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※やや残酷な表現がありますのでご注意ください。※


 最下層まで辿り着いた先は、別の洞窟に繋がっていた。

 海中に沈む岩の階段を浮上していく。やがて海面が現れた。


 まだ余裕はあったが、やはり呼吸ができると動きやすい。

 海から上がり岩の足場を歩く。肉はそのまま足場の脇に伸びる、水路状になった部分を泳いでいる。この水路は途切れることなく続いているようだ。


 上層へ進んでいくと、洞窟というよりも遺跡に近い景色だった。

 差し込む光が増え、薄かった空気も陸上と同程度になる。

 壁に装飾の施された広間に出た。

 その瞬間、手に武器を持ち二足歩行する爬虫類――ガビアロドンが襲い掛かってきた。


 振り下ろされる斧ごと、生み出した火炎の剣で薙ぎ払う。

 広間に等間隔で建てられた柱からとび出した一匹が、焼け焦げた仲間を見ると部屋の奥まで退いた。

 同じように他の柱に隠れていた数匹がじりじりと後退し、先へと続く入口の前を塞ぐ。


 この広間を死守する兵士ということだろうが、士気が低い。

 怯えてもいる。どうも俺へのものだけではなさそうだ。


『彼らに戦意はありませんわ。少し話をしてみます』


 水路からの言葉に、作りかけた攻撃術を解除した。

 肉が鳴き声をかける。はじめは仲間と目配せしていたガビアロドン達が、構えを緩めると呻くような声を出した。

 そのやり取りにしばらく耳を傾ける。


『……モウ、イヤダ』


 ある時、ただの鳴き声でしかなかったものがそう聞こえた。

 通信ではない。集中して肉と魔物の出す音を聴くうちに、断片的な意味が理解できるようになった。


『オトサレ……ショウキ……』

『……ニエ……ウズ……』

『ツギ……オレタチ……』


 渦に落とされ、瘴気を生む贄にされる……?

 理解できたのは大体そんな内容だった。


『禁忌の術のために、今は彼らの命を犠牲にしているようです。おそらくこれ以上、仲間が狙われることはないでしょう。少なくともわたくし達を殺せという命は出ていないようですわ』


