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 立ち込める熱気と芳香の中、私はフル回転していた。


「まだかよ、遅いぞー」

 わー。まだ調理中です……ってもう出来てた! お待たせしました。


「注文した物と違うんですが……」

 わー。お隣と間違えました。あ……お隣、もう食べちゃってる。

「じゃあこれでいいや……」

 わー。すみません。


「おい、水くれ」

 わー。水どこだっけ? あ、このヤカンか。

「あ、俺も」

「私も」

「僕はお茶」

 わー。お茶は有料です!

「だったら水でいいや……ひっ!?」

 わー。黒い紐が水持ってきた。置き方が荒い。でもナイスアシスト。


 わーわーわー。

 ……と目まぐるしく動き回っているうちに、少しずつ空席が増えていき、気付いたら最後の客が店主に声を掛けて出て行くところだった。

 やっと終わった……。飲食店のお昼のピーク、恐るべし。


 ぐったりと空いた席で放心していると、黒い紐が水を差し出してきた。

 ……珍しく優しい。普通に手で渡せよとは思うけども。

 店の片隅で壁にもたれている姿に、一応お礼を言って飲みほす。さっきまでは忙しさで気にする余裕もなかったけど、今のアメジストはいつもの威圧感がないというか、妙に影が薄いというか……。

 ずっとああして壁際に立っていても気にする客はいなかった、多分そういう魔術なんだろう。そうでなければ一番近い席の人なんか、気になって食事どころじゃないと思う。黒い紐出すし。


 最近は大分見慣れてきて、この黒い紐にはなんだか愛着すら感じるようになってきた。今日は大活躍してくれたことだし、何か名前でも付けてあげようかな。動かしてるのはアメジストだけど。


 黒い紐で蝶々結びを作ったりほどいたりして暇を持て余していたら、厨房から顔を出した店主に手招きされた。厨房の入口まで行くと、掌に紙包みを乗せられる。

「お疲れさん。ほれ、少ないが取っときな」

 渡された紙包みの中には、硬貨が数枚入っていた。

「え、いいんですか?」

 てっきりタダ働きと思っていたのに。


 見上げると、熊のような体格の店主がにかっと笑った。

「当たり前だろ。助かったぜ、ありがとよ」

 そう言って私の頭に手をのせてぽんぽん、する手前のぽ、くらいで黒い紐が太い腕に巻き付き、引き離された。

 店主が頬を引きつらせて固まる。腕から黒い紐を外してあげながら、私は背後を振り返った。


「っていうかアメジストが力加減を間違ったせいでもあるんだからね。紐で遊んでないで謝りなよ」

「謝る理由がない」


 無表情で平然と言いながら、するすると黒い紐を回収する。同時に存在感も増してきた。魔術の効果が切れたらしい。


「すげえな、大道芸人……。あんたなら給仕係でも傭兵でもなんでもやっていけるぜ」

 黒い紐の蛇っぽい動きを目で追っていた店主が感心したように言う。

 本当は魔術士だけどね。この国は魔術禁止なので。

 それにしても、実際に給仕係をやった私じゃなくてアメジストが褒められるって、ちょっと納得いかないなー。まあ黒い紐のアシストがなかったら、何度か危うい場面もあったけど。お皿割りそうになったり。


 そもそもどうしてこの店で給仕係をすることになったかというと。


 ついにダンジョンのお宝を諦めた(と思いたい)アメジストは、エルラント大聖堂とは別の方向へ進んでいた。リチアと金の聖獣(魔物?)に会いたかったのにな、残念。

 その途中立ち寄ったこの町で通りを歩いていたところ、いきなり男の人が怒声と共に飛びかかってきた。

 思わず驚いて固まっていると、気が付いた時には地面に突っ伏して伸びていた。アメジストに反撃されたらしい。


「コハル。俺の目を盗んで、いつの間に食い逃げを?」

「いやどんな早食い王だよ。するわけないでしょ」


 その男の人は、私を食い逃げ犯と呼んできたのだ。冤罪の内容が地味に嫌なやつ……。

 てか四六時中密着してくる奴が疑うってどういうこと? アリバイ証言いくらでもできるはずだよ?


