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「ふぅん。コハルはアメジストを雇ってるのか」


 少年漫画の主人公みたいなオーラのある元気少年、ラズの隣に並んで歩きながら、私はこっくり頷いた。

「うん。まあ、なりゆきでね」

 雇いたくて雇ったわけではないんですけどね……。

 視線を前に戻し、今のところは雇い主の要望に応えている背中に心の中で舌打ちする。


 アメジストが素人目にも明らかな手抜きをし、少年二人を働かせたバトルの後。


 シャロはヴェンと再会できて安心したのか寝てしまったので、アメジストに抱えさせた。

 もちろん小脇に抱える荷物運びじゃなくて、ちゃんと胸にもたれさせるような抱っこでだ。拒否しようとしたので、また(こっそり)魔本いじめを見せた。

 その隣ではなにやら熱心に話しかけるトルム、シャロが心配なのだろう、反対側から時々アメジストの腕の中を見上げるヴェンの三人が並んで歩いている。


 簡単な自己紹介を終え、私たちは一緒に森の出口を目指すことにした。

 隣の元気な二刀流少年がラズ。何か悪いものにでも憑かれているのか、アメジストに懐いた敬語少年はトルム。ラズはトールと呼んでいる。二人は幼馴染だそうだ。


 ラズは口調はやんちゃ少年そのものだけど中性的な美少年で、身長も私より少し高いくらい。トルムは私とアメジストの中間くらいだ。

 というかトルムもラズ程派手じゃないけど何気に整った顔だった。この面子に囲まれてる私、アウェイ感あるな。異世界人だから元々アウェイか。


 なんとなく今の並びになってから、私とラズはお互いのことをあれこれ話していた。説明が難しいから異世界人とは言わないけど。

 ちなみに二人は14歳らしい。三つも年下なのに魔物と戦ってるなんてすごい子たちだなー。私は大人になっても絶対戦いたくない。

 ……私が年齢を言った時にラズが「えっ年上!?」って驚いたのは気付かなかったことにした。


 ラズがふと内緒話をする感じで顔を近付けて来た。


「なあ、さっきのアメジストのあれって、マジで魔術なわけないよな? どっかに魔動具隠し持ってんだろ?」


 初めて聞く単語に、私は首を傾げた。

 まどうぐ? あ、もしかして魔術の道具で魔道具? ラズが驚いた顔をする。

「まさかコハル、魔動具知らねーの? どこの田舎から出て来たんだ?」


 異世界という、ある意味究極の僻地からですが何か。でも面倒なのでそういうことにしておこう。


「うん、田舎。そのへんに生えてる草とか食べるくらいの田舎」

 父がベランダでちまちま育てたパセリとか小松菜とか。パクチーは遠慮したので食べていない。

「そっか……。よし、いつかオレが美味い店に連れてってやるよ」

 ああー今すぐ連れてって……お腹空きすぎてもうお腹空いてる感覚がない。でも最初はお粥とかの方がいいかも。


「魔動具ってのは、魔力を充填して使うすげー道具だよ。火がつく棒みたいな簡単なもんから、水を氷に変えたり、いろんな種類があるんだ」

 家電みたいなもの、ってことだろうか。でも田舎者設定なのでオーバーに驚いてみせた。


 それからラズはあれこれ魔動具の説明をしてくれた。要はアメジストの使う魔術みたいにいろんなことが起こせる道具らしい。

 元の世界の家電というよりは、どちらかというと魔物と戦うための道具や武器防具が多いようだ。


「……さっきアメジストが使ったのは回復と、身体強化と、障壁っていうのだろ。そんなに盛った魔動具聞いたことねーし。もしそれぞれ三種類持ってるんだとしても只者じゃねえよ。銀等級の傭兵でも魔動具三つ持ちなんてそうはいねーぜ」


 あとあの人、黒いの出すよ。いろんな種類の。

 黒雲から真っ黒な稲妻?とかも呼んでたし。あれが一番破壊力がえげつなかった。……でもなんとなく言わない方がよさそうだ。

 それよりも気になっていることを訊き出そうと、さりげなく質問を返した。


「銀っていうのは傭兵の順位?」


 ラズは傭兵ギルドという組織に所属する、傭兵なのだそう。14歳でもうプロ生活をしているとは。

 相棒のトルムは傭兵ではないけど、ラズにくっついてなんだかんだ一緒に依頼をこなしているらしい。保護者かな?

