表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/121

42


 リチアの依頼を受けエルラント大聖堂へ向かっている。

 目的地はポロットから国境を越えた先、エミーユの中央近郊。この大陸内での教会の中枢らしく、大陸名がそのままつけられている。


 街道沿いに進めばいいだけの旅だ、魔物の生息域を通ることもない。

 今も馬車を利用し、相変わらず二人で延々と喋り続けている。

 俺を護衛に雇うのを口実に、コハルという話し相手が欲しかっただけではないだろうな。


 コハルは攫われたあの時以来、まだ一度も書庫へ渡れていない。

 やはりこいつに何かを期待してはいけないのか……。

 俺はあの不可解な現象について思索にふけりながら、再び諦観していた。


 素直に考えるなら、コハル自身が危機感から一時的に力を発揮し、自覚なく鍵を遠隔操作して書庫へ渡った、というところだろうか。

 もしくは、その場で新たな鍵を生成した。


 書庫の所有者は、本来なら鍵を自由に生成できるはずだ。

 ただ合流後に確認したところ、元の鍵は鞄に戻っていたが、他にそれらしい物は見つからなかった。

 その後何度か鍵の生成も試させてみたものの、今のところ成果は無い。

 もし出来たとしても、今使っている鍵と用途は変わらない、それほど意味はないが……。


 ……コハルは本当に書庫を構築した筆頭所有者なのだろうか。

 だが今の俺に、それを確認する手段はない。


 それともコハルでも俺の力でもなく、書庫自体か、それに関わる何らかの意思が介入してきたか。

 どうやらこの世界には、魂というものが実在するらしい。

 例えばあの大賢者の杖のように、書庫に過去の人物の魂が封じられているとすれば、所有権の審査というのもおそらくそいつが担っていると考えられる。

 この仮説が正しかった場合、その審査官は俺が書庫を欲しがっているのを当然知っているだろう。

 そして現在の書庫を保存するため、コハルを護衛していることも。


 もしもあの現象が、コハルを救出するために引き起こされたものだとするなら。

 俺の審査が既に始まっている可能性もある。

 通過するための条件は、“筆頭所有者を守護し続けること”だろうか。

 書庫の消滅を防ぎたいだけなら、さっさと俺を所有者に加えておいた方が安全なはずだ。そうしないということは、書庫を存続させること自体が目的ではないのだろう。

 理由は分からないが、その審査官にとって筆頭所有者……もしくはコハルの命そのものに何らかの価値があるのかもしれない。


 こうして考えてみると、順調過ぎるほど早く遺物の力を手に入れたこと。書庫が開示する偏った情報。魔の森で鍵を初めて手にした時の感覚まで、何か仕組まれたものに思えてくる。

 まるで初めから、コハルを守るよう誘導されていたかのように。


 これらはまだ根拠のない仮説だ。

 それに真実が何であれ、今後の方針が大きく変わることもない。

 コハルを守りながら闇の遺物を追い、力を増強していく。


 この国にはこれ以上遺物が眠っている可能性は低い。

 リチアの依頼を受けずとも、そろそろ南側まで足を運ぶつもりでいた。

 聖区というのが安全な場所だというなら、いつかコハルの一時的な避難所として使える時があるかもしれない。手段の一つとして滞在権を貰っておくのは悪くないだろう。



「……えーと。要は教会の教えって、魔術はとにかく悪、ではなく盲目的に崇拝してはダメ、ってことだね」


 魔術に関わる話題を、珍しくコハルが真面目に聞いていた。

 どうせなら基礎を徹底的に叩き込んでほしいところだが、残念ながらリチアにも魔術の知識は無いに等しい。


「ええ、本来は。だけど教義の解釈がいくつも生まれてしまい、今も完全には統一されていないわ。そのせいで魔術を禁じるわかりやすい説が浸透してしまっている状態ね。エミーユ皇国では独特な解釈がなされていて、方術という形で“善の魔術”を独自に定め、国が認めた方術士だけが使用を許可されるの。彼らは心身の鍛錬を重視し、時には大聖堂に修行に来られることもあるわ」


 以前トルムに聞いたものとほとんど同じ内容だ。

 その方術というものには全く期待できない。そもそも魔術を善悪で選別するというのが馬鹿馬鹿しい。

 知識だけでも、魔術について総合的に理解している方術士がどれほどいるのか怪しいものだ。


 知識があるなら尚更、闇属性は悪として使用を禁じていることだろう。

 基本的に闇は対象を惑わし、弱体化させるのを得意とする。単独での隠密行動などにも向き、攻撃術は威力が低いと効果が薄いが、高ければ一撃で急所を打つ、という性質のものが多い。

