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『近くに小さな鍾乳洞がございます。一度休憩なさいますか?』

『必要ない。先へ進む』


 振り返った肉にそう返すと、何度も目を瞬かせた。


『驚きましたわ。人は水中で、ほんの数分しか活動できないと思っておりました。アメジスト様のような方もいらっしゃるのですわね』


 感心したように言う。

 俺自身少し驚いている。どうやら長時間呼吸をしなくても不都合なく動けるらしい。普通の身体ではないと知ってはいたが、これも想像以上だ。

 おそらく魔力での肉体維持がこの状態を更に向上させているのだろう。

 特に今は身体能力が高まる時間帯だ。日が昇るまでこのまま潜っていられそうな余裕がある。


『満月まで日があります。貝の口は閉じられたままですが、よろしいのですか?』

『ああ、構わない』


 肉はアコ・ブリリヤが生息する場所を知っていた。


 その話によると、貝は普段海底の砂の中に隠れているが、満月の夜だけは這い出て口を開くのだという。

 奇石を生成している貝は少ない。石が目当てなら満月に探す方が確実だろう。

 だがまずは生きた貝を手に入れ、書庫へ持ち込み様子を見ることにした。一つはダトーに渡し、船の変化を見届ける。石を探すのはその後でいい。


 海底を進んでいくと、淡く月光の差し込む土地が見えた。

 その場所へと近付くにつれ、肉が焦ったように尾ひれの動きを速めた。


『そんな、どうして……!?』


 目の前の光景に肉が驚愕する。

 砂の上にはアコ・ブリリヤと思われる貝が粉々に砕け、あたりに散乱していた。


 魔物が生息する海域だ。奴らが少し暴れればこうなることもあるだろう。運がなかったようだ。

 そう言うと、肉が思案気に首を振った。


『……いいえ。アコ・ブリリヤが生きる場所には“女神様のご加護”がございます。障壁に似た透明な壁で守られ、わたくし達だけが立ち入ることを許されるのです。ただの魔物に壁を壊されるなど考えられません』


 瘴気を吸収し、女神の加護を持つ貝か。奇妙な生態だ。


 風、水属性を合成して術を構成する。風の移動術を応用し、船の推進機に似た効果を生み出した。

『生息地はまだ他にもあるんだったな』

 俺の言葉に頷くと肉が泳ぎ方を変え、海底を疾走した。


 結局、他の場所も同じ状況だった。

 月明りの差し込む砂の合間に、砕け散った貝の破片が混ざる。その中に奇石らしきものはない。


 肉が砂の上に光るものを見つけ、息を飲む。

 自身のものと同じ鱗だった。


『貝を壊して回っているのはマーナイゴンか。何が目的だろうな』


 俺の推測に肉が項垂れた。信じたくないようだが、心当たりもあるらしい。


『この先に仲間の群れが暮らす場所がございます。そこで話を聞いてみますわ。アメジスト様は船へ戻られますか?』

 それに首を振って否定し、更に速度を上げた白い影の後に続いた。



 山脈のように連なる岩場の奥へと進む。

 アコ・ブリリヤの生息地同様、月光を多く取り込む開けた場所に出た。


 俺の姿を見て動揺した個体に、肉が鳴き声を交わして落ち着かせる。

 他にも岩の影から数匹のマーナイゴンがこちらを窺っていた。

 肉ほどではないものの、以前見たもの達よりも魔力が強い。警戒心も強いらしく、俺にいつでも攻撃を仕掛けられるよう体勢を整えていた。


『長老のもとへご案内しますわ』


 入り組んだ岩礁を縫って泳ぐと、二体のマーナイゴンの奥に老いた個体がいた。

 肉体は弱々しいが複数の属性を持ち、それなりの強さの魔力は安定している。魔術にも長けているようだ。

 数度、肉と鳴き交わした後、通信を送ってきた。


『ようこそ、陸のお坊ちゃま。仲間を助けていただき感謝いたします。本来ならば舞い踊っておもてなしさせていただくところですが、少々立て込んでおりまして。すぐにこの海を出られた方がよろしいでしょう』


 どうやら魔物が数多く出没するようになり、防衛に手を焼いているようだ。

 生息域からさまよい出ただけのものとは異なり、明らかにマーナイゴンに狙いを定めた魔物がうろついているという。

 先日相手にしたあの魔物の軍勢の一派だろう。


『何故お前達はあいつらに狙われている? 竜とは一体何だ?』


 肉の仲間が聞いた話では、あの爬虫類の指令官は竜になる禁忌の術とやらを求めているらしい。その内容までは肉にはわからないようだった。

 マーナイゴンを狩る理由もそれが関わっているように思えるが。長老が重々しく首を振った。


『我々が狙われる理由は存じ上げません。それと質問にはお応えしかねます。いかんせん禁忌でございます、ぺらぺらと漏洩するわけにはまいりませんので。命を脅かされている今は特に、情報の取り扱いには細心の注意を……』

