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 今日も一人で穏やかに目が覚めた。

 でも今朝はこれまでとは違う。状況に変化あり。


 寝る前に書いて置いた手紙の余白部分に、文字が追加されている。

 主に誤字の指摘や少し難しい文字への変換で、返事というよりただの添削だ。

 なのに意味もなく何度も読み返してしまった。


 確実にスルーされると思った冒頭部分には、

『安直すぎる』

 と唯一コメントが付けられていた。

 いいんだよ、安直で。オヤジギャグなんだから。


 ……うん。この作戦は有効な気がしてきた。文字の練習にもなるし。


 私は気分が急浮上していくのを感じ、軽やかな足取りで厨房へ向かった。


「おはよう、コハル」

「あ、おはよ」

「おう」


 部屋を出た少し先で、セラとヨゼフに会った。……スキップしてたの見られてないよね。

 話し中らしいので挨拶だけして通り過ぎようとすると、セラが私の隣に並ぶ。


「話はもういいの?」

「ああ、別に大したことじゃないから」


 軽く振り返る。ヨゼフもあっさり去っていった。

 なんとなく、前ほどセラを警戒しているようには見えない。

 昨日一緒に戦ったことで、信頼が生まれたりしたのかな? ヨゼフは腕前を見せる機会がなかったらしいけど。

 ……それとも、ただのたらし効果……?


 二人で厨房へ向かう。すると中から妙に騒がしい声が聴こえてきた。

 不思議に思いながら部屋に入ると、海賊達が一角に群がっている。真水を作る装置の前だ。


「すっげー! 前と味が全然違うぜ! 臭くねぇし!」

「そのまま飲めんのか!? 嘘だろ!?」

「魔力もほとんど使ってねぇんだとよ。これからはうまい水をいくらでも飲めるってことだよな!」


 どうやら真水装置の性能が爆上がりしているらしい。

 省エネモードにもなったようで、今後は魔力を気にせず使えるみたいだ。

 とても有り難いことだけど、どうして一晩でそんな大変身を……。

 ……いや、いかにもやりそうな奴が一人いる。


 人だかりの隙間を縫って朝食を受け取り、厨房の入口近くにある席でセラと食べる間も、通路を行き交う海賊達が興奮気味に話すのが耳に届いた。


「聞いたか? 推進機がなんかすげーことになってるらしい。消費魔力も減って、毎日使えるんじゃないかって話だ」

「まじかよ。今日は船がほとんど揺れないのはそのせいか?」


「魔動砲があり得ない動きをするようになったって、幹部連中が騒いでたぜ」

「ああ、やばすぎてうかつに触れないらしいな」


「なんかさっき、船長が隅の方で膝を抱えてたんだが……」

「あの人、船への思い入れが半端ねぇからな……。ヨゼフあたりに任せとこうぜ」


 そんな感じで、今日は海賊船の随所が謎のグレードアップを遂げた話で持ち切りだった。

 皆が寝ている間に仕事をしてくれる小人さんでもいるのかな。

 他人の船でもお構いなしで、自分好みにカスタマイズする悪霊さんの仕業だろうけど。


 海を眺めたり、セラが任された作業を手伝ったり、厨房の皿洗いをしたりして一日が終わる。

 夕食をほとんど上の空で食べていたら、セラに心配されてしまった。

 なんとか誤魔化し、そそくさと部屋へ戻る。ごめん。今日書くネタを考えていただけです……。


『ふねがれべるあっぷしたね。はん人はいまこのへやで、てがみをよんでいる……あなたです、まおうさま。

 水がおいしくなって、みんなよろこんでたよ。

 だけど、せんちょうのきもちもそんちょうしてあげてね。』


 ペンを小さなインクつぼに戻して、魔本で手紙を押さえておく。


 今更だけど。私が寝ている間って、どうやって魔本を起動させてるんだろう?

 魔動シップを好き勝手に改造するような奴だ、なんとでもなるか。書くネタがなくなったら質問してみようかな。



 その後も船は何度かマイナーチェンジしているようだった。多分もう原型を留めてない。

 やつれた顔のヨゼフにばったり会った時、愚痴を聞かされた。船を魔王に蹂躙され、ヤケ酒に走る船長の相手をさせられているらしい。


「ハル坊、奴を止めてくれ……」

「無理。今アメジストとは完全すれ違い生活で、一切会話してないから!」

「……そのわりには楽しそうだな?」


 会話がないのは事実だ。文通(通信教育)はしてるけど。

 どっちにしろ、私が言ったところで止まるわけがない。訝しげな目をするヨゼフから逃れ、用事がある風を装って甲板に出た。


 海を眺めていると、船に並んで泳ぐモチータが顔を出す。

 よく見ればイルカよりもおうとつの少ない顔で、どちらかというとマナティなんかに似ている。身体の下半分は鱗に覆われていて、貫禄のある体型ながら、颯爽と泳ぐ姿はまるで人魚だ。


