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「あの、ありがとうございました」


 するすると猿のように器用に木から降りて、少年がぺこりとお辞儀した。


 背格好から大体、10歳くらいだろうか。茶色の髪と瞳で、素朴な印象の子だ。

 荷物のように抱えられて声のもとへ到着すると、高い木の上にこの子がへばりついていて、その下を二匹の虎魔物がうろついていた。

 虎はアメジストが(黒いの吸って)美味しくいただきました。


「えっと、私はコハル。こっちは ご え い のアメジスト。君は? こんなやばい森で何してるの?」


 護衛の部分を嫌味ったらしく強調するも、全く意に介さない無表情だった。


「おれ、ヴェンっていいます。森に入ったらいけないのはわかってるんですけど……でも……」

 この森、入っちゃだめらしい。まあ魔物がいるんだし、年齢とか関係なく危険だよね。

 何か言いにくそうにモゴモゴするヴェン。いや言いたくないならいいよ、と言おうとした時アメジストが口を開いた。


「こいつ一匹助けて満足したか? 魔物に苦戦している子供らが他にもいるようだがな」


 心底どうでもよさげな口調と態度で見下ろしてきた。

 ……それ、今言うんだ?


「いやいや、それはセット販売でしょ。バラ売り禁止。お得にまとめて助けちゃいましょう。はい駆け足ー」


 手拍子するけどアメジストは動かない。ええい飼い主の言う事が聞けんのかーこの駄犬めー。

 何故かヴェンが真っ青になって震えだした。

「えっ、まさか……。そ、そこにおれより小さい女の子はいますか!?」

 必死な少年を無視して、一切やる気のない空気を漂わせたまま目を合わせてくる。


「アメジスト、その苦戦してる子たちを助けに行くよ。これは雇い主命令です」

「追加の依頼か、了解した」

 …………きいぃ。


 私とヴェンは、目には見えない障壁というものをかけられた。魔物の攻撃などから守ってくれるらしい。

 それなら少し遅れても大丈夫だよね、と二人を見失わない程度についていく。ヴェンは足が速く、アメジストのすぐ後ろを走っていた。

 何度も回復してもらったとはいえ、もう体力も限界だ。それに奇跡を願うより、もっと基本を大事にするべきなんじゃないだろうか。具体的には、食事とか。


 ようやく追いつくと、アメジストたちが見守る先には二人の少年、それに彼らの間でうずくまる小さな子供がいた。

 少年二人はその子を背中合わせで守りながら、虎魔物と頭に角が生えたカピバラ似の魔物たち、合わせて六匹を相手にしている。

「シャロ!」

 ヴェンが叫んだ。子供が涙でぐしゃぐしゃの顔を上げる。

 同じ髪と瞳の色をした女の子だ。7、8歳くらいかな?

「お兄ちゃん!」


「ん!? なんだお前ら、この子の知り合いかぁ?」

 突進して来た虎を両手に持った剣でいなしてから、栗色というよりも赤に近い髪の少年がこちらを振り向く。ぱっちり大きな青い瞳の美少年だ。


「危ないから近付かないでください! あなたたちまで守る余裕ないですよ!」

 肩くらいのアッシュブラウンの髪の少年が叫ぶ。こちらは空手のような腰の低い構えをして、襲い掛かってきた魔物を素手で吹き飛ばした。武闘家ってやつかな。


 ……って、ぼんやり観戦してる場合じゃない。

 ぜーはーしながらアメジストの隣に並ぶと、「で?」みたいな視線を返してきた。仕事しろ。


「なにしてんの、早く加勢してあげなよ」

「攻撃術を使うとあいつらまで巻き添えにする恐れがある。さっきからちょろちょろ動き回って邪魔だ」

「えぇ? それくらいコントロールしてよ。針に糸通す感じでさー。……いや、確か昨日は魔物蹴りまくってボコボコにしてたよね」


 あのえぐい蹴りを入れにいけや。


 指示を出すも、無表情で不満そうにする。

「面白いか面白くないかで仕事選ばないでくれます?」

「……よくわかったな」

 何割かは冗談だったのに、子供かと言いたくなる返事が返ってきた。

 記憶喪失だからってあんた、どう見ても大人だよね?


 私はポケットから魔本を取り出し、(ヴェンからは見えないように)本の両端を持つと引っ張ってみせた。

 こいつがどうなってもいいのか、あぁん?

