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 陰陽蝶の幼虫に寄生された動物は、狂暴化する。


 中には他の生物に擬態するものがいる。

 おそらく擬態した生物の能力ごとコピーしており、危険度も高い。


 そしてこの擬態生物は、自ら瘴気を生み出すことができる。瘴気を出すと更に強くなる。

 ただし瘴気を吸い出せば、幼虫も引きずり出されるらしく寄生が外れ、本来の動物に戻る。

 成体の蝶についてはまだ色々と不明。


 こうした陰陽蝶たちの異常な変化と、アゴラ大森林全体の異変との因果関係も今のところ不明。

 ただ、この問題に瘴気が関わっているのは間違いない。

 瘴気も魔物も存在しなかったはずのこの森で今、一体何が起きているのだろうか……。


「――ま、そんなところかな」


 マガタのまとめに私たち、にわか調査班の面々が頷いた。


「テンが既に寄生されている可能性も捨てきれないな」


 冷徹な言葉に、私とテンちゃんは揃って驚き、アメジストに抗議する。

「おれ、蝶の子くっついてない」

「そうだよ。どう見てもテンちゃんは正気でしょ」

 瘴気じゃなくて正しい気の方の正気だからね!

 とおまけの注釈までつけたのに、無視された。


「まあまあ。テンテンがアメちに変身出来る理由が他にあればいいだけっすから。ここは蝶も多いし、幼虫もたくさんいそうっす。調べりゃそのうちなんかわかるっしょ」


 ジャンのとりなしに、やや項垂れながらもテンちゃんが頷く。

 私は背伸びして手を伸ばし、今は淡い青紫になっている頭をよしよしと撫でた。反対側からじわりと冷気が漂ってくる。


 頭を撫でられる自分の姿を見るのが恥ずかしいのかな。くくく……。

 テンちゃんを励ましつつ、さらに密着して撫でる。振り返って様子を確認する前に、べりっと引き剥がされた。

 屈辱に耐える無表情、とかを期待したけど普通にイラついてるだけの無表情(プラス冷気)だった。


「その、……陰陽蝶というのはどこにいるんだ? 私にはそれらしいものは何も見えんのだが……」

 おずおずと隊長が皆を見渡した。私はちょっと驚いて、飛んでいる蝶を指差して教えた。

 だけどどうやら、隊長の目には映らないらしい。どういうこと? と思っているとマガタが解説する。


「精霊を見るのが得意な人とか、蝶の方から姿を見せた相手なんかは見えるようになるらしいね。ハルちゃんは後者。隊長君はどちらも当てはまらないから見えないんだと思うよ」


 言われてみれば、瘴気機関に最初に入った時は何もいないと思っていたのに、いきなり蝶が現れてびっくりしたんだった。それからはあれよあれよと蝶が現れては体にとまり、私に寄ってこないものも全部見えるようになっていた。

 ジャンに蝶は寄って来ないけど、見えているようだ。つまり精霊が見える人ってことかな。テンちゃんも。

 アメジストとマガタ、この二人に関しては色々と常人の域を越えてる感じ。


「蝶の卵や幼虫は誰でも見えるみたいだけど。そもそも擬態っていうのも、姿を隠せる成虫にはあんまり必要な能力じゃないよね。身を守ろうとする幼虫の生態に瘴気が結びついて、おかしなことになってしまったのかも」


 今回の異変は、とにかく瘴気が大きく関わっていると見て間違いない。

 そして陰陽蝶の幼虫に、特にその影響が強く表れている。

 私たち調査班の目下の課題は、陰陽蝶一族を調査しつつ、瘴気が影響を及ぼすようになった原因を特定すべし、ってところかな。


「さて。いくら危険だからって、幼虫を殺しまくるのは避けたい。女王を怒らせる可能性があるからね」

 マガタが白黄パンダの面で面々を見渡す。


「今後の方針としては、調査を進めつつ、擬態生物が現れた時はアメちゃんとテンちゃんがあの黒い紐で拘束するにとどめる。状況次第では、アメちゃんが瘴気を吸って元に戻す。魔物が現れたら普通に倒す。……いいかな?」


