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 リチアとの旅パート2は、私へのご褒美みたいなものだった。


 旅の間、私はリチアとお喋りしまくった。

 もちろんただのお喋りだけでなく、また色々とこの世界の基礎知識を授けてもらっている。生活上知っておくと便利なこと、特に女子用のものなんかはとても有り難かった。

 時間がある時は、宿でリチアの部屋にお邪魔して文字(書き方)を教えてもらったり。


 あ~、この時間、ずっと終わらなければいいのに。後で確実にリチアロスになる予感……。


 もしリチアがいてくれなかったら、ゴタゴタしているらしい国境を越えるのも難しかったと思う。

 私たちを旅司祭の従者ということにしたら、すんなり通ることができた。

 ……でもなんとなくポロット側もエミーユ側も、関所の兵士たちの目がハートになっていた気がする。聖穏教会への信頼もあるんだろうけど、リチアの圧倒的な美少女力によるところも大きかったのではなかろうか。


 それにしても、出会った頃に比べてリチアの印象はだいぶ変わった。

 守ってあげなきゃいけない儚げ美少女と思っていたのに、この間なんてすごい勢いで魔術を覚えて爆走したり、私をお姫様抱っこしながらチーターばりの俊足で魔術の階段を駆け上がったり。


 魔の山の雛を一緒に観察している時のはしゃぎっぷりは、なんだか普通の女子高生(?)って雰囲気で、ますます親近感が湧いてしまった。自分がもふもふの耳を持っていても、他のもふもふを見るのはまた話が別なんだね。

 ともかく、いい感じに吹っ切れたリチアの魅力が増したのは間違いない。頼もしいとかワイルドとか主にそっち方向で。


 ……まあ、ついでにアメジストも多少は変わってきたかな。

 最初の頃に比べたら、ほんの少しは表情や会話なんかも増えたような気がする。たまに笑う?時もある。悪意しか感じないやつだけど。

 無視無反応も相変わらずだとはいえ、どうも話はわりと聞いていることもわかってきた。こっちが何気なく言ったことを、後になって使ってきたりする。それ今言う必要ありますかっていうタイミングで。やっぱりアホなんだと思う。



 エミーユ皇国に入ってからいくつか町を越え、私たちはウォンハートというわりと大きな町を訪れた。

 この町に慣れているというリチアに話を聞きながら大通りを歩いていると、わらわらと人が寄って来てリチアが囲まれてしまった。

 な、何事!?

 どうやらリチアは、この町の教会に人手が足りない時などによく派遣されているらしく、顔見知りの人が多いのだという。


 賑やかで和やかな大円陣を少し離れた場所から眺めていたら、また鞄を掴まれてそのまま引きずられた。


「ちょっと、まだリチアが……」

「宿の場所は後で通信する」


 いやそういう問題じゃない! リチア、助けて~!

 人だかりの中心に必死に視線を送るも、リチアは完全に人に埋もれていて見つけることができなかった。

 こいつ、報酬の内容が内容だからって、まさか堂々とサボる気でいるのかな。ありそう……。


 宿の部屋に入ると、やっぱり膝の上に乗せられた。

 慣れた動作で魔本を両手にスタンバイさせられながら、かねてからの疑問をぶつける。


「いや、そもそもこの体勢、必要? 魔本で書庫に入るだけなんだよね?」

「鍵とお前から遠ざかると、書庫に入れない。入っても不安定になる」


 あっそうですか……。でももう少し食い下がってみる。


「アメジストは天才チート家電でしょ。そんなの何とでもなるんじゃないの? 試しに離れてみようよ」

 そう言って膝の上からの脱出をはかるも、当然のように腕で拘束されて動けない。

「お前は魔術で出来ないことは無いとでも思っているようだな。魔術の存在しない世界から来たのか」


 うん。全体的にその通り。

 素直に頷くと、冷ややかな視線を送ってきた。


「魔王とやらは存在するが魔術はない。だがダイコンはいる。俺のような者はカデンと呼ぶ。……随分と異なる世界だな」

 うわー、やっぱりいちいち覚えてる。そしてなにか大いなる誤解が生まれている。

「えっと、魔王っていうのは実際にいるわけじゃなくて、物語の中だけの存在っていうか。大根は見た目が似てるだけの、ただの野菜だし。家電は……」


 魔動具みたいなもんです。……と正直に言える空気とは言い難いかな?


