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 どこの世界にもモテる人は存在する。

 見た目がよかったり、特別な才能があったり、なんかよくわかんないけど愛嬌があったり。


 さらにこの世界には、悪党すら一瞬で虜にするほどのモテ、いわゆる人たらしの極まったやつが存在するらしい。


「釈放祝いだ、おら~飲め飲め!」

「『キャプテン・フィンチ』を一気だと……? 顔に似合わずやるじゃねーか!」

「どうせ水割りだろ……っ!? こいつ、『スピリッターズ』で割ってやがる!」

「さすが海賊船に密航する男!! 飲み方が馬鹿でしかねぇ!!」


 夜風を浴びながら、私は甲板の一角で始まった騒がしい酒宴を眺めた。


 自分達が捕まえた密航者を釈放して、それを祝うという矛盾につっこみを入れる人材はいないらしい。

 海賊達の中心では宴の主役、セラがにこにこ笑いながら、絶え間なく注がれる酒を水みたいにあおってる。そんなペースで大丈夫か。


 見るともなしに見ていると、目が合った。笑顔で片手をひらひら振ってくる。

 ヨゼフから、私に話があるって聞いたけど。ああしてずっと海賊達に囲まれているので、今のところ会話はしていない。

 手を振り返す間柄じゃないよなー。戸惑っていると肩を掴まれ、身体の向きを変えられた。


「目を合わせるな。関わるな。存在しないものとして扱え」


 ……不審者から子供を引き戻すお母さんか。

 それまで遠い目で海を眺めていたアメジストが、宴に一度横目を向けたあと、私を抱えて移動した。

 船の反対側まで来ると降ろされる。宴は視界に入らなくなった。賑やかな笑い声だけが耳に届く。


「なんであの人のこと、そんなに気にするの?」


 別に関わりたいと思ってないし、実際そうしてる。なのにいつになく神経質だ。

 最初に会った時の見つめ合いといい、この過剰反応といい。どうしてそこまで意識するんだろう。……何か変な妄想を繰り広げそうになるからやめてほしい。


 私のちょっぴり歪んだ心配には当然気付かないアメジストが、諭すような口調で言う。


「強大な魔力の持ち主だ。その気になれば縛られたままで人ひとり殺すくらい、造作もないだろう」

「こっわ……。でもそれ、アメジストだってそうだよね。たとえ黒蓑虫になってても、私なんて瞬殺でしょ」


 冗談めかしてただの事実を述べる。普通に肯定すると思ったら、不思議な無表情でじっと見つめられた。

 なんとなく視線を海に向ける。耳に入ってくるのは規則正しい波音と、宴会の雑音だけになった。

 変な間のあと、小さな呟きが落ちてくる。


「もうお前の死に顔は見たくない」


 …………私、死んだの??

 え、いつだ? それでゲームみたいに魔術で生き返った? でもそんなことがあったらすぐに言いそうだけど……。言えないくらい酷い状態だったとか……?

 考え始めると怖くなったので、聞かなかったことにした。


「だ、だけどいくら強いからって、私を殺す気なんてないと思うなー」


 何故かコンタクトを取ろうとしてくる感じはあるけど。さすがにそんな目的のためとは思えない。


「……そうだな」

 意外にも素直に認めた。ただし不満そうなしかめ面だ。


 船内へ戻る途中、酒宴のメンバーが一人、また一人と床に突っ伏すのが見えた。

 隣に座る海賊が肩にもたれかかり、セラがそっとその場に寝かせる。

 誰よりもハイペースで飲んでいたはずなのに、遠目に見る限りふらついてる様子もない。魔力が強いだけじゃなく酒にも強いのか。


 きっと天から大量のギフトを授かった人なのだろう。

 とりあえず地獄の底あたりから授かった人に、たらしスキルは皆無でよかった。



   ◇◇◇



「ここが機関室だ。その優れた洞察力で好きなだけ、ねちっこく陰険に小舅のごとく調べつくしてくれ。ただしここで知ったことはくれぐれも……」

「わかってる。だが全てはお前の態度次第だ」


 短い間にアメジストの性質をそれなりに把握したらしい船長が、顔に張り付けた笑みを引きつらせた。


「すげぇな。正直なにがなんだかさっぱりわからんが、とにかくすげぇ」

 腰に手を当てて部屋を見渡しながらの言葉に同調する。

「同じくさっぱりわからん。……って、なんでヨゼフまで見学してるの?」


 アメジストの護衛対象である私はともかく、ヨゼフがここにいることに疑問を持つと、

「いつもの奴が酔いつぶれてるせいで、オレに船長の補佐が回ってきたんだよ。……他の持ち場もいろいろ兼任で。ったく、航海初日に派手な酒盛りするとか意味がわかんねぇ」

 つまり昨夜の宴会のせいで、使いものにならなくなった人たちの仕事を押し付けられたらしい。


「それさぁ、あのセラって人が原因だよ。仕事、代わってもらえば?」

 正確にはセラが悪いわけではないだろうけど。ただ密航なんてした手前、働くべきでは。

「……らしいな。今朝向こうから仕事はないかと聞いてきたから、いくつかもう任せてある」

 言われなくても自ら動いていた。案外ちゃんとした人なんだ……。


「おかしな野郎だが、まぁ使えない奴じゃない。航海術の基礎もあるようだしな」

「完璧か。そんな人がなんで海賊船になんて密航したんだろ」

「さあな、直接聞いてみろよ……いや冗談だ」


 こちらに顔を向け、すぐに焦ったようにとび退いた。

 怪訝に思ってヨゼフの視線をたどると、私の腰元には見慣れた黒い紐が巻き付いていた。

 ……なんでこのタイミングで命綱?