「もっちー」


 実は密かに考えていた名前で呼びかけてみた。モチータだし、もちもちボディだし、これしかないでしょ。

 モチータが振り向いてこちらを見た。だけどすぐに顔を戻し、海に潜る。

 気に入ってもらえなかったかな。残念。


 海中を並走する影を目で追っていると、ある時泳ぐ向きを変え、異様なスピードを出した。

 転移か?と思うような速さで移動し、また顔を出す。そこは船内入口あたり、ちょうどアメジストが甲板に出てくるところだった。

 そのまま船の端まで移動し、モチータを見る。

 アメジストの視線を受けつつ、器用に直立不動で立ち泳ぎしている。その間も決して視線を逸らさない。瞬きすらしない。


 ……うーむ。懐いてるっていうか、魔王の忠実なるしもべ感がすごい……。

 どうもアメジストが魔物から助けたようだから、恩を感じているのだろう。

 可愛らしいんだけど、なんとなく見続ける気分にはなれずにその場を離れた。


 いつもの場所に手紙を置いて眠り、起きてすぐに目を通す。

 素っ気なくも意外と丁寧な添削が続く中。モチータをもっちーと呼んだら無視されたと書いたあたりに、一行コメントがあった。

 その内容に思わず心の中で悲鳴を上げる。


『あいつには既に名を付けた。“肉”だ』


 ――――肉っ!?



   ◆◆◆



『ごきげんよう、アメジスト様』


 マーナイゴンが通信術を使いこなすようになった。

 妙な口調は、人間の書物を拾って読んだ影響らしい。喋ることはできないが、生まれつき人語を理解できたそうだ。こいつも変異種なのかもしれない。


『先ほど、不思議な呼びかけをされましたわ。もっちー、だとか……』


 間違いなくコハルだ。

 早速こいつに興味を持ち始めたか。このまま馴れ合わせてしまえば、肉を食べさせようとしても拒否するだろう。そうなっては面倒だ。


『その子供の相手はするな。何を言われても無視でいい』

 マーナイゴンが首を傾げながらも了解した。

『……ですが名前は必要かもしれません。この先ご指示をいただくにも、無いままでは何かとご不便でしょうし……』

 にわかに落ち着きのない様子になって続ける。


『あっ、あの……! もしよろしければ、わたくしに名を与えてくださいませんか? アメジスト様から頂きたいのです』


 またテンのように愛玩するようになっては問題だ。コハルに名付けさせるわけにはいかない。

 名が無くては不便だというのも一理ある。俺が付ける以外にないだろうが……。

 マーナイゴンの名、か……。


 …………。

 ………………肉、以外何も浮かばん。


『肉っ!?』

『……どうやら俺に名を付ける能力はないようだ』

 諦めて認めると、


『――肉で構いませんわ。いいえ、ぜひ肉とお呼びください!!』


 何故か気に入ったらしい。変わった嗜好の持ち主だ。


 その後マーナイゴン……いや、肉から情報を引き出した。

 更に細かな改修を続けながら、船を進ませる。


 ようやく目的の場所まで辿り着いた。肉を待機させ、一度部屋へ戻る。

 まっすぐ戸棚に向かい、置かれた紙を手に取った。


『アメジスト、大事なことだからよくきいて。

 へたなあだ名をつけると、いじめとにんしきされるおそれがあるんだよ。

 だれだってへんなよびかたされたらいやな気分になるからね。

 たとえばアメジストだって、「いんてりやくざ」とかよばれたらいやでしょ?


 肉なんて、よびにくいな』


 お前は何を言っているんだ。


 ……よく次々と思い付くものだと感心はするが。

 書き置きに追加する。添削は省いた。最近は目につく程酷い部分は少ない、直しが必要な箇所も減ってきた。


 懐の中身を出して紙の上に置いた。寝顔を確認し、書庫には寄らず部屋を出る。

 甲板へ戻ると白い頭が出迎えた。

 夜空には半円の月が浮かんでいる。視線を戻すと通信が入った。


『それではご案内いたします』


 肉が静かに海中へ消える。

 深く息を吸い、海にとび込む。鈍く光る鱗のあとを追い、闇の中を潜行した。


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