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「スピネリスに謝ろう」


 私も一緒に謝ってあげるから。

 気分は完全に、子供同士のケンカを仲裁する保護者だ。


 しかし即座に、頭の悪い子と言わんばかりの冷ややかな返事が返ってきた。


「状況を判断しろとは言わない。事態が収まるまで大人しくしてろ」

「でも、……わざと怒らせてたよね」

 ちらっと一度横目で見下ろしてくる。無言の肯定と受け取ることにした。


 いい加減、そのくらいはわかる。

 私というお荷物を抱えた状態で、様子のおかしいスピネリスを無意味に挑発するほど、アメジストはこの件に興味を持っていない。


 わざと怒らせて戦う理由は謎。とはいえ目的は一応、異変の解決のはずだ。

 依頼を途中で投げ出してはいけない、とか思い直すタイプじゃない。多分、こちらの希望を汲んだってことなのだろう。

 黙ってなりゆきを見ているだけというのも無責任に思えてきた。


 それにできれば、スピネリスをこのまま放っておきたくない。

 ちょっと思い込みが激しいけど、私を(悪霊から)助けようと思ってくれていたみたいだし。本来の姿は心優しい世話焼き女王様な気がする。

 異変の解決は難しくても、せめて彼女の心にもう少しだけ、平穏を取り戻してあげられないだろうか。


「さっきから魔術で何かやってるみたいだけど。そもそも戦って解決するような問題じゃないよ、これ」


 少しの間の後、本当に子供を諭すような調子の声が返ってきた。


「話は後でいくらでも聞いてやる。だから少しは自分の弱さを……」

「自覚してるって。だけど私を守りながらでも何とかなると思うから、ここにいるんでしょ。それならアメジストを信じて、一緒に解決策を考えたい」


 また少し沈黙した後、

「……おかしい。力が増すどころか、抜けていく気がする」

 わざとらしく溜息を吐いた。


 信頼しろってあれだけ要求しておいて、いざ信じると言えばこの態度。


「戦って解決しないというならどうすればいい? お聞かせ願おうか、主様」


 なんかいきなり主従ごっこが始まった。

 そんな脈絡なく役に入り込まれても、こっちは心の準備ができてません……、

 と言いたいところだけど。売られた妄想は買うしかない。


「まったく呆れた子ね……。いいこと、これは恋愛案件なのよ。スピネリスが暴走させているのは、若君への恋心。愛する殿方から契約破棄なんてされたら、瘴気の一つや二つ出すのが乙女心というものではなくて?」

「その妙な口調のせいで内容が頭に入らない」


 せっかく乗ってあげたのに、先に放り出した。

 自分でも何キャラなのか不明だとはいえ、内容が入ってこないのは絶対に口調のせいじゃない。


「だからー、これはアメジストの苦手分野ってことだよ。乙女心には、乙女心を解す者が任務にあたるべき」

 眉をひそめて、視線だけで続きを促してくる。

「私に任せて。説得してみせるから」


 ぐっと親指を立ててみせ、前へ一歩踏み出す。

 その途端、腰に黒い紐が巻き付いてそれ以上進めなくなった。

 仕方なく私はその場で声を張りあげ、スピネリスに語りかけることにした。


「ねえスピネリス。若君からの愛を疑いたくなる気持ち、わかるよ。人と精霊で種族も違うし、不安になるよね。……だけど若君の気持ちを想像してみて」


 それまで俯いて石と会話していたスピネリスが、虚ろな顔を上げた。

 よし、少しは耳を傾けてくれている気がする。手応えを感じて、私はしっかりお腹から声を出した。


「若君はきっと、どんなに距離があっても大丈夫だと思うから離れたんじゃないかな。契約なんてしなくても、スピネリスとの絆はなくなったりしないって信じてるんだと思う」


 昔、遠距離恋愛中だという友達の話を聞いたことがある。

 悩みの中心は、離れている相手の気持ちを疑ってしまうのが辛い、的な内容だった。


 まあ相手は二次元の彼氏なんだけどね。というオチだったけど。

 その時の話なんかを思い出しつつ、なんとかスピネリスの心を動かせないかと苦心する。


 若君の本心なんて私にわかるわけがない。だけど今のスピネリスにまず必要なのは、孤独な疑心暗鬼から抜け出すことだと思う。

 そのためにも今は嘘でも妄想でもいいから、希望を持てそうな方向に話を持っていくことにした。


「だからまずはスピネリスが若君を信じてあげようよ。若君、たった一人で頑張っているんでしょ? たとえ離れていても、心で支えてあげなきゃ」


 私の言葉に、スピネリスがひとつ大きく頷く。……やったか!?


