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「お前がやったんだろう」


 敏腕刑事という言葉が似合いそうな雰囲気を醸し出して、机を挟んで座るちょっとイケメンのおじ様が鋭い視線を向けた。

 エミーユ皇国の兵士らしいけど、他の人たちより立場は上のようだ。たまに報告にやって来る部下らしき兵士たちに隊長と呼ばれ、あれこれ指示を出したりしている。


 部下の報告はほとんどがなんとか大森林の調査報告、もしくは放火事件についてだ。

 ちなみに私たち、というよりアメジストが、その容疑者としてここで取り調べを受けていた。


「複数の目撃証言がある。その全ての特徴が、お前と一致しているんだ」

「何度も言わせるな。俺じゃない。それよりアゴラ大森林の状況を詳しく話せ」


 ぶちっ。

 という擬音が聴こえた気がして、私は思わず首を竦めた。


「ふざけるのもいい加減にしろ……!」


 それまで額に青筋浮かべながらも、あくまで職務に忠実に質問を重ねていたイケおじ隊長が低く唸った。

 音を立てて椅子から立ち上がり、目の前の机にばん! と両手をついて怒りの形相を向けてくる。


「お前は私に命令できる立場にない! 魔術士なのはもうわかっているんだ、大人しく罪を認めろ! ……というか早くその子を膝から降ろしなさい!!!」


 最後が一番、声に力がこもっていた。

 実にその通りだと思って降りようとするも、拘束してくる腕はどれだけもがいても緩まらない。


「……埒が明かないな。もういいだろ」


 溜息まじりに、アメジストが今度は私に視線を向けてきた。

 その意味するところがもう無視して脱走していいだろなのか、もう魔術ぶっ放して現行犯になるけど逃げ切ればいいだろなのかは定かではない。ただ解釈はそのあたりで間違ってないと思われる。

 それに首を横に振ってみせる。舌打ちしてやんわりと冷気を出し始めるのを無視して、私は隊長の方に顔を向けた。


「あのー、本当にやってないんです。多分それ、人に化けるもののけイタチの仕業なんじゃないかと思います」

「人に化ける?」


 それまで怒りのせいか赤らめていた顔を訝し気にするその人に、私は昨夜の出来事を含めた例の窃盗未遂と食い逃げ冤罪事件について語った。

 椅子に座り直して思ったよりも真剣に最後まで聞いた後、隊長が渋面のまま口を開く。


「むう……信じ難い話だ。だがもしそれが事実だとしても、まだ君たちを解放するわけにはいかん。真相が解明されるまでは我々調査隊の指示に従ってもらう」


 まあ証拠も無いし、推測の域を出ない話だしなー。

 私がそろそろキレて動き出しそうなアメジストを宥めるのに専念していると、部屋に一人の兵士が入ってきた。

 隊長や他の兵士と違って、どことなくラフな格好をしている。私服警察、いや私服兵?

