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 転移に何らかの邪魔が入り、またコハルと引き離された。

 ……まさか今回もあのじじいの仕業じゃないだろうな……。


 どこまでも続く霧の中に、今は俺一人だ。

 まだ大森林の中のように思うが、今までの場所にはなかった魔力が漂っている。

 スピネリスが作り出した空間なのだろうか。


 探知を使う。腕輪の反応を得ることはできなかった。


 望遠も同じ結果だ。余程遠くまで引き離されたか、それともこの霧に能力を遮断されているのか。

 その可能性もありそうだ。瘴気機関の壁にどこか性質が似ている気もする。


 この調子では、転移でコハルのもとまで一気に飛ぶのも不可能だろう。

 そもそも転移はそれほど飛距離が出ない。相手のもとまで行く場合も、共に移動するのも、大した距離は移動できないようだ。

 こうして相手とはぐれた時に、役に立たない能力とはな……。

 精霊術は魔術よりも威力が劣るという。精霊に関連した力には、ろくなものがないということか。


 ……いや。それでは契約者を守れない。

 精霊ならば、こんな状況でこそいち早く契約者のもとへ向かおうとするはずだ。

 あるいはどこか安全な場所へと移動させ…………、


 そうだ。攫われたあの時だけは、コハルは書庫に渡っていた。

 書庫の鍵が不審な動きをし、不安定な意識体ではあったがコハルと会うことができた。

 あれはまさか、俺の能力だったのか?


