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「もう無理。信じられない……」


 地を這うような声と共に、机に突っ伏す。

 まわりに集まっている友人たちが苦笑を浮かべた。


「ただのネットの噂でしょ? ガセだよ~」

「そうそう。写真だって怪しいし。別人じゃないの」

「あの私服、前に見たことある……。骨格も間違いなく本人……」

「じゃ、じゃあきっと合成写真かな~」

「骨格て」


 前の席で撃沈している子は、好きなアイドルの恋人発覚の噂に嘆いているらしい。

 口々に宥めたり慰めたりが始まるものの、そのうちの一人が冷徹に空気を切り裂いた。


「推しはあくまで推しでしょ。夢を見せてくれるなら、彼女がいたって別によくない?」


 撃沈したままの肩がびくっと揺れる。それを見た子が慌てて援護した。


「いや、こそこそ付き合ってたのがバレたって流れはどうかと。騙された気分になるよ」

「隠す努力がどれほどだったかにもよらない? プライベートを侵害して、悪質な盗撮とかする奴らの方が問題って気もするし」

「あーね。この手の記事って誰も幸せにしないのにね」


 瀕死状態の本人を差し置いて、話が推しへの姿勢やパパラッチ問題の討論会のようになっていくなか、一人がぽつりと呟いた。

「でもそこまでハマれる推しがいるの、ちょっと羨ましいかも」

 わかる~。と隣にいた子が同調した瞬間、がばっと机から顔を上げた。


「ハマりすぎてこのざまよ! こんな沼、今すぐ這い出て泥も垢もきれいさっぱり洗い流してやる~~」


 まあまあ……、と再び宥められたあたりでチャイムが鳴り、それぞれ自分の席へ戻っていった。


 沼かー。うかつにハマると危険なんだな……。

 いっそ魔術で干上がらせてもらえばいいんじゃないだろうか。一緒に消し炭にされる危険性もあるけど。

 そして跡地には大根を植えればいい。葉っぱは万病に効くらしいし、心の痛みもきっと癒やしてくれるはず。


 ……って、私は授業中に何を妄想しているんだか。魔術って。

 そういえば、なんだか学校に来るのも久しぶりな気がする。なんでだろう。毎日来てるはずなのに……。


 あれ。毎日至近距離で見てるはずの顔が見当たらないな。

 まあ高校生じゃないだろうし、学校にいるわけないか。

 と見せかけて図書室とかにいたら嫌だなぁ……。魔術書ばっかりリクエストして普通の高校の図書室を闇に染めていたらまずい、たとえ向いていなくても教育は続けなきゃ……。



   ◇◇◇



「――……ル、コハル!!」


 ゆるゆると目蓋を上げる。見慣れた顔がこちらを覗き込んでいた。


「……アメ」


 ジスト、じゃない。

 変身したテンちゃんだ。肩にハルコがとまっている。

 アメジストと同じ顔に、柔らかい安堵の表情が浮かんだ。と思うとすぐにそれを曇らせる。


「よかった。だけど転移、失敗。皆、ばらばら」

「転移失敗?」


 おうむ返ししながら私は体を起こした。

 どうやら寝てしまっていたらしい。なんか懐かしい夢を見ていたような。

 まだ少しぼんやりする頭を振って、辺りを見回す。


 …………白っ。


 そこは360度、どこを見ても白しかない空間だった。

 あの道を塞いでいた白い霧に似ている。


 五里霧中をそのまま表現しました、的な風景だ。霧だらけで先は全く見通せない。

 それに今までいた場所よりも寒い。

 これまでも熱帯系っぽい植物が多いわりには気温が低い気がしたけど、ここはさらに下がって冬の一歩手前くらいだ。


 どうして私たちだけここにいるのか、そもそもここはどこなのか、出口はあるのか。テンちゃんにもハルコにもわからないようだった。


 とりあえず私たちは、その場からまっすぐ一方向に歩いてみた。

 だけど予想通り、霧が続くだけでどこにも辿り着かないし、霧以外のものが何もない。あれだけ生い茂っていた植物がひとつも見当たらなかった。


 転移に失敗したらしいけど。そもそもここはまだアゴラ大森林の中なのだろうか。

 全然別の場所に飛ばされてしまったようにしか思えない。なんか神隠し前のワンクッションみたいな空間に。


 私が寝ている間に何度か転移を試してみたようだけど、不思議な力に邪魔される感じで転移が使えないらしい。

 元の場所へ帰れそうな魔術も、テンちゃんもハルコも今のところ思い当たらないようだ。


 これはもう、遭難だよね。樹海の奥でまじで遭難してしまった……。

 こういう時はあんまり動かない方がいいかな。

 魔物なんかが近くにいない限り、大人しくアメジストの救助を待った方がいい気がする。

 私のいつもの他力本願作戦に、テンちゃんも頷いた。


「テンちゃん、ハルコ。ずっとその姿でいるとまた疲れちゃうんじゃない? 魔力を温存した方がいいよ」


 前に変身もできず人語も喋れなくなっていた時を思い出し、そう言ってみる。

 アメジストやマガタの言葉から、人語も変身も魔力を消費しているのだろう。助けを待つだけのこの時間に、無駄に使わない方がいいはず。

 私の言葉にテンちゃんが首を横に振った。


「アメジスト、来る。それまでコハル、守る」

 きっぱりと言う。肩のハルコも、頷くように一度羽を広げるとぴしっと閉じた。

 なんというイケメン……! 誰かさんと同じ顔なのに、惚れそう……!