「家電とは……すごい、便利、まるで魔術みたい……的な意味です」

「魔術はないと言ってなかったか」

「だから、魔術も物語の中の話なんだってば~!」

 科学技術はある意味、この世界での魔術や魔動みたいな位置付けかもしれないけど、私の頭ではうまく説明できる気がしない。


「お前は文字は壊滅的だが、初めから会話や読書は問題なくこなせているな。異なる世界と同じ言語とは驚く」

 壊滅的って言うな。あれでも頑張って書いたのに。


「同じなわけないじゃん。……それもあれだよ、魔本……それか書庫の力だと思う。あの夢?の中で魔本を見てるうちに、いつの間にかこっちの言葉を使えるようになってたんだよね」

 確か書庫を構築します云々の前から、気付いたら読めるようになっていた。

 そう言うと、やっとアメジストから「頭おかしい奴の戯言など俺は信じない」という空気が薄れた。

「書庫の構築前か。……まさか所有権の認定に関わっていることなのか。だが俺にはどう考えても当てはまらない方法だろうな……」

 また思考の海に潜ってぶつぶつ言い出した。ひとを膝に乗せながら長考するのやめろ。


「読書しないんなら、お昼食べに行こうよー。お腹すいたー」


 本当はリチアを待って一緒に行きたいけど、あの感じだと町の人たちに放してもらえるのはいつになるかわからない。

 足をばたばたさせながらダメ元で言ったら、アメジストが顔を上げた。

 懐から何か取り出す。小さな紙包みを開いて中身を指で摘まむと、私の口に押し込んだ。


 ……!? 甘い! これ、飴だ!

 素朴な甘さに自然と頬が緩む。アメジストを見ると、無表情ながらこれで文句ないだろと言いたげな顔をしていた。

「書庫へ渡る」

 私は鷹揚に頷いて、既にセット済の魔本に文字を浮かび上がらせた。アメジストが目を閉じる。


 なんということでしょう。魔王がムチではなく飴を与えることを覚えた。

 でもこれはある意味良い傾向なのでは。アメジスト人格改造計画に、ほんの少しだけ光が差してきたような気もする。

 私はキャラメルに似た味の飴を舌で転がしながら、鼻歌まじりに魔本を読み始めた。


 それにしてもアメジストが飴って、ダジャレか。飴ジストって呼んであげた方がいいのかな。


 夕方近くなった頃、ようやくリチアが町の人に解放されて戻ってきた。


 あの後、あれよあれよと教会まで皆に誘導され、信者のおばちゃんたちが奉仕作業(という名目でのほとんどお茶会)をしているところに皆で乗り込んだらしい。

「あらま! リチアちゃんじゃないの! 今度はどこ行ってたの、ちょっとここ座って旅の話聞かせてちょうだい!」

 ……と、おばちゃん特有のノリでお菓子やお茶をリチアや町の人たちに振る舞い始め……あ、なんかもう聞かなくても想像つく。どこの世界でもおばちゃんたちって似たようなもんなんだなー。


 リチアのせいじゃないのに謝りながら、おばちゃんたちに持たされたお菓子を沢山分けてくれた。

 護衛を放棄したアメジストこそまず謝るべきなのに、何故か一切悪いと思ってないらしい。謝るどころか菓子を与えすぎだとか言って、せっかく貰った物を勝手にいくつかリチアに返してしまった。

 この野郎、飼い主面の次は保護者面か。絶対認めないからな。後でリチアにお菓子こっそり返してもらおう。


 夕飯はリチアお勧めの店に連れて行ってもらった。食事はどことなく素朴な見た目なのに、全部びっくりするくらい美味しかった。さすが食道楽の師匠。



   ◇◇◇



 翌朝、私はリチアにこの町にもう一泊しないかと提案した。

 まだリチアに会ってない人がいたら、今日会いたがるんじゃないかと思ったのだ。いい機会だから、今日は教会を見学したりして過ごせないかと聞いてみた。

 リチアは少し驚いてから、嬉しそうに私の提案を受け入れた。


 朝食後さっそく教会に顔を出して、穏やかなおじいさんという感じのこの教会の司祭長さんを紹介してもらった。教会を一通り見学した後は、空いてる部屋をしばらく貸してもらえることになった。

