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 私が話し終えると、べリラがゆったり頷いた。


「コハルはアメジストさんのことが大好きなのねぇ」


 ――――このおさげ。どんな斜め上の感想だよ。


「べリラ、話聞いてた? あとそういう冗談、思っても口に出すのやめて? 人ならざる聴力でうっかり拾われたら困るから」


 ちらっと、視線を横へ送る。

 今私達がいるのは、町の中心にある噴水広場だ。あの浄化の滝からここまで水を引いているらしい。

 噴水の反対側で、クリフが整列させた人たちを順番に調べる姿が見えた。


 実は以前から身体の穴に気付いていて、密かに不安になっていた人は多かったらしい。

 クリフが最初に話しに行った町役場の人がまさにそれで、真っ先に食いつき、町の人への周知もスムーズにいったようだ。少しずつ人が増えていき、今は五、六十人くらい集まっている。


 ここからは少し距離がある、魔人探しで忙しく聞こえてはいないはず。

 まぁ万一聞こえても、そういう意味に受け取る能力はないだろうけど……。


「なんで変な照れ方するの? ほほえましいなと思っただけなのに」

「照れてない! てかあれだけの人間離れエピソード聞いて、ほほえましいと思えるのすごいよ!?」

「だって、あんまり楽しそうに話すから」


 楽しそう!?

 アメジストの所業を楽しげに語るなんて、もはや魔王の手先Kじゃないか……!

 嫌だ、そんなものに絶対なりたくない! なんか勇者とかに成敗されそう。


 全部白状したべリラに、私もアメジストが魔術士だと教えた。

 話した内容は、祭りの日の消火活動や竜巻からの防災活動、あとはどんな魔術を使えるか軽く解説した程度だ。

 膝抱っこだとかは当然話したりしてないのに、なんでまた誤解を受けたのか。おさげ部分になにか狂ったセンサーでも仕込んでるのかな。


 私が少し大きな声を出したせいか、足元に寝そべる青い瞳の子猫魔物が顔を上げた。


 ひとまずスピリットをばら撒く危険はない、ということで人目につかないよう影が薄くなる魔術をかけた後、子猫魔物たちは解放した。なのにこの子だけは私達のあとをついてきたのだった。

 こんなのもうお持ち帰りするしか……。一晩くらい、どうにかアメジストを説得して……。

 ちなみに瞳の色はそれぞれ違う。最初に見た子は緑、落とし穴に落ちた子は赤。残りの子は黄色だ。


「それはともかく。スピリットなんて危険な魔物が存在するのね。だけどもし私の精油にそいつらを退ける効果があるなら、精油作りにもますますやる気が出てきたわ。先生が帰ってきたら、すぐに教えないと」


 べリラの精油を嫌って、子猫魔物たちから吸血スピリットが離れた可能性もある、というのはアメジストの見解だ。

 原料の植物は魔除けの効果があると信じられているらしく、祭りの日にくぐった浄化の輪なんかもこの植物で作られていたそうだ。


 それが本当なら、今後精油を使えばスピリットに襲われる心配をしなくてすむかもしれない。

 そんなお役立ちアイテムを町の人たちに提供すれば、今回の件を引き起こしたかもしれない罪悪感からも解放されるだろう。……というのは表向きの解釈で。


「あっれ~、べリラさん? やる気みなぎらせてる理由って、その先生のためなんじゃなぁい?」


 誤解されたお返しってわけじゃないけど。私はにやにやしながらべリラの肩のあたりをつついた。

 すると素直に認めた。くっ……からかったこっちが子供みたいじゃないか。


「でも先生の役に立ちたくて、それと嫉妬にかられてこんなことになったんだから、反省するしかないわね」

「あー、恋のライバルがいる感じ?」

 頷き、俯いたままべリラがぼそっと続けた。


「奴の名は……ジャン」

 …………ジャン。


「あれ? 男の人の名前に聞こえたんだけど……」

 ついでに聞き覚えもある、でも多分よくある名前だろうからそこは置いといて。

 この場合、先生が女性てこと? それとも男性だけど、ライバルも男性?


