表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/121

77


 船全体に、あの男の気配が纏わりついているかのようだ。


 俺の術と能力を遮断した力。光の魔術なのか。それとも特殊能力か。

 海賊共を手懐け、コハルを引き寄せるのにも何らかの力を使ったはずだが……。

 文献を探るが、やはりどこにも答えはない。


 コハルの制御は諦めた。

 闇の糸で縛りつけたところで、また力を使われれば同じだ。俺の術は効力を失い、隙をついて連れ去られる。

 ……いや、もう使う必要すらない。


 初めから予感はしていた。

 言い聞かせたところで、どうせコハルはあの男に懐く。

 腹立たしいほど予想通りだ。力に頼らずとも、適当な口実でいくらでも呼び出されていくだろう。


 目的は読めない。だが相対して分かった。

 奴はコハルを守る気でいるらしい。それも、この俺からだ。


 書庫の存在に気付いているようには見えない。他にコハルを守るどんな理由があるのか知らないが、逃げ場のない海上に出て間もなく行動に出る程度には、本気ということだろう。

 どこまでも意味のわからない男だ。とにかく癇に障る奴だというのははっきりしたが……。


 だがそれなら利用するまでだ。

 アコ・ブリリヤの入手。マーナイゴンの捕獲。起きているはずの異変の解決。そして書庫に潜む監視者の思惑への対処。

 常に荷物を抱えながら取り組むのは骨が折れると思っていた。

 そんなに子守りがしたいならさせてやる。せいぜい俺からコハルを守っている気でいればいい。


 もし奴が再び力を使うとすれば、おそらく陸へ戻る瞬間だろう。コハルを奪って逃げるつもりなら、その時は本気で倒す。

 これまで使い道のなかった闇の術を試す、いい機会になるかもしれない。



   ◆◆◆



 船の構造を概ね把握した。

 魔動の起動中に魔術を使っても特に問題はなさそうだ。

 少なくともこの船の魔動は、上位属性で他を吸収する機能は封じられている。余計な力を取り込み暴走させないための、安全装置らしい。


 舵を取る前に目標を絞る必要があるが、まだどれも手掛かりがない。

 あてどなくダトーの操舵に任せていたところ、妙な気配が近付いてきた。

 望遠を使う。凪いだ海を泳ぐ生物の姿が見えた。


 ――マーナイゴンだ。周囲を警戒しながら、少しずつこちらに近付いてくる。

 それが泳ぎを止め、海面から顔を出した。

 視線の先にはコハルの乗ったボートが浮かんでいる。隣には当然のようにあの金髪男が座っていた。


 気付いたコハルが指を差した。男が身を乗り出しその先を見る。

 ……いちいち近寄りすぎだろう、本当に鬱陶しい奴だ……。

 しばらくコハル達を眺めた後、マーナイゴンは海に潜ると引き返していった。


 捕獲するか……。だが今コハルにあの肉を食べさせても意味がない。

 効果の有無はともかく、遺跡を再訪するまでなるべく新鮮な状態で持ち運びたいところだ。捕まえるのは復路にするべきだろう。


 部屋へ戻ると、服を脱ぎかけたコハルが目を見開いて振り向いた。数秒固まったあとに、慌てて服を戻す。

 その小動物のような動きを見ているうちに気が抜けて、ここ数日の胸のむかつきが収まった。


 風呂に入りたがっているようなので術を使う。

 その後コハルに鍵を起動させると、本を読まずに話しかけてきた。

「今日は釣りをしたよ」

 知っている。

 何故か消えたはずの苛立ちが戻ってくる感覚に、すぐに目を閉じ書庫へ渡った。



 海賊達が駆け回り、船を守りの姿に変えていく。

 ダトーに行き先を確認する。この先に瘴気溜まりがあり、そこで魔力を補充するつもりのようだ。

 その後は俺が操縦し、海底を探索することを伝えると、


「あんたに限って、金目当てってこともなさそうだが……目的はアコ・ブリリヤか?」

 こちらに探るような目を向けてきた。

「お前には関係ない」

「もし見つけたら売ってくれないか」

 答えずにいると操舵を部下に任せ、向き直る。

「わけを話すからついてきてくれ。魔動に興味津々のあんたには、聞く価値のある情報だと思うぜ」


 船橋を出てダトーが向かったのは機関室だった。

 中央に据えられた原動機の前に立ち、こちらを振り向く。


「師匠の遺言でな。『アコ・ブリリヤの命によって船は永遠になる。』」


 原動機の中心部を指差す。そこには不自然な窪みがあった。

「ここにはめ込めば、瘴気機関が永久機関に……なるかどうかはわからんが。どうやらこいつを強化できるってことのようだ」


 その技術には多少興味が湧かなくもないが。この船が強化されたところで俺に利益はない。

 ダトーが口の端を上げ、続ける。

「つまり欲しいのは宝石じゃねぇ。生きた貝の方だ」


 貝は体内で奇石を生成するために、瘴気を吸収するのだという。


「だが瘴気を魔力変換する能力はないんだろ。強化に繋がるとも思えないが」

「まぁ実際どんな変化が起こるかは、やってみるまでわからんよ。これはあくまで俺の予想だが。機関の弱点の克服、すなわちどんな瘴気でも吸い込めるようになると考えている」


