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『あまりにしつこかったものですから。水をかけて差し上げましたわ』


 コハルに何度も呼びかけられた肉は、俺の指示通り無視を続けていた。だがついに耐えかねたらしい。

 その光景は容易に想像がつく。呆然と水を滴らせながら、未練がましく肉を眺めてふてくされたに違いない。


『アメジスト様の、笑顔……』


 海面に顔を出した肉が呟く。

 知らず笑みを浮かべていたらしい。


『そんなに珍しいか。コハルにもよく無表情だとか言われるが』

『……コハル様とは、どういったご関係なのですか?』

『護衛とその対象、だ』

『まあ、そうでしたの。それで気にかけていらっしゃるのね』

『だがそろそろこの関係では物足りなくなってきた』


 転移を覚えて以来、精霊にまつわる能力は手に入っていない。

 この方法を信じるならば、信頼関係が深まっていないということになる。かといって解決策の見当はつかない。

 ふと静まり返った海に目をやると、肉が沈んでいた。


『どうした』

『うぅ……アメジスト様は、もしやコハル様のことを……』

 緩慢に浮上すると、意を決したように顔を上げる。


『つが、……“貝贈りの相手”にと考えておいでですの!?』

『どんな相手だ』

『わたくし達はたった一匹と決めた特別な相手と、アコ・ブリリヤの貝殻を贈り合うのですわ。ゆくゆくは、その……家族になる、約束の証です』

『家族……』


 マーナイゴンの生態は謎が多い。

 その身に持つ魔力も、人間や魔物のそれとは異なっていた。

 おそらくは精霊に近い。あの陰陽蝶に似た存在に思える。


『お前達はその契約で力を増すのか』

『え? そうですわね……不思議と力が湧いてくる、とおっしゃる方はいましたわ。気持ちが通じ合ったのですもの、それも当然のことですわね』


 ……こいつは時に難解な話題を操る。その方向性はどこかコハルに通じるものを感じる。

 アコ・ブリリヤを破壊し、力を取り込む生物。貝殻を渡し契約する行為にも増強効果があるようだが……簡単には理解し難い生態だ。


『で、ですが親しさにも様々な種類がございますわ。たとえばコハル様を、妹君のようにお思いなのでは?』

『……? あいつを妹だと思ったことはないな』


 俺には家族の記憶というものが存在しない。そういった相手に対する感情などわかりようがない。


『そう……ですの……』

 肉が再び海底に沈んだ。



「島が見えたぞー!」

 マストの見張り台から海賊が叫ぶ。

 船の前方には、緑の生い茂る孤島が浮かんでいた。


 魔物の巣窟が特定できた。そこで肉から情報を得て、船を安全な無人島まで移動させることにした。

 設備を更に強化したとはいえ、海上に漂わせたままでは不安が残る。

 これなら万一魔物が出没しても、島へ逃げ込む選択肢ができる。あの金髪がいる限り、そこまでの事態にはならないだろうが。


 甲板に出てきたコハルが船首へ向かった。隣にはもはや見慣れた姿がある。


「セラは無人島に一つだけ持っていくなら、何にする派?」

「一つだけ? そうだな……魔本を持ったコハルかな」

「わぁ……魔術で無双する気満々だぁ……」


『セラにま本でまじゅつを教えました。ごめん。しょこのことは話してません。……だけどなんでほかの人に話したらいけないの?』


 昨夜の手紙にそんな一文があった。

 奴に魔術を授けていたのは知っていた。肉を治癒した術もそれだろう。


『書庫に興味を持ち、奪おうとする者を防ぐためだ。もし他にも所有者が現れれば、お前の命の保障もなくなる。書庫を独占する気でいる者にとって、筆頭所有者は邪魔な存在になる可能性もある。』


 そう返答した。

 今の俺には閲覧できない内容のため、あくまで推測ではあるが。筆頭所有者には特権が与えられている可能性は高い。

 もしそれが他の所有者の権利や行動を抑制するようなものであれば、命を狙われる危険もある。

 当然そうなる前に先手を打つつもりだが。監視者の思惑が分からないうちは余計に、他者に知られない方が無難だと考えるようになった。


 他の質問にも、概ね事実と思える内容を伝えた。

 これまで必要性を感じなかったコハルとの情報共有を始めたことに、それほどの理由はない。

 ただ、今はコハルに何かを隠し、偽る、その理由を探す方が難しい。


「コハルは?」

「何でも願いを叶えてくれる便利家電、と言いたいところだけど。少しは自力で頑張るために、ナイフにしようかな」

「……ナイフはやめておこうか。俺の剣があれば必要ないよ」

「え~、なんで? テッパンなのに」


 珍しく金髪と同意見だ。

 コハルが振り返った。目が合い、気の抜ける笑顔を見せた後、顔を戻す。


「もっと怒り狂って引き離すかと思ってたぜ」


 ヨゼフが話しかけてきた。あの二人のことを言っているらしい。

「命の危険はないと判断した。お前こそやけにコハルを気にかけているようだが」

「そらまぁ……、あの二人が本気でくっついちまったら、どんな大惨事になるかってヒヤヒヤしてたからよ」


 ……くっつく? 身体を密着させるということか?