「……もちろん先生も奴も男よ。っていうか私が勝手に嫉妬してるだけ。ジャンは生息域に調査に行く先生が贔屓にしている傭兵なの。有能で、他の人には見えないものも見えるらしいわ。単発の依頼じゃなくて専属で雇いたいと、いつも口説いてるって……。でも他の仕事で忙しいっていつも断られてるって……」


 憎々しげに語る内容からほぼ確信する。それ、ジャンじゃん……。

 精霊が見えるならスピリットも見えるのだろう。アメジストやマガタがいたせいか活躍する気もなさそうだったけど、実は有能な売れっ子傭兵だったらしい。


 とはいえ、べリラも負けてはいない。

 庭師の父親から得た植物の知識と、母親から教わった精油作り、そして想い人の魔物知識を結集し、独自に実験を繰り返して精油を作り上げたそうだ。恋する乙女パワー恐るべし。


 反省すると言いつつジャンへの呪詛をささやき始めたべリラに、その先生のことをあれこれ質問したりして恋バナの空気をかもしだしていると、


「お前たち、集まって一体何をやってる!」


 うわ出た、飲んだくれおじさん。

 突然の怒声にざわつく人垣が割れ、その先にあの教会の司祭の姿が見えた。


 ズカズカとアメジストの前まで来ると赤ら顔で睨み上げる。さすがに今は酒瓶は持っていない。

「昨日といい今日といい、怪しい奴め。この町の者ではないな」

「この方には今、魔人の被害に遭った者を調べ、治療をしていただいてるんです」

 隣のクリフが一歩前に出て言うと、司祭が鼻を鳴らした。


「魔人だと? まったく、この町は……。いつまでもそんなものを信じているから、こんな怪しいペテン師に騙されるのだ。どうせ治療と称した金儲けだろう。魔人の被害とやらも、何かくだらない手品でも仕込んでおいたに違いない」


 ……このおっさんめ~、なんて荒みきった心を持つ聖職者なんだ!

 確かに世の中にはそういう悪事を働く奴もいるかもしれないから、少しは疑う気持ちも必要だろうけどさ。


「金を取る気はない」

「ならば“大賢者の再来”を演出して、町の者を邪教にでも誘い込む気か? その容姿も、人目を惹こうと妙な細工をしてるんじゃないだろうな?」

「容姿……?」

「司祭様! それはあまりにも失礼ですよ!」

「そうだよ! アメジストに自覚を促すようなこと言わないで!」

「自覚……?」


 黙っていられず、私は走りこんでアメジストの前で仁王立ちした。

 だけどすぐに後ろから腕を引かれ、逆に背後へ隠される。


「お前が何をどう思おうと構わないが。作業の邪魔をするなら……――」


 言葉の途中で、アメジストが振り返って私の障壁をかけ直した。さらに片手で運ばれ、噴水のそばにいるべリラの隣に降ろされる。

 それから元の位置まで戻ると、クリフに顔を向けた。


「何か来る。おそらく残りのスピリットだろう。集まった者達を避難させろ」


 そう言うと、スタスタ歩いて司祭の横を通り過ぎる。

 頷いたクリフが、すみやかに人々の誘導を始めた。


「おい! まだ話は終わって……」

 苛立たしげに背後を振り返った司祭が、その恰好のまま固まる。

「み……ミネルヴァ!?」


 広場から放射状に伸びる通りの一つから、小さな姿が現れた。

 純白の毛並みに翼を生やした子猫。瞳は白に近く、縦長の瞳孔が目立つ。


 足元にいた青の子が、細く息を吐くような音を出した。

 やや丸めた背中を逆立てて、歩いてくる子猫魔物をじっと見据えている。


 ……なんか、探していた仲間にやっと会えたって様子にはとても見えない。どちらかというと宿敵に再会したかのような。

 それにアメジストがさっき、残りのスピリットが来た、って言っていたけど……。


 同じく困惑顔のべリラと二人で顔を見合わせていると、

「みっ……!」

 青の子が振り返り、私達目がけて飛びついた。と思った瞬間、目の前がブレる。

 これって、転移する一秒前のやつ……!