 過去の出来事が少し腑に落ちた。

 瘴気には種類の違いがあるようだ。俺の瘴気吸収では、今のところ何らかの差を感じたことはないが。

 エミーユに設置されたものの内部には、吸収されずに漂う瘴気があった。どうやら瘴気機関に共通する欠陥らしい。


「もしそれが可能なら、魔動ギルドも貝を欲しがるだろうな」

「そういうことよ。貝を交換条件に、機密情報を引き出せるかもしれんぞ」

 ダトーが原動機を離れ、俺の前に立つ。

「生きたアコ・ブリリヤ貝なら1000カラト出す。ついでに魔動ギルドの動向に詳しい情報屋も紹介してやる。どうだ?」

「……いいだろう。複数手に入ればの話だが」


 そんな情報屋がいるなら、この船の情報も向こうに流されているんじゃないのか。知ったことではないが。


 今の話が事実だとするなら。監視者が欲しがっているのも、宝石ではなく貝本体なのだろうか。

 その力で書庫が強化される、……とは期待できないな。ともかくまずは探し出すしかない。



 ダトーとの取引を終えた頃、海の先から瘴気をかすかに感じた。

 だが船が近付くにつれ、その中に魔物の気配が混ざっているのに気付く。確認するため甲板に出た。


 望遠で海面から瘴気が立ち昇る場所を見ると、やはり周囲に魔物がいた。それもかなりの数だ。

 ほとんど雑魚だが、一匹、強力な個体がいる。

 とはいえ進路を変える必要があるほどの相手ではない。そう思い眺めていると、予想外の事態が視野に映った。


 魔物の群れに囲まれ、数匹のマーナイゴンが逃げ惑っていた。

 漁をするかのように魔物が追い回す。必死に隙間を縫って引き離そうとするも、その進路を別の魔物が塞いだ。


 徐々にマーナイゴン達が追い込まれていく先は、瘴気の吹き溜まりだ。

 その肉には瘴気を退ける効果があるとされる。ある程度は耐性を持っていそうなものだが。見る限り、瘴気の中を越えて逃げようとするものはいない。

 瘴気に近付くのを躊躇した一匹が、背後から魔物の攻撃を受け動かなくなった。


 この魔物達は何故、マーナイゴンを襲っているのか。

 妙に統制のとれた動きだ。おそらく他より強力なあの一体が指揮をとっているのだろう。

 まるで人間のように後肢で巨大な魚にまたがり、爬虫類に似た上半身を海面から出し、戦況を眺めている。


 一体の魔物が、仕留めたマーナイゴンを司令官のもとへ運んだ。

 それを受け取ると巨大な口を開き、頭から食い始める。 

 魔物が瘴気の耐性を得たがるはずもない。何が目的なのだろう。まさか単に空腹なのか。


 奇妙な光景を訝しく眺めている間に、船が戦場に近付いてきた。

 司令官が気付き、部下を呼び寄せて何か命じている。こちらに兵を送るつもりのようだ。

 迎え撃つしかないだろう。


 通信術を応用し、船内全員に聞こえるように魔力を使い指示を出した。


 望遠を切り替えコハルの様子を確認する。あの男が障壁をかけていた。

 当然だ。それすらできないようでは話にならない。

 ……しかし奴の魔術の扱いは、まるで素人だ。まさかとは思うが。あれだけの魔力と才能を、ろくに使っていないのか?

 気味の悪い力は使うくせに、魔術は封印か。ますます理解不能だ。


 呼び出した二人が配置につく頃、魔物の一群が海中を進み向かってきた。


 距離のせいで多少効果が落ちるが仕方ない。

 依然として魔物の包囲を受けているマーナイゴン達に障壁をかける。

 稀少な生物だ、この海に何体いるのか定かではない。俺が捕獲するまでに全滅されては困る。


 すると他より魔力の強い個体が、俺の魔術を真似た。

 障壁を応用し、襲いかかる魔物の前に壁を生み出す。数度魔物の体当たりを受けると壊れたが、寸前でまた張り直す。

 仲間を自分のもとに集めると、周囲を覆う壁を作成した。


 悪くない動きだ。得意な水以外にも、いくつか属性を持っている。

 通信でその個体に初歩的な攻撃術を伝えた。すぐに使いこなして辺りの魔物を牽制する。

 これなら戦闘が終わるまで持ちこたえるだろう。


「うおっ……、まじで群れてやがる。魔物のくせに徒党を組むなよな、海賊じゃあるまいし」

 海中を進む魔物の影を捉えたヨゼフが、曲刀を抜きながらぼやく。

「海賊よりも統率されているかもな。今回は出し惜しみするなよ」

「へいへい」


 舳先まで移動する。振り返ると、船尾からあの男が視線を送ってきた。


『何だ』

『……コハルを、一人に、するのか』


 通信術も習得していない。見様見真似でたどたどしく返してくる。


『何のためにお前らを呼び出したと思ってる。万が一にも船内に侵入などさせない』

『君の、判断が、間違っているとは思わない。だけどあんな風に不安にさせて、この状況で一声もかけないなんて。かわいそうだろう』


 すぐに術を使いこなした。つまらない奴だ。

 ……俺がコハルを不安にさせた? 何を言いたいのか全くわからない。

 仮にそうだとすれば、……原因はお前なんだが?


『くだらない話をする暇があるなら、まともな攻撃術の一つくらい覚えろ』

『結構だ。俺は聖穏教会に所属する……』


 中級程度の攻撃術を伝え、通信を切った。


 先頭を泳ぐ魔物が海面から顔を出し、水の術を放ってくる。

 片手で弾き返すと海中に逃げこみ、船底を目指して泳ぐ。それを闇の魔力で上から貫き、海の底へと沈めた。


 後続が怯むことなく海中を突き進む。

 それらを術で一掃し、望遠を起動する。魔物の司令官が鱗だらけの腕を組み、低い唸り声を上げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