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 聖獣の保護区を降りた麓で、マガタが待ち構えていた。


「小熊犬の楽園はお楽しみいただけたかな」

 コハルが満面の笑みで頷き、感想を語る。それに相槌を打ちながら、通信を送ってきた。


『首尾はどう? 可愛い動物に囲まれて穏やかな時間を過ごし、二人の仲も深まった……はずだった……』

『初めから失敗するとわかっていて報酬にするな。そもそもこの仮説には疑問を感じている』

『ハルコが精霊になれたあたり、有効なやり方に思えるけど。いや~、愛の力は偉大だね』


 ……愛……?

 理解不能な論を問い質そうとすると、一方的に通信を切った。


「夕食は安くて早くてうまい店と、庭園を眺めながらの精進料理。どっちがいい?」

 俺の予想を裏切り、コハルは後者を選んだ。


 マガタが案内した店の庭を見ると、目を輝かせてはしゃぎだした。

 ワビサビという謎の異世界語を連呼し、食事が届いたのにも気付かないほど庭の散策に夢中になっている。

 この地味な景色の何がそこまで面白いのか。


「ジャン君が寂しがってたよ。もっとハルちゃんと話したかったみたい」

 庭同様、地味な料理へのコハルの興奮が収まった頃、マガタが切り出した。


「え~本当? まあ挨拶もそこそこに、こっちに来ちゃったからね。二人ともなんか忙しそうだったし」

「この件の後始末で、隊長君はしばらく休む暇もないだろうね。ジャン君は次の依頼が入ってるらしいよ」

「へえー。ずっと隊長と一緒に異変調査するのかと思ってた」

「隊長君のとこ、予算が厳しいから……。そういえばジャン君に聞いたんだけど。前にハルちゃんたちも面白い異変に遭遇したんだってね」


 目的はこれか。

 世間話をするためにこいつがわざわざ出てくるわけがなかった。

 俺に通信して聞き出すよりも、コハルを利用した方が早いと踏んだのだろう。


 言葉巧みに、マガタは俺たちが今まで辿ってきた道のりの粗方を聞き出した。

 漏らしていないのは書庫のことくらいか。それまで喋るようなら口を塞ぐつもりでいた。


 既にジャンにも似たような情報を流しているようだ。話をしたがっていたというのも、あながち嘘ではないかもしれない。あの男はどうも胡散臭い。


「ダイコン君の歌、とても興味深いね。是非とも生で聴いてみたいな」


 予想通り、マガタはあの一件に食いついた。

 トルムに寄生したものの排出に成功した、あの奇妙な術。もし異常化したスピネリスに使えていれば、早々に解決したのだろうか。

 あの術は俺には扱えない。力を増強したとして、いつか習得できるとも思えない。したいとも思わないが。


「あまりこいつの興味を引かない方がいい。ダイコンが実験台にされるぞ」

 もう十分だろう。話を遮ると、コハルが何か言いかけた口を素直に閉じた。

「やだなぁ。やるとしても、ちゃんと事前に了承を得るよ」

「うわ。一番怖いやつだ」

 怪しいじじいの書類には絶対サインしないように、ダイコンに術で伝えておいて、と耳打ちしてくる。そもそもダイコンは風属性を持たないので通信は不可能だが、気休めに頷いておいた。


