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 いつの間にか腰の黒い紐が緩んでいた。

 そーっと外し、そーっと床に置いてみる。……気付かれてない。


 いくら機械に夢中だからって、珍しい。まぁオタクにはそういう日もあるか。


 ここにあるのは前に見た瘴気機関と似たようなものらしい。

 原動機をねっとり観察するアメジストに、ダトー船長がなにやら熱のこもった口調で話しかけていた。

 機械が立てる音で、ここからだとよく聞こえない。でもなんとなく面白い話でもなさそうだ。

 入口近くの壁に背を預けて、私はひたすら時が過ぎるのを待った。



 なんだろう。何かしめっぽいというか、妙な気配を感じるような……。

 扉に顔を向ける。少しだけ開いた隙間から、こちらを覗く海賊と目が合った。

 思わず声を上げそうになると、慌てて自分の口に指をあててみせる。


「どうしてもあんたに手伝ってほしいことがある。ちょっと来てくんねーか?」

「手伝える内容ならいいけど。……でも、すぐに行けるかな」


 こそこそと近付いてきた海賊が抑えた声で言い、顔の前で両手を合わせた。

 アメジストの方へ視線をやりつつ返す。それに気付くと、さらに頭を下げた。


「あのバケモン……い、いや黒いアニキには、今は黙っててほしい。……実は昨日、酔った奴らが間違ってあんたらの食料に手をつけちまったんだ」


 なっ……なんだってー!?


 何度もぺこぺこ謝るおびえきった様子に、沸騰しかけた気持ちはすぐ同情に変わった。

 長い航海になるかもしれない、食料は多めに準備した。当然アメジストの分も含まれていると思ったのだろう。あれは全部、私のごはんだ。

 そもそも同じ場所に置いてあるのだから、間違うのは仕方ないかもしれない。この様子だと、相当気を遣わせてしまっているのかな。むしろ申し訳ない?


 食べた物と同じ物はないらしく、アメジストの好きそうな物を海賊側の食料から選んで持っていってほしい、とのことだった。

 本人に直接言う勇気はないらしい。私に話したんだからどうせバレるんだけど、ワンクッション入れたい心理はわからなくもない。


「アメジストは食に興味ないから。気にしないでいいよ。減った分、何か適当に返してくれれば」

「そういうわけにもいかねぇよ。じゃああんたの好きなもんを選んでくれ。……食った奴が食料庫で覚悟固めちまってんだ。頼む、なるべく早く救ってやってくれ」


 うっかり盗み食いした程度のことが、だいぶ重い話になっているようだ。


「しょうがないなぁ……。じゃあ今から行ってあげるよ」


 扉の隙間を静かに広げ、そこへ身体をすべりこませる。

 海賊のあとをついていく間、一瞬だけ冷房をきかせるアメジストの顔が思い浮かんだけれど、なぜか全く気にならなかった。



   ◇◇◇



「ありがとう。冷めないうちにいただこうか」


 言いながらそのへんにあった布を広げ、床に敷きはじめる。

 突っ立ったままでいると、レジャーシートのように布を重ねた場所に手招きされ、私は口ごもった。


「え、いや……これはあなたの昼食なので」

「でも、どう見ても二人分あるよ?」


 そうなんだよなー……。

 手に持ったお盆を見下ろす。食事も食器も、きっちり二人前だ。

 だから二人いるのかと思ったのに。この部屋にいたのはセラだけだった。


 食料庫の床に包丁を置き、その前で辞世の句でも読みそうな顔で正座をする海賊達を無罪放免し、食料の返還を受けた後。

 昼食を作っていた海賊に、暇だと思われたのか手伝いを頼まれた。

 で、それがここへの配膳だった。届け先がセラだと知ってたら断ったのに。


「俺は精霊さんと一緒に食べたいな」


 こういうのさらっと言いそうな人だとは思った。注文してないスマイル付き。

 美形にはかなり耐性をつけたはずなのに。近距離から爽やかな微笑みを向けられ、思わず俯いてしまった。

 ……よく考えたら私のそれは美形というより魔王に対してのものであって、正統派王子みたいな人への免疫ではなかったかも……。


「あの、……コハルです」


 そろそろ変なあだ名をやめてもらおうと、お盆を受け取るセラに言う。

 すると微笑みが少しだけ、いたずらっぽい表情に変わった。


「ごめん、本当は知ってたんだ。リチアさんに聞き出したから」


 突然出てきた意外な名前に、驚いて空色の瞳としっかり目を合わせてしまった。


「リチアと知り合いなの!?」

「うん。仕事仲間、みたいなものかな」

「ってことは、セラも教会の司祭?」

「俺は司祭じゃなくて、一応、聖騎士だよ。任地の守護や、巡礼の護衛なんかが本来の仕事なんだけど……」


 聖騎士って、リチアの話にもちらっと出てきたことがあった。聖区を守っている、とか。

 セラがお盆を片手に布の上に座る。それからあいている方の手で自分の隣をポンポン叩いた。


「食べながらゆっくり話そう」



 海賊めし(意外にも、この国の飲食店のものよりずっとおいしかった。)を味わいながら、私はこの際だからとあれこれ質問した。

 セラは聖騎士の仕事の傍ら、リチア同様、各地の異変の調査をしているそうだ。


 リチアを大聖堂まで送った時、どうやら中から見られていたらしい。

 私達のことを覚えていたセラは、すぐにリチアに話を聞きに行ったという。だけど名前以外はほとんど教えてもらえなかった、と苦笑した。

 私との約束をちゃんと守ってくれている。なんだか今すぐリチアに会いたくなってしまった。


 気持ちが顔に出ていたのか、セラはリチアの普段の様子を色々教えてくれた。

 二人ともそれぞれ旅をしていることが多く、会う機会は少ないらしいけど、たまに異変の報告をし合ったりもするそうだ。


 相変わらず真面目に頑張っているのがわかる。ほんわかしつつ、ちょっと心配になった。異変調査は危険も多いだろうし、無理はしてほしくないな。


 話をしているうちに、セラへの緊張感のようなものはいつのまにか消えていた。


 穏やかに話を聞いてくれる感じは、少しリチアと似ている。自分のペースに巻き込んでくるタイプかと思ったら、むしろ一歩引いてこちらの話を引き出すのがうまい。これが人たらしの力か……。