 話を終えた肉の報告も、聞き取ったものと大きな差はない。

 魔物の群れとは思えないほど統率されているだけあり、兵士達は脱走しても無駄だと思い込まされているらしい。

 逆に頭さえ叩けば、この軍は簡単に崩壊するだろう。


『こいつらを逃がし、この先も戦意のない者は解放する』


 頷くと、肉が俺の意思をガビアロドン達に伝えた。

 うろたえながらも武器を捨て、一目散に広間を出ていくのを見送り、肉へ向き直る。


『連れ去られた個体を救出した後は禁術を見届けるつもりだ。竜とやらが生まれたとして、倒せばいいだけだからな』


 瘴気を増やしているなら都合がいい。あの力を使えればどんな相手でもすぐ終わるだろう。それが通用しないほどの強敵であれば、尚更この目で確かめたい。

 反抗するなら眠らせるつもりで肉を見下ろす。

 俺の視線を正面から受け止めた後、頭を下げた。


『御心のままに』



 先へ進むにつれ装飾的な場所が増えた。

 古びてはいるが、宮殿と呼ばれていたのも頷ける。至る所に宝石のはめ込まれた金細工が施されていた。

 無駄に部屋数も多い。だがどこにもマーナイゴン、そして司令官の姿もない。 


『隠し通路があるはずです。きっと、このあたりに……』

 この宮殿の中央にあたる大広間に来ると、肉が水路を泳ぎ回り、一度潜って再び顔を出した。


 床が揺れ、それが収まると目の前に地下へ続く階段が現れた。

 水路の中に起動装置が隠されていたらしい。

『よくわかったな。探知か』

 肉の光属性は俺のものより多少強力だ。だが俯くと首を振った。

『いえ……ただの勘ですわ』


 緩やかな階段を下った先は、四方が透明な壁で覆われた、海中に浮かぶ回廊が続いた。

 壁の外を肉が泳ぐ。しばらく進んでいくと、急に泳ぎを止めた。

 海側、肉の前方に一匹のマーナイゴンの姿があった。


 マーナイゴンも俺達に気付き、その場で方向転換する。

 肉が慌てて泳ぎだし、引き返すのを追った。

『待って! わたくし達はあなたを助けにきたのよ!』

『助けなんかいらないね。アタイに構うんじゃないよっ』

 肉同様、高い魔力を持っている。通信も使えるようだ。こいつが連れ去られた個体で間違いないだろう。


『このままでは禁術に利用されるぞ。命が惜しくないのか』

 回廊を走りながら通信を送る。すると泳ぎながら鼻を鳴らした。

『はんっ。何も知らないくせに。あの方はアタイを殺す気なんかないさ……自分の命を惜しんでもくれない』

『どういうことですの?』

 諦めたのか速度が落ち、肉が追いついた。

『しょうがないねぇ。全部話すかわり、禁忌が完成するまで黙って見守っとくれ』


 泳ぎながらマーナイゴンが話しだした。

 司令官は禁術で竜になろうと目論んでいる。それによって楽園の主も復活するらしい。


『竜が出現すれば、楽園の主が復活する? どういう理屈だ』

『んなことアタイが知るか。禁術をあの方に教えた奴が、そう言ったんだとよ』


 どうやらここでも入れ知恵をした者がいるようだ。

 この件が異変の原因である可能性は非常に高い。アゴラ大森林の時のように、異変を引き起こして回る者がいるということなのか。


『楽園の主様がご復活なされば、この海は今より平和になるはず。それだけなら、よいことにも思えますけれど』

『ふん。どんな生物も、魔物ですら一目で魅了しちまうってんだろ……。そんな話、ここに来るまでは信じちゃいなかったけどね……』


 そいつは今は眠っているのに近い状態だという。

 死者を復活させる術という話なら、何を差し置いても習得してやろうと思ったが。残念ながらそこまで荒唐無稽なものではないようだ。


 回廊が終わり、再び洞窟内に入る。先へ進むと似たような広間に出た。奥に他の場所よりも装飾の多い、巨大な扉が見える。

 扉の前にはこの空間に不似合いな岩石が生えていた。そこに意識のない、一人の女が鎖で拘束されている。

 人ではない。精霊、おそらくは大精霊だ。


『……このメスのどこがそんなにいいんだか』

 水路からぼやく声が届く。

 肉は何も言わず、食い入るように磔にされた姿を見ていた。


 しばらくその光景を眺めるうち、確信に近いものを感じた。

 “さまよう魂を光の届かぬ地の底、無窮の牢獄へ封じ込める。”

 おそらくこれが、差出し人不明の魔術の実例だろう。


 魂のない抜け殻は、宮殿を飾る彫像の一つにしか見えなかった。



   ◆◆◆



 磔の大精霊――楽園の主のもとには日に数度、ガビアロドンの司令官が訪れる。望遠で何度かその様子を捉えた。


 岩の前に跪き、静かに見上げる。

 幾度か短い前肢を女の足元へ伸ばし、触れる直前で動きを止めた。振り切るように立ち上がると広間を出ていく。


 俺達は気配を消し、禁術が完成するまで宮殿に潜伏することにした。

 船を出てから半日ほど経過し、既に朝日が昇っている。

 完成は満月。二日後の夜だ。


『この術は失敗すると思いますわ』

 司令官のいない間に禁術の様子を確認していると、隣で肉が呟いた。


 禁忌の舞台は奇岩地帯の南端、宮殿を見下ろすような位置に突き出す、切り立った崖のある小さな島だった。

 崖の真下の海に渦が発生し、そこから吹き出す瘴気が渦巻きながらたなびいている。


『根拠は?』

『ございません……ですが、この程度の力で竜が生まれるとは思えません』

 崖下に視線を戻す。今回も勘のようだが、内容には同意した。


 渦の中では数枚の魔力の刃が回転している。

 禁忌というだけあって術の構成は解読できない。だが威力自体は大したものでもない、落ちても俺の闇の障壁なら防げるだろう。

 一匹で魔物の軍勢以上の脅威となるほどの存在が、この渦から現れるとは想像し難い。


『だったらあのガビアロドンを説得するか? 別に止めはしない』

 術への興味が薄れたこともあり、そう言うと、重い息を吐いた。

『……無駄ですわ。たとえ無益に命を散らすことになろうと、彼女が目覚める可能性に賭けているのでしょう。それほどの想いを変えられる話術など、持ち合わせておりません』


 ……また何やら小難しい話になってきた。


『強力な存在になることが目的ではないのか』

『ええ。彼が命をかけても果たしたい願いは、楽園の主の復活。それだけですわ』


 少し離れた海から魔力が放たれた。それを吸収した渦が一度大きく広がり、やがて収束する。

 術者のマーナイゴンがこうして定期的に魔力を注いでいる。だが渦に大きな変化はない。


 マーナイゴンはかつて、楽園の主の眷属だったという。その魔力、特に強い闇属性が禁術の構成に不可欠らしい。

 黙々と魔力を捧げ続けるのを眺めた後、崖を降りた。


『あいつが魔物に協力する理由も分からないな』

『彼女もまた、想いに突き動かされているのですわ。たとえそれが報われなくても……』


 ……話が完全に見えなくなった……。

 顔を上げ、肉が片方のヒレを口にあてて鳴いた。笑っているらしい。


『うふふ。今はおわかりにならなくても結構ですのよ』


 とはいえ俺の目的には全く関わりのない項目だろうな。

 ……もし何か関連がありそうなら、コハルに担当させることにしよう。



 二日後、陽が沈む頃に司令官が崖に現れた。

 勢いよく瘴気を吹き上げ、激しく渦巻く海を見下ろす。

 それから視線を上げ、空を眺めた。


 おぼろげに浮かぶ月は赤い。今夜は蝕だ。


 結局、渦には俺の魔力も追加した。

 魔物をほとんど逃がしたため瘴気の量に差はないものの、渦の規模と威力は数倍になっている。

 マーナイゴンの魔力に拘っていたようだが、魔力不足で失敗しては本末転倒だ。

 さて。お膳立てもした、たとえ貧弱でも竜になってもらいたいところだが。


 ガビアロドンが目を閉じ、長い口をわずかに開いて何か呟いた後、地を蹴った。


 渦の生贄の中、最も強い魂が竜へと転生するらしい。


 契約しているわけでもない、おそらく会話ひとつ交わしたことのない相手のために、あの魔物ははじめから命を捨てる覚悟だったようだ。

 何者かに洗脳を受けたようにも見えない。一体どんな力が、奴をその理不尽な衝動へと駆り立てたのか……。


 巻き上がる瘴気に身をゆだね、ゆるやかに落下する孤影が渦の中へ消えた。


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