 一度私たちの方をちらっと見た後、すぐに視線を正面に戻した。


「取り調べ中すんません。ファムレイ隊長、調べが進んだっす」

「報告しろ」


 私服兵がまずは放火の被害状況の報告を始めた。

 怪我人は出たものの皆軽傷で済んだらしく、横で聞いていた私はひとまず胸を撫でおろした。


「目撃証言はどれも今までと似たようなもんなんすけどね。どうも放火場所には共通点があるようで。全部、なんか珍しい蝶の卵が産みつけられていた場所だって話っす」

「蝶の卵? なんだそれは」

「……陰陽蝶」


 ぼそっと呟いたアメジストに、私服兵が振り向いて指を差してきた。


「あっ、それ! そんな名前だったっすよ」

「そもそも何故、陰陽蝶が人里にいる。生息地からは出ないはずだが」

「へえ~そうなんだ~。もしかしたら大森林の異常と関係あるのかもしれないっすね」

「異常とは何だ。詳しく話せ」

「えっとぉ。今、大森林では動植物がまじやべーことになっていて……」

「ちょ、待て待て待て!!」


 それまで厳めしい顔で報告を聞いていた隊長(どこかで聞いた名前のような……?)が、慌てて二人の間に割って入る。

 アメジストの唯我独尊っぷりはいつものことだけど、それに平然と対応できるこの私服兵、なかなかのつわものだ。隊長、普段から苦労してそうだな。


「お前は何を普通に教えようとしているんだ。こいつは部外者どころかこの件の容疑者だぞ。この会話もおそらく我々を混乱させようと……」

「証拠もないのに決めつけるのはよくないよね」


 唐突な声に、全員が入口の方を振り向いた。

 身長は私と同じか少し高いくらい、少し長めの白髪を後ろで一つにまとめている。瞳は金にも見えるオレンジ色だった。白い柔道着のような独特な服を着ている。

 おじいちゃん。よりは、ご老体、って呼びたくなる感じ。

 隊長が驚いた顔の後、我に返ってびしっと直立不動になった。


「導師殿。このようなむさ苦しい所へいらっしゃるとは……」

「うん。むさ苦しいのには慣れてるから大丈夫。あ、ちなみに今は導師じゃなくて“謎の派遣魔動老師”だから。そこんとこよろしく」

「は? え、な……?」

「謎の派遣魔動老師」


 言いながら、おもむろに懐から取り出したお面を装着する。

 お面のデザインは白地に黄色の模様のある動物の顔で、どう見ても元の世界のパンダにそっくりだった。本来黒い部分が黄色になっている。こっちの世界のパンダは白黒じゃなくて白黄なんだろうか。

 部屋に数秒の沈黙が落ちた後、私服兵が噴き出した。


「ぶっは! マガタ様ってそういう感じだったんすね! もっと怖い人かと思ってたわ」


 いや、このタイミングでお面被る意味ある……?

 本名らしきものもさらっと暴露されてるし。


 私(とおそらく隊長)がいきなり現れた導師殿改め謎の派遣魔動老師改めマガタ様の言動に困惑していると、こちらを振り向きお面を微調整しつつおっとりと続けた。


「てなわけで、そこのお兄ちゃんの身柄はわしの方で預かるから。お膝のお嬢ちゃんも一緒に。よろしくね」



   ◇◇◇



 話は遡ること数時間前。


 あの化けイタチを蟹魔物から助けた後、なんとかチョコレートに似たお菓子を一粒もぎ取ってから一夜明け。

 また歩いたり回復術かけられたり抱えられたリしていると、私たちは小さな村に辿り着いた。


 その村は至る所で黒い煙がくすぶっていて、中にはまだ火の手が上がっているところもあった。

 私はすぐにアメジストをせっついて、水の術で村の火事を消して回った。


 今回もばっちり人助けに魔術を使ったぞ~!(この国は魔術禁止だけど、緊急事態だからいいよね!)

 村人にもさぞかし感謝されたはず……と遠巻きにぐるりと取り囲んでいるのを眺めたら、どうも様子がおかしい。

 私たちを指差しては顔を見合わせ、ひそひそ何やら話している。引きつったような表情で、中には明らかに怯えている人もいた。


 なんだなんだ、折角通りすがりの消火活動したのに。いくらアメジストの威圧感が初心者には心臓破りの険しさだからって、その態度はないんじゃない?

 と不満に思っていたら村人の一人が一歩前に出て、若干震えながら声を張り上げた。


「こ、こんなことをしてお前は一体何がしたいんだ!? 火を消したからって、俺たちは騙されないからな!」


 ……はあー!? 何って、どう見ても善意のボランティア活動でしょ!?

 さすがに腹が立って言い返そうとしたのを、無表情のアメジストに遮られた。


「妙な魔力だな……。おい、火を放ったのはどんな奴だった」

 アメジストの言葉に村人全員が「はあ!?」って顔をした。実際に口に出す人もいる。

「いやだから、お前だろ! 火ぃつけたの!!」

 村人代表が、顔を真っ赤にして指を差してきた。


 また冤罪。しかも今度はアメジスト放火魔バージョン!?