 アメジストは教会の前……だと威圧感で来た人がビビるかもしれないので、裏手で待機している。


「この町の人たちは、リチアの隠し事を教えても気にしないで受け入れてくれそうな気がするな」


 リチアとお喋り兼基礎知識の授業の合間、私の言葉にリチアが少しの沈黙の後、静かに微笑んだ。


「……そうね。いつか、話したいと思う」


 少々踏み込んだことを言ったのは、私もリチアには隠し事を話そうと決めたからだ。

 おかしな冗談と思われたり、むしろ変な心配をさせるかもしれないけど。でもどんな反応であろうと、私がリチアに話したいと思ったから。


 それから私は、異世界から来たということを――概ねアメジストに知られたような範囲の内容を、なるべく手短に話した。

 元の世界についての詳しい説明は省いた。科学文明とかも含めて、上手く解説できる自信もない……特に理系は苦手だし。


 リチアは私の荒唐無稽な話に、真剣に耳を傾けてくれた。

 流れで今までの経緯(アメジストの記憶喪失と、まだよく理解できていない書庫のこと以外。)も大体のことを話した。なんとなくまだアメジストとの関係を誤解されてる気もしたから、これでもう疑われることはないはず。

 話し終えて、リチアが淹れてくれたお茶を飲んで一息つく。


「……私のこれも、やっぱり“異変”なのかな?」


 上司の人に話す必要がありそうなやつだろうか。

 反応を待っていると、席を立ってリチアが私の隣に来た。

 それから少し身を屈めて、座ったままの私を抱きしめた。


「話してくれてありがとう。不安なこともたくさんあったでしょう。よく頑張ったわね」


 ……いや、でも、ここまでほぼアメジストにおんぶに抱っこ(物理的な意味でも。)だったし、頑張ったかどうかは……?

 だけどリチアに優しく抱きしめられていたら、気が緩んだ私はちょっとだけ泣いてしまった。

 リチアは私が落ち着くまでずっと背中を撫でていてくれた。……女神よ……。


「このことは、私の口からは絶対に誰にも話さないと約束するわ」


 私の涙が収まった頃、凛々しい表情でそう言ってくれた。

 リチアが少し身体を離し、私の肩あたりに両手を置いて目を合わせる。


「もしコハルがこのことについて相談したい、話してもいいと思った時は、聖区の大聖堂を訪ねて。前に話した異変を調べている方に引き合わせるわ。その方は、あくまで私の予想ではあるけど……おそらくこの世界についての知識を、誰よりも広く深くお持ちよ。この世界のあらゆる物事に精通しているはず」


 なんかすごい人らしい、リチアの上司さん。


「ありがとう、リチア。……うん、どうしても力を貸して欲しいと思った時はそうする」



 それからは噂を聞きつけたらしい町の人たちがぞろぞろリチアに会いに教会を訪ねて来て、私はこちらを気にするリチアの背中を押して、教会の裏庭みたいな場所にいたアメジストと合流した。


「泣くほど面白いことでもあったか?」


 開口一番そう言われて、ちょっと身構える。

 顔を背けようとしたけどやっぱり無駄で、片手で顔の下半分をぐにっと掴まれると、上から顔を覗き込んできた。


 泣いたとはいえほんの少しの間だし、泣き腫らしたって程酷い顔ではないはず。かといって間近で見られるのは本当に勘弁してほしいのに。

 じろじろ観察してくる顔は、何故かうっすら笑っていた……。なのにほんのり冷気も出している……。

 一体どういう感情表現だ。無表情の時よりも読めない。


「そんな異常な笑い上戸とかじゃないんで。……さっきリチアと色々話したんだけど……、」


 私はさっさとリチアとの会話を全てアメジストに報告することにした。


 リチアの上司なら、もしかしたら私を元の世界に返せる方法、まではいかなくても、何か手掛かりくらいは知っているかもしれない。

 だけど明らかに聖穏教会の偉い人だ。中心地の大聖堂にいるらしいし、かなりの地位にいると見た。リチアが私たち(自分で言うのも悲しいけど、めちゃくちゃ素性の怪しいコンビだ……)に滞在許可証をポンと発行できる理由も、そこにある気がしてならない。


