことある……!?
セラが近くの木にロープで括りつけられたボートを見つけた。
二人でその中を覗き込む。
水が入った水筒が二つ。丁寧にくるまれた紙包みが二つ。
それと毛布が一枚。
紙包みの中はボリュームのあるサンドイッチみたいな料理だった。
似たものを前にも食べた、コックの彼の作品で間違いない。よく見ると水筒の近くには、保存食のビスケットが入った袋が置かれていた。
…………えーと?
きちんと水と食料を用意して、置き去りにしたってこと?
ボートの中身を無言で確認していたセラが、毛布を手に取り俯いた。
何度見ても一枚だ。他の物は二人分あるのに。
「なんか……ごめん」
なんでフワッと謝罪……?
毛布をそっとボートに戻す途方に暮れた表情に、私もとりあえず似たような顔を返した。