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 流れ落ちる水のカーテンで黒い姿が一度かき消され、再び水を割って現れる。


 小さな滝からずぶ濡れで戻ってくる相手に、私はアイコンタクトとジェスチャーで「魔術禁止」と伝えた。

 今までなんだかんだ使ってるけど。こんなに人目のある場所で堂々と披露するのはまずい。


 一応、意図は伝わったらしい。瞬間乾燥機(魔術)を使うこともなく、鬱陶しそうに濡れた髪をかきあげた。

 滝のまわりで眺めていた女性たちの間から、小さく歓声が上がる。

 水を滴らせる美形は、どこの世界でも一定の支持を得るものらしい。


「髪かきあげるのウケてたよ。……狙った?」

「この世界の言語で話せ」


 水を吸った服の裾を面倒臭そうに絞りつつ吐き捨てる。

 言葉の意味がわからないのは、理解力の問題なのよ。そのままの君でいて。


「それでは魔人の皆さん、次の浄化場所へまいりましょう。ちょっと時間おしてるので、早足でお願いしまーす」


 案内役が声を張り上げると、そこかしこでテンションの高い返事が返った。

 魔人の方々はアメジスト同様びしょ濡れだ。だけど皆、笑顔で楽しそう。


「……まだあるのか」

「お昼ご飯にはちょっと早いからね。あと二、三ヶ所くらいが妥当かな」

「どういう計算だ」


 お祭りっていうのはそういうものよ。

 厳かに言うと、魔人が私の頭に片手を置いた。途端に頭だけがずぶ濡れになる。

 地味すぎて誰にも気付かれないからって、嫌がらせのために違法行為すんな。



   ◇◇◇



 方術士の総本山を出てから、アメジストは東に向かっているようだった。


 そろそろ国境も近いはず。

 ということで魔本で予習してみた。今いるエミーユ皇国の東にはフィンダルという国があるらしい。


 この大陸で一番広い国だというので大国なのかと思ったら、むしろ国力は低く、あまり治安もよくないようだ。

 その理由はわりと単純、国土のほぼ半分が魔の森と砂漠なのだそう。

 魔の森の危険性は言わずもがな。砂漠の方も近年、瘴気が噴き出す場所なんかが増えているらしい。最近お馴染みの異変っぽい。

 つまり領土の半分がまともに使えない上、魔物や瘴気の問題に常に悩まされ、国を豊かにするどころの話じゃないってことだ。


 結論。現時点での行きたくない国ランキング、堂々の第一位。

 明らかにそっち方面を目指している魔王に、私は足止め作戦を決行した。

 たまたま立ち寄った町でなにやらお祭りがあるということで、これ幸いと参加してみたのだった。


 フィンダル入りが避けられない運命なのだとしても、その前に少し楽しい思いをしたい。

 エミーユ東側の料理はなんとなく和食に似たものが多く、それももう少し堪能しておきたかった。


「まず浄化の輪をくぐって、浄化の階段を登って浄化の煙を頭に浴びて。それから浄化の滝に打たれたんだよね。……今までエクソシスト役の人が出てこないけど、次あたり来るのかな」


