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※いうほどでもない程度ですが、ちょっと流血表現があるかもしれません※
集まった者の中から二体の吸血スピリットを発見し、消滅させた。
上がったのは風属性、そして火属性の最大値だ。
身体に形跡のある者は多いが、長期にわたり吸血された様子はない。ある程度吸うと次へ移動していたらしい。
吸血によって強化されるのかとも考えたが、違うようだ。
風属性の個体がまた魔術を使おうとしたので、その前に潰した。もし発動していても祭りの日と同程度の威力だ。
実体のない存在が、人の血を吸うことで一体何を得るというのだろうか。
教会の司祭が現れた後、続いて新たな魔物が現れた。
あの魔物たちと似ている。だが今までのものとは比較にならないほど、強力なスピリットをその身に宿していた。属性は闇。
――期待以上の展開になった。
闇の最大値は遺物以外で上昇したためしがない。
遺物には遠く及ばないだろうが、倒せばある程度の底上げが叶いそうだ。
魔物が現れると、後をついてきていた魔物がコハルとべリラを転移させた。
あの青目は精霊の契約者だ。
魔物の中にも精霊やスピリットを使役できる奴らがいるらしい。青目のは下級精霊のようだが、転移に関しては俺のものより性能がいい。
コハル達を連れていった目的はわからないが、害をなす気はないように見えた。奴の精霊術で、俺の障壁が破られることもない。
転移先はおそらくあの教会だろうが……。後で腕輪を探知すればわかることだ。
さっさと最大値をいただき、迎えに行くとしよう。
魔物が足を止め、低く唸る。白濁していた瞳に銀の光が灯った。
背後で気の抜けた呟きが落ちる。
「ミネルヴァ……じゃない」
「下がれ。死ぬぞ」
「……お、おい詐欺師。あれはまるで魔物に見えるだろうが、多分きっと悪いものではない。清らかで聡明な種族なのだ、おかしな真似はするな……っ!?」
この狂暴な気配の持ち主が清らかとは。危機感のない言葉に呆れていると、魔物が闇属性の攻撃術を放ってきた。
片手で払う。それが司祭の数歩先に落ちて霧散した。くぐもった悲鳴が洩れる。
攻撃術の用意を始めると、魔物が耳障りな鳴き声を響かせた。
建物の影から、一人の女が姿を現した。
女は魔物のそばまで走り寄ると、庇うように俺の前に立ちはだかった。その目は硬く閉じられ、身体は奇妙に弛緩している。
これは……操作か。
「ロゼッタ!?」
思わず舌打ちする。町の者たちを避難させ、戻ってきたクリフが背後で叫んだ。
女のもとへ駆け寄っていく足を途中で止めると、不自然な動きでこちらへ近付いてくる。
術で眠らされ、操作を受けてしまったようだ。
一度術を解除し、操られた二人に操作を行った。
だが俺の意識の手が届く手前で、強い力によってはねのけられる。
……奴の能力の方が上ということか。どうやら欠陥のある俺の操作では、奪い返すことは出来ないらしい。
再び攻撃術が飛んでくる。
魔物が獣の顔に笑みを浮かべた。俺が弾き返した術の軌道にクリフ、ロゼッタを移動させる。
仕方なくそこまで走り、素手で術を払いのけた。魔力で覆う時間のなかった片腕の袖が焦げ、火傷のような痕が残る。
銀目の魔物、というよりもスピリットが、範囲を広げた術を構築する。
素早く闇の障壁を張る。術の目標は思った通り、操作を受けた二人だった。ほぼ同時に発動した障壁が、術を弾いて無効化する。
最初からこういう使い方をするつもりで、ロゼッタを連れてきたのだろう。
だがあの司祭がまだ操作を受けていない。使い捨ての駒にするのが目的ならば、すぐにでも手を伸ばしそうなものだが。
攻撃術を避けながら疑問に思っていると、答えはすぐに見えた。
スピリットの気配が魔物から離れる。それがうずくまる司祭目がけて飛んでいった。
間に入り魔力を乗せた手を向けると、慌てて魔物のもとへ引き返す。
つまりこのスピリットの吸血を受けた者を、銀目が支配できる。
クリフは以前、こいつにも吸われたのだろう。あの青目がクリフを遺物へ送ったのは、回復よりもこのスピリットの消滅や弱体化が目的だったのかもしれない。
愚鈍な地属性はそのまま残ったが、こいつは逃げおおせたのだろう。
すぐに終わると思っていたが、少々想定が甘かったか。
もしクリフとロゼッタが倒れても、まだ吸血した者はいくらでもいる。避難先から次の者を呼び出し、逃走する場合もそいつらを壁にすればいい。
俺が二人を庇い、障壁まで張ったのを見て、今は勝利を確信していることだろう。