 食い逃げと違って、村全体に火をつけるというシャレにならない規模の濡れ衣に、思わず血の気が引いた。

 ここはずっと一緒にいた私がアリバイを証言するしかない、と意気込んだ矢先、また視界が高くなる。


「今度は俺か。まさか姿を変えた相手の能力まで写し取れるのか……?」


 怯えて勝手に割れていく人垣を平然と通り過ぎ、私を抱えたまま思案モードで村の出口へ歩いていく。冤罪を晴らす気はさらさらないらしい。

 肩越しに村人たちの憎悪の視線を受け、負けじと睨み返しながら私は呻いた。


「ううー、腹立つ! 犯人が現場に戻って火消しなんてするわけないじゃん! この村でも魔術士は悪、の法則が浸透してるのかな……」

 もしそうなら聖穏教会の株が私の中でまた大暴落だ。ただしリチアは別格。

 ぶつぶつ一人で文句を呟いていると、アメジストが見下ろしてくる気配がした。


「悪の魔術士だろ、俺は」

 何故か少し楽しそうな声に、つい噛みつくように返した。

「今そういう冗談言うのやめて。いやあながち冗談でもないけど!」

「魔王も似たようなものだよな」

「だから解読を進めなくていいから!」


 こんな時に限って、アメジストはその後もしばらく軽口を叩いてきた。

 善意(?)を踏みにじられたのにむしろ機嫌よさそうって何。これだから魔王は……。


 無実の罪で疑われたのに弁解もしないで、ヘラヘラするのよくない!

 と説教を始めた頃、ようやくアメジストが静かになった。足を止め、冷たい無表情に戻る。説教は中断するしかなくなった。


 村から少し離れたあたりで、私たちは数人の兵士に囲まれていた。

 頭に血がのぼり気味だった私も、さすがにこれを無視(というか強行突破)するのはますます事態を悪化させると思い……。

 なるべく穏便に冤罪を晴らすため、大人しく指示に従い村へと逆戻りしたのだった。



   ◇◇◇



「そんじゃ、行きますか」


 お散歩に、と続きそうな口調だ。でも話の流れ的に、行き先はそんなのほほんとした場所ではない気がする。

 名前が渋滞中のマガタ様の号令を、アメジストが冷え切った声で突っぱねた。


「勝手に話を進めるな。俺たちはこの件に関係ない。お前に従う気もない」


 まあ今までよく我慢した方だよね。

 アメジストの言う通りこっちは完全に濡れ衣なのだ。私たちの自由を奪うのに時間を使ってないで、早く真犯人……もしくは真犯イタチ?を逮捕する方に全力を注いでほしい。


「まだ君の容疑が晴れたわけじゃないから、もうちょい我慢してよ。で、そのためにも手伝って欲しいことがあるんだ」

 こちらを振り向く仮面の下の表情はわからないものの、のんびりと続ける声はどことなく返事を確信しているかのようだった。


「瘴気機関の中、入ってみたくない?」


 瘴気機関って、瘴気を魔力に変換するっていうあの風車みたいな装置のことだよね。

 前にラズたちと一緒に眺めたっけ。懐かしいなー。

 アメジストは一人でスタスタ歩いていったと思ったら、明らかに盗魔力を試していたり……。


 すぐ傍にある顔を観察する。無表情……だけどマガタを見据える紫の瞳がぎらりと光った、気がした。

 あー、これは間違いなく興味ありありのやつだ。

 それを受けた方も同じ感想のようで、満足げにひとつ頷く。


「うん。そういうの好きな子にはたまらないよね、はたらく機械」


 いくら年の功とはいえ、この禍々しくぎらつく瞳をピュアな好奇心(を持つ子)のように表現するのはやめてほしい。


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