 と革表紙に両端から力を加える。ごめんね魔本、君は人質いや本じちだ。

「やめろ」

 がっ、と私の頭をひとつ鷲掴みして、やっとアメジストが動いた。


 ちょうど思い詰めた様子のヴェンが震える足で妹の方へ行こうとしていたので、細い肩に手を置いて止める。

「大丈夫大丈夫。あのお兄ちゃん、強さも中身も魔物だから」

 だから心配ないよ。というつもりで言ったのに、ヴェンの顔色が悪化した。



   ◆◆◆



 魔力を体内に蓄積できる量には限界があり、その値は人によって異なる。

 その上限値を魔力の『最大値』と呼ぶそうだ。


 さらに最大値は属性ごとに変わる。つまり六属性は、それぞれ独立した最大値を持っている。


 初期の値は生まれ持ったものだが、それをどこまで伸ばせるかは個人の素質や努力次第のようだ。

 そもそも素質がなければ、限られた属性と術しか扱うことができない。世の中にはそういう魔術士の方が多いらしいが。


 例えば魔力を水のようなもの、最大値はそれを入れる壺だとする。

 俺には全属性の素質はあるようで、六種類の壺があるが、その大きさにはかなりの差がある。

 圧倒的なのが、闇。大きく差を開いて次が水。地、火、風と続き、最小は光。

 この順位は、俺の得意と不得意をそのまま表している。


 まだ最大値の低い属性の方が、ある程度までなら成長もしやすいようだ。

 コハルに回復術を使っていると、風属性の最大値が少し上がった。ほんの微々たる量だったが。

 さらに自分にとって難易度の高いことをする方が上がりやすいらしい。確かに、回復よりも攻撃の方が得意だという自覚がある。


 光属性はまだどの術も試していない。……正直に言えばやる気が起きない。

 光は四属性と比べてもはるかに弱く、最大値も低い。

 いくら伸ばしやすいからといって、ここまで不得意なものを成長させたところでたかが知れているのではないか。


 どちらにせよ四属性の方が使い勝手も良さそうなので、光属性の増強は後回しにするつもりだ。

 それと闇属性は得意な分、この森にいるような雑魚相手では全く伸びる気がしない。あの沼の魔物を倒した時ですら、最大値が上がる気配はなかった。

 まずは四属性の術を主に使用し、成長を促したい。


 俺は雑魚相手にもできる限り効率的に最大値の底上げをするため、思いついたやり方を試すことにした。


「おい、お前ら。一旦止まれ」


 魔物と戦う子供二人に声をかけ、戦力外の小さいのに障壁をかける。

 この障壁も、今までは闇属性を使っていたが今回は風属性にした。地道に回数を稼ぐためだ。強度は格段に落ちるが仕方ない。

「はぁ!? なんなんです、あなた……っ!」

 灰色髪が魔物の頭に回し蹴りを入れ、昏倒させると戻ってきた。


「この小さいのには魔術で障壁をかけた。俺がここで見張っておく、もう庇いながら戦う必要はない。これからお前たちには身体能力を強化する術をかける。そっちの赤いの、お前も来い」

「なっ……! ま、魔術だって!?」

「なんつーか一方的な兄ちゃんだなー。って今、魔術って言った? トール以外で初めて聞いたぜ、魔術なんて言う奴」


 魔物を双剣で牽制し、赤髪も合流する。

 赤い方に火属性の身体強化をかけ、灰の方には地属性のものをかけた。これで赤い方は主に攻撃力、灰の方は防御力を中心に全体的な能力が上がったはずだ。

 大した怪我はないようだったが、ついでに二人同時に水の回復術をかけておく。


「よし、行け。効果が切れたらまた戻ってこい」


 だが子供たちは阿呆面のまま動かない。

 何をしている。さっさと戦ってさっさと術の効果を切らせてこい。


「う、嘘だ……傷が治ってる……!?」

「うおーーーっ!? なんだこれ!? めちゃくちゃ力湧いてきたあぁぁ!!!」


 コハルをはじめ、子供というのは何故こうもうるさい奴が多いんだ。喚かないと死ぬのか?

 赤髪が奇声を上げて駆け出し、向かってきた魔物と交戦する。ある程度弱っていたらしいそいつは、すぐに双剣の餌食となり倒れ伏した。

 その後、角の生えた三匹を同時に相手を始めた。


「あなたは……素晴らしい魔術士様なんですね……」

 気付くと灰髪が陶然とした表情で見上げてきていた。

「早く行け」

「あっ……は、はい! すぐに倒して参ります! 後ほどまたお話しさせてください!」

 ……何だこいつ。

 おかしな子供は一匹で十分なんだがな。

 コハルに目をやると、胡乱な目つきでこちらを眺めていた。


 子供たちは順調に魔物を倒していき、それぞれ二回目の身体強化をかけた直後に全滅させてしまった。最大値は上がっていない。

 もう少し威力を抑えるべきだったか……。


 悔しまぎれに無傷で帰ってきた二人に回復術をかけたが、やはり最大値が上がる気配はなかった。


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