 この森に来たのも、入口付近に魔物が増えていないか確認するという仕事のためだそうだ。

 ヴェンたち迷子の捜索は、来る途中で二人を捜していた彼らの父親から話を聞き、ついでに依頼として受けたらしい。


「ああ。オレはまだ赤銅だけどな。等級ってのはー、」


 傭兵ギルドの傭兵には、ランクがあるらしい。銅等級から始まり、実力が認められるにつれ銀等級、金等級と昇級していくそうだ。さらにその中に青、赤、白の三段階があって、青銅→赤銅→白銅→青銀……とランクアップしていく。

 金等級の上には銀鋼、金剛とかいう猛者もいるんだとか。でもそこまでいく人はごくごく一握りらしい。


 ラズが傭兵ギルドの傭兵の証を見せてくれた。

 片手で握れるサイズの薄い金属板の上に、文字や模様が彫ってある。大抵の人は紐を通して首から下げるらしく、ラズもそうしていた。


「魔動具は、銀にならないと使用を認められないんだ。使い方間違うと危ないからってさ。まあそもそも魔動具自体が高価だし、魔力の補充や整備代とかにも金がかかるから、銅が持つには厳しいんだけどな」


 だから魔動具三つ維持するなんて相当金かかるぜ~、とどことなく羨ましそうに言う。

 うーん。多分、違うよね。アメジストはあの力を「魔術」だと言っていたし、もし魔動具を持っているなら嬉々として取り出して、自分で整備とか始めそうなオタクみを感じる。


 なんであれ、アメジストの胡散臭さは尋常じゃない。疑いたくなる気持ちには同感しつつ、私はラズに一番気になっていることを切り出した。


「あのさ、……傭兵って雇うと実際いくらぐらいかかるの? 例えば、ある場所までの護衛とか」

 ラズがちょっと呆れたような顔をした。

「あー……確か、道に迷ってたら運良くアメジストに出会ったとか言ってたっけ。コハルお前ほんっと、無謀な奴だな」

 無謀というより他に選択肢がなかったんだってば。好きでこんな森にいたわけでもなければ、魔物よりもやばそうな人に出会いたかったわけでもないのに……。


「個人の場合、報酬額もそいつ次第だけどな。あくまで傭兵ギルドの相場に限っていうなら、等級で値段は全然違うぜ。当然、内容の難易度にもよるしな。そういうの抜きで大雑把にいえば、オレたち銅だと一日50カラト前後かな」


 カラト、というのはこの世界の通貨単位だ。

 魔本の子供向け雑学書で読んで知っていた。声に出して読むとわりと記憶に残るよね。

 その下にカロ、という単位もあるらしい。100カロで1カラト。


 日本円に例えて考えると、1カラトがなんとなく100円って感じだから、50カラトは5000円くらい。

 結構かかるなぁ……あ、でも宿に泊まったり食事もするんだし、むしろ少ないくらいなのかな?


「銀だと、100カラトくらい? 青銀はそんくらいでも、白銀だともっとするかな」

 うげ。1万円越え……。しかもランクが上ならもっとするのか。怖っ。


「金にはあんまり知り合いもいねーから詳しくは知らないけど。多分1000カラト以上じゃねえか?」

 じゅ……っ、10万!? 一日で!? どんなセレブ達なんだ金等級……。


「あとは交渉次第だよ。金だって、依頼が来なくなったらそれはそれで困るだろ。例えば護衛を雇う時、金を一人入れて、他は銀と銅にするとかな。皆の負担が減るから、依頼料も安くできるってわけ。大きな隊商なんかではそういう使い方してるって聞いたよ」