 あ。エクソシストじゃなくて、大賢者様だっけ。

 指を折りながら言うと、気怠げな溜息つきで返された。


「この無意味で馬鹿げた儀式を、大賢者が本気で行ったとは到底思えないな。浄化も魔人という存在の定義もはっきりしない」

「夢がないなー。こういうのは理屈抜きで楽しんだもの勝ちだよ」

「だったらお前が魔人になれ」


 そこはほら、適材適所ってものがあるから。

 そう言ったらまた頭に手が伸びてきたので両手でガードすると、頬を引っ張られた。これだから浄化が必要なんだってば。


 このお祭り、“浄魔の日”は、町に伝わる伝説をもとにしたものらしい。


 昔、この町は魔人と呼ばれる恐ろしい化物に襲われた。

 夜な夜な現れては、寝ている人の生き血をすするという吸血鬼的な犯行だった。

 魔人は昼間は正体を隠し、人にまぎれて暮らしている。そのせいで町の人たちは疑い合うようになってしまい、メンタルも人間関係も悪化する一方だった。人狼ゲームのように。

 その魔人を三百年ほど前のこの日、光の大賢者と呼ばれる人が浄化して退治した、という伝説だ。


 大賢者への感謝、そして魔人の恐怖を忘れないようにと、その時の儀式を再現するお祭りを毎年行っているのだそうだ。

 魔人役はくじで決めるらしいけど、なんだかんだやりたがる人が飛び入り参加して増えるらしい。

 アメジストを魔人として参加させたのは、もちろん私だ。大賢者も旅人だったそうで、喜んで仲間に入れてくれた。


 ただ本人は拒否しようとしたので、

「最近瘴気飲みすぎ。もし中毒にでもなったらどうするの。手が震えて本も読めなくなるよ? 念のため浄化を受けよう」

 と説得したら、あからさまに馬鹿にする視線を向けてきた。危機感が足りない。

 その後、異物がどうのこうの呟いて思案モードに入ったので、そのまま腕を掴んで参加受付所まで引きずっていった。


 嫌がらせを受けた私の髪がじっとり生乾きになってきた頃、お祭り集団は小高い丘に到着した。

 町を一望できる、なかなか雰囲気のいい場所だ。中央には鐘が吊り下げられたアーチ状の柱が置かれている。なんか観光地にありそうな感じ。


「選ばれた方には大賢者様となって、こちらの浄化の鐘を鳴らしていただきます」


 投げられた花束をキャッチした人が大賢者役になるらしい。結婚式か?

 案内役のお兄さんが背を向け、白と黄色の素朴な花束を後ろに放り投げた。

 皆でわいわい手を伸ばす中、風が吹いて花束が大きく空を舞った。本来の軌道から外れたそれが、私の腕の中にすとんと落下する。

 ……あの鐘を鳴らすの、私!?


「では大賢者のお嬢さん、浄化をお願いします。町中に響き渡るよう、思い切って鳴らしてください」


 どぎまぎしながら前に出て、鐘から垂れる紐を握ると思い切り振った。

 カラーン、と澄んだ音が響く。皆の拍手に照れつつアメジストの隣に戻った。


「……ただの鐘か」


 何を期待していたのか、小さく呟くと次の場所へ向かう集団に続く。

 それにしてもさっきの風、なんか不自然だった気がするんですけどね……。


 次の広場では、大賢者らしき扮装をした人が杖を手に待ち構えていた。

 長いお経のような呪文を唱えて杖を振る。するとその先に火が灯った。

 杖を振る動きがだんだん激しくなっていき、ついには踊り始めた。浄化の舞いなんだろうけど、どことなく創作ダンス感が濃厚。

 隣に小声で「……魔動具?」と杖を指差すと、頷いた。


 賢者ダンスが激しさを増してきた時、服の一部に杖の火が燃え移った。あーあ、あんなに振り回すから……。

 慌てて火を叩くけど、鎮火できずにじわじわと燃え広がっていく。

 皆が騒然としはじめた頃、火が消えた。

 一瞬ぽかんとした後で、賢者は気を取り直すと踊りを再開した。


 ほっと胸を撫でおろして再びダンスを眺めていると、視線を感じた。

 隣を見上げる。じぃ…っと何かを主張してくる紫色と目が合った。

 ……うん。あの消え方は不自然だなーと思ったけどね。というか今回はさらっと流さないんだ?


 無言で「言われる前にやった」と主張され、私は片手を伸ばした。

 はい、よくできました。

 頭というより額のあたりをよしよし撫でる。

 しばらくされるがままでいたあと、顔をそむけて私の手を払った。

 冷気も出てないし苛ついた様子もない。……案外、有効?


 お祭り集団と共に町の中心部へ戻ると、花吹雪で迎えられた。

 これにて無事、魔人の浄化は完了したらしい。


 目抜き通りには美味しそうな軽食の屋台が並び、可愛いエプロン姿の売り子たちが呼びかける。

 待ってましたー!

 まずはひと通り物色しよう、と足を踏み出したところで視界が高くなった。

 なんで抱える!?


「魔術を使えないならこうするしかない。……どうせ端まで眺め回す気だろう、この方が効率的だ」


 黒い紐でペットか幼児のお散歩状態になるのは回避できたからって、こんな大勢の前で過剰防衛するのもいい加減にしてほしい。いくら見晴らしがよくても!

