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 狭い船倉の温度が急降下した。物理的にも、比喩的な意味でも。


 表情はほとんどないのに、視線だけで怒りを伝えてくる。目を合わせてると火傷しそう。ついでに凍傷にもなる。寒暖差がえげつない。

 私は立ち上がるとさっさと頭を下げた。


「勝手に出歩いてごめん。えぇと、海賊に頼まれごとをしてるうちに、流れ流れてここへ漂着……」


 無言でツカツカ近付いてくるアメジストの足が、横を通り過ぎた。

 てっきりいつもの鷲掴みがくると思って、自ら頭を差し出したのに。それともフードを差し出した方がよかったのかな。


 戸惑いながら顔を上げた瞬間、背後でものすごい音がした。


「この程度、いくらでも避けられるだろ。まさか詫びのつもりか?」


 振り返ると、冷え切った声で言うアメジストの先、散乱する積荷の中でセラが倒れていた。

 多分、蹴られたのだろう。苦しげな呼吸が聴こえて、私は呆然としながらも少しだけほっとした。生きてる。


「これでも避けたよ……。謝らなければいけない理由なんて、一つくらいしか浮かばないな。それよりもっと彼女の自由を尊重した方がいい。束縛が強すぎると逃げられるよ」

「自由を奪ったお前がほざくな」


 壊れた木箱の破片の間から、ふらつきながら立ち上がる。

 睨み合う二人。私は必死にアメジストの腕を掴んだ。


「違うってば。セラは何もしてない。私が頼まれてここへご飯を運びに、」


 弁明は途中で音にならなくなった。また口封じかい。

 セラが顔をしかめる。

「だから放っておけなくなるんだ……」

「二度とおかしな真似をするなよ。次は陸まで戻れないと思え」


 一方的に言い捨て、踵を返したアメジストに抱えられた。

 部屋を出る前、一瞬だけセラと目が合う。私を安心させるように微笑んだけど、顔色が悪い。


 暴力反対、の教育を徹底しなければ……。お怒りが鎮まった頃にでも。



 アメジストがまっすぐ向かった先は、私達にあてがわれた船室だった。

 広くはないもののきちんと掃除され、ベッドが二つ壁に固定されている。他の場所に比べて揺れも少ないし、多分かなりいい部屋なんだろう。


 片方のベッドにぽいっと放り投げられる。

 そのままあおむけでいると、いつもより感情の読めない無表情で見下ろされた。


「お前に警戒とは何か説いたところで、無駄だとよくわかった。ここで護衛は必要ないと思うなら、勝手にしろ」


 また一方的に言うと、こちらの反応を待つことなく部屋を出ていった。

 ベッドで大の字になったまま、低い天井を眺める。


 黙って傍を離れて、危険視しているセラと一緒にいたから怒った。そこまではわかる。

 けど、なに? あのアホの子に愛想尽かしたみたいな言い方と、この放置。


 勝手にしてもいいなら、なんでセラをボコって私を回収したんだよ。

 そもそも私がいないことに気付かないくらい、機械に夢中だったくせに。黒い紐もたるんでたし。

 それを話も聞かずにセラのせいにするなんて。ただの八つ当たりじゃないか!


 湧き上がるモヤモヤを持て余し、私は心の中で思いっきり叫んだ。


 あ~~~もう!! 相談を書き込める掲示板とかどっかにないかなぁ!?

 タイトルは『【大至急】反抗期の魔王の気持ちがわかりません……』だよ!!!


 魔本にネットのような機能がないかしつこく試す。そこまで都合のいいサービスは、ない。

 無駄な努力に時間を費やしている間に夜になった。

 勝手にしろって言われたもんねー。と厨房を覗きに行ったら、昼食を作った海賊がいた。この船のコックなのだろう。余っていた夕飯をあたため直してくれた。


 お礼を言っていただいた後、こちらの食材をいくつか渡そうとすると、

「ガキがそんなのいちいち気にすんな。てかもっと食わないとチビのまんまだぞ。女なんじゃねーかって言う奴らまでいるんだからな?」

 海賊ってまともな視力の持ち主は少数派なの……?


 大声で笑ったあと、厨房の掃除を始める。それを軽く手伝ってから部屋に戻った。

 あれきりアメジストの姿は見ていない。機関室にこもっている気がする。

 確かめに行く気にはなれず、甲板に出て、少しの間真っ暗な海を一人で眺めた。


 セラは無事かな。探して様子を確認しようか、迷う。

 ……大量の魔力持ちらしいから、きっと回復術で治したよね。


 戻って自分のベッドで横になった。久しぶりに膝の上から解放されて、ゆっくり眠れる。

 朝になり、そのまま普通に目が覚めた。移動させられた形跡もない。


 平和だ…………。



   ◇◇◇



 太陽がほとんど真上から照りつける頃になっても、アメジストと出くわすことはなかった。


 これ幸いと、今日は朝から船内を巡ってみた。

 皆二日酔いから復活して、持ち場で元気に働いている。たまにこっそりさぼってる人もいる。


 この海賊船は、瘴気機関を搭載した魔動シップだ。

 だけど普段は風だけで進んでいるらしい。魔動で船を動かすと結構な魔力を消費してしまうので、なるべく温存するのだという。


 魔力は省エネしつつ、地味なところに使ってもいる。

 厨房には火を起こすコンロ。それからこれも魔力を食うから普段は温存の、真水を作れる装置まである。

 冷蔵庫なんかはなかったけど、食料庫は多少なら温度や湿度を下げられる作りになっているらしい。


 食を大事にする姿勢、いいね。長い航海を可能にするためだそうだ。でもビールみたいなものの製造機で占領されてる部屋があったけど、それ必要か?