「コハルはどうして旅をしているの?」


 食事と雑談的な話題が一段落したあと、セラが少し顔を覗き込むようにして訊いてきた。


「旅をしたいわけじゃなくて、ただアメジストについていってるだけだよ。そうすればいつか、私の目的を達成できるんじゃないかなーと期待してるんだ」


 セラにはまだこちらの事情は話していない。さすがに異世界人などの件は、そう簡単に話す気にはなれなかった。

 目的ってなに? とつっこまれたらどう答えようか考えていると、


「それは聖区に居ては達成できないものなのかな? もしコハルにその気があるなら、聖区での生活の場を用意できるよ」


 思ってもみない提案に、私はまじまじと隣を見返した。

「どういうこと?」

「……コハルには受け入れ難い内容かもしれない……。だけど彼は、危険だ」


 べつに受け入れ難くないし、なんなら毎日のように実感してますが。

 それまでの柔らかい表情を消して、真面目な口調での言葉が誰を差しているかは明らかだ。私はしっかり頷いてみせた。


「アメジストをまじでやばいと思ってるのはセラだけじゃないよ。もしこの船でアンケート取ったら『非常にそう思う』が10割いくレベル。(私の回答も含む)」

「ああ、うん……。いやそういう話じゃなくて……」


 少しだけ空気を緩めたものの、表情は硬い。


「彼は普通の人間じゃない。強さだけではなく、もっと本質的な部分で人とは異なっている。おそらく魔物に近い存在だと思う」


 真剣な声で言う内容に、特に驚くような部分はなかった。知ってます。

 それにしてもこの二人、お互い似たようなことを言い合っているような。そのシンクロぶりがまた私の妄想力を刺激する……。


「もし軽い気持ちで一緒にいるのなら、今のうちに離れた方がいい」


 つまりアメジストからの避難先が聖区、ということのようだ。

 エミーユとは違い、聖区の魔術禁止令は言葉だけではなく、土地そのものにある程度魔術を抑制する力があるらしい。魔物の侵入を防ぐ効果もあるとか。

 それがアメジストにも通用するのかは謎だけど。効果があると思うから提案してきたのだろう。


 少し考えたあと、私はセラの視線を受け止め、答えた。


「セラがそこまでアメジストを危険だと思ってるのはわかった。だけど、軽い気持ちってわけじゃないから」


 なんせ世界を越えるつもりだ。さすがに軽く達成できる内容だとは思わない。

 左手の腕輪を見る。こちらの行動を縛るような条件は書かれていない。

 それでもここでセラの誘いを受ければ、先に信頼を裏切るのは私の方になってしまう。


「聖区へ行きたくなった時は、アメジストに連れていってもらう」


 しばらく私と目を合わせたあと、軽くため息を吐いた。


「たぶん振られるだろうなと思ってたよ。でもコハルの気持ちを聞けてよかった」


 振られるとか、なんでわざわざ語弊のある言い方するよ。たらし怖い。

 セラがふにゃっとした笑い方をして、一緒に空気も柔らかいものに戻った。


「コハルが聖区に来てくれるなら、リチアさんも一緒に暮らしたらって提案しようと思ったのに」

「えっ、なにそれ!?」

「コハル一人だと心配だろ。俺が言わなくても、しばらく一緒にいようとするんじゃないかな」


 リチアと聖区で街歩きしたり、食べ歩きしたり……。そんな生活楽しすぎだろ。くぅ、惜しいことしたかな……。


「このところ異変の起こる頻度、その内容も危険度が増しているからね。調べるだけでも、一介の司祭一人の手に負えるものじゃない。……だけどなかなか聞き入れてもらえなくてさ」


 セラも私と同じ心配をしていたらしい。

 もし話に乗っていたら、私をダシにリチアを説得して、危険な異変調査の第一線から外すつもりだったのだろう。


「リチアの安全を確保するのは大賛成。他にそれとなく異変調査を諦めさせるいい方法ない?」

「それが難しいんだよな。俺の意見、いつも聞いてるようで全然聞いてくれないし……」

「二人の上司から言ってもらうとか」

「だめだめ。むしろ使命感を煽っちゃって逆効果」


 ああでもないこうでもない、と意見を出し合う中、ふと思い出した。


「セラがこの船に密航した理由って、やっぱり異変の調査?」


 港町のあたりでは、おかしな出来事が続いているようだった。この海域で起こっているという異変が原因らしい。

 私の言葉にセラが頷く。


「どちらかといえばコハルに会いたかったからだけどね」

「そういうのいいから。……じゃあ少しはアメジストを見直すことになるかもよ。だって私達も、この海の異変を――」


 その時、けたたましい音と共に部屋の扉が開け放たれた。

 驚いて振り返る。言葉の途中で開けた口のまま、現れた人物と目が合う。


 よく考えたら不思議だ。どうして今まで、この事態を想像しないで和やかにお喋りしていられたんだろう。


 氷点下の空気を纏って、鬼の形相(当社比)の魔王が現れた。


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