 当然ながら注目を集め、そこかしこで口笛を鳴らされたりはやし立てられてしまった。


 ただお祭りの空気感のせいか、なんか触発された人たちが次々と私たちの真似を始めたらしい。

 目抜き通りは一時、カップルたちの抱っこ道中へと変貌した。

 誤解のせいで、祭りに新たなイベントを生み出してしまった……。

 まあ、ある意味いいことをしたのかもしれないから、今回だけは多めに見よう。



   ◇◇◇



 楽しいお祭りもあとわずかの夕暮れ時、事件は起きた。


 甲高い悲鳴があたりに響き渡る。

 声の主は若い女の人で、地面にへたり込み、片方の手で腕のあたりを抑えていた。


「ま、魔人よ……! 魔人に噛まれたわ!」


 震えながらの言葉に、集まった人のほとんどは本気にせず、笑い飛ばした。

 なんだ、余興か? 演劇でも始めるの?

 と野次馬たちがざわめく中。


 アメジストが私を抱えてその場を離れた。その間に障壁もかけられる。

 黒い風が、女の人を取り囲むようにして吹き荒れた。

 野次馬たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。

 勢いを増した風が渦を巻き、どす黒い竜巻になった頃、すぐ下の地面から黒い塊がとび出した。それがアメーバみたいに大きく広がって、竜巻を呑みこみ消える。


 竜巻を呑んだ黒い塊は、アメジストの魔術だろう。

 褒めるのは後にして、倒れている女の人のもとへ駆け寄った。

「気を失っているだけだな」

「そっか、よかった。……あ、でも腕を怪我してる」

 大した怪我ではない、と渋るアメジストを言いくるめ、こっそり回復術をかけさせた。皆混乱しており、魔術に気付く人もいない。


 と思ったら、一人だけ目撃者がいた。


 明るい茶色の三つ編みを肩に垂らした、私とだいたい同じ年頃の女の子だ。

 蒼ざめた顔で立ちすくみ、目が合うと踵を返して走り去った。


 え、なんで逃げた? ……まさかやばい魔術士を通報するため……!?

 もしかして竜巻の方まで、アメジストの仕業と誤解されたとか!?

 おろおろと隣を見る。少し思案した後、

「……追うか?」

 この状況に多少は危機感が湧いたのだろうか。訊かれて私はすぐさま頷いた。



 おさげ少女を追いかけた先は、町のすぐ外にある野原だった。

 私たちの追跡に気付くと、大きな木を背にしてこちらをきっと睨みつけてきた。


「な、何もいないわよ! ……いないったら!」


 これ、確実に後ろになんか隠してるやつ……。

 必死に仁王立ちするおさげ少女の努力も虚しく、


「みー」


 足元の隙間から、それがちょこんと顔を出した。


 真っ白な、わたあめみたいにふわふわの毛並み。

 瞳は宝石のようなエメラルド。やや耳が大きめだけど、顔は子猫そのもの。大きさも子猫くらい。

 ただその背には、毛皮と同じ純白の翼が生えていた。形は鳥ではなく、蝙蝠系。


 おさげ少女の足に顔をすり寄せた後、私たちを見上げてきょとんと小首を傾げる。

 なんだ、天使か。翼は悪魔っぽいけど。


 見惚れていると、暇そうに寝転がった子猫?が短い前足で空をかき始めた。

 すると前足の先、何もないところに黒い塊が出現した。

 野球ボールくらいの丸い塊になると、それに抱き着いて引っかいたり噛みついたりと遊び始める。


 うん、子猫らしくてとってもキュート。

 ……でも今の、魔術ですよねぇ……? たまにアメジストが出す黒い塊にそっくりだ。


 視線を前に戻すと、今にも泣きそうな顔で訴えてきた。

「お願い、見逃して。ちょっと甘噛みが痛かったり、いたずら好きだけど、悪いことはしてない……と思う。少なくともあんなことしたのは、この子じゃない! ……と思う」


 所々に不安が見え隠れしている。でも信じたいという気持ちには同感。

 こんな可愛い子猫に罪などあるわけない。ないったらない。

 だけどこの調子では、町の人たちに見つかるのも時間の問題だ。

 竜巻を起こした犯猫と疑われて、というか疑われなくても野良魔物と見なされて処分されてしまうかもしれない。こんなに可愛いのに……!!


 背後を振り返ると、どこか悟ったような呆れ顔を向けられた。


「お前の思考はだいたい把握した。……で、何をしろと?」


 うむ。話が早くて大変結構。

 私はこの件を(アメジストを働かせて)良い方向へ導くため、思考を巡らせた。


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