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 ごくわずかな値だが、地属性の最大値が上昇した。


 スピリットを倒した効果だ。虫のような見た目通り、手応えはない。

 だがその弱さを逆手に取り、俺に気配を悟らせずにいた。腕輪の障壁が発動しないほど、あの吸血行為の攻撃性は低いらしい。見た目のわりに傷口はほとんど塞がれていて、回復しなくても問題ない程度だった。

 ……今後、障壁の性能や構成を見直す必要がありそうだ。


 こいつらが、“魔人”の正体だろう。


 吸血する理由は不明だが、多少吸われた程度では差し当たって害はないようだ。今のところコハルの身にこれといった変調は見られない。

 だがまた穴を開けられては面白くない。

 この吸血スピリットを探し出し、殲滅する。

 少量とはいえ最大値を上げられる機会だ、逃す手はない。


 祭りに現れたのは風属性を持つ別の個体だ。

 あの女の腕の穴は、コハルの首のものより一回り大きかった。多少は強力な個体かもしれない。


 話が事実ならば、あのクリフという男も吸血を受けていたようだが……。

 奴についていたものが、コハルに移ってきた可能性が高い。


 どこに何体潜伏しているのかも分からない、探し出すのは手間がかかるだろうが、まずは身体のどこかに穴があれば魔人の餌食になっている、と町中に知らしめる。中には名乗り出てくる者もいるだろう。

 ある程度近付き集中して気配を探れば、取り逃がすことはない。



   ◆◆◆



「大道芸人は世を忍ぶ仮の姿。アメジストは、魔人とかの悪い精霊さんを退治する特殊能力者、“悪霊ハンター悪霊”なんだ」

「はん……? なに?」

「悪霊を二回言ったのは、実は本人にも悪霊疑惑がある設定で……」

「設定?」


 コハルの異世界的妄想に、べリラという子供が首を傾げた。

 こいつには今のところスピリットはついていない。


「――ということで、べリラは町の人への周知をお願い」

 妄想だけではなく昨夜の一件を含めた話を終えたコハルに、べリラが頷いた。


「わかったわ。それから身体に穴のある人を、一ヶ所に集めればいいのね」

「うん、よろしく……」

「その役目は僕が引き受けるよ」


 突如会話に加わった声に、コハルが大きく振り向く。

 クリフだ。先程から物陰で俺達の様子を窺っていた。

 片手の袖をまくり、腕を見せる。子供二人が声を上げた。


「これって、君達が言う“魔人の餌食”の印だよね……」


 そこにはコハルがつけられたものと似た穴が二つある。

 しかしスピリットの姿はなく、気配も感じない。おそらく昨日、コハルへ移動したのだろう。

 そう言うと、三人で安堵の息をついた。


「初めに見たのはひと月くらい前だと思う。庭いじりをした後だったから、虫にでもさされたんだろうと気にしていなかったんだ。……ロゼッタはこのことに気付いていたのかな。だとしたら、彼女に謝らないと……」

 クリフが情けない表情を向けた。

「でも謝っただけで関係を修復できるかな。ハンターさんはなんか経験豊富そうだよね。何かいい方法はないだろうか」


 ……関係の修復?

 経験とは魔術士としてか、それとも魔物を倒すことに関してか。それが人間同士の関係と、どう話が繋がるのか謎だ。


「まずは入門書でも読――」

「はいはい、その手の話題はハンターさんの能力を著しく低下させるので禁止でーす」


 コハルが会話を遮った。能力を低下させた覚えはないが、どうでもいい話題だ。

「入門書か……」

 何か呟きながら町の中心へ向かうクリフを見送り、べリラがコハルに向き直る。


「ロゼッタさんを吸血して、逃げたやつを探すのよね? 教会以外で他に怪しい場所っていうと……」

「それよりも先に、お前が庇っている魔物を捕獲する」

 べリラが振り向き顔を引きつらせ、コハルがそれと俺を交互に眺めた。


「あの個体の他にも数匹いるだろう。奴らがスピリットを広めている疑いがある」


 初めに見た時から、べリラは魔物の気配を薄く纏っていた。

 あの魔物のものだろうが、今日はそれが更に強まっている。複数の魔物と接触しているはずだ。


「待って、初耳なんだけど。子猫魔物が広めてるって何!?」

「それは奴らが……」

「本来の宿主だから、よね」


 先に答えを言うべリラにコハルが目を見開いた。


「おそらくな。だが吸血された者を回復させる気もあるらしい。クリフを隠し部屋に閉じ込めたのは、そいつらである可能性が高い」

「……そっか。そういうことだったの……」


 遺物の中にはあの魔物の気配、そして回復術の効果がかすかに残っていた。


 ひと月近く吸血され続け、普通の人間が体調に一切変化がないとは考えにくい。だが発見した時のクリフに弱っている様子はなかった。

 闇属性しか持たないあの魔物には、回復術は使えない。代わりに眠らせたクリフをどうにかして遺物内へ運び込んだ。

 力を奪われ本来の機能は失っていても、回復効果を起動させる何らかの手段があるのだろう。


 普通、魔物に血液は流れていない。そんな魔物の情報は、今まで見たどの文献にも載っていなかった。

 だが何事にも例外はある。……俺のように。


 もしあの魔物たちが吸血スピリットの寄生を受けていたのなら、それを人間になすりつける目的で生息域を出てきたのかもしれない。

 奴らがすぐに戻ってきては意味がない、新たな宿主を長持ちさせるために回復するのだろう。


 俺の推測を黙って聞いた後、べリラが口を開いた。

「浄化の儀式が終わった後、鐘の丘に一人でいたクリフさんに後ろからとびついた子がいたの。すぐにその場に行ってみたけど、クリフさんの姿はどこにもなくて……。私、信じられなくて、気のせいだろうと思うことにしたのよ。だけどあれって、クリフさんを隠し部屋へ送る魔術か何かだったのね……」