 魔力や資質が低い者には長所を生かしにくい。そして使いこなせる者が得意とするのは主に暗殺などだ。


「ふうん。つまり心身共に鍛え抜いた人格者が、善の術を使うのはアリってことか。もしかしてその方術士って人たちなら、呪いを解いたりもできるかな?」

「呪い?」

「うん。例えば一度つけたら最後、外せなくなる呪いのアクセサリーとか……」


 コハルが含みのある視線を寄越してきた。

 何が呪いだ。

 思わず失笑すると、今度は顔を向けて睨んでくる。


 つけた腕輪をすぐに外そうとしたコハルには、幻覚を見せる闇の術を使った。まんまと嵌まり、何もない空間を掴んでもがいていた。

 術の効果は一時的だ。だが腕輪は外せないという暗示にかかったのか、それ以降は試してもいないらしい。


「方術士が悪の魔術士を退治すれば、呪いも一緒に解けたりするかな?」 

 限られた術のみで俺を倒せるような奴か。面白い、いくらでも連れて来るがいい。

「余裕ぶっこいた凶悪な魔物をギッタギタにしてぎゃふんと泣かせる偉い方術士様に、どこに行けば会えますか」

「あ、ええと……。そういえば、最近は腕輪をつけているのね。とっても似合っているわ!」

「……えっ……?」

「なんだか前より少し大人っぽく見えるような。怨ね……い、いえ、気持ちのこもった贈り物だからかしら~?」

「えへ……そうかな? 小物ひとつで印象変わることってあるしね。気持ち悪い呪いはこもってるけど、見た目はわりと綺麗めなデザインだよね」


 リチアが褒める度に、コハルの顔がだらしなく緩んでいく。

 左手を上げたり下げたり、顔の横に掲げたりと謎の動きを繰り返す。

 それにいちいち大げさな反応を返しながら、リチアが風の術を使った。


『おめでとうございます。あともう一押しですね』


 ……?

 意味がわからず問い返すと、腕輪のことだという。ますます意味がわからない。

 障壁を込めてあると知りながら、呪いだのなんだのと外そうとするコハルの頭がおめでたいという意味か? どうもそうは聞こえなかったが……。


 この会話は、コハルには聴こえていない。

 魔の山の鳥と通信できたのなら、人同士も発声せずに通信できるのではと試したところ成功した。

 その実験からは特に話すこともないので使っていなかったが、何故こんな意味不明な内容でわざわざ通信してきたのか。

 コハルとここまで親しくなるような奴だ、リチアも相当な変人だということなのだろう。


「あ! あれ、魔の山じゃない?」


 コハルが窓を指差した。遠く山の稜線が続く中、一際高い峰がある。リチアがそれに頷いてみせた。

 しばらくリチアと窓の外を眺めた後、振り返って見上げてくる。


「アメジストってさ、たまに遠い目をしてる時あるでしょ。前に魔の森でも、離れた場所で起きてることが何故かわかったり……あれってもしかして、遠くが見える魔術?」

 遠い目……。望遠のことか。魔術かどうかは謎の能力だが。

 詳しく説明する必要もないので肯定しておくと、魔の山の頂上を見ろと要求してきた。


「本当はお礼を言いに行きたいところだけどね。あの夫婦と卵が元気にしてるか、確認したいなって」

 こいつは本当にどうでもいいことばかり思い付く。

 だが大した労力でもない、望遠を使って山の頂上を眺めた。

 あの鳥が一羽、巣の中に佇んでいる。その足元には、以前は存在しなかった毛むくじゃらの塊が三つ蠢いていた。


「……小さいのが増えているな」


 どうやらあの卵から孵ったようだ。もう一羽が巣に戻って来ると、雛に給餌を始める。今まで巣にいた方が飛び立ち、どこかへ飛んでいった。

 望遠を切り上げると、コハルとリチアが揃ってこちらに顔を向けていた。見たことのない、異様な目つきをしている。

 なんだ、この圧力は。


「小さいの……? まさか……!」

「雛、ですか……!?」

「雛がもう生まれてる!? ピヨピヨしてるの!? え、なにそれ見たい!!」

「ピヨピヨしてるんですか!?」


 なんなんだこいつら……。

 コハルが俺の胸倉を掴んで揺さぶった。この力を拉致された時に出せなかったのか。


「アメジストだけずるい! 私も見たいよーっ!!!」

「……急ぐ旅ではありません。行きましょう、魔の山へ」

「リチア……!!」


 リチアが馬車を停めた。ここで降りると告げ、御者に代金を渡している。

 本気か。


「アメジストさん。以前、素早く移動する術をお使いでしたよね。あれはどういった魔術なのでしょう」

 妙な気迫で質問してくるリチアに、簡単に術の解説をする。

 ものの数分で、リチアは風の移動術を習得した。速度は俺よりも遅いが、驚異的な集中力で術を操っている。

 そのまま魔の山を目指す。本気のようだ。

 コハルに身体強化をかけて抱え、それを追った。


 魔の山の麓で、再び地の術を使い山頂まで続く足場を生み出す。

 登り始めたところで、リチアが教えてもいない風の身体強化を使った。

「これは身体強化というものだったのですね。これも聖浄石の力と思っていました」

 どうやら自覚なく以前から使っていたようだ。

 リチアは元々身体能力が高く、気配もどこか普通の人間とは違う。身体強化を使った今なら、この山に生息する雑魚魔物程度なら素手でも退けられるだろう。


 本人にも今はその自覚があるらしく、コハルを両手で抱え上げると、自信に満ちた目を向けてきた。

「ご安心下さい、コハルは私が必ず守ります。魔物には指一本触れさせません! ということでアメジストさんは後からゆっくりいらしてください」

「リチア……!!」

 そう言うと俺の返事を待たずに、妙に瞳を輝かせるコハルを抱えたまま足場を駆け上がっていった。

 もう好きにしてくれ。


 山頂に着く。巣の前で時折奇声を上げ、身悶えする女二人から俺は距離を取った。

 巣を中心にして、山頂の大部分を包み込む風の障壁が張られている。

 これだけの広範囲に展開しながら、強度は俺の風の障壁よりもはるかに高い。これを破るにはそれなりの威力の術が必要だろう。


 リチア、お前に護衛は必要ない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