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魔物の第二陣が、船底を目指し海中を進む。沈没を狙っているらしい。
人間じみた考え方だ。この戦法にも慣れている。
おそらくこれまでにも、こいつらに沈められた船が存在するのだろう。
この船の底には魔動が装備されている。雑魚の攻撃で簡単に穴が開く程、やわな造りではないはずだが。
念のため船全体を闇の障壁で覆った。
それまで一列に泳いでいた魔物の群れが二手に分かれた。左右の舷を同時に攻撃するつもりだ。
魔術で一掃してもいいが……。船橋にいる顔色の悪いダトーに指示を出す。
『魔動砲を出せ』
頭に角の生えた魔物が船底目がけて突進し、障壁に弾き返される。
しつこく繰り返す個体を魔術で潰していると、船首上空に球体が現れた。
空に浮かぶそれがかすかに震え、海へ向けて光を迸らせる。
光線が海面を薙ぐ。爆発による水柱が収まると、数体の魔物の死骸が海面に浮かんだ。
続いて船の反対側に撃つ。
ほとんど全滅したものの、運よく射程を逃れた魔物が逃げ帰っていった。
……威力はそれほど悪くないが、軌道が大味だな。細かい調整もきかない。二十年前の代物だ、こんなものか。
司令官の様子を見る。忌々しげに長い鼻に皺を寄せている。
部下に命じると、再び一群をこちらへ向かわせた。
懲りずに雑魚を送り続けるかと思えば、戦法を変えてきた。
小隊を船へ向かわせる傍ら、自分の前に配置した魔物達に魔術を使わせる。海水を上空へ集め、巨大な塊にするとこちらへ投げ放った。
火炎を生み出し相殺する。同時に撃たせた魔動砲と逆側の群れを術で殲滅する。
魔動砲から逃れた数体が、今度は逃げ帰らずに船尾へ向かった。
やや距離をあけ船尾を囲んだ魔物達が、船に向かって何か投げ入れた。金髪の足元にそれらが転がる。
ただの木片だ。船への攻撃は障壁に防がれると理解したようだが。
木片には黒い海藻が絡みついていた。
蠢き、木片を離れる。海藻の表面には吸盤が並んでいるのが見えた。
それを甲板の床に押し付ける。
接着面がかすかに軋むような音を立てた。吸盤の内側に牙でもあるのか。板に食いつき少しずつ削っているらしい。
金髪がそれらを剣で払った。だが切り刻まれても動き続けている。それぞれの切れ端が床に吸い付き牙を立てた。
諦めたような顔で教えた光の術を使い、海藻を焼く。灰になるとようやく止まった。
こいつらが船を沈めるという海藻か。やることが地味だが放置もできない。障壁を素通りする性質といい、厄介だ。
船を囲む魔物が、既に海中で船体各所にそれらを取りつけ始めていた。
魔物を一掃した後、望遠で船に食らいつく海藻を探しては、障壁を壊さないよう威力を落とした術で慎重に消滅させていく。かじられた部分は魔力で修復する。
『お前は飛んでくる術を防いでおけ』
通信の直後、魔物の魔術士が巨大な氷塊を放ってきた。
金髪が光の魔力を錬る。
弧を描いて飛ぶ氷塊が中央マストに迫ると、その前に光の壁が出現した。
光の壁が氷塊を弾く。巨大だったそれが砕け、無数の氷の小塊になると、消えるのではなく壁の前で整列した。
それらが一気に飛び出す。来た道を逆流し、術を放った魔物達の頭上へ弾丸となって降り注いだ。
司令官を含む部隊が焦って大きく後退する。
光属性は攻撃よりも守備に長けている。
その性質を最大級に引き出し、障壁に相手の攻撃を利用してはね返す効果を付与したようだ。
素人同然がいきなり応用か。魔術を嫌っておきながら、嫌味な真似をする。
金髪の反則的な反撃によって、魔術士部隊はほぼ壊滅した。
船底に張り付く最後の海藻を消滅させ、改めて魔物の軍勢を眺める。
おそらく最初の半数以下だろう。
既に劣勢を悟っているはずだが。駄目押しで闇の攻撃術を海中へ叩き込んだ。
標的はマーナイゴン達と膠着状態になっている小隊だ。
漆黒の波動が海面を走り、魔物の群れに狙いを定める。
仲間を守り抜いた個体が俺の術に気付き、退路を壁で塞いだ。
