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「あ、ご来光」


 私が徐々に明るくなっていく東の空を指差すと、前にいるリチアも顔を向けた。


「……きれいね。旅をしていろんな景色を見てきたけど、こんなにきれいな朝日は初めて」

「うん。とんでもない一日だったけど、この景色だけは最高だね」


 鳥がクアーと鳴いた。どことなく鳴き声がカラス似。


「それにしても、リチアの電話……いや魔術はすごいね。鳥とも通信できるなんて」

 尊敬の念を込めて言うと、リチアが困ったように小首を傾げる。

「どう言ったらいいのかわからないけど……これは私の魔術だけの力じゃないように思うわ」

「そうなの? じゃあリチアと旦那さん、両方がすごいのかな」


 魔物に扉を破られそうだった時、いきなり部屋の窓ガラスが粉砕されたと思ったら、この魔の山の鳥(多分、番の旦那さんの方。)が窓から長い首を出していた。

 更に窓の周囲をあの風攻撃でぶち抜くと、部屋に入ってきて伏せみたいな姿勢を取った。

 背中に乗せてくれるみたい、とリチアが翻訳してくれなかったら、私はそのまま呆然と立ち尽くし、魔物の襲撃を受けていたかもしれない。旦那さんに乗って部屋を出た直後、扉が破られた音がした。


 どうやらリチアの術はずっと前に成功していたものの、アメジストではなくこの旦那さんの方が受信していたらしい。魔術でも間違い電話みたいなことって起こるんだね。

 でもそのかけ間違い?のお蔭で、私たちは間一髪で脱出することができた。


 薄暗い視界の中、途中でアメジストの姿を見つけた。手を振ったら、気付いたっぽいのに無視して行ってしまった。(なんかリチアと少し話していたみたいだけど。)

 というかアメジェットで爆走する先は、あの屋敷のようだった。今更何しに行ったのやら。

 ……幽霊状態で会った時に釘を差しておいたし、そこまでえぐいことはしない……といいなーと思います。


 リチアが朝日を受けて輝く瞳を向けた。

「コハル、ありがとう」

 いきなりの言葉を不思議に思うと、リチアがぽつぽつと語り出す。


 リチアの聖浄石は、あの鳥から奪還した後、力を失っていたそうだ。

 石の力を使って散々パワーアップしてた感じだったもんなー。(ちなみに取り返した聖浄石は、その場ですぐに洗濯機にかけました。)


