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「スピリットは、精霊が瘴気の影響を受けて魔物化したものだと言われているけど。僕の考えは少し違うな」


 セドニーという魔物研究者が、手にした鏡の破片を調べながら言う。


「瘴気を退けるのが精霊。逆に受け入れたのがスピリット。魂と呼ばれるものに瘴気を取り込む選択をした結果、人の側から見れば精霊よりも魔物に近い存在になったのではないかな」

「精霊が自らの意思で、瘴気を取り込む?」

「あくまで僕の考えではね。少なくとも瘴気を退けるすべを持つ精霊の場合、どちらを選ぶかは個々の自由だと思うんだ」


 そう言うと、視線を手元から部屋の中央へ向けた。

 四体の魔物に囲まれたコハルが、抱き上げた紫目を撫で回している。

 その周囲を司祭が、青目に威嚇され、一定の距離を保ってうろついていた。


 あの紫目は奇妙なほど魔物らしい気配が希薄だ。だが闇の精霊がついている。

 俺の障壁を破る力はないが、念のため近付くなと言ったのをもう忘れ……いや、聞く気がないらしい。


 潰した地、火、風属性の個体はおそらく、元は三体の魔物と契約していた精霊だ。

 それらがスピリット化し、銀目の支配を受けた。青目だけはどうにかそれを免れたのだろう。


 コハルから話を聞き、今日改めて教会を訪れたところ、セドニーと魔物を連れたべリラと合流した。


 隠し部屋には司祭が閉じ込められていた。今まで自由に行き来していたのが、突然不可能になったらしい。面倒なので食料庫の壁に穴を開け、出入りできるようにした。

 以前食料庫で拾ったという鏡が、鍵の役目をしていたようだ。

 壊れたことで力を失ったのだろう。これもメトラの術具と思われる。


 話に聞いた吸血スピリットは存在しなかった。

 逃げた可能性もあるが、おそらくは紫目が精霊化し、支配したのだろう。


「魔物の中には、スピリットを精霊化する能力を持つものがいるのか」

「いや~、その話には驚いたよ。僕の知る限り、そんな魔物は見たことも聞いたこともない。いわゆる変異種なのだろう」


 魔物の中にも近年、突然変異と思われる個体が増えているらしい。


「ミネルヴァ君には、スピリットの心を変える力があるのかな。まるで“浄化”だね」

 セドニーが鏡の破片を取り出した布に包むと、服の内側へしまった。


 浄化と言えば聞こえはいいが……。

 強制的に相手を都合のいい存在に変化させたかに見えた。

 魂の均衡を取る合成術とも根本的に異なる。得体の知れない能力だ。


 そこで思い出し、コハルに歌を歌わせた。

 何度聞いても虚脱感に見舞われる旋律だ。

 歌い出すと、青目が渋々といった様子で翼を動かした。続いて紫目が飛び回る。

 他の三体は飛ばなかった。精霊と契約している者だけが可能ということか。


「歌いましたけど。ご感想は?」

「精霊の力をごくわずかに上昇させる効果があるのかもしれないな」

「そういうのじゃなくて。私の歌に対してもっとこう、なんかないの」

「そうだな、……長時間聴くと精神が崩壊しそうだ」

「酷すぎる!!」


 魔力を飛ばして鐘を鳴らしてみたが、特に何も起きなかった。

「この鏡が壊れたことで、部屋全体が力を失ったのかもしれないね」

 鏡の残骸を指差すセドニーに同意する。


 紫目とは違い、あの銀目には強力な闇のスピリットを支配できるほどの力は感じなかった。

 だとすれば鏡がスピリットを抑えつけ、自由を与えずにいたのではないか。


 例えば、術具には三百年前の吸血スピリットが封じられており、司祭が起動させたことで解き放たれた。

 だが司祭はあの紫目を飼っている。精霊化を怖れたのか、それともべリラの精油を嫌ったか。スピリットはまず銀目についた。


 あの五体と敵対する銀目は、奴らの精霊をスピリットの力で奪い、眷属的な存在に変え、この町で密かに吸血行為を続けた。眷属化したもの達が吸った血は、自身ではなく吸血スピリットの強化や維持のために使われていたのかもしれない。


 この町を離れずにいた理由は紫目の命だろうか。だが眷属を次々潰され、まずは俺を倒すべく姿を現した。

 無理と悟ると、鏡を手に入れるためか紫目を狙ってか、教会を目指した。その前に何故か俺の血でスピリットが狂い、主を変えた……といったところか。

 術具の効果を確認できない今、これらは憶測に過ぎないが。


 集まった町の者から、その後スピリットは発見していない。

 おそらくもうこの町に奴らは存在しないだろう。


 セドニーが振り向き、俺の手を取ると両手で握りしめた。


「時にアメジスト君。君とは是非とも仲良くなりたいと思っているんだ。今度一緒に散歩でもしながら語り合わないかい? 生息域で」


 断る。


「そう言わずに。生息域、楽しいよ。一緒に行こう。君の魔術に立ち向かう魔物達の勇姿が見たい」

「楽しいという感覚は分からなくもないが、お前と行く気はない」


 駆け寄ってきたコハルが、俺の手からセドニーの手を引きはがした。


「アメジストに言い寄らないでください、セドニー先生。昨今はそういうのすぐに誤解される寛容な世の中なんですよ。ただでさえ構成員のおかしいトライアングルをスクエアにするのやめてください」