「しかり。妾の心は常に若君のお傍にある。……が、たまには一目お姿を拝見したくての。久方ぶりにご様子をうかがうと、隣に見知らぬ小娘がおったのじゃ。若君も親しげに名を呼び、頭など撫でておられた。あれは一体なんだったのかのう……」


 新しい女の影かー。

 そういやさっきそんな呟きも聞こえた気がする……。若君この野郎。


 妾は何を見たのかのう……うふふふ……、と呟くスピネリスの危険な微笑みで、作戦の失敗を悟った。


 項垂れる私の頭に、ぽん、と片手が置かれた。

 がっ、じゃない。ぽん、だ。驚いて見上げると、いつもの無表情。


「気にするな、はなから期待してない」


 ああそうですか……。

 珍しく優しいかと思ったら、魔王なりの優しさだった。

 本気で信頼関係築く気あるのかな、こいつ。



   ◇◇◇



「だが、全く意味がなかったわけでもなさそうだ。見ろ」


 微笑みを張り付けたまま、スピネリスが背中の真っ黒な羽をばっさばっさ動かした。

 さっきからたまに忽然と出現する瘴気を、蝶と一緒に体の中へ取り込んでいる。その瘴気を吸収するスピードが上がっていた。

 後から遅れて現れた蝶が所在なさげに飛び回り、闇の中へと去っていく。


「瘴気を取り込む速度に蝶が追いついていない。悪くない暴走ぶりだ。これなら術の効果が出るかもしれないな」


 説得のつもりが、むしろ悪化させたってこと? 結構いいこと言ったと思ったのにな……。


 アメジストが再びせっせと魔術を連打し始めた。

 まだスピネリスが反撃してくる気配はないけど、それも時間の問題かもしれない。纏う瘴気はもはや衣というより、バリケードといっていいくらいの厚みになっている。


 スピネリスが片手を上げた。袖が翻って、扇子であおぐような動きをしている。

 するとそこに今までよりも大量の蝶が現れた。

 隣で舌打ちが聴こえた。蝶たちの瘴気ダイブは、アメジストの術の邪魔をしているらしい。


 スピネリスの纏う瘴気をすする量も減ってきた。

 今日は瘴気飲み過ぎたからお腹いっぱい、なわけではないよね。きっと抵抗を受けているんだろう。


「この際だ、もっと暴走させてもいいぞ。よくわからんが見知らぬ小娘というのに拘っているようだな。そのあたりを更につついて抉ってやったらどうだ」

「なんてこと言うの!?」


 浮気(?)ネタに軽々しく触れる勇気なんてない。

 というか本来の目的は正気に戻すことなんだから、変な役目を押し付けないでほしい。


 スピネリスのまわりで団子になってうごめく蝶たちを、さすがにちょっと気持ち悪いかも……と眺めていたら、そこから一匹、這い出すようにして中から出てきた。

 へろへろと不安定な飛び方で、少しずつスピネリスから離れていく。

 だけど見えない力に引き戻されるのか、時々宙に浮いたまま足をばたつかせてもがいた。それでも必死に羽をはばたかせ、少しずつ前へ進んでいく。


 ――あの一生懸命なもがきっぷりには見覚えがある。


「ハルコだ! アメジスト、保護してあげて!」


 一度作業を中断してもらい、伸ばした黒い紐にとまらせてハルコを回収した。

 潰さないよう気をつけながら、両手でそっと包み込む。私の手の中で羽を閉じると、ぐったりした様子で動かなくなった。


 きっとスピネリスに強制的に呼び寄せられてしまったのだろう。

 テンちゃんは今、あの霧空間に一匹でいるってことなのだろうか。大丈夫かな。

 ハルコのこの様子も心配だ。どう見てもかなり弱っている。

 そういえば、スピネリスに連れて来られる前からこんな感じだった。魔力切れ? それとも何か別の原因があるのかな。


 とりあえず回復術をかけさせようと隣を振り向いた時、

「テンをここへ呼べ」

 息も絶え絶えなハルコに、アメジストがご無体な命令を出した。


 ただこちらが言う前に回復術はかけたらしい。ハルコがむくりと起き上る。

 そのままじっと動かない。転移してテンちゃんを連れて来いってことなんだろうけど、そんな魔力も体力も残っていないんじゃないだろうか。

 というか、何のために呼ぶの?


「抵抗したところで、お前がスピネリスの意思に逆らい続けるのは不可能だ。いずれ取り込まれる。今お前がやるべきなのは、テンを守ることじゃない。スピネリスを正すことだ」


 スピネリスの魂を、お前が内部から調整しろ。

 そうすれば異変は止まり、元の森をテンに返してやれる。と続けた。


 魂? 異世界だから、本当に魂も存在するの?

 いや、今はそれどころじゃない。魔王がかよわい一匹の蝶に、めちゃくちゃ不穏な任務を言い渡している……。


「テンに最後まで名を呼んでもらえ」


 私の手の中で、ハルコが一度ゆっくりと羽を広げると、静かに閉じた。


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