 軽く上げた手の指を折りながらマガタが言い終えると、皆めいめいに頷いた。

 作戦の要のアメジストだけは、心底面倒臭そうな空気を丸出しにしていたけど。



   ◇◇◇



 霧の壁を越えた先は、巨木や苔なんかは減って、うねうねと枝を複雑に伸ばす植物が密生していた。

 かなり高い場所まで枝を伸ばし、お互いに絡み合っていて、場所によってはドーム状の空間を作っている。


 途中、あのテラクレス程の大きさではないものの、擬態生物が数匹現れて黒蓑虫になった。この植物の枝に紐を引っかけて放置してあるので、遠目には本物の蓑虫みたいにぶら下がっている。


 しばらく進むと、枝のドームに覆われた広場に辿り着いた。

 そこで今、過酷な運命が私たち……というよりジャンに襲い掛かっていた。


「嘘だろ、そんな……隊長……っ!」

 悲痛な叫びも虚しく、目にも止まらぬ速さで隊長が剣を振るい、ジャンがそれを必死に受ける。


「誓ったじゃないっすか、必ず皆で生きて戻ろうって……! なのに、どうして……」

「――脇が甘いっ! 踏み込みが足らん! さては鍛錬をさぼっているな、このたわけえぇい!!」

「なんでいきなり鬼教官になってるんすかあ~~~」


 半泣きのジャンに同情しつつ観戦する。

 隊長の様子はおかしいとはいえ、本気で斬りかかるというよりは、ちょっと度を越した稽古をつけているといった感じだ。ジャンの方も茶番をする余裕くらいはあるみたいだし。

 鬼教官のしごきを私の隣で観戦している二人が、まるで監督か何かのようにまた議論を交わしている。


「ふんふん。やっぱり人間にも寄生できるんだね。効果は弱いようだけど」

 この感じだと、擬態までは出来ないんだろうなあ。

 そうのんびりと続けるマガタに、アメジストも思案ポーズで応じる。

「多少、狂暴性は増したかもしれんが。攻撃力も特に変化はないな。おそらく瘴気も出せないだろう」

「そうね。今のところ人への影響はさほど大きくないと見ていいかな」


 鍔迫り合いを続ける二人を眺めながら、考察を続ける。

 こいつらは罪悪感というものを持ち合わせてないのかな……?