 それにしても。

 自分の都合にひとを巻き込んで利用することに、毛ほどの罪悪感も持たないくせに。アメジストが容姿を上手く利用してきたことはない。


 目的のためとはいえ、いたいけな少女を騙すのはよくない。……なんていう、まともな倫理観の持ち主ではない。

 その手の発想が一切浮かばないんだ、あの魔王は。

 自分の容姿にもたぶん全く自覚がない。ついでに恋愛系を含め、情緒を解さない。

 どんな世界であれ、ここまでの奴は滅多にいないと確信できるレベルだ。


 まさかとは思うけど。瘴気の飲みすぎで、あんな風になっちゃたとか……?

 記憶喪失も瘴気がなにか関係してたりして……?


 マガタが言うには、瘴気は人の精神に悪影響を与えるものらしい。

 アメジストが本当に人間かどうか問題はひとまず置いておくとして(絶対違うだろうけど。)、もし瘴気吸収の悪影響があるのなら、このまま飲ませ続けていたら人格改造なんて夢のまた夢かもしれない。


 瘴気の飲みすぎによる重篤な症状なんて、異世界広しといえどきっと治せる医者なんていないだろう。

 やめさせるのは無理でも、せめて一日の摂取量を制限した方がいいんだろうか……。依存症とかになる前に……。


 ああー。することがないとどうでもいいことを考えてしまう。そんな場合じゃないのに。


 ……はっ! こういう時こそ魔本の出番じゃないか!

 有り難いことに、テンちゃんはハルコの協力で魔術が使える。

 よーし。ここを脱出できそうな魔術を、なにとぞお願いしてみよう!


 私はいそいそと鞄から魔本を取り出しかけたところで、ふと手を止めた。

 ……そういやこの魔本、さっきはお願いしてないのに闇深そうな魔術を出してきたんだよな……。

 あれは本当になんだったんだろう。


 故障だとして、使ってみたら今度は暴走、なんてことになったら私じゃ対処できない自信がある……。

 出した魔術をテンちゃんに使わせて、もし何かおかしなことになったら以下同文……。


 どうしよう。アメジストがいない時に試すのはやめといた方がいいかなぁ……。

 いいや、私は魔本士(自称)としてそれなりに腕を磨いてきたじゃないか。いっちょ華麗に活躍してみせる!

 ……うう。でももし失敗したら……。


 私はしばらく逡巡したのち、一つの結論に落ち着いた。

 迷った時は、まず信頼。信頼パワーをアメジストに送ろう。

 魔本士改め他力本願士にジョブチェンジだ。こっちの方が腕に自信もあることだし。


 私は胸の前で両手を組んだ。

 不思議そうな顔をするテンちゃんの視線を感じつつ、目を閉じて集中する。


 アメジストよ聞こえるか……。すみやかに助けにきてください。なにとぞお願いします……。

 信じてるからね。力、湧いてきたぁ?

 まだー? おーい? どした? あれ? 聞いてる?

 ……これ既読とかわかる機能ないかな。


 信頼(救難信号)を飛ばしていると、腕を掴まれた。

 驚いてテンちゃんを見上げる。どこか焦った表情で肩のハルコを見てから、こちらに視線を向けた。


「怖いもの、来る。ハルコ、力出せない。逃げ――……」


 話の途中でテンちゃんが貂姿に戻る。


「ピキー!」


 怖いものって何!? と聞き返そうにも、また人語を話せなくなっていた。

 背中に乗ったハルコがどことなくぐったりして見える。テンちゃんが四つ足で駆け出すと、少し先で立ち止まり振り返った。

 何かはわからないけど、危険が迫っているらしい。


 私は慌ててテンちゃんの後を追うため足を踏み出し――――、

 いきなり背後から、誰かに肩のあたりを掴まれた。

 と思ったら体が浮いた。そのまま後ろへ思い切り引っ張られる。


 振り向こうにも、金縛りにあったみたいに体が動かせない。

 引っ張られる速度が徐々に上がっていった。テンちゃんが追いかけてくる姿が少しずつ小さくなっていき、霧に覆われて見えなくなる。


「黒髪か。ゆかしいのう」


 耳元で不思議な声がした。

 そのすぐ後、視界がぶれると、今度は真っ暗な闇が広がっていた。


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