 あ、さすがに割引も利くんだ。ちょっと安心した。結局のところ、相場はあるけど交渉や使い方次第ってとこかな。


 ――さて。ここで重要になってくるのが、アメジストの実力がどのランクに値するのかだ。


 さっきの戦いで、ラズは虎魔物と角カピバラ魔物を合計四体倒していた。(なんか術でドーピングされてたっぽいけど。)

 あれくらいの魔物なら、普段からトルムと一緒に倒しているという。

 試しに「頭が二つあるでかい犬みたいなのもいるよね」と何気なく言ったら、「なにそれ。そんなやべーの見たことねーよ」って返された。


 そんなやべー魔物たちは、無造作な蹴り方でボロ雑巾にされていました。

 さらにやばそうな猿顔の大蛇は、黒い稲妻を落とされて消し炭にされていました……。

 これは、あれだな。深く追求したらいけないやつだな。


「……ありがとうラズ、参考になったよ。何事も交渉次第だね」

 私はにっこり笑顔でお礼を言った。

 ラズがかわいそうなものを見る目をしている。やめて、そんな目で見ないで。

「お、おう。……アメジストには傭兵ギルドの相場は黙っててやるよ」

 うん……。ありがとう…………。


「……ところで。トルムってもしかしてアメジストみたいなのが好みなの? 見た目は良くても中身は鬼だから、あんまりお勧めしないけど」


 前を歩く二人をこそっと指差し、ラズに耳打ちする。

 いやまあ冗談だけどね。

 ただアメジストに一方的に話しかける表情はなんというか……頬をほんのり染めて、まるで可憐な乙女かっていう……。

 ラズは冗談が通じる素敵なイケメンだった。にやっと笑うと小声で返してくる。


「好みなんてもんじゃないぞ、本命中の大本命だぜ。……あいつは今時流行らない“魔術狂い”だからな」


 流行ってないんだ、魔術。よかった。魔術使えない奴なんてここじゃ生きていけないぜみたいな世界じゃなくて。


「トルムもアメジストみたいに魔術が使えるの?」

 さっきのバトルでは、体術一本で魔物をぶっとばしてたみたいだけど。

「アメジストが本当に魔術士なのか、オレはまだ疑ってるけどなー。トールは魔術なんて使えないよ。でも魔術士になりたがってる変人なんだ」


 ラズによると、魔術士はものすごくマイナーな存在らしく、一般人の身近なところにはまずいないレアな人達らしい。

 昔はもう少しいたかもしれないけど、時代と共に数を減らしていったんだとか。

 絶滅危惧種か。


「魔術士ギルドってのも一応あるみてーだけど、奇人変人狂人の集まりだって話だ。昔、魔術士ギルド所属の連続放火魔がいたらしくて、国からの依頼で傭兵ギルドが捕まえたこともあったらしいぜ」

 ラズがさらに一段、声を落とした。


「……正直、魔術士名乗る奴とは深く関わらない方がいいぞ。子供を攫って人体実験してるとかいう噂まであるんだからな」


 人体実験。

 それ、さっき君たちが既にやられていたような気がする。(多分、私も。)

 曖昧に頷いて、私は疲れた体を叱咤激励しながら足を動かした。



 それからは魔物に襲われることもなく、私たちは無事に森を抜けることができた。

 ラズ達の先導で、まずはヴェンとシャロを近くの村にいる親御さんの元まで送り届ける。森と比べれば格段に良くなった道をまたひたすら歩いた。

 もちろん村まで辿り着ける気がしなかったので、森を出てすぐ回復術をかけてもらった。ふ~、生き返る~。


 そういえば、アメジストがこれを自分に使っているのは見た覚えがない。

 疲れている様子もないし。基本が無表情だから、顔に出ないだけかもしれないけど……。

 私の中でますますアメジスト魔物説が濃厚になった。魔物の肉体に鬼の心を持つ男。私の護衛怖すぎるだろ。


 日が傾きかけてきた頃、ようやく村に到着した。

 起きていたシャロをアメジストが降ろすと、泣きながら入口あたりをうろついていた男の人にダッシュで飛びついた。あの人が父親だろう。

 ヴェンも気まずそうに、重い足取りでそちらへ向かう。怒られるだろうから気が重いのかな。それにしても妙に悲痛な表情だ。


「ヴェン。明日になったらギルドに相談してみる。だから大人しく待ってな」

 ラズが項垂れる小さな背中に声をかけた。何の話だろう?

