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「魔人なんて本当にいるのかしら」
おさげ少女、ベリラが不安そうに呟いた。
「まぁ、もしいなくてもやることは一緒だよ。犯人が普通に魔術士なら、滅多にいないらしいから地道に捜索すれば、いつかは見つかるんじゃないかな」
「魔術士って、あんな竜巻を起こせるの? まるで大賢者様の奇跡じゃない」
驚くべリラに、私の方が驚いてしまった。
その竜巻を軽くひねり潰した人が、目の前にいるんですが。怪我を一瞬で治す奇跡の回復術だって、目撃していたはずだけど。
困惑していると、べリラが小声で耳打ちしてきた。
「そういえば昨日、あのアメジストって人の手元が光っていたように見えたんだけど。あれって手品?」
……もしかして。回復術だと気付いてない?
確かに傷は小さめだったし、遠目には塞がったかどうかもわからない程度かも……。
それなら竜巻をおさめたのがアメジストの魔術だというのも、気付いてないってことか。
あの時青い顔で驚いていたのは、子猫(?)の仕業だったらどうしようと不安になったからであって、アメジストが魔術士だと気付いたせいではなかったらしい。
う~~、言いたい。あの竜巻をやっつけたのはうちの魔王です!
ついでに賢者ダンサーが火だるまにならずに済んだのも、って。
どうしてまともに人助けした時に限って、堂々と言えない場所にいるかな……。
仕方なく、アメジストは“奇跡の大道芸人”ということにした。
いまいち納得していない顔を返されたけど、私だって納得いかない。なんでこの国、魔術禁止なんだよ。
それはともかく。子猫の潔白を証明するためにも、今は魔人捜しだ。
昨夜の混乱の中、お開きになった祭りの余韻はもうどこにもない。町にはどことなく不穏な、だけどまるで何事もなかったような上辺の明るさが入り混じった、微妙な空気が漂っている。
私はどこから捜査を始めるべきか考えつつ、昨日のやり取りを思い返した。
「とにかく竜巻を起こした真犯人さえ見つかれば、解決する話だよね。被害者も魔人の犯行だと言ってたし。魔人を捕まえて罪を認めさせれば、この子が疑われることもなくなるわけで」
「はぁ? 魔人なんて昔話でしょ。まさか本当にいるって信じてる?」
「魔物も魔術も存在する世界だよ。魔人がいない理由もなくない?」
私の言葉にべリラが口ごもる。
「魔人かどうかはともかく。さっきの術はこいつの仕業ではなさそうだ」
隣からの後押しに喜んだものの、
「だが魔物には違いないだろうな」
子猫を指差しての診断結果に、少しだけ落ち込んだ。
やっぱ魔物なのか……。こんなに可愛いのに……。
「……いつかは生息域に戻ってもらわないと、とは思っていたわ。だけどこんなに幼いうちに戻ったら……」
言葉の先を察して、私もうんうんと頷く。
いくら魔術が使えても、こんなに小さくて無防備ではすぐに他の魔物にやられてしまうだろう。せめてもう少し成長してからでないと心配だ。
まぁアメジストがいる限り、生息域に戻すのはいつでもできる。
それよりも問題はあの竜巻だ。自然現象ではなく魔術らしいから、放っておけばまたどこかで似たようなことが起こるかもしれない。
ここは私達(主にアメジスト)の力で真相を解明し、解決してからすっきり旅立ちたいところだ。……いい足止めにもなるし。
昨日はとりあえずそんな感じで解散し、日を改めて捜査を開始したのだった。
まずは被害者の女性に話を聞くべきでは、と提案したところ、べリラが難しい顔になった。
「あの人、最近婚約者に振られたらしいのよ……。気を引きたくて言っただけかもしれないわ」
どうやら彼女の元婚約者とは、祭りの案内役をしていた人らしい。だから腹いせに、彼の晴れ舞台を台無しにしてやろうと思ったのでは、という推測のようだ。
いくら振られて辛いからって、そんな虚言癖みたいなことする? それに嫌がらせを始めるタイミングも遅いような気がするけど。
アメジストの意見を聞こうとしたら、すでに頭に疑問符が浮かんでいた。
……いかん、話に恋愛が絡んでくると魔王がただのポンコツになってしまう。別の切り口を探そう。
「えーと、被害者の事情はひとまず置いといて。アメジストの眼力で、魔人が化けてる人を見つけられないかな?」
人に化けた動物を見破った実績を当てにしてみるも、少なくとも昨日はそれらしい人は見かけなかったという。
「そもそもこの町には魔術の才能のありそうな奴がいない。だとすれば、あの竜巻は町の外から発動させたことになるが……。しかし俺に気付かせないほど遠隔地から術を操れるような奴が、あんな威力の弱い術一つで終わりというのが解せない。かといってあの場にそれらしい術者の気配もなかったわけだが……」
「ふむふむ。つまり犯人は手がかりを一切残さない手練れだと。そのわりに術はしょぼかったと」
「しょぼかった……?」
魔術オタの考察を解釈していると、べリラが困惑気味に呟いた。それから聞かなかったことにしたのか、気を取り直して片手の人差し指を立ててみせた。