 確かに不愉快な気分にはなりそうだ。


「その時はまた蹴りを入れる」

「あ、もう入れたんだ……」


 島を眺めながら会話を続ける二人を見る。以前のような苛立ちは感じなかった。


 船が島に接岸した。それを横目に海へ潜る。

 にわかに騒がしくなった船から離れ、肉と共に海中を進んだ。



   ◆◆◆



 肉の先導で進む先に、奇怪な形の岩礁が重層的に連なり、一つの建物のようになった場所が見えた。

 自然の要塞といったところか。ここが魔物の根城らしい。


『お前は船に戻れ』

 俺の言葉に肉が首を横に振る。

『また同じ攻撃を受ければ俺では治せない。一度中へ踏み込めば、お前の身の安全よりも目的の達成を優先する』


 あの魔物の術には、傷の回復を妨げる“呪い”をかける効果があった。その手の攻撃は俺には効かない。だが肉には効きやすいようだ。

 ここへは中の魔物を殲滅するつもりで来た。雑魚ばかりだったとしても、守護に気を取られた状態で完遂できるとは思わない方がいいだろう。


『覚悟の上ですわ。足手纏いであれば捨て置いてくださって構いません』


 迷うそぶりもなくそう返す。

 たとえここでこいつが死んでも、さほど問題はない。

 だがその結果に、確実に文句を言う奴がいる。金髪に術を授けたのを見た時点で、こいつを食わせる計画はほとんど諦めていた。


『……戻れ』

『セラ様に助けていただいた術も覚えましたわ』


 肉が意識を集中し、光の回復術を使った。

 この術は俺には扱えない。魔力量や力量の話ではなく、おそらく相性の問題だ。

 対象のない術が効果を発揮せず消えるのを眺めた後、視線を外すと肉が俺の前に出た。


『ここは昔、“楽園”と呼ばれる場所でした。この海を治める方の住まう、宮殿だったと言われておりますわ。奥には絢爛豪華な財宝に彩られた、女神の慈愛の満ちる間があるといいます……宝玉を抱いたアコ・ブリリヤもきっと見つかるでしょう』


 奥の手とばかりに言う。

 それなりに興味深い情報ではあるが。何故危険な場所と知りながら同行したがるのかが分からない。財宝目当てとも思えないが。

 しかし女神の間とやらに入るには、こいつの手を借りる必要がある、と言いたいのだろう。


『分かった。だが自分の身は自分で守れ』

『はい!』


 入口を守る魔物を闇の術で一掃し、変わり果てた楽園へ突入した。



 中は複雑な塔のような構造になっていた。


 入口が上階にあたるため、魔物を倒しながら床に開いた穴から階下へ降りていく。

 外観以上に要塞らしさがあり、ほぼ一本道が続く中、要所を魔物の一群が塞ぐ。

 やはり雑魚ばかりだとはいえ、思ったよりも進むのに時間がかかった。


 背後にただ隠れている気はないらしく、肉は積極的に攻撃術を使っていた。

 魔物の数が多い広間では弱い者の相手をし、逃げようとする者に気付くと退路を壁で塞ぎ、討ち取っていく。


『よくやった』

 肉が奇妙な動きをした。身体を立ててヒレを揺らし、左右への移動を繰り返す。

『――はっ!? 喜びのあまりつい、フーラの舞いを……! ど、どうかお忘れになって!』

 その後も何度か謎の舞いを見せられた。

 単調な動きがやけに頭にこびりつく……。まさか呪いか。


 次から次へ湧いて出る魔物を倒し進む中、肉が泳ぎを止めた。


『仲間の声がします。どこかに捕まっているようですわ』


 マーナイゴンを生け捕りにしていたらしい。

 食用ではなく禁忌の術とやらに使うためなのだろうが。このまま襲撃を続ければ、人質として利用される可能性がある。

 まずはそいつらの解放を優先することにした。


 闇の術で気配を断ち、あたりを探る。

 岩壁に囲まれ、檻のようになった場所にマーナイゴンが集められていた。見張りは手薄だ。

 それらを倒し、十数匹のマーナイゴン達を逃がした。

 中にいた魔力の強い個体に、肉が初歩の魔術と出口までの道を教える。戻ってくると焦りのにじむ声を送ってきた。


『彼らの話では、禁忌の術が完成間近だそうです。少し前に頭目のガビアロドンが、一番魔力の強い仲間を連れ去ったようですわ……』


 爬虫類の司令官はガビアロドンというらしい。

 かつてこの海を治めていた、楽園の主に仕えていた種族だという。


『魔物を従えていたということか』

 魔物を使役する、コハルが言うところの魔王のような存在だったのだろうか。

 肉が珍しく強い口調で返した。


『……いいえ。たとえ魔物であれ、自らを慕う者を拒まなかっただけ。種族の違いに拘るなど、無意味なことと信じていたのです』

 言い終えてから慌てたように続ける。

『あ……いえ、わかりませんけれど。そんな気がしただけですわ!』


 種族の違いか。深く考えたことはなかった。

 同族同士の方が関係の構築に有利であろうことは理解できる。

 やはり精霊の行動は不可解だ。何故わざわざ隔たりのある相手と関係を結ぼうとするのだろう。


 だがその非合理的に思える方法に、気付けば本気で取り組んでいる。その上足踏み状態だ。


『……試しに貝でも渡してみるか』


 通信したままだったのを忘れて呟くと、肉が白眼を剥いて沈んだ。


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