「今回の事件って、本当に全部スピネリスが引き起こしたことなのかな?」

 食事を終え、珍しくコハルが神妙な顔になった。


「他に原因があると思う?」

「うーん……そうだ、あれ。旅の者の進言、ってのが怪しいよね」

 マガタが頷く。


「瘴気の詰まっていたあの繭、もう跡形もなくなっているらしいよ。周辺に中身が洩れた様子もない。おそらく何者かに持ち去られたんじゃないかな」

「え、あの大きさを? よくスピネリスにバレずに盗めたね」

「転移とか、何かそれに近い手段があるのかもしれないね」

「犯人は悪の魔術士系か。でもあんなもの持ち帰って、一体何に使うんだろう」


 マガタが視線を向けてくる。それにならって振り向いたコハルが顔色を変えた。


「はっ、まさか……!? アメジスト、今ならまだ間に合う! すぐに返してごめんなさいしよう。私も一緒に謝ってあげるから!」

「俺を疑うな」

「っていうのは冗談として。何者かがスピネリスを唆して事態を誘導した可能性は高い。瘴気機関にいたずらしたのもね。なんにせよ、世界規模での危険人物には違いないな」


 異変を人為的に引き起こせるってことだから。

 そう言うと、通信に切りかえた。

『幼虫も、たぶんかなりの数を持ち去られているよ。そっちが本命かもね』

 コハルに余計な話まで聞かせる気はないようだ。それには同意するが、体よく利用しすぎだろう。


『トルム君に寄生したのは、あれの上位種ってところかな。もしそんなものまで人為的に生み出せるのなら、静観してもいられない。君にもある程度は協力してほしいな』

 黙って話を促すと、器用にコハルと世間話をしながら通信を続けた。


『おそらくいつかは君の前に姿を現すだろう。精神汚染を受けることなく瘴気を扱える人材なんて、きっと仲間に欲しいだろうからね。その時得た情報を、高値で買うよ』


 俺が瘴気を直接、力として使えることも既に知っているような口ぶりだ。

 そのマガタにすら、尻尾を掴ませない相手か。魔術の腕も相当なものと推測できる。有益な情報を得られる可能性が高い。


『それは相手側の条件次第だな』

 マガタの言う高値が言葉通り金銭という意味なら、そんなものに価値はない。

 交渉を始めるなら聞くつもりでいたところ、返ってきたのは意味を測りかねる言葉だった。


『どんな勧誘であれ、君がそっちにつく理由はないんじゃない。この先もハルちゃんと一緒にいたいのならね』

『どういう意味だ』

『そのままだよ』


 通信を切ったマガタがコハルと会話を続ける。そこからは大して内容のない、ただの世間話で終わった。



   ◆◆◆



 書庫に降り立つと、一冊の本に光が灯っていた。


 スピネリスのもとへ誘導した理由。

 コハルの意思を無視し、書庫の鍵に用途不明の魔術を転写させた理由。

 今更その答え合わせでもするつもりだろうか。


 あの魔術を転写したのが審査官なのであれば、そいつはおそらくマガタを警戒している。

 雑魚魔物に使わせたかったのではない。マガタと別行動し、奴の意識が俺やコハルから離れた時を狙ったというだけだろう。術の目標はあくまでスピネリスだったはずだ。結局使用する機会はなかったが。


 今日は一日、コハルの徘徊に付き合わされた。

 マガタに勧められた場所に行きたいと言うので、術での移動と転移を駆使して山岳地帯を端から端まで巡るはめになった。

 収穫といえるのは、転移の性能が多少向上しているのに気付けたことくらいか。


 麓の街角であの小熊犬の面を見つけ、しつこく俺に買わせようとするのには呆れた。何故あんなものを欲しがるのか理解できない。

 だが中に果実の入った飴を渡すと、すぐに面への興味を失った。

 最近はつい与えすぎてしまう。そろそろ菓子の量を制限するべきだろうか。それと勝手に懐をあさるのにも、何か手立てを考えておかなくては。


 ……いや、そんなことはどうでもいい。

 マガタは昨夜コハルとの会話で、今朝ここを発つと話していた。

 奴の目が離れた今、ようやく動きを見せる気だろうか。

 再び指令を出すつもりなら、今度こそ納得いく理由も提示してもらいたいところだ。


 淡い光を灯す本に触れる。

 その瞬間、床がかすかに揺れた。次第に書庫全体が揺れ始める。

 不思議と本が落下する様子はないものの、強まっていく揺れに本棚同士が大きくぶつかり音を立てた。


 揺れが収まる頃、目の前の本棚が忽然と消えていた。

 確かコハルが増やしたものを収納していた場所だ。消えても全く構わない。

 足元に、地下へと続く階段が現れていた。


 明かりのない階段を降りる。

 およそ一階分を下った先は、狭い部屋に通じていた。

 壁際にはやはり本棚が並んでいる。だが本は一冊も見当たらない。

 持って回った演出をしておいて、また肩透かしか。


 薄暗い部屋をぐるりと眺める。

 部屋の中央に古ぼけた机が置かれている。その上に小さな台座のような物が載っていた。それと本棚以外、この部屋には何もない。

 隅々まで調べたがこれといった収穫もなく、諦めて地下室を出た。


 一階へ戻ると、再び光を発する一冊がある。

 今回は演出過剰だな。思わず舌打ちし、期待せずに開いた。


『《アコ・ブリリヤ》……女神の涙とも呼ばれる神秘の奇石。世界三大秘宝の一つ。』


 結局、またそれか。

 思わせぶりに出現した地下室の意味も、スピネリスの件にも触れないまま、次の指示に従えとは。

 本を閉じ、少々手荒に棚に戻す。そのまま本体の目を開けた。

 短時間で書庫から戻ってきた俺に、コハルが驚いて振り向く。


「腹立たしく鬱陶しい真似をしてくる相手を、異世界では何と表現するんだ」


 俺の質問に怪訝な顔で首を傾げると、少し考えてから口を開いた。

「んー、まあシンプルに。『うざい』かな?」


 審査官、お前は……うざい。


 気を取り直し、再び書庫へ渡る。

 コハルが不思議そうに首を傾げたまま、光を灯し続ける鍵をめくった。


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