 あの部屋に閉じ込められた時、石の力が使えないことが不安だった、と呟いた。

「今までどれだけ自分が聖浄石に頼っていたのか、ようやく気付いたの。結局は術……力によりかかって生きていたのよ。教えを説く立場で情けないわ」

 それに獣人と知られたことにも動揺した。司祭としてどんな状況下でも冷静であるべきなのに、それが出来なかった、と。


「だけどコハルは、私の耳を撫でて、明るく励ましてくれたでしょう。私、それでやっと目を覚ますことができたの」


 だから、ありがとう。

 そう言って微笑むご尊顔に、こちらこそありがとう、と万感の思いを込めて返した。


 ただ耳を撫でたのは、あんな状況下でも欲望を抑えられなかっただけなんですよねぇ……。

 という本音は胸に秘めて、私は体を寄せ、両手でぎゅっとリチアを抱きしめた。

「リチアはちょっと真面目に頑張りすぎる気がするな。もう少し私やアメジストを見習って、好き勝手やっちゃう日があってもいいと思うよ」

 今頃魔王はやる必要のないバトルとかしてるぞ、絶対。


 リチアが笑う振動が腕から伝わってきた。

「じゃあ、たまには好き勝手やっちゃおうかな」


 やっちゃえやっちゃえ! 全力で応援していると、明るくなってきた視界に小さく町の姿が見えてくる。

 あと少しでライカースに到着だ。誘拐なんてされた場所だけど、戻ってきたらそれはそれで少しほっとした。



 旦那さんが町の入口近く、木が生い茂っている場所の後方あたりに着陸した。

 入口や街道からも姿が見られにくい位置だ。私たちはお礼を言ってその背から降りた。

 でもすぐに飛び立って帰らない。どうやらアメジストと合流するまで私たちを護衛してくれるらしい。なんというイケメン。


 それから一時間くらい経った頃、やっとアメジストが姿を現した。

 旦那さんがアメジストに向き直って、なにやら恭しく頭を下げるような仕草をする。

「ご苦労だったな」

 せめてもう少し心を込めろよ、と言いたくなる偉そうな労いの言葉に、クアアーと高らかに鳴いて、旦那さんが飛び立った。

 私とリチアはまたお礼を言って、姿が見えなくなるまで手を振って見送った。


 三人でまだ人気のない静かな通りを歩いて宿まで戻った。

「アメジストは寝なくても平気だよね?」

 部屋の前で質問というより確認をすると、頷きが返ってくる。だと思った。

 申し訳なさそうにするリチアを部屋へ促して、私は部屋の外にアメジストを護衛として立たせておき、少しの間仮眠を取ることにした。


 仮眠といいつつがっつり寝てしまい、起きたら昼をとっくに過ぎていた。

 リチアの部屋を訪れると、お茶会のままの状態だったはずの部屋もきれいに片付いている。謝ったら、気にしないでと女神の笑顔で言ってくれた。


 食事に行こうということになり、私は鼻歌まじりに一度部屋に戻った。

 部屋に入ると、寝る時に外した私の鞄をアメジストが持っている。

 そういえば、ここに魔本を置き忘れたまま攫われてしまったのだった。机の上を見ると、メモ帳以外何もない。魔本を鞄に戻してたのかな?


 ……あ。そういえばあの腕輪……。

 再び、そーっと机の上に視線を送る。……やっぱり、ない。


 気付くと隣にアメジストが立っていた。恐る恐る見上げると、無言で鞄を渡される。

 装着しながらこっそり鞄の中を確認したけど、魔本はあっても腕輪は見当たらなかった。よかった。

 それにしても合流してからほぼ会話をしてない。いくら口数の少ないタイプだからって、妙に静かだな……。


 静寂を守るアメジストの嫌な感じは、リチアとまだ人のまばらな大通りを歩きながら、何食べる? どこがいいかな? とはしゃいでいる間に完全に忘却した。

 迷いに迷った末、ご飯ものとデザート、両方の品揃えが良さそうな店に入る。


 私とリチアはあれこれ頼んでシェアして食べた。ちょっと頼み過ぎたかな? と思ったけど、リチアが余裕で収納してくれた。胃袋のスケールも女神級。

 美味しいご飯と楽しいお喋りを満喫する私たちを、やっぱり何も食べないアメジストが静かに見守っていた。(なんか怖い。)


「お待たせしました。アメジストさん、依頼の報酬額について聞かせていただいてもよろしいですか?」


 食後のお茶(ノンアルコール確認済み。)を楽しんでいた頃、リチアが切り出した。

 今回の件リチアに一切非はないのだから、割引するんだよね? しろよ? という思いを込めて隣に視線を送る。

 アメジストの提示した額は、ちゃんと割引されていた。よきかなよきかな。


「ありがとうございます。後ほどお支払いいたしますね。……それでは、引き続きお願いしたいことがあるのですが」


 リチアと目が合った。にこっと微笑んでから、またアメジストに視線を戻す。


「私をエルラント大聖堂まで護衛していただけませんか? 報酬は、お二人がいつでも好きな時に“聖区”に滞在できる権利、となりますがいかがでしょうか」


 えっ!? また護衛? っていうか聖区ってなに?

 ぽかんとする私に、リチアが解説する。

 聖区というのは、前にちらっと聞いた隣の大陸にある聖穏教会の中心地のことらしい。


 何か有事でも起きない限り、関係者以外は簡単には入れず、信者でも住民権を取得するのはものすごく大変なんだそうだ。でも世界中のお金持ちがお金を積んでも住みたがるくらい、人気の場所でもあるらしい。


「聖区はおそらく、世界で最も安全性の高い場所と思います。街は聖騎士団によって守られ、住民は厳しい身元の審査を経ています、犯罪などもほとんど起こりません。教会直轄のため魔術の使用は禁止ですが……」


 安全な町の世界ランキング第一位って感じかな。

 滞在許可証を持たない人は普通は入れてもらえないそうだけど、それを発行してもらうのもまた難易度が高いらしい。でもリチアにはそれが出来るようだ。


 確かにそんなセレブ感漂う安全な町なら、ちょっと行ってみたいかも。

 でも魔術禁止で魔物も当然いないだろうし、アメジストにはあんまり美味しい話とは言えないか……?


 私はちらりと隣を見上げた。相変わらず無表情で、何を考えているのかはわからない。

 もしその依頼を引き受けるなら、エルラント大聖堂という場所までリチアと一緒にいられるってことだ。是非受けて欲しいところだけど……。

 しばらく無言でリチアと見つめ合っていたアメジストが口を開いた。


「わかった。引き受ける」

「ありがとうございます。それでは明日よりまたよろしくお願いします」


 おおお!? 契約成立した!?

 一体どういう風の吹き回しなのか、アメジストが依頼を受諾した。

 魔術禁止だとしても行ってみたくなったのかな? なんとなくアメジスト好みの場所には思えないけど。でも嬉しいから理由なんてどうでもいいや!