完全に立場が逆転した魔物達を、水の壁もろとも黒い波が吞み込んでいく。
司令官の乗る怪魚が向きを変えた。ようやく撤退を決めたらしい。
配下の魔物達が慌ててその後に続く。海中を敗走する一団が望遠の視野の中で小さくなり、やがて消えた。
「おい見ろよ! あれってモチータじゃねぇか!?」
「まじだ! おれ初めて見たわ」
「一匹見るだけでも幸運だっていうのに、なんかいっぱいいるぜ! 魔物の群れまで出やがるし、幸先いいのか悪いのかわかんねぇな!」
魔物が退いたことに気付いた海賊達が、甲板で騒ぎ始める。
瘴気溜まりからは距離を取り、マーナイゴン達が海面から顔を出していた。
何匹かその場で何度もとび跳ねている。船から歓声が上がった。
「二人とも、大丈夫だった?」
「おうよ。オレは出番無かったしな」
「コハル……。俺は本当に、堕落してしまうかもしれない……」
「心配しなくていいよ。手遅れだから」
入口近くに立つコハルが、会話しながらこちらに視線を投げる。
無傷だと分かればそれでいい。物言いたげな瞳から視線を外し、海へ向けた。
◆◆◆
『ありがと、ござ、ます』
船に近寄ってきたマーナイゴンが通信を寄越した。
あの魔力が強い個体だ。おぼつかない様子だが、術を覚えたようだ。
『お前達は何故魔物に襲われていたんだ?』
『わかり、ませ。……仲間、聞いた、話。やつら、禁忌、求め……』
『禁忌?』
『竜、なる、ため……』
雑音が混ざり、途切れた。何度もやり直すが途中で構成が崩れる。
まだ長話ができるほど術に慣れていない。
説明は諦め、短い言葉を慎重に紡いだ。
『あなた、に、お礼、したい』
今回の件が異変と無関係だとは思えない。
竜という言葉も気になる。こいつからもう少し情報を聞き出すべきだ。
だが通信術を問題なく操るには、多少の時間が必要だろう。
助けた目的も確実にしておきたい。復路でまた都合よく現れるとは限らない。
こちらを見上げるずんぐりした姿に結論を返す。
『だったら俺についてこい』
俺の言葉に頷く仕草をし、マーナイゴンが海に潜った。
海面に狼煙のように漂っていた瘴気が、跡形もなく消える。魔力の補充が完了したようだ。
船が動きだすと、海中の影が船腹の傍を並んで泳ぎ始めた。
それにしても。あの魔動砲は今のままでは使えないな。
試しに改造してみるか。
魔動ギルドの製造物は、基本的には分解できない。それが可能なほど解析できないと言う方が正しい。
だが二十年前の技術だけあって、この船のものなら多少の変更は可能に思える。
作業を始めて数時間経つと、俺の行動に気付いたダトーが止めに来た。
泣きながら懇願してくるのに辟易し、術で口を塞ぎ、通りかかったヨゼフに押し付けた。
これに成功したら、次は推進機だな。
もっと小回りがきくようにしたい。魔力を無駄に消費する点も改善が必要だ。
計器類にアコ・ブリリヤを探知する機能も追加したいところだが……さすがにやりすぎか。
夜更けに部屋へ戻ると、コハルがベッドで寝息を立てていた。
壁際に据え付けられた低い戸棚の上に、外した鞄が置かれている。
書庫の鍵を出そうとすると、鞄の傍に一枚の紙切れを見つけた。
『かいせんとのかいせん、おつかれさま。
もちーたがついてくるね。アメジストがまのもからたすけてあげたの?
もしそうなら、ありがとう。おやすみなさい。 コハル』
……「海鮮との海戦」と言いたいのか。
あの個体を助けたのは事実だが。何故そのことに礼を言うんだ?
書き置きするほどの内容でもない。いつもの事とはいえ、異世界の頭の考えることは分からないな……。
紙を押さえていたペンを取り、隙間に軽く書き加えた。
鍵を取り出しベッドの端に腰を下ろす。
久しぶりに顔をまともに見たような気がする。毎日望遠で確認はしているが。
あの金髪の意志が変わらない限りは危険もないだろう。そう思い、ここ数日は目を離している時間が長い。
使いかけた操作を止め、少しの間無防備な寝顔を眺めた。