コハルという厄介な思考回路の持ち主といるせいで、実力的には大したことのない相手にこうして遅れを取るはめになる。
信頼の獲得とは、思った程簡単ではないらしい。
「ひいぃ……! ミネルヴァ……!」
うずくまって震えていた司祭が這いずりだした。
逃げるつもりならその方が助かる。障壁と身体強化をかけると立ち上がり、走り去った。
それを追おうと飛んできたスピリットの前に立ち塞がる。
すると先程火傷を負った俺の片腕に意識を向けた。虫に似たあぎとを大きく開き、負傷した腕に噛みつこうとする。
攻撃を避けるより先に、スピリットが動きを止めた。踵を返し銀目のもとへ戻る。
その後続けざまに放たれる闇の塊を避け、クリフとロゼッタに光の覚醒術を施したが効果はなかった。
単純な洗脳ではなく、俺の操作とも根本的に異なるようだ。
魂の均衡をとる合成術をスピリットに試す。やはり効果は得られなかった。
術を試す間、避けるのが面倒になり攻撃術を受けたせいで、両腕にいくつか怪我を負っていた。
大した威力ではなかったが、障壁なしで当たればそれなりに負傷する。
一度距離を取り回復術をかける中、またスピリットが飛んできた。
腕に食らいつこうと口を開けた瞬間、銀目がそれを引き戻す。
スピリットは俺を吸血したがっている。だが銀目がそれを許さない。
こいつの吸血を受ければ、俺が奴に操作される可能性も危惧していたが……。
銀目が動いた。俺に考える暇を与えたくないらしい。
クリフとロゼッタを前に立て、そのすぐ後ろを駆ける。二人の手には闇の魔力を固めた刃が握られていた。
闇の刃先を向けた突進が眼前に迫った瞬間、二人が左右にとんだ。正面には何もいない。
背後を覆うように炎を生み出すと、唸り声を上げて魔物がとび退る気配がした。
同時に左右から闇の刃が突き出されるのを、前にとんで避ける。
転移を利用した単純な策だ。だが魔術への集中を切らされる、これをしつこく繰り返されては面倒だな。
今の攻撃が通用しなかったことで怯んだのか、今度は大きく距離を開けた。
そしてスピリットをロゼッタの身体にまとわりつかせると、その首に噛みつかせた。
目を閉じたままの顔が、急速に青白く変化する。かなりの速度で吸血されているようだ。
銀目が細い牙を見せて笑う。人質が死んでもいいのか、とでも言いたいらしい。
答える代わりに、俺は手の平に氷塊を生み出した。それを銀目目がけて放つ。
庇うクリフの障壁に、氷塊が弾かれて消えた。
同時に、銀目の背後から無数の氷の雨を降らせる。飛び散る噴水の水を凍らせたものだ。
銀目が走って噴水から離れる。吸血中はスピリットの能力を使用できないようだ。当然、俺の水属性を吸収する力もない。
忌々しげに低く唸ると、命令を受けたスピリットが吸血を停止した。ロゼッタが白い顔でその場に倒れ込む。
クリフがこちらに向かって駆けだした。両腕を大きく広げている、俺の行動を少しでも妨害しようということだろう。
銀目が背を向けた。どうやら俺を倒すのは諦めたらしい。
向かう先は先程司祭が消えた場所、教会へ通じる道だった。
他の場所ならともかく。その方向へ逃がすわけにはいかない。
片手でクリフの動きを止め、再び氷塊を投げつけた。
目標は銀目ではなく、スピリットだ。
迫る氷塊をスピリットが避ける手前で、火属性と合成し構築しておいたそれを一瞬で溶かす。
液体に変わった術を浴びたスピリットが、動きを止める。その後小刻みに震えだした。
「お前を支配していた弱き者に、闇の牙を突き立てろ」
俺の言葉に応え、震えを止めたスピリットが飛んだ。
白い体毛に覆われた首に、スピリットのあごが深々と沈みこむ。銀目が甲高い叫び声を上げた。
しばらくその場でのたうち回り、動かなくなる。牙には毒を注入する術が込められていた。
仕事を終えたスピリットが俺の前まで来ると、ふらふらと浮いたまま頭を垂れた。次の命令を待っているらしい。
こいつに浴びせた氷塊は、俺の血液を凍らせて作ったものだ。
力量の差か、単純に魔力量の違いか。何が決め手だったのかは知らないが、俺の血を飲んだスピリットは、銀目から俺へと服従先を切り替えたのだった。
白い毛皮の死骸から瘴気を吸い取る。その身に血液は存在しなかった。
人の血を飲ませていたのは、吸血スピリットの忠誠を維持するために必要な手段でもあったのかもしれない。
やはり餌付けは有効だ。町を出る前に、忘れずに餌を補充しておかなくては。
大人しく待つスピリットに最後の指令を与えようとした時、噴水のそばで転移の兆候があらわれた。