「仲間、争う、よくない。早く助ける」

 必死にアメジストに訴えかけるテンちゃん。同じ見た目なのに、こっちは天使に見える。

「そこの二人、いい加減にして。早く隊長を元に戻してあげてよ。アメジスト、これは信用に関わるからね」

 私もテンちゃんの隣に並んで加勢する。アメジストがしぶしぶ思案ポーズを解除すると、隊長へ向けて片手を差し出した。



「……本当に、申し訳なかった……」


 幼虫を吸い出されて我に返った隊長が、しきりに恐縮する。それにマガタが片手を振って応えた。


「いえいえ。お蔭でいい調査になったよ」

「面目次第もない。虫ごときに意識を奪われるなど……。二度とこのような失態は晒しません」

「隊長君は真面目だなー」


 疲労の滲む顔のジャンが、私の耳元で声を落とした。

「……なあハルコ。隊長に幼虫がついた原因って、まさか……」

「多分、そのまさか」

「まじすか……」


 壁を越えてからは、前衛に隊長、テンちゃん、ジャン。後衛にマガタ、私、アメジスト、という並びで進んでいた。


 そしてある時、マガタが近くの茂みにひょいっと手を伸ばした。小さな星型のものを指でつまんでいる。

 偶然それを見てしまってから何気なく隣を見上げると、アメジストもマガタに視線を向けていた。

 その後、不自然に立ち止まった隊長が剣を構えたと思ったら、ジャンに斬りかかっていったのだった。


 思い返すとあの小さな星型の何かは、マガタの手の中でうようよ動いていた。きっとあれが陰陽蝶の幼虫だろう。

 瘴気機関でも私とアメジストを引き離して実験みたいなことしていたし、マガタは確実に狸じじいってタイプだ。

 リチアの話だと方術士は清く正しい人格者って感じだった。でも少なくともマガタに限っては、どちらかというとアメジスト寄りの人種ではなかろうか。


 歩みを再開してからさり気なく前衛に加わろうとしたら、黒い紐に絡めとられて回収された。


「結局、瘴気とは何だ。主成分が悪意、というのも一体どういう意味だ」


 アメジストの質問に、マガタがお面の耳のあたりを掻く。

「瘴気はそれほど詳しくないって言ったでしょ。あれはまあ、伝承みたいなものだね」

「今更だな。この異変、そして瘴気機関の件も、お前が出しゃばる理由はそれだろう。少なくとも人にどんな悪影響を及ぼすか、予測くらいは立っているな。話せ」

「やれやれ、貪欲なんだから……」


 マガタがげんなりと溜息を吐く。

 でも私も実はちょっと気になっていた。この世界に来てからずっと、悪い意味でご縁を感じる瘴気。

 さんざん体をだるだるにされてもいる。まあそれについては、魔王の所業の方が問題という気もするけど。


「瘴気にあたり続けた人の事例がいろいろあってね。それぞれ症状なんかもまちまちだけど。共通しているのは、精神面に何らかの変調をきたすこと」


 精神に変調?

 思わず首を捻ると、視線を感じた。見上げれば無表情と目が合う。

 なんとなく、同じことを考えているような気がした。


 私、さんざん瘴気漬けにされてきましたが。精神に変調なんてあったかな……?

 だるいよ~辛いよ~~と精神的に落ち込むといえばそうかもしれないけど。瘴気を吸い出されてしばらくすれば、気分も元通りになる。

 これはすぐに吸い出す処置を受けているから、その程度で済んでいるってことなのだろうか。漬かり具合は浅漬けです。


「それも世界でこういった異変が増えてきて、徐々にわかってきたことだよ。瘴気が人や世界にどんな影響を及ぼすのかは、まだまだ未知数だね。ただ少なくとも迷信的な扱いのままじゃなく、真実を見極めなきゃいけない時期にきてると思うよ」


 途中、擬態生物が茂みから躍り出てきた。人くらいの大きさで、見た目はカマキリ。

 すぐにテンちゃんが黒い紐で大カマキリを簀巻きにし、頑丈そうな枝に括りつけた。すっかり黒蓑虫職人が板についている。

 拍手を送りながら何気なく前衛に加わろうとしたら、やっぱり回収された。


「一応わし、偉い人ってやつだから。黙って見過ごすのもまずいかなぁっていう。ここへ来たのもまあそういう理由だよ」


 お面で表情の見えないマガタの淡々とした言葉に、アメジストは不満そうにしながらもそれ以上の追求はしなかった。



「……あ、そうだ。馬鹿みたいに強い魔術ぶっ放すと、瘴気出ちゃうことがあるらしいから。アメちゃんは特に気を付けてね」


 しばらく会話のないまま歩くと、世間話くらいの調子でマガタが言う。

 アメジストが勢いよくマガタの方を振り向いた。また目がぎらついてる。


「何だそれは、初めて聞いたぞ。どういう理屈だ。もっと詳しく……」

「それは無理」


 詳しく、詳しく。としつこく迫るアメジストを、のらりくらりとかわすマガタ。


 話を聞き出すのに夢中になっているので、空気のように気配を消して前衛に加わろうとしたら、すでに私の腰には黒い紐が巻き付いていた。


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