 アメジストを見る。黒い紐を出したまま、何事もないかのように部屋の中央に置かれた機械を調べている。

 ヨゼフがやや距離をあけて会話を続けた。


「勝手にうろつくなと釘さして、なるべく奥の方の仕事を渡したが。気を付けろよ、ハル坊」

「気を付けるって?」

「だからセラだよ。なんか狙われてるだろお前」

「よくわかんないけど。もし話をするとしても、保護者同伴だから大丈夫だよ」

 黒い紐を指差し、半分冗談のつもりで言うと、ヨゼフが真面目な顔で頷いた。

「変なことされてからじゃ遅いからな。絶対に旦那から離れるんじゃねーぞ」


 変なことって何だ。

 ……私を男だと思ってるくせに、妙に心配してくる気がする。面倒見がよすぎるのか、余程セラが信用できないのか。

 どっちにしろ命綱をつけられている限り、私に自由はない。

 そうぼやくと、「休む暇なく働かされるよりいいぜ……」と死んだ魚の目を向けられたので、同情しておいた。



   ◆◆◆



 船が遭難する理由について諸説ある中、信憑性が高いとされるものがこれだ。


 シャルークの海底には、瘴気を噴出する穴がいくつもあいている。


 その影響で磁場や計器などが狂うとする説。乗組員自身が狂うという説。

 さらには瘴気の影響を受けた海藻が、船に絡みついて海へと引きずり込むというものまである。


 海藻なのか魔物なのか。その植物についてはどうでもいい。

 結局のところ、根本的な原因は瘴気だといいたいようだ。


 フィンダルに入って何度か耳にした海賊の噂は、なかなか興味深いものだった。

 曰く、シャルークを縄張りとする海賊は、海域を放浪する船から容赦なく積荷を奪う。

 そして高額な報酬と引き替えに、不運な船を先導し、海域からの脱出を請け負うのだと。


 つまりこの海賊船には、瘴気の影響を受けない仕掛けがあるということだ。

 結果は魔動の力を借りた――瘴気機関を搭載した船だった。


 変換した魔力は主に船底等に設置された魔動に送られ、推進力として使用しているらしい。

 そのため風だけに頼る必要がなく、機動性にも優れる。


 とはいえ魔力が切れればそこまでだ。さらにこの部屋の装置では、それほど大量に変換・貯蔵できるようには見えない。

 瘴気に満ちた海域ならば魔物が出る可能性もある。ある程度慣れた航路のみに留めておくのが賢明だろう。

 今回は俺の目的のため、未踏の場所にも船を進めることになるが。


「……なぜ海賊船に魔動が組み込まれているのか、気にならないのか?」


 ダトーと名乗った海賊の長が言う。

 部屋の中央に据えられた原動機は、以前目にしたものよりもはるかに小型だった。それを調べる手は止めずに返す。


「魔動ギルドから盗んだんだろ」

「惜しいな。盗んだのは原動機と一部の材料だけだ。この船は、俺の師匠が心血を注いで設計したものでな……」


 求めてもいない昔話を語り出した。

 ダトーとその師とやらは、かつて魔動ギルドに所属していたらしい。


 所属していたと言ってもこいつは下っ端で、機密にあたる情報はもちろん、技術すらろくに仕込まれていなかったようだ。それも二十年以上前の話だという。有益な情報は得られなかった。


 ただこの小型原動機の技術の高さには驚かされた。

 とても一日では解析できそうにない。魔術書を読み直す必要もありそうだ。

 コハルの手習いに目配りしている暇はない。懐をあさられるのを防ぐ意味もあったが、服を以前のものに変えたあたりから妙に大人しくなった。


 今もやけに静かだ。さっきまで海賊と話していたはずだが。


「……そうしてギルドと袂を分った師匠は、俺達弟子と力を合わせ、ついにこの船を完成させたのだ。だがその時の借金が凄まじくてな。気付けばこの稼業にどっぷり、ってわけよ。なんせ魔動ギルドの奴らにさえバレなければ、この海域にいる限り怖いもんなしだ」


 ダトーのくだらない話が耳を素通りする。

 原動機から視線を外し、部屋を眺めて愕然とした。


 コハルの姿がどこにもない。


 腕輪の反応を探る。

 綻びなく構成したはずの術が、効果を現す前にひとりでに崩れて消えた。

 何度やっても同じように失敗する。


 探知の発動は諦め転移を試した。

 だがコハルの気配を、船内のどこからも感じ取ることができない。


 ――間違いなく何者かの妨害を受けている。

 こんな真似ができるのは一人だけだ。

 少なくともこの船の中に、俺の術をかき消すほどの力を持つ者は他にいない。


 ヨゼフという海賊が、あの男がいるはずの場所をいくつか挙げた。

 わざわざ人の術を封殺してくるような奴が、持ち場で大人しくしているわけがない。それをほとんど聞き流すようにして部屋を出た。


 どうしていつもこうなる。

 少し目を離しただけで、何度迷子になれば気が済むんだ……!


 苛立ちを抑えきれないまま、俺は船内を駆け回った。


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