『分かった。あの魔物共を片付ければいいんだな』


 回りくどい言い方にそう返すと、少しの間のあと頷く。

『……本当に魔物をどうにかしてくださるなら、お話ししましょう』


 話が一段落すると、肉が硬い声とともに長老を見据えた。


『魔物が組織立ってわたくし達を狙っていることは理解しましたわ。ですが何故、アコ・ブリリヤの命を奪ったのです? 魔物に対抗するためとはいえ、それこそ禁忌にあたいする行いではなくって!?』


 貝が壊された理由は、マーナイゴンの力を増強するためだったらしい。

 この集落の者達が貝を壊し、その力を取り込んだ。だが肉にとってそれは許し難い行為のようだ。

 両脇の二匹が長老を守るように肉の前を塞ぐ。長老がそれをため息のような鳴き声で下がらせた。


『それについては、このじいも心苦しく思っておりますよ。しかしながら竜の出現だけは、どんな手段を使ってでも止めねばなりません。彼らの犠牲を無駄にしないためにも』

『ですが……!』

『魔物さえ退ければ、これ以上貝を壊す必要もないんだろ。さっさと行くぞ』


 尚も言い募ろうとする肉を連れ、集落を出る。


 竜か。あの言い方だと相当に強力な存在なのだろう。

 その力は俺が目指すべきものなのか。見定める必要がありそうだ。



  ◆◆◆



 一度海面に顔を出し、魔物の気配を探った。


 まずは集落周辺に配置されたものを掃討する。

 どこかにあの司令官を含めた群れの、根城になっている場所があるはずだ。この近辺を片付けた後はそれを見つけ出し、襲撃する。


『お前達は魔物の言語を理解できるのか?』

『全ての魔物の言葉が分かるとはいえませんが。知性の高い者の声ならば、なんとなく理解できますわ』


 魔物から情報収集できそうな場合は、肉に任せることにした。

『必ずお役に立ってみせますわ!』

 それほど期待はしていないが。頷いて海中に潜る。


 付近に潜んでいる魔物を探り出し、粗方倒し終わると肉が何かに気付いた。


『……魔物の会話が聴こえます。アメジスト様はここでお待ちください』


 そう言い残すと、音を立てず海底を這うように泳ぎ去った。

 望遠を起動し、その後ろ姿を視野に捉える。


 慎重に進む肉が大岩の影に身を潜めた。その先には数体の魔物がいる。

 しばらくそうして魔物の会話を聴く。だが肉の背後に徐々に近付く影が見えた。

 岩に隠れる肉の姿に気付いた魔物が、警報のような甲高い音を出した。


 肉が慌てて障壁を張る。

 その間に会話していた魔物達に周りを囲まれた。

 全てを相手にするのは無理だろう。望遠を起動したままその場へ向かった。


 近付こうとする魔物を水の攻撃術で押し戻す。

 俺が行くまで持ちこたえるかに見えたが、闇属性の魔物が魔力を錬った。

 思わず舌打ちする。肉に魔力では劣るも、実力は同程度か。だが上位属性であり、覚えたての肉よりも魔術の扱いに慣れている。


 悪い予想が当たり、水属性の障壁が引き剥がされ、魔物の術に吸収された。

 数秒の戸惑いの後、肉が再び障壁を張る。

 六属性の基本を理解していない。教えていないのだから当然か。


 二度目の障壁も奪われ、魔物の前に一振りの銛が姿を現す。

 それを合図に、周囲の雑魚魔物が一斉に肉に襲い掛かった。

 望遠を切り、速度を上げて進みながら広範囲の攻撃術を用意する。


 魔物の攻撃から必死に身をかわす姿が見えてきたところで、肉を追い回す魔物目がけて術を叩き込んだ。

 続けざまに闇の攻撃術を闇属性の魔物に撃つ。だが遅かった。


 俺の術が魔物に命中するのと同時に、闇の銛が肉の脇腹を裂いた。

 魔物の残骸があたりに浮かぶ中、動きを止めた肉がぐったりと海中を漂う。

 そこまで泳ぎ、回復術をかける。薄く目を開くと雑音の混ざる通信をよこした。


『アメジスト様……。奴らの、居所、わかりましてよ……』

『後で聞く』


 思ったよりも傷が深い。水中では安定を欠くせいか、回復術の効き目は薄かった。


 傷口を押さえながら肉を抱えて浮上する。

 望遠の視野に、朝日に照らし出された船の姿を捉える。移動術の速度を上げ、それを目指した。


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