表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/121

51


 霧の壁から、奇妙な形状の黒い物体が顔を出す。どうやら角らしい。

 体の半分近くを占める角の奥から、黒光りする本体が現れた。その全身は堅い外皮に覆われている。


 六本の足が動く度に、周囲の植物が激しく揺れた。

 本体部分だけで馬車一つ丸ごと覆い隠せるほどの、巨大な甲虫だ。


「うっわ! ヘラクレスどころじゃない! ギガ……いやテラクレス!!」


 コハルが虫を指差す。また異世界生物か。

 後方へコハルを移動させたが、あの大きさだ。気を付けなければすぐに辿り着かれてしまう。


 甲虫が一度足を止め、巨大な角を大きく振りかぶった。

 魔物によく似た気配で、敵意と怒気を撒き散らしている。

 悠長に合成法を試している場合ではなさそうだ。


「――あ! 姿、違う。蝶の子、ついてる」


 闇の攻撃術を用意していると、テンが叫んだ。

 例の陰陽蝶の幼虫に寄生されているという話か。だが何であろうと、倒してしまえば同じだ。


「こいつ、おれ、仲間」


 テンが俺の前に走り込み、後ろ足だけで立ちはだかった。

 この虫の本来の姿は大爪貂だと言いたいらしい。


 角を掲げたまま動きを止めた甲虫が、一度大きくその身を震わせた。

 背の翅を開いて小刻みに動かし、唸り声に似た音を立てる。

 その音に呼応するように、甲虫の体から瘴気が漂いはじめ、少しずつ巨体を包み込んでいく。


 以前見た光景に似ている。どういう仕組みか知らないが、おそらくあの瘴気で力は増していくだろう。

 立ち塞がるテンが背後を振り返り、身を竦ませた。


「お前にも殺気を向けているぞ。諦めてそこをどけ」


 術を保持して言うさなか、テンが俺に姿を変えた。

 甲虫へ向きを変え、両手を前に差し出す。

 しかしすぐにそれを降ろし、こちらに哀願するような顔を向けた。……俺の顔でおかしな表情をするな。


「こいつ苦しい、黒いののせい。アメジスト、黒いの取れる。助けて」

「あのテラクレスから瘴気を吸い出してほしい、ってことだよね。アメジスト、やってあげてよ」


 何を考えているのか、傍に戻って来たコハルが俺の服を掴んで見上げてきた。

 どいつもこいつも……。


 術を解除し、片手でコハルを抱える。

 力を加減してテンを蹴り飛ばした。同時にテンとは逆へ跳ぶ。

 直後、それまで俺達がいた場所を地響きを立てて甲虫が通り過ぎていった。ある程度暴走すると立ち止まり、緩慢に体の向きを変え、角を振り上げる。


「お前が奴の動きを止めろ。それが出来たら瘴気を吸収してやる」


 テンが立ち上がり、頷いた。

 片手に火球を生み出す。甲虫が反応し、体勢を落としてテンに狙いを定めた。

 挑発目的の炎を揺らめかせるテンに、再び巨体が大地を踏み鳴らし突進していく。炎を消した後も、甲虫はテンを執拗に狙い続けた。


「うお~いアメちぃ! そのデカいのは任せていいんすよね? こっちは雑魚散らしで手一杯なんで」


 少し離れた場所で、剣を構えたジャンが声を張り上げた。

 ファムレイと共に、どこからともなくわいて来る魔物を相手にしている。ほとんどが先程のスライムだ。

 無駄のない動きで合体させないよう一体ずつ剣で仕留めていく。これなら放っておいても問題ないだろう。


 反対側では、同じようにマガタが魔物を蹴散らしていた。

 スライム以外にも多少大型の魔物が混ざっている。向かってくるそれらを両手を後ろで組んだまま、靴の先で触れるだけで吹き飛ばしている。遊びにすらなっていない。


 テンを助けろと喚くコハルを無視し、俺はしばし異様な生物同士の戦いを観察することにした。



   ◆◆◆



 甲虫の突進をかわす間、テンが風属性で身体強化を施した。

 格段に身軽になった動きに、自分で驚いている。無意識に使ったのだろう。


 だが肝心の拘束手段を無意識から引き出すことはできないようで、戦局はしばらく膠着状態に陥った。


 何度目かの突進の後、甲虫が翅を大きく震わせ、ゆっくりと巨体を宙に浮かせる。体勢を整えると飛んでテンを追い回し始めた。

 あの大きさにしては素早く、機動力もあるようで、身体強化されているテンの動きに食らいついている。同時に巨大な角を振るい、周囲の植物をなぎ倒す。


 倒れて折り重なる植物にテンが足を取られ、甲虫が間近に迫る。直後、テンの姿が消えた。

 一瞬の後、虫の背後に再び姿を現す。巨体はそのまま植物の山を破壊して前進した。

 今のは転移だ。瘴気は吸収できないが、転移なら使えるらしい。


 俺の姿になったテンの能力にはむらがある。

 今までに使用したのは火属性の攻撃術、風属性の身体強化、そして転移。可能なことと不可能なことの法則性は読めない。

 それにあの不自然な魔力だ。


 魔力。六種の属性はそれぞれ、混ざり合うことなく血液のように体内を巡り、循環する。その間は吸収も反発もない。


 魔力を使う時、それを掬い取り、力を発現させるため体内で錬成する。

 こうすることで、魔術の構成を編むことが可能になる。魔術ではなくそのまま魔力として発現させることも出来る。


 だがテンの場合、その錬成の段階がほとんど見られない。

 まるで無から突然、魔力が降って湧くかのようだ。テンの都合のいいように。