「コハル君。一日だけでいいからアメジスト君貸して?」

「だめです」

「そこをなんとか。……では美味しいベネディコのお店で、もう少し話そうか」

「ベネディコ……?」

「この地方の名物だよ。団子の上に甘い煮豆とか果物なんかをいっぱい盛って……」


 セドニーの説明にコハルが目を輝かせる。

 いつの間にかコハルの背後にいたべリラが、肩に手を乗せた。


「先生、二人の時間を邪魔しちゃ悪いわよ。コハルはアメジストさんと二人だけで行きたいわよね……?」

「は? なん……あっ、ハイ」

「えぇ? 皆で行こうよー」

「いえ二人だけで行ってきます」

「ふふ……楽しんできてね……」


 これ以上用もない。べリラに促されるまま教会を後にした。


 収穫と言えるほどのものはない一件だったが、無駄足とは言い切れない。

 いまだ未知数なこの身を強化するのに、書物では知りえない方法もまだどこかに眠っていそうだ。

 これまで目にした特異な存在達から、その可能性を感じた。


 旅を続けよう。異世界人を自称する、最も奇妙な生き物と共に。



   ◇◇◇



 ベネディコはあんみつやぜんざい風のベースに、カラフルな果物やお菓子が盛りつけられた、パフェみたいなデザートだった。

 どうしても、ど~しても選べなかった二品を注文して、食べきれない分はアメジストにお願いした。

 可愛らしいスイーツを淡々と処理する無の表情を見てもほっこりできるくらい、大満足の味だった。


 事件も無事解決したし、そろそろこの町、それとエミーユの美味ともお別れだ。


 べリラやミネルヴァ達ともお別れなのはちょっと寂しい気もする。

 だけどこのまま長居したら、嫉妬に狂ったべリラが別の事件(ターゲットはアメジスト)を起こす可能性があるから、すみやかに旅立たないとね。


 宿の部屋で荷造りを済ませると、見計らったように膝の上に乗せられた。

 魔本を開く手に片手を添えてくる。白紙には私が願った内容ではなく、それぞれが独立した短文や単語がページいっぱいに並んでいた。


 気付くと目の前には平たい岩盤が宙に浮かび、その上に魔本サイズの黒い石盤とチョークのような物が出現した。開いたままの魔本が石盤の隣に置かれる。


 ……なにこれ?


 魔術(多分、地属性)なのはわかる。だが意味がわからん。

 怪訝に思っている間に右手にチョークを握らされた。


「どれだけ信頼が深まろうと、心中を察するのには限界があるだろうな」


 いきなり当たり前のことを言い出した。その通りなので頷く。


「ちゃんと言葉でコミュニケーションを取るのも大事なことだよね」

「だがお前は口を封じられる時がある」


 うん。封じてるのはあなたですが。


「文字を書けないと不便だな?」


 うん……? そうでもないよぉ……?

 それに全く書けないわけじゃない。前にリチアに基本を教えてもらった。……復習はおろそかになりがちだけど。

 嫌な予感に、私はチョークを手放そうとした。それを上から握り込まれて阻止される。


「この石盤を使い、教本を書き写していけ。書く場所がなくなれば自動で消えるように設定した。――書庫で様子を見ている、間違いがあれば指摘してやるから安心して取り組め」


 あ……ああ……!?


 言いたいことだけ言うと、アメジストが目を閉じた。

 チョークを置こうとすると再び片手が動く。ねちっこくまた握らされて、石盤の上に誘導された。

 仕方なく教本の一行目を写し始めると、やっと手が離れていく。

 ……本当に書庫から見えているらしい。なんて粘着質な……!


 私は魔本に命じて教本のページを変え、馬鹿とかアホとかの罵詈雑言を探しては、それを石盤に書き殴った。


 さあ見ろ、この粘着ド変態覗き魔王め~!


 ……え? べつに? ただ文字の練習してるだけですが? 

 あくまで表面上はそんな顔で書き続けていたところ、また片手が動いて石盤を指差す。

 差された部分と教本を見比べた。綴りが間違っている。


 その文章(罵詈雑言)を正しい綴りで書き直す。石盤を離れた片手が頭上へ移動した。

 いつもの鷲掴み、と思いきや。私の頭を軽く撫でて、また元の腕組みに戻った。


 ………………ああああ。

 大人げない人からの大人対応って、こうも自尊心をえぐられるものなんですね。


 浄化の儀式の効果が、今更現れてしまったのだろうか。


 何故か本気の教師モードになったアメジストの膝の上で、心の大事な何かを打ち砕かれた私は、黙々と書き方の授業を受け続けた。


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