 とりあえず回復術をかけさせようとしたところで男の人を追ってきた店主が現れ、周りに野次馬なんかも集まってきたので、魔術は諦めてまずは店まで運び込むことにした。重症ならともかく、気絶させただけだと言うので一応それを信じて。

 店主を除いた唯一の従業員だというその人を運び込んだ頃、丁度お昼時になって客がぞくぞく来てしまい、渋るアメジストを黙らせ、私は店の手伝いを買って出ることにしたのだった。


 正当防衛とはいえ気絶させたお詫び、というのももちろんあるけど、職業体験してみるいい機会かなと思ったんだよね。

 いつかアメジストが書庫の所有者になってしまえば、お役御免の私は一年分の生活費と一緒にポイ捨てされる運命だから。一年以内に元の世界に帰れないなら、その後はどうにか自力で生活していかなきゃいけないわけで。


 そういえばあの望みを叶えてやる宣言の後、真っ先に帰る方法をリクエストしたら、今は閲覧制限のかかっている本が読めるようになったら探してくれると言っていたけど……本当かな。

 アメジストはいまだに私が異世界人だと本気で信じてなさそうな気がする。元の世界的な言い回しをすると解読して使ってきたりするくせに。


 もしその閲覧制限が解除されるタイミングがポイ捨てされた後だったら、どうやって協力させたらいいんだろ。

 ……でもこの調子なら、なんだかんだ言ってやってくれるかな?