 一体どんな力によるものだったのか。

 転移に似てはいるが、なにか別種の力のように思える。


 鍵が勝手に動き出したことからも、書庫に関わる力の介入があったはずだ。だがコハルを守る気があるのなら、何故攫われる時に対処しなかったのか不可解に思ってはいた。

 しなかったのではなく、できなかったのだとしたら。そこに俺の力が加わることで完成する現象だったということだろうか。


 コハルを守る力が欲しいと願った。


 それはあの時に限ったことではない。

 つつけばすぐ死ぬ貧弱なコハルの生死に、書庫の存亡がかかっている。あいつを守るために役立つ力なら、いつでもいくらでも欲しい。

 瘴気に長くあたると昏睡することもある。手のかかり方が尋常ではない。


 ただあの時の感覚は、そういったものとは何かが違うような気もした……。


 あの現象を再現し、コハルを書庫へ渡らせることができないかと試す。

 しかしどんな力かもわからないものを闇雲に試したところで、当然ながら結果は出ない。

 書庫の鍵もなく、同じ条件が揃わない。これ以上は時間の無駄だろうな。


 かといって、無策に歩いて捜し当てられる気もしない。

 マガタであれ他の何者であれ、転移を妨害してきた。簡単に合流させる気はないだろう。


 こんな時、また都合のいい力が降って湧いてくれればいいんだが……。


 コハルとの信頼関係の手応えはまだ欠片もない。手っ取り早く関係を築けそうな提案も断られた。 

 俺の方はというと、コハルの弱さと足を引っ張る無能ぶりに関しては、信頼を置いている。


 ……他に何をどう信じればいいのか……。

 そもそもあいつには警戒心というものが大きく欠けている。


 素性の知れない相手に何も考えずに近寄っては、不可解な理由、または理由すらなく肩入れを始める。

 短時間ですぐに懐く。平気で触れさせる。

 護衛でいろと言うわりに、隙をついては俺の傍を離れようとする。

 そうした日頃の行いを改める気があるなら、少しは信頼できるようになるかもな……。


 …………。

 この試みは早々に諦めた方が賢明なのだろうか。

 ……やめよう。こんな不毛な考えを続けるくらいなら、無策でも動く方がましだ。


 俺は効果の期待できない探知を使いながら、霧の中を歩き回った。



   ◆◆◆



 しばらく無為にさまよっていると、一段と深い霧がかかった。

 かすむ視界の先に、倒れている人影を発見する。

 近付くにつれ、それが捜していた相手だとわかり、思わず声を張り上げた。


「コハル!」


 霧の地面にうつ伏せる姿に駆け寄り、その身を抱き起した。

 腕に伝わる温度は、寒気がするほど低い。


 力なく傾く頭を支え、覗き込む。

 青白い顔の中、薄く開いた黒い瞳は虚空を見つめていた。


「……コハル」


 名を呼んだところで応えは返らない。

 回復術は効果を現さなかった。

 呼吸のないものを回復させる術はない。


 俺は冷たい体をゆっくりとその場に横たえた。


 こんな風にあっけなくいなくなるんだろうな、お前は……。

 弱すぎて話にならない魔物よりも、はるかに弱いのだから当然か。


 その場に膝をついたまま動かずにいると、少しずつ気配が近付いてきた。


 擬似餌――――コハルの死体を模したそれに食いついた俺を、背後から丸飲みにするつもりらしい。

 悪くない罠だ。はじめは本気で騙され、周囲への警戒も忘れていた。


 お蔭で二度とない感覚を体験できた。礼をしなくては。


 霧の中から奇妙なものがその姿を現した。

 いつかの甲虫ほどの大きさの爬虫類だ。目が異様に大きい。体色は透明に近く、近付くまでは完全に霧に紛れていた。


 体色よりも透明な長い舌の先に、擬似餌が繋がっている。

 体全体ではなく舌の一部だけ擬態させたということらしい。蝶の幼虫による擬態生物ではなく、そういう能力を持った魔物なのだろう。


 俺はまず、迫る魔物に合成法の障壁を張った。

 六属性全てを混ぜるが、強度は一属性のものに引けを取らない。


 この術の最大の特徴は、障壁を打ち破る威力の術を受けた場合、その力や余波を可能な限り引き寄せ、一身に受けるという点だ。

 つまりこの障壁を持つ者が犠牲となり、周囲への被害を抑えることができる。


 俺の行動が理解できなかったのだろう、一瞬、魔物がたじろいだ。

 俺は擬似餌を抱えると距離を取った。途中、引き戻す力が伝わり足を止める。

 障壁を自分に都合のいい術だと判断したらしい、気が大きくなったのか魔物の体色が目立つ緑に変化していた。


 擬似餌を離さない俺を飲み込もうと、魔物が強く舌を引く。

 それに対峙し、俺は闇の魔力を深く掬うと錬成を重ねた。

 何度も錬り上げ、精度を高める。どれだけ費やしても、闇の魔力が空になる気配はない。それでも全てを注ぎ込む感覚で錬成を繰り返した。


 術自体は単純なものを選んだ。闇の魔力を集約し、一振りの剣に似せただけのものだ。

 完成した術を擬似餌の手に握らせる。同時に手を離した。


 闇の剣を抱いた擬似餌が、大きな口の中に吸い込まれていく。

 それが閉じられた瞬間、魔物の全身が粉々になって吹き飛んだ。

 ただし爆発の余波は、合成法の効果で魔物の体と同程度の空間内に収まっている。


 その内側では黒い靄が一挙に噴き出し、中の霧を完全に塗り潰した。


 強力な魔術を使うと瘴気を発生させることがある、だったか。


 この量の瘴気が全て、今の魔物から出たものとは思えない。話の通り、俺の術によって追加で発生したということなのだろう。

 一体どういう現象なのか。実際に見ても、原因がまるでわからない。


 ……やはりマガタに詳しい話を吐かせるしかないか。

 しらばっくれていたが、あの古狸が断片的な情報だけで満足するわけがない。俺に知られたくない情報をもっと掴んでいるはずだ。

 だがそれも、まずはコハルと合流してからだな……。


 吸収しても大量に余った瘴気をその場に残し、再び捜索を始めようと歩き出したところで、妙な感覚に足を止めた。


 ――――魔力に変える必要はない。

 これは、力だ。望むままただ使うだけでいい。


 気が付くと踵を返し、凝縮された靄の内側へ立ち入っていた。

 充満する瘴気に身を浸す。


 目を閉じると、何故かコハルの居場所がわかった。

 傍に何かがいる。あれは、おそらく精霊だ。先程の魔物とは比べ物にならない力を持っている。


 そいつがコハルをかばうように肩を抱いた。直後、気配が遠のく。

 俺に気付いて転移したか。

 だがどこへ逃げても無駄だ。この力が灯る間は、どれだけ撒かれようと追っていける。


 今ならどこまでも、コハルの魂を感知できる……。


 肺の奥まで瘴気を満たす。

 俺は湧き上がる不可解な力に身を委ねると、移動を開始した。


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