 厨房を見学していると、いつもの料理人が来て昼食の仕込みを始めた。


「昨日のご飯、すごくおいしかった。どこかで修行してたの?」

「そんなもんねーよ。俺の部族の男なら、このくらいできて当たり前なんだ」


 砂漠の出身だそうだ。海賊達は皆、日に焼けているけど、さらに肌の色が濃い。

 砂漠の民から海の民に転身とは。その理由は思ったより深刻な話だった。


「どこもかしこも瘴気が出るようになっちまってな。今は皆バラバラだよ。元々厳しい土地だったが、もう人が住めるとこなんて残ってないかもな……」


 好きで海賊になったわけでもないみたいだ。そりゃそうか……。

 少しだけ曇らせた表情をすぐに戻し、なんだかんだで毎日私の分も作ってもらうことになった。本当においしかったから褒めたんだけど、下心が全くなかったといえば嘘になる……。

 当然こちらの食材も全部使ってもらうことにした。


 そのまま厨房で簡単な手伝いをしていると、今度は一人分の昼食を渡された。

「どうしてもとは言わねーが。またあいつのところへ行ってくれるか」

 今の私に行動制限なんてない。こころよく引き受ける。


「……もし乗りかえる気なら相談しろよ。砂漠の越え方を教えてやるぜ」

 急に何の話だろう。乗りかえようにも他の船なんて通らないだろうし、砂漠に行く予定もない。

 お昼を求めて海賊達がどんどん集まってきたので、疑問は置いて配達に向かった。早く仕事を終わらせなければ食いっぱぐれてしまう。


 今日もセラは一人でいた。昼食を渡して引き返そうとしたら、腕をとられる。

「ありがとう。でも今日は食欲がないんだ。よかったらコハルが食べてくれないかな……ここで」

 そう言って、また即席のお座敷までなんとなく誘導された。


 相変わらず完璧な笑顔だ。つい隣に座ってしまってから、確認する。

「ねえ、昨日やられたとこ大丈夫? ちゃんと回復術かけた?」

「回復術……? 俺は教会の騎士だよ。術なんて使えるわけないじゃないか」


 …………あぁん!?

 きょとんと首を傾げるセラに、私は思わず掴みかかりそうになった。


「いやものすごいぶっとばされ方だったけど! じゃあ食欲ないっていうのもそのせいで、」

「大丈夫。どんな怪我でもすぐ治る便利な体質だから」

「でもまだ治ってないんだよね!?」

「コハルが食べてるのを見れば治ると思う」


 動物のもぐもぐタイムとかじゃないからな!?

 まだ健在だった不思議発言を無視して、私は一度降ろした腰を上げた。


「アメジスト連れてくる。下手に出て謝っとけば、なんだかんだ回復してくれると思うから」

「やだ。いらない」

 子供なの!?

「意地張ってる場合じゃないでしょ!」

「コハルと一緒にいれば治る」

 たらしなの!?


 ……もう勝手にしてやると決めたからな。

 鞄から魔本を取り出し、開く。それをセラの顔の前につきだした。


「はい。やってみて」

「なんだい、これ?」

「回復術(多分)」


 不思議そうに魔本を眺めたあと、セラがゆっくり目を閉じた。

 その身を淡い光が包む。なんとなく、アメジストが使う時よりも光が柔らかいというか、質がよさそう。これは魔術を使えない個人の感想です。


「……すごいね。怖いくらいの力だ」


 目を開けたセラが呟く。成功したのだろう。

 怖いと感じるのは、魔王が太鼓判を押すほどセラの魔力が強いせいだろうか。


「本当に必要な時だけ使えばいいんじゃないかな。あとこれも覚えておいて」


 再び魔本を開いて見せる。写し出したのは障壁だ(多分)。

 これさえあれば、またアメジストに蹴られても重傷はまぬがれるはず。

 魔本に落とした視線を上げ、頷くのを確認してから、本を閉じて鞄に戻す。やっと少し気分が軽くなり、ゆったりと座席に腰を落ち着けた。


「一応、この本のことは誰にも言わないでね」

「わかった。……それにしても、こんなに便利だと自制するのが大変だな。もし俺が魔術にハマって堕落したら、責任取ってくれる?」

 知らんがな。


「堕落って。密航した挙句、大酒かっくらっておいて今更なんじゃない? 酒臭いとリチアに嫌われるよ」


 術を教えた報酬代わりと思い、私は少し冷めてしまった昼食に手を伸ばした。


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