 あの魔物には、転移や対象を転送する能力があるのか。それとも遺物に何か仕掛けでもあるのか。


「でも、人間にわざと魔人を押し付けようなんて思ってないはずよ。回復も、ただ助けようとしたんじゃないかしら。それにあの子たちは、はぐれた仲間を探しに来ただけだと思う」

 随分と理想的な解釈だ。だが最後はただの憶測にも思えず問い質すと、観念したのか白状した。


「……最初の一匹を呼び寄せたのは、私よ」


 ある植物から作成した精油を使うと、あの魔物をおびき寄せることができるらしい。


「まぁあんなに可愛いから、気持ちはわからなくもないけど……。でも魔物を呼び寄せるのはさすがにまずいでしょ」

「いや別に可愛いからじゃなくて……。研究の足しになると思って、つい」

「研究?」

「魔物の研究をしている先生がいるの」


 その研究者が言うには、本来あの魔物は他同様、狂暴で人を襲うはずだそうだ。

 だが何故かこの周辺地域には、あのように人に馴れる個体が見られるという。どうも他の魔物も、他地域と比べれば性質の穏やかなものが多いらしい。


「嘘を吐いてごめんなさい。大人しい子たちだし、少しの間だけなら害もないだろうと思って……。でもまさか、こんなことになるなんて……」

「そうだったんだ……。私達も協力するし、これから頑張って解決しよ」

 両手で顔を覆ったべリラの頭をコハルが撫でる。


 いつまでも撫で続けているので引き離すと、

「……気持ちはわかります。頭では理解していても、耐えられなくなることってあるのよね。そういうのって大人も子供も、性別すら関係ない……わかります」

 べリラが謎めいた言葉を吐いた。

 何を言いたいのか全く理解できない。俺だけではなくコハルも首を傾げていた。



 昨日は俺達と別れた後、魔物を探し回り、見つけたものには首に紐をかけて木に繋いだという。その程度で魔物が大人しくしているとも思えないが。


 町の外に広がる草原の一角まで来ると、木の影から紐をつけた魔物が三体出てきた。それらが鳴きながらべリラにすり寄る。……とても魔物とは思えない。

 ただし一つだけ、途中で千切られた紐が根元に絡みついていた。


「ああ、やっぱりあの子は大人しく繋がれていてくれなかったか。一番元気で、仲間思いの子なの」

「さっき言ってた、はぐれた仲間って?」

「ひと月前、私が呼び寄せてしまった最初の子よ。他の子たちは一週間ほど経ってから自然にやってきたの。町の中をうろつかれたら困ると思って、精油を使ってなるべく人目につかない場所に誘導していたんだけど……」


 その頃から最初の個体の姿が見られなくなったという。

 精油の効果が薄れると、後から来た者たちはまるでその個体を探すような動きをするらしい。


「そうも簡単に呼び寄せられるような奴が、一切姿を現さないのは不自然だな。もうこの周辺にはいないんじゃないか」

 もしくは運悪く他の魔物や傭兵にでも倒されたか。

「でも、この子たちは諦めてないと思うわ。まだ近くに気配を感じているのかも」


 障壁を張るとすぐに三匹を撫で回し始めたコハルが、こちらを見上げた。


「人災の可能性もあるよね。この可愛さだもん、つい家に連れて帰りたくなるのが普通だよ。……今日、一匹だけこっそり宿に持って帰っていい?」

「だめだ。それとお前の趣味嗜好が一般的とは思えない」

「……いうほど可愛いかな」

「べリラまで!?」


 コハルをどかし、三匹を調べる。スピリットに寄生されているものはいない。

 魔物は全部で五体らしい。もしそれぞれ一体ずつ寄生されていたと仮定するなら、少なくともあと四体のスピリットがどこかに潜伏している可能性がある。


「……ねえアメジスト。この子たちが大きくなって生息域に帰るまで、私達で保護しない? どんなに人懐こくても魔物なんだから、普通の人が育てるのは危険が伴うと思うし……」


 べリラの嘘をまだ信じているらしい。

 おそらくこれで成体だろう。そもそも魔物に幼体の時期があるとは聞いたことがない。

 呆れていると、べリラに真実を告げられたコハルがいつもの奇妙な声を出し、肩を落とした。



 草原を探ると、やや離れた場所から魔物の気配がした。

 近付くにつれ鳴き声が聴こえ、やがて草原に開いた穴の中でもがいているのを発見した。スピリットはついていない。


 町の子供がいたずらで掘った落とし穴だろう、とのことだ。

 ……背中の翼はただの飾りなのか?


「小さな魔物が引っかかって出られなくなる可能性を考えないなんて、想像力の足りない子たちだよね! 教育し直すべき!」

 憤慨するコハルが抱き上げると、いつの間にか魔物が寝息を立て始めた。

 こいつらは魔物の定義を根底から覆す存在かもしれない。


 そのまま服の内側にしまい込もうとするのを止め、眠る魔物をついてきていた仲間のもとへ放り投げた。


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