「本気で魔人のことを調べるなら、怪しい場所があるわ」
べリラが向かった場所は、町外れにある聖穏教会の教会堂だった。
しっかりとした石造りの、なかなか立派な建物だ。ただ敷地内は全体的にいまいち手入れが行き届いていない様子で、どことなく荒廃した雰囲気が漂っている。
「教会が建つ前は、ここに魔人の棲み家があったと言われているの。だから今も、魔人が残した隠し部屋がどこかにある、なんて噂があるのよ」
なんともオカルト臭の強い教会だ。肝試しとかやる奴いそう。
「三百年前の隠し部屋? どうせろくなものが残っていないだろうな」
アメジストが鼻で笑った。なにか隠し部屋に嫌な思い出でもあるのかな。
「それじゃ、中を一通り調べさせてもらおっか」
私は鞄からさり気なく小さな封筒を取り出した。ここにはリチアに貰った聖区の滞在許可証が入っている。もし怪しまれて捜査を断られた時、「私達こういう者です」的に見せれば多少は信頼されるんじゃないかな、と。
だけど薄暗い教会堂の中は静まり返っていて、参拝者どころか司祭らしき人も見当たらなかった。
「うちの町には信者が少ないから、ここへ来る人なんてめったにいないのよ。……ここまで寂れているとは思わなかったけど」
「司祭さんすらいないの?」
「いるはずだけど……。今は留守かしらね」
アメジストがまっすぐ歩いていき、奥にある祭壇らしき物の裏でしゃがみこんだ。
許可証を鞄にしまいつつそちらへ向かうと、床を探っていたアメジストが、床板の一部を掴んで持ち上げた。一見他と同じような床板だけど、そこだけ蓋のようになっている。
隠し部屋、あっさり見つかった。さすが普段から隠しダンジョンを嗅ぎつけているだけはある。
地下へと続く階段をさっさと降りていく背中に、私とべリラも続いた。
「ここは……!」
「……ただの食料庫、みたいね」
地下室を眺めて残念そうに言うべリラに、私もがっくりと頷く。
三人でいてもそれほど狭さを感じない空間には、保存食が入った木箱や麻袋、水やワインらしきものが入った瓶なんかが雑然と置かれていた。
なーんだ……、と上に戻ろうとしたところ、アメジストが奥の壁に佇んだまま動かない。隣まで行くと、腕を組んでじっと壁を見つめていた。
「なに、この壁がどうかした……のぉ!?」
言いながら、壁に片手をつこうとした私の身体は支えを失い、前のめりに倒れ込んだ。
壁なのに、壁がない!?
床にぶつかる直前で、何もないところから現れたアメジストにキャッチされた。
アメポート、便利だね。
「どういうことだ……? さっきまでは通過できなかったはずだが」
「え、そうなの?」
どうやら私が手をつくまでは、ただの壁だったらしい。……なにそれ、人を選ぶトラップ?
壁の先からべリラの慌てふためく声が聴こえたので、とりあえず無事だと返事をしておいた。
それから部屋をぐるりと見渡した私は、思わず感嘆の声を上げた。
「うわぁ~、鐘だらけ!」
最初に入った祭壇の部屋と同じくらいの広さの空間に、昨日鳴らしたものに似た鐘が天井近くにずらりと吊り下げられていた。
壁際にはいくつか滑車なんかもある。それらを経由したワイヤーは全ての鐘に繋がっていて、さらに部屋の隅に置かれた大きな円筒形の機械にも繋がっていた。
きっとこのオルゴールの中身みたいな演奏装置を動かして、鐘を鳴らす仕組みなのだろう。
「術具、いや……遺物か」
同じように部屋をじっくり見渡していたアメジストが呟いた。
いぶつ、って前にも聞いたような……、
「あ。遺物? 遺産みたいな?」
隣を見上げると、軽く頷いてみせる。これらは例の大賢者の作品である可能性が高いらしい。
「……あれ? でもここって魔人の隠し部屋のはずだよね」
「光の大賢者メトラ……胡散臭い奴だ。魔人とやらと繋がっていたのかもな」
さらっと過去の偉人が実は黒幕説を吐いて、演奏装置の前まで歩いていった。
動かすのかな? ちょっと鐘から近すぎて耳が不安だけど、でも楽しみ。
……と期待していたら、装置を動かすのではなく脇に回ると、そこに手をかけてぱかっとぶ厚い金属の蓋を開けた。
うおおい。そこも隠し扉かよ!
なんと、中は空洞になっていたらしい。アメジストの腕の隙間から中を覗き込んだ私は、思わず悲鳴を上げた。
「ぎゃあ!? ……死っ」
「眠っているだけだ」
装置の中には、身体を軽く折り曲げた状態の人が転がっていた。
アメジストの言葉に一応ほっとはしたものの、なんでこんなところに人が!? オカルト系教会内でこんなホラー展開、怖すぎる。
「……って、案内役のお兄さんだ」
よく見たら昨日の祭りで司会進行をしていた人だった。
なんなんだ、本当に。何がどうなって魔人の祭りの案内人が、魔人の隠し部屋のさらに隠し空間で寝ることになるの? やばい事件のにおいしかしない……。
「と、とりあえず、上に運んでこっそり目覚ましの術――」
「そこで何をしている」
食料庫の壁とは反対側から飛んできた声に、私は反射的にアメジストの背中に回り込んだ。