 俺に変化し魔術を使えるようになった理由も、こいつ自身が分かっていないという。

 急に力に目覚めた、というのは考えにくい。おそらく何者かがテンに力を与えているのではないか。

 テンからはこの甲虫のような魔物じみた気配は感じない。だとすれば考えられるのは……、


「~~もうっ! いい加減、教えてあげてよ!」


 地上に降ろした後、隣で同じように観戦していたコハルが痺れを切らせて掴みかかってきた。

 俺の胸倉を両手で握りしめ、揺さぶってくる。

「何を教えるんだ」

 白を切ると、今度は真っ直ぐに視線を合わせてきた。


「黒い紐にきまってるでしょーが! あれを使えばテラクレスを黒蓑虫にできるよね。早くテンちゃんにお手本見せてあげて!」

 闇の糸のことを言いたいらしい。

 服を握りしめてくる手を外し、向き直った。


「教えてやってもいいが。お前も少しは役に立て」

「はあ? どうやって?」

「そうだな。まずは……」


 精霊とその契約者の関係について、以前調べた内容を反芻する。

 精霊の能力を様々扱えるようになれば便利だろう。ただ、今の本命は一つだ。

 瘴気を退ける精霊の守護――――それを取得できれば、頭を悩ませていた問題が一気に解決する。


「俺を信頼しろ」

「え、無理」


 即答か。


「テンを助けたくないのか?」

「ええー……何それ、どんな交換条件。信頼って、しろと言われてできるもんじゃないでしょ」

「だったらどうすればいい。何か条件があるなら言ってみろ」

「いやだから、条件とかいうものでもないし……」


 口籠ったあと、小首を傾げて見上げてくる。

「……なんで、私に信頼してほしいの?」

 理由を求めてきた。こいつに一から精霊について説明するのは面倒だな。説明してもまた徒労に終わる気もする。


「俺たちの間に信頼関係があれば、お前を守るための力が得られる……はず、だ」


 実際に言葉にすると、思った以上に不可解な理屈だ。

 精霊は、何故そんなことで力が増すのだろうか。

 そうした理解不能な性質のやつらを真似て、本当に都合よく力を得られるのか。期待感が急に薄れてきた。


「ほおー、ふーん、……。心が通じ合うと、覚醒してパワーがみなぎる的なやつかな。さすが異世界」

 何故か納得したようだ。

 俺に理解出来ないものが、コハルには分かる。内容次第ではそういったことも起こり得るらしい。あの難解な書のように。


「じゃあさっきのあれも、もしかしてそのための実験?」


 言いながら、片手で俺の手を取った。

 マガタにどんな意図があったのかは謎だ。だがそういうことにしておこう。

 頷いて小さな掌を握り返す。今度は俯いた、目を合わせることはできない。


「ふ、ふーん……。じゃあ今後はお互い努力しましょう? ってことで……。あ、そうだ! テンちゃん!」


 俯いたまま急かされ、俺は空いている方の手で闇の糸を繰り出した。



   ◆◆◆



 瘴気を全て吸収すると、大きな隙間のあいた闇の糸の中には、一匹の大爪貂が倒れていた。


 テンが闇の糸を解除し、それに駆け寄る。教えていない光の覚醒術を使った。

 大爪貂が目を覚ます。テンを見上げると数回鳴いたあと、霧の壁とは反対方向へ去って行った。


「あいつ、元気。アメジスト、ありがと」


 目の前に立ったテンが笑顔を浮かべ、俺の片手を取ると握りしめてきた。

 すぐにそれを振り払う。自分の顔で満面の笑みを向けられるのは、気色が悪い。


「……ハル、ありがと」

「コハルね。コ ハ ル」


 隣へ移動すると、同じようにコハルの手を握る。

 闇の糸を見せた後、すぐにはそれを使いこなせなかったテンに、コハルは騒がしく指示や声援を送り続けた。

 要領を得ないそれに意味があったとは思えないが、この態度からすると何らかの効果はあったらしい。


 何度もテンに自分の名を呼ばせ、笑い合うという無意味なやり取りを引き離して終わらせた。


「はいはい、痴情のもつれはそのくらいで。壁の越え方思い付いたから、二人とも協力してちょうだい」

 マガタが近寄り、俺とテンを交互に指差した。

 大爪貂の瘴気を取り除いた頃に魔物の襲撃は終わったらしい。ジャンとファムレイも無傷でマガタの背後に控えている。


「合成法の利点、それは仲間と協力することで質の高い術を完成できること。誰もがアメちゃんのように六属性持ってるわけじゃない、というか普通はいないからね」


 マガタ曰くほとんどの合成法は、複数人で協力し術を完成させることを前提に作られているらしい。

 そのため方術士の多くは自分にない属性を持つ者と組み、行動を共にするのが基本だという。


「それではアメちゃんとテンちゃんの初めての共同作業、転移陣を開始します」


 どんな構成にするのか、テンに複雑な構成が理解できるのか、など質問すると、「とりあえずそれぞれ普通に転移してみて」と返ってきた。

 ……それはただの転移であって、合成法とは呼ばないのでは?


 再び霧の壁の前に立つ。マガタの指示で、俺たちは手を繋ぎ合い円になった。その状態で転移をしろということらしい。

 テンと共に集中する。あの妙な魔力の気配が手を伝わってきた。


 一度目はコハルとマガタのみ連れて壁の先へ渡った。その後数回やり直し、全員での転移に成功した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