「……はい。どうかよろしくお願いします」

 振り返って一度頭を下げると、シャロを抱きかかえた父親に駆け寄った。


 その後、ラズとトルムが二人の父親と話を始めた。

 蚊帳の外の私とアメジストは、それが終わるまでぼーっと待つ……と思ったら、またも頭を鷲掴みされた。


「行くぞ」

「え? まだ話、終わってなさそうだよ」

「俺たちには関係ない」

 そのまま私を引きずって行こうとする。

 いででで。護衛の言葉の意味、知ってる? ってかどこへ行くつもりなんだ。

「ここがお前の条件に当てはまる場所かどうか、確認する」

 えー……。めちゃくちゃ近場で済まそうとしてるこの人。


 私たちの様子に気付いたラズが、助け舟を出してくれた。

「おーいお二人さん! 先に宿に行って、オレたちの部屋もついでに取っといてくれねーか? あんたらには世話になったし、宿代はこっちで持つからさ。言えば飯も出してくれるから、ゆっくり休んでくれよ」


 おおラズ様! 天使のような笑顔と言葉に、私は隣を見上げた。

「私たち一文無しコンビだよ? ここは有り難く受け取るしかないよね。さ、行こ行こ」

「…………」

 鷲掴みを外し、そのまま腕を掴んで歩こうとすると舌打ちして振りほどかれた。

 ラズに村に一軒だけだという宿屋の場所を聞く。私は不満げなアメジストの背中を両手で押しながら、意気揚々と連行した。



   ◇◇◇



 重い目蓋を上げると、また闇の中だった。

 あれ? 謎野菜と謎肉入りのお粥を食べていたはずなのに。お粥が消えた。

 というか、ここはさっきまでいた食卓ではなさそうだ。


 ……もしかして途中で寝落ちした? うわー。


 一日以上ぶりの食事にありつけた途端、睡魔に襲われてしまったらしい。幼児か……。

 あまりにもとんでもないことの連続だったから、限界とっくに超えてたということで多めに見てほしい。


 本当に、怒涛の二日間だったな……。

 前触れもなく起きたら異世界、という現実に何気に心にダメージくらってんのに、魔物とかいるやばい森をハイキングとか。なんの罰ゲームだよ。


 しかも命の恩人とはいえ、意味がわからない魔本に意味がわからない執着を見せる意味がわからない人に絡まれて、

 元の世界に帰るまでの安全を確保するはずが、高額商品(疑惑)掴まされたせいでプラマイゼロどころか赤字だったらどうしようっていう、

 もうまるで意味がわからないのミルフィーユで――――


「お前が一番意味不明だ」


 すぐ上から降ってきた呟きに、ゆるゆる視線を上げると、闇の中で紫色と目が合った。

 またアメジストの膝の上にいる。しかも心の声が漏れていたらしい。

 ……今日は疲れたのでもう何も考えたくないです。

 私は少し上向けていた頭を戻して、目を閉じた。寝よう。


「寝るな。本を読め」


 目を閉じたまま無視して待つ。

 どうせまた頭を掴んで叩き起こす気だろう。それまでもう少しだけうとうとしていたい。不思議と寝心地も悪くないし。

 しかし猛禽類の狩猟タイムみたいな衝撃は、いつまで経っても訪れなかった。


「……次起きた時は読ませるからな」


 呟く声をぼんやり耳に入れながら、私は眠りの中に深く沈みこんでいった。


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