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 インテリヤクザと書いたあたりに追記があった。


『魔王と大差ない奴だろ。

 一度に全部食べるなよ。』


 存在する次元が違うから比較はできないけど、一部の世界では近縁種みたいな扱いかもしれない(キャラ的に)。


 で。なんで飴?


 手紙の上に置かれていた小山を見る。多分、懐の中身全部だ。

 今回は添削がない。その必要がないくらい上手く書けたご褒美……そんな甘い先生じゃないか。

 懐に入れておくと邪魔だから出した、とか?


 ここは大海原のど真ん中だ。

 しかもただの海じゃない。船が何故か遭難したり、魔物が出たりする。

 まともな人なら、そんな場所で海水浴なんてまず有り得ない。

 ……まともの対極にいる魔王でもない限り。


 今日は床の揺れをほとんど感じない。船の性能が上がったからというより、いかりを下ろしているんだろう。

 これ絶対ダイビングしてるな……。

 確信しつつ、飴を一粒口に放り込む。強い甘さに眠気がとんでいったのは最初だけで、余計に頭がふわふわ落ち着かない感じになった。



 部屋を出ると、何かざわついた雰囲気だった。周りにつられて甲板に出る。

 見ると甲板の一角、固定されたボートのあたりを海賊達が遠巻きに囲んでいた。


 人垣の間から中心を見る。

 アメジストだ。全身濡れている、思った通り海に入っていたのだろう。

 ボートの上に手をかざし、回復術を使っているみたいだ。ここからだとその中はよく見えないけど、周囲の会話で相手がわかった。


「あのモチータ、大丈夫かよ」

「つーか魔術やべー。傷口が一瞬で塞がってたぜ」

「でもすぐに開いちまうな。さすがにそこまで都合のいい奇跡はねぇか」


 中にいるのは肉だ。(この名前、どう考えてもおかしいでしょうよ……。)

 怪我をしているらしい。だけど海賊達の言葉に思わず首を傾げた。

 傷口が開く? 今までそんなことはなかった。いつも跡形もなく回復するのに。


 アメジストが時々手を止め、じっと肉を見下ろす。その後さっきとは少し感じの違う、淡い光を灯した。他の術を試しているらしい。

 本当に回復術の効き目が悪いんだ。なんでだろう。


 いつの間にか隣にいたセラに促され、人だかりから離れた場所へ移動した。


「君の本に、あの子を治療できる術はあるかな」


 そうでした! 困った時の魔本頼み。

 早速鞄から取り出し、開く。肉の肉体を治す術をなにとぞ~。

 白紙に浮かび上がった呪文をセラに見せる。ひとつ頷くと引き返し、人垣の中へ入っていった。魔本を鞄にしまい、野次馬の間から覗き見る。


 近付いてくるセラを無言で眺めるアメジストが、一度こちらに目をやり、戻す。

 セラが肉の前で手の平をかざした。穏やかな光がボート全体を包みこんで、そのまわりを光の粒が雪のように舞う。

 若干、場の空気をひんやりさせながらも、アメジストは黙って見守っていた。


「成功したよ」

 戻ってきたセラが爽やかな笑顔で言う。

 ありがとう、堕落騎士!


「どういたしまして。じゃあ次はコハルを心変わりさせる術を出してみようか」

「セラはそんな闇の深そうな術、使わないよね」

「それはどうかな。もう魔術沼にずぶずぶの堕落騎士だから……」

 ごめんなさい。今後は心の声の管理を徹底します。


 肉もきっと感謝してるよ、と言うと不思議そうにされたので、アメジストがあの子に付けた名前だと教えたら絶句した。



   ◇◇◇ 



 その後、アメジストはまた船の改造にいそしんでいるようだった。

 ただしいかりは下ろしたままなので、私達は引き続きやばい海域のど真ん中に漂っている。


 回復した肉は海に戻っていた。船の傍で元気に泳いでは、たまに顔を出す。

 船から手を振ってみせるとまた無視された。

 めげずに声をかけていたら、尾ひれで水をかけられた。見事に顔面に命中。


 ……なんだよー。魔王にはあんなに目を輝かせて、絶対服従の構えなくせに。


 肉のアメジストへの態度は、更に熱を増した気がする。

 二度も命を救われたなら当然か。(今回、最終的に救ったのはセラだけど。)

 それにしても、追いかける視線に大量のハートが見えるような……。


 アメジストが甲板で肉と見つめ合う姿もよく見かけた。

 もしかして通信の術で会話してる? だとしたらどんな話をしてるんだろう。

 海に入っていたみたいだけど。その間も肉と仲良くお喋りしてたのかな。

 ……セラに頼んで、試しに盗聴してもらおうか……。


 夜に一人の部屋でペンを取る。

 ちなみに戸棚の上には魔動ランプが置いてある。スイッチを押せば火が灯ったり消えたりするという便利グッズだ。有り難い。

 だけど今日は指がすんなり動かなかった。


 肉とどんな話をしてるの?

 なんでこの海に来たの?

 そもそも旅の本当の目的って……?(記憶の回復には興味ないんだよね?)