 笑顔を向けるリチアに、私も満面の笑みでこくこく頷いてみせた。

「またしばらくの間よろしくね、コハル」

「うん……! うん、よろしくっ!!!」



   ◇◇◇



 今夜は少し離れた別の宿に変えることにした。

 昼間アメジストが見張っていた間も誰も来なかったみたいだし、もう狙われる理由はないんだろうけど、まあ気分的に。もちろんリチアもまた隣の部屋だ。


 部屋に入り、自分のベッドで一息つこうとした手前で妨害された。

 普通に抱えられて普通に膝の上に乗せられる。普通にアメジストの方のベッドで。もう何が普通なのかわからないよ。


 そしてどこからともなく取り出したあの腕輪を、左腕に装着させられた。

 ……油断した。でもいつかはこうなるような気もしていた……。

 外そうとしたら、腕輪ごと手首を掴まれた。何かぞわっとするような感覚の後、手を離される。

 反対の手で腕輪を掴む。でもどうやっても外れない。……本当に呪われた。


「これ、いらない……返す……」

 ふるふる首を振りながら言うと、また普通に頭を鷲掴みされた。

「ふざけてばかりいると握り潰すぞ。書庫を手に入れた後でな」

 うわ。かつてないほどストレートな脅しだ。


「……“書庫”?」

 大抵こういう時には本と言うのに。首を傾げていると、アメジストが溜息をつく。

「まだ気付いてないのか。……まあいい。いい加減自覚しろ」


 そう言ってアメジストが語り出した内容は、例の“魔本の秘密”だった。


 捕まっていた時に幽霊アメジストと会ったあの謎の部屋が、魔本の書庫なのだという。

 魔本の書庫というか、書庫の扉を開ける鍵が魔本、ということらしい。

 本でどうやって鍵を開けるんだろう? 魔術のある世界だし、扉というのも実際の扉とは違うってことなんだろうけど。


 それとこの世界に来る直前で見たあの夢は、おそらく書庫を構築した? という実際の出来事だったらしい……魔本じゃなくて、私が。

 いやもう、どういうことー? 理解のキャパがオーバーしまくりだ。


「お前は書庫の所有者となった。鍵は本来、書庫へ自由に行き来するためにあるはずだが、何故かお前はそれが出来ない」


 確かに今までさんざん魔本を使ってはきたけど、白紙に文字を呼び出すだけであの部屋に入れたことはない。それになんで捕まったあの時だけは入れたのかも謎。どちらもアメジストにも理由がわからないらしい。

 所有者は書庫に入れさえすれば、どんな本でも読み放題なのだとアメジストが悔しそうに語った。

 つまりアメジストがずっと欲しがっているのは、魔本(鍵)というより、その書庫だったってことか。


 あの意識飛ばしてるだけ状態で、いつも書庫に渡っていたらしい。魔本修行じゃなくて幽体離脱系読書タイムだったとはね……。

 ……んんー?


「私をこうやって乗せてる間、いつも書庫に行ってるんだよね?」

 こくりと頷く。

「起きたら膝の上の時も……」

 こくりと頷く。

「……まさかとは思うけど。私が寝て起きるまでの間って、ずっと……」


 ――――こくり、じゃねーよ。


「なにそれっ!? 寝ないで平気ってそんなレベルで!?」

 ガチの魔物だ! いや魔物が寝ないのかどうか知らんけど! 少なくともやっぱり人間ではない!!!

「睡眠も食事もどうやら必要ないようだからな」

 自らの異常体質を、全く興味なさげに言う。

 最近はアメジストが何を言ってもそうそう驚かない自信があったけど、さすがに今回は度肝を抜かれてしまった。


 食べなくても寝なくても平気って、さんざん家電扱いしてきたけど本当に電気製品と大差ない気がする。

 電気の代わりに瘴気で動く、瘴気製品だ。

 ……それって魔動具じゃん。

 アメジスト魔動具説がここに爆誕した。でも今は深く考えないようにしたいと思う。なんか怖いから。


 それから思い出して、腕輪がどんなやばい人体実験をするシロモノなのか問い質したら、「障壁だ」と返ってきた。危険が迫った時に障壁が発動するらしい。


「な、なーんだ。それならそうと早く言ってよ!」

 知ってたら返そうなんて思わなかったのに。全く、人騒がせな。

「……一体何だと思っていたんだ」


 ぎろっと睨まれて、目を逸らす。

 いや別に、何ってわけじゃないけど~と言って心で口笛を吹いていたら、また頭を掴まれた。


「探知しやすくなる印まで付けておいたんだぞ。お前が余計なことをしなければ、鳥より先に見つけることもできたはずだ。少しは反省しろ」

「え、印? 印って……名前?」

 キレ気味のアメジストが頷く。膝から冷気を伝えてくるのやめてください。


 腕輪の内側を確認する。前に見た時と同じように、私の名前が刻まれている。

 しかしその横に、さらに文字列が追加されていた。


『コハル ――見つけた者はアメジストまで――』


 …………迷子札?

 それを見たまま固まる私に、アメジストが鼻で笑った。


「腕輪が嫌なら首輪にしてやってもいい。好きな方を選べ」


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