 前から思っていたけど、アメジストは私の魔術リクエストを何気に楽しんでいるような節がある。自分一人だと有り余る魔力の使い道が思い付かないのかも。

 早い話が魔術オタ、そして暇人だ。


 いつの間にか厨房の奥から物音と共に香ばしい匂いが漂ってきた。店主を見上げると、笑顔で私をカウンター席に促す。

「あいつも起きたし、もう大丈夫だ。今、余った食材で適当に作らせてるから、食ってけよ」

 おお! いわゆる賄い飯、密かに憧れてたんだよね。


 しばらくして仏頂面の顔に多少のあざが残ってはいるものの、思ったより元気そうな様子で料理を出してくれた男の人にお礼を言い、具がたっぷりの丼物をいただいた。

 案の定断ったアメジストに賄い飯の美味しさと稀少価値について説いていたら、近くのテーブル席で同じ物を食べていたその人が、こちらに顔を向けると頭を下げた。


「……悪かった。やっぱり俺の見間違いだったわ」

 どうやら濡れ衣は無事晴れたらしい。よかった。

「見た目は本当にあんたと瓜二つなんだが。食い逃げした奴は目つきが全然違ったな。もっと荒んでて、なんというか野生の動物みたいでよ」

 私のそっくりさんはどうやらワイルドでダーティな子のようだ。もしアメジストと二人旅してたら怖すぎて誰も近寄れないな。


「そんなふうに美味そうな顔で食ってくれなかったしな」

 先に食べ終わった男の人が食器を片手に席を立つ。すれ違いざま、そう言いながら空いている方の手を伸ばしてきた。

 私の頭をぽん……の寸前、再び飛んできた黒い紐が腕に絡みつく。

 気絶していて黒い紐を初めて見たせいか。絶叫が小さな飲食店に響き渡った。


 挨拶並の頻度で頭鷲掴みしてくる奴が、他人の頭ぽんぽんは過剰に警戒するとか。どういう基準なんだよ。



   ◇◇◇



 書庫に行っていたはずのアメジストが目を開けて、私に魔術をかけた。多分、いつもの障壁。


 今夜は野宿だ。でも寝るには少し早かったので、アメジストの膝を枕代わりにして魔本を読んでいたところだった。この姿勢でそのまま寝落ちする予定でした。

 仕方なく魔本を鞄にしまい、立ち上がったアメジストの背後に回る。

 ここは魔物の生息域ではないはずなのに。迷い出てきたやつなのかな。


 どこからか地響きのような音が聴こえてきた。音が徐々に近付いてくるとかすかに地面が揺れ始める。

 私たちのいる場所の少し先で、茂みから何か飛び出してきた。

 犬……? それにしてはやけに胴が長いような。


 その胴長生物が飛び出してきた直後、地響きと共に茂みを踏みつぶすようにして巨大な蟹が現れた。

 大きさは熊を二回り以上大きくしたくらいだろうか。甲羅の背には岩がくっついている、というより甲羅が大きな一枚の岩盤のようだった。

 その蟹は蟹歩きではなく普通に真っ直ぐ前に進めるらしく、ダバダバ足を動かしてさっきの胴長生物を追っていった。どうやら狙いは私たちではないらしい。


 少しほっとして、アメジストの背中から出て様子を見ていると、「キーッ」という動物の悲鳴が聴こえた。

 巨大蟹が動きを止めている。暗くてよくは見えないものの、その鋏の先でもがく影が目に入った。

 さっきの胴長が捕まってしまったみたいだ。キーキー悲痛に鳴いている。

 うう、かわいそう……。でもこれも自然界の掟、人が手を出すわけには……、


 いやあの蟹、どう見ても魔物じゃない? だったら退治した方がいいのでは。

 アメジストにそう言ったら、面倒臭そうに魔術を蟹に向けて放り投げた。

 突風が走り抜けたあと、蟹の巨体が中央から真っ二つに割れる。ガラガラと石同士がぶつかり合うような音を立てて、蟹が地面に崩れ落ちた。

 戦利品として売れそうな一部を残して、瘴気がアメジストの掌に吸い込まれていく。やっぱり魔物だった。


 瘴気を吸われた跡の灰の山から、ひょこっとさっきの胴長生物が身を起こした。しばらくこちらを見た後、踵を返して元気に走り去る。

 犬というよりは、どうもイタチみたいな感じだった。元の世界よりもサイズが大きい気がするけど。


「あの時のスリか」


 隣からぼそっと降ってきた呟きに首を傾げると、アメジストが解説する。


 食い逃げの冤罪をかけられる少し前。町を歩いていた時、私は小さな男の子とぶつかった。軽く謝ると、何も言わずにそのまま走って行ってしまった。

 アメジスト曰く、その子は私の鞄から財布を抜き取ろうとして失敗した、スリだったらしい。言われてみれば少し不自然なぶつかり方だったかもしれない。

 そしてどうやらアメジストの目にその子は人間ではなく、今のイタチの姿に見えていたという。


 人間に化けるイタチってことだろうか。なんか昔話とかに出てきそう。

「……ってまさか、食い逃げした私のそっくりさんって……!?」

「かもな」

 まじか。そんな迷惑な化けイタチを助けてしまったとは。


「異変とやらの影響で、変異種と呼ばれるものが増えているそうだ」

 なんと、大根や魔の山の鳥なんかもその変異種という謎生物らしい。

「お前はどうも妙なものと縁があるな」

 どことなく呆れたような、完全に他人事の口調で続ける。

 なんだそれ、私じゃなくてそっちが呼び寄せてる可能性の方が高くないか? 類は友を呼ぶんだぞ。


「そうかもね。異世界に来てすぐ、妙なものに脅されたり密着されたりしてますから。きっと妙なものを惹き付けて離さない魅力があるんだわー。望めば何でも叶えてあげたくなるような魅力がね。困ったなー」


 妙なもの、の部分を強調して言い返した。

 変態貴族にも魔物扱いされてたし、アメジストこそ変異種ってやつなんじゃないだろうか。本来なら中身に合った凶悪な見た目の魔物になるはずが、外見だけは人間(美形)になっちゃった、みたいな気持ち悪い変異。


「成程。何でも望み通りになる力か」

 アメジストが嫌な微笑みを浮かべて懐から何か取り出した。一見するといつもの飴包み。

 包み紙を少し開いて見えた姿は、真っ黒だった。


「これは暑さで溶けやすい菓子らしい。目的地はここより気温が高い、着くまでに処分しておかなくては」

 暑さで溶けやすい、黒い塊……まさかっ!?

「それ、もしかしてチョコ!? ちょうだい!」

 手を伸ばすも、チョコレートらしき物を持った手をひらりとかわされた。


「最近俺の懐を勝手にあさる奴がいるようだが。わざわざ盗みを働かずに済むよう、力を分けてやったらどうだ」


 ぬう!? たまに懐から飴を抜き取っているのがバレてる……!?

 アメジストがチョコらしきものを自分の口に放り込んだ。お菓子に興味なんてないくせに。凝視する私をにやにや見下ろしてくる。

 二個目を懐から出すと、私の頭の上で振ってみせた。ひとのこと完全に犬か猫か頭悪い子と思ってるな。


 魔王の性格が順調に悪化してきている。もっと強く教育を推し進めていかないと……。


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