 気付くと次々浮かんでくる、ほとんどが今更な質問を綴っていた。

 文脈なんてない。オヤジギャグの前振りでもない。というかギャグが全然浮かばない。

 ……だめだ……! 今宵は笑いの神に見放されている……。


 中途半端な質問を並べた紙を折りたたんでパーカーのポケットにつっこむと、私は早々にベッドにもぐりこんだ。



 次の日、部屋にいるとアメジストが入ってきた。

 なんとなく無言のまま数秒目を合わせたあと、

「書庫へ渡る」

 と言うので魔本を起動すると目を閉じ、しばらくして戻ってきた。


 そのまま、またなんとなくこちらを見るのに見つめ返す。

 何この時間。

 これは滞っていたコミュニケーションを改善する、会話チャンスなのか?


 なのにいざその時が来ると、不思議と口が動かなかった。

 視線を外してポケットに手を入れる。いっそ昨日書いたこの質問用紙を渡す?

 膝抱っこされながら無言で筆談て、もう本気で何の時間かわからないな?


 迷っていると膝から降ろされた。

「俺がいない間はなるべく金髪から離れるな」

 扉の前でそう言い残し、部屋を出る。


 いつから私の護衛をセラに丸投げするようになったんだ。

 ……実は普段から、足手纏いの預け先を探してる?

 最近はわりと向こうの方からも構ってくるし、一緒にいるのが当たり前みたいな気分でいたの私だけか。だよね。

 ベッドに腰をかけたまま、後ろ向きに倒れ込む。


「人はパンのみにて生くるにあらずなんですけどー」


 魔物が出没する海の真ん中で、これは贅沢な悩みなのかな。

 絶品海賊めしで生くる私のお腹の肉が減らないという悩みも、贅沢が過ぎるのだろうか……。



 私が盗聴をそそのかす前に、なんと肉からセラに通信が届いたらしい。

 肉、魔術使えるんだ。


「とても丁寧にお礼を言われたよ」


 肉、礼儀正しいんだ。

 私には水ぶっかけるくせに。


「……私も魔術が使えたらなぁ」

 つい羨ましくなって呟くと、セラが微笑んだ。


「コハルにはもっとすごい力があると思うよ」

「すごい力? そんなのあるかな!?」

「うん。なんでも笑いに変えられるところとか」

 それは力というよりただの性格では……芸人寄りの。


「そういうのじゃなくて、ファンタスティックな奇跡の力が欲しいんだよ~」

「まだ眠っているだけかもしれないね」

 微笑む明るい水色の瞳が、一瞬だけ深い海の底のように見えた気がした。



 その夜もペンを握る手は重かった。


 また紙が疑問で埋まっていく。……しかも字が汚い。

 オヤジギャグも浮かばない。私のひらめき力は波が激しいようだ、海だけに。

 書いたものをポケットに放り込む。ランプを消してベッドに入った。


 なかなか寝付けず羊を数え、羊が足りなくなって肉を数える。

 だけど肉は数えようとする私の顔に水をぶっかけ、アメジストにわらわら群がっていった。

 可愛い生き物なのに。心の奥で、何故か肉をにくたらしいと思う気持ちが……肉がにくい……肉ネタはもう出した上に、質が下がっとる……。


 呻きながら何度も寝返りを打っていると、


「まだ起きていたのか」


 何匹もの肉をまとわりつかせたアメジストが近寄ってきた。

 驚いて身を起こす。暗闇の中、隣に立つ姿がぼんやり目に映った。

 肉はくっついていない。本物だ。


「……昨日からあれが置いてないな」


 手紙のことを言っているんだと気付いて、私は半分寝ぼけた頭でぼうっと隣を見上げた。

 なんだか残念がっているような……気のせいかな……。

 無意識にポケットに両手を入れて、中にある二枚の塊を手でいじる。

 それを見下ろしてくる視線を感じた。


「ギャグが、思い付かなかったから」

 笑いの神が私の紙に降りてきてくれなかったんだ……。


 視線が呆れを含んだものになった気がした。

「あの妙な言葉遊びか。それ目当てに読んでいるわけじゃない……。書いたものがあるんだろ。ほら、早く出せ」

 目の前に片手が差し出される。

 少し迷ってから、ポケットから二日分の手紙を出してその上に置いた。


 それに目を通したあと、戸棚の前でペンを取る。(目に暗視スコープとか内蔵してる?)

 返事を書き込んだ紙を置くと、こちらを振り返った。

「大体の質問には答えた。今関わっている件については、終わってから話す」


 回答したんだ。私は思わず布団をはねのけた。

 靴をはいてベッドを降りる。戸棚の上のランプをつけようとすると、片手で止められた。


「もう寝ろ」

「返事を見てからにする」

「明日でいいだろ」

「今読みたい」


 真面目に答えたのか、それとも適当にはぐらかしたのか。

 べつにどっちでもいい気がする。でも明日まで待てないと思った。

 掴まれた腕を軽く引きよせられる。頭のすぐ上から、いつもよりほんの少しだけ柔らかい声が降ってきた。


「どんな内容でもいいからまた書けよ。……ギャグは程々にしておけ」


 その日の記憶はそこまで。


 魔術で寝かしつけられ、翌朝ベッドの上、きっちり布団をかけられた状態で目が覚めた。

 変なところだけ意外とマメなんだよな。


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