 だけどもし帰る方法が魔術しかない、という話になってしまった場合、教会の偉い人が協力してくれるんだろうか。

 異世界に渡る禁断の魔術なんて使ったらダメ。いっそ危険な魔術士共々、今のうちに逮捕! ……というのは考えすぎだとしても、怪しい奴らとして目を付けられたり、下手すると行動を制限されてしまうかもしれない。


 だからせっかくのリチアのご厚意だけど、その上司がこちらに協力的かどうかわからないうちは、いきなり会うのはちょっと怖い気もするんだよね。

 申し訳ないけど今までの話からは、リチア以外の教会関係者(特に偉い人)が、やばそうな魔術と魔術士に寛容の精神で接してくれるようにはとても思えなかった……。


「……って感じなんだけど。リチアの上司に何か聞きたいこととかある?」


 どちらにせよ私に行き先を決める権利はないわけだし、聖区に興味があるらしい?アメジストの判断に任せる。もし行く気でいるなら、折角の機会だし、覚悟を決めて上司の人に相談してみようと思う。

 アメジストがやっと私の顔から手を離し、冷気も引っ込めた。


「ない。……逃げる気がないならいい」

 逃げる? 何から?

 意味がわからず見上げていると、いつもの無表情を向けてきた。


「コハル。俺にはお前を守る理由がある。書庫を手に入れるまで、お前から離れる気もない」


 なんか堂々とストーカー宣言された。

 というか、初めてまともに名前を呼ばれたような気がする。

 今度は私がアメジストを見上げて観察してみるけど、今日の無表情はいまいち解読できなかった。


「それまでの間、お前の望みは可能な限り俺が叶える。誰か他の奴を頼る前に、まず俺に言え。いいな」


 家電自ら売り込みしてきた。ノルマが厳しいのかな。

 ……なんというか意外すぎる発言に頭が追いつかない。そのせいかつい思ったことをそのまま言ってしまった。

「うんわかった、いつも通りってことだね。言えば大抵何でもやってくれるもんね、意外と」

 アメジストの無表情が少し崩れた。表情は薄いけど、どうやら驚いているらしい。

「……そうだったか?」

「そうだよ」

 自覚なかったんだ。


 その後リチアから通信が入り(あれ? そういえばこの国って魔術禁止だったような……?)、護衛は必要ないから自由にしていいと言ってくれたそうなので、私は街歩きがしたいと言ってみた。宣言通り、アメジストはあっさり了承した。


 最近の魔王、飴を所持していたりだとか、今までとは若干パターンを変えてきている。なんだか調子が狂うな。



   ◇◇◇



「お二人とも。ここまで本当にお世話になりました」


 ついに到着してしまった、エルラント大聖堂。

 その入口で私たちに向き直り、リチアが淑やかにひとつお辞儀をした。


「それはこっちの台詞だよ。本当に色々とありがとう。教えてもらったこと、ちゃんと復習するね」


 私も万感の想いを込めてしっかり最敬礼を返す。

 ゆっくり顔を上げると、リチアが少し瞳を潤ませて微笑んでいた。

 それを見た私は、耐えられなくなって貰い泣きどころかギャン泣きの勢いでリチアに抱き着いた。


「リチアあぁ~!!! 離れても私のこと忘れないでねぇ~!!!」

「コハル……!!! 忘れるわけないじゃない! きっとまた会いましょう、その時は私の尾も触らせてあげるからね!」


 やっぱりしっぽもあったんかーい! それをもふるまでは絶対死ねないよおぉ!!!


 衝撃のカミングアウトを泣きながら受け止め、心に誓う。

 リチアに再会し、しっぽをもふもふするまでは何があっても生き残る。あとそれまでは元の世界に帰れなくていいや。絶対にもふる……。


 私たちの涙涙の別れの抱擁を、アメジストが無の表情で眺めている気配がした。


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