 歪む視界の端で、アメジストがこちらを横目で見ていた。

 焦った様子はない。こうなるのをどこか予測していたような無表情だ。


「俺が行くまで大人しくしていろ」


 一秒後、私は沢山の鐘に見下ろされる隠し部屋に立っていた。



   ◇◇◇



「えっ!? 何、ここ!?」

「教会の隠し部屋だよ。……えーと、なんで私達をここへ連れてきたのかな?」


 隣できょろきょろ辺りを見回すべリラに言ってから、私は少し屈んでブルーの瞳を覗き込んだ。


「……み」


 目を合わせるとぼそりと鳴いて(?)、青の子が部屋の隅の方へてこてこ歩いていった。

 演奏装置の前まで行くと、振り返ってあごをくいっと動かす。装置を起動させろ、みたいな仕草に見えるけど。なんかこの子、クールだ……。


「それ、魔力不足で動かせないらしいよ?」

「だけどクリフさんに飛びついたのはこの子よ。その時は中で回復したのよね? 一体どうやったのかしら」

「……みゅ……」


 青の子が器用に後ろ足で立ち上がると、片方の前足で天井の鐘を差し、それから私を差し、また床に四つ足をついた。

 ……どゆこと?

「……あっ! あの丘の、浄化の鐘?」

 しばらく一緒に首を捻っていたべリラが言うと、青の子がこくりと頷く。


「ほら、浄魔の日にコハルが鳴らしたでしょ。それでこの装置が動いたってことなんじゃない?」

 再び青の子がこくりと頷く。

「そういうことか~。え、じゃあ今から丘まで行けってこと?」

「首を振ってるし、違うらしいわ。それなら、コハルがここにある鐘を鳴らす……が正解みたいね」


 あの鐘もこの鐘も、鳴らすのは私……でもなんで私?

 それにどうやって鳴らせばいいんだろう。鐘に繋がってるワイヤーには手も届かないし、そもそも手動では動かせなさそうだけど。


 疑問に答えるかのように、装置の前まで来た私に青の子がとびついた。腰のあたりにしがみつき、鞄に軽いネコパンチをお見舞いした後、スタッと床に着地する。

 えーと。つまりそういうことなのでしょうか。


「べリラ。今から見せるものは、他言無用でよろしく」

 振り返って一応口止めしてから、私は魔本を取り出した。

 あれ以来、勝手に変な呪文を出してくることもない。アメジストはいないけど、まぁ大丈夫だろう。


 この子が出して欲しがっているものを、と願うと、浮き出てきたのはあの呪文。女神様を讃える歌だった。

 おお、懐かしい。大根とデュエットしてフィーバーしたな~。観客との温度差が酷かった。


 ……でも確か、この子猫魔物たちは闇属性って聞いたような。歌えるのかな?

 怪訝に思っていると、青の子が私のブーツをぺしぺし叩いた。目を合わせたら「み」と頷いてみせる。

 ええーと。私のソロライブをお望みなのでしょうか……。


 そもそも魔力ゼロらしい私が歌って、効果があるんだろうか?

 あと地味にべリラに聴かれるのがキツイ。なんせ歌詞はほぼ「きゅる」のみだからね。(もしかしたら人語の歌詞があるのかもしれないけど知らないし……。)

 とはいえキュートでクールな青い瞳に見つめられたら、断れるわけがない。


「……べリラ。今から一風変わった浄化の歌をお届けするので、ぜひ手拍子をお願いします」


 私はせめて孤独感だけは回避しようと困惑気味のべリラにお願いし、喉の調子を確かめた。


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