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 杖から放たれた光の塊は、空中で形を変えた。


 球体の一部が四方へ伸びる。それらが広がり大きな翼になった。

 四枚の翼を羽ばたかせて滞空すると、中央の球体部分が裂けて開き、咆哮のような音を響かせる。


「ゆけっ! あの魔物を制圧し、私に忠誠を誓わせるのだ!」


 男の号令を受け、四翼の球体が口のような裂け目から光線を放った。

 辺りを薙ぐように振るわれたそれに、周囲にいた魔物が巻き込まれて焼かれ、あるいは吹き飛ばされる。


 光線を避けきると、今度は口から無数の光の塊を飛ばしてくる。

 これら全てが光属性の攻撃だ。威力はそれなりにあるが、単調で面白味はない。

 それらも全て避けた後、再び光を吐き飛ばしてきた。


 今度はただの塊ではなく、中央に穴が開いた輪になっている。

 その光の輪も避けると、それは空中で一度留まり、またこちらに向かってきた。何度か避けたが同じように追ってくる。

 どうやら当たるまで追いかけてくる気らしい。


 光の輪で追う傍ら、背後から再び光線を放ち、挟み撃ちを狙ってくる。

 攻撃を避け、闇の魔力を片手に集中させる。目前まで迫った光の輪を掴み、握りしめた。


 しかし握った部分は消滅したものの、残りは一旦棒状に伸びると、差し出した俺の手首に巻き付いた。


 同様に闇を乗せた反対の手で、それを掴む。だが光の輪は闇の魔力で壊れることもなく、手首から引き剥がすこともできない。

 どうやら一度巻き付かれると外せなくなるらしい。どういう仕組みなのだろうか。


「ふははは! 無駄だよ。それは君を改悛させるまで決して外れることはない」


 改悛?

 見ると、光が収まった輪はここにいる魔物たちの首につけられている物と似た形状になっていた。

 片手で触れると、何か脈動のようなものを感じる。俺自身のものではない。

 この妙な動きで洗脳でもしようというのだろうか。今のところ、心身にこれといった異常は感じないが。


 しばらく攻撃を止めて様子を窺っていた四翼が、再び光の輪を飛ばしてくる。

 一部を握り潰されたこの腕輪では効果が薄いと思ったのか、さっきのものより多少大型になっている。

 狙いは俺の首のようだ。首に巻くことで洗脳が完成するのかもしれない。


 試しに巻かれてみようかとも思ったが、あまり時間をかけては戻るのが遅くなる。

 もう攫う理由はないとはいえ、俺がいない間、あの町にコハルを長居させるべきではないだろう。


 闇で針状の刺の塊を二つ生み出し、飛んできた光の輪を捕らえ、挟撃する。しばらく抵抗していたが、刺同士が重なり合うと消滅した。


 この四翼の吐き出す輪で魔物を降伏させるらしいが、人間相手に効果はないはずだ。あればコハルとリチアにも真っ先に使っただろう。


 それを俺には使ってきた、本気で俺を魔物と思っているらしい。

 だがあの貴族の男にそんな眼力があるようには見えない。だとするとこの四翼、いや杖の力か。

 少なくともあの杖からは、俺は人間ではなく魔物と判定されたようだ。


 魔物。こいつらも謎の多い生物だ。生物なのかも判然としない。

 魔物についての文献もあるが、大まかな特徴、そしてどんな攻撃をしてくるかといった内容が多い。詳しい生態など、諸説あるものの解明には至っていないようだ。


 今まで見てきたものだけでも、強さも行動も様々だ。得意または不得意な属性も違えば、これといって属性に偏りのないものもいる。魔術を使うもの、魔術は使えなくても攻撃に属性を乗せてくるものもいた。


 だが、共通していることが一つある――――瘴気だ。

 魔物ならば、量に個体差はあっても必ずその身に瘴気を有している。人間や動物の血液にあたるものが、奴らにとっては瘴気なのだろう。


 だとすると俺の体内にも瘴気が存在しているのだろうか。

 吸収する瘴気はほとんど魔力に変換されているように思うが……まあいくらか残っていたとしても不思議はない。


 瘴気も、未だに謎の物質のはずだが。

 あの杖が本当に大賢者メトラの術具だというなら。三百年も前の人物が、少なくとも魔物を操ることが出来るほどには、瘴気についての深い知識を持っていたことになる。


 そして千年前の魔術士ウルゼノスも、遺跡に瘴気を充満させていた。特に遺物の置かれた空間、あの量が自然に発生したとは考えにくい。

 この過去の人物たちは、一体どうやって瘴気を理解し、操る術を身につけたのだろうか。

 ……どちらも書庫の所有者かもな。


 ただこうして悠長に考察している場合でもない。そろそろ決着をつけるべきだろう。


 四翼が再び口を大きく開き、滑空しながら上空から光球を次々降らせてきた。

 その光の雨から逃れながら、闇の魔力を練る。

 障壁を張る暇はないので、魔力を感知して回避しながら蛇行して走る。


 光の雨が止む直前で、また光の輪を飛ばしてきた。

 それを望み通りもう片方の手首に巻き付かせてやり、完成した闇の術を放つ。


 光の輪に俺が逃げ惑うと思っていたのだろう、動きの鈍った四翼が正面から術を食らった。


 黒炎の柱が四翼の真下から現れ、その身を縦に貫く。

 四翼は体の大部分が光属性の魔力によって構成されているようだ。スピリットや精霊に近い存在なのだろう。

 光と闇の魔力がぶつかり合い、その余波が周囲に飛び散った。運悪くそれを受けた魔物たちが倒れて動かなくなる。


 余波の爆発が収まると、四枚の翼の一部が空中に取り残されていた。それ以外の大部分が消滅し、闇が広がっている。


 残骸も消滅させるため再び闇の術を構成する間、取り残された部分が集まり、小さな球体になった。

 それが何度か明滅する。周囲で倒れていた魔物の首輪が光り出し、首を離れて球体に向かって飛んだ。それをその身で受けた球体が一回り大きくなる。

 俺の両手首のものも同様にして球体に還っていった。他の魔物たちからも回収を続け、徐々に光を増していく。


 あの光の輪を取り戻すことで再生出来るらしい。

 少し考えてから、俺はある思い付きを試すことにした。


 回収が済んだのか、球体が動きを止めた。再び四方へ光を発し、それが翼の形に変化していく。

 再び四翼を取り戻す直前、その輝きを更に押し広げるように、俺は球体へ向けて光を放った。


 複数の悲鳴のような音が、辺りに響き渡った。

 十字に迸る光の中を、性質の異なる光が泳ぎ回る。それが全体を泳ぎ切った頃、十字の光は中心から弾け飛ぶようにして四方へ散った。

 四筋の光が消えるまで一旦昼間のような明るさになった後、再び暗闇が戻る。


 眠りを覚ます光の回復術を使い、杖に身を捧げたという殉教者の魂を“目覚めさせる”ことに成功した。


 二つ目の光の輪を受けた時、脈動と共に人の声らしきものが聴こえた。

 平伏し救済を求めよ、だとかの洗脳を促そうとするものだ。年齢も性別も異なる複数の声で、似たような内容を繰り返していた。


 殉教者たちが杖に魂を捧げたという話が事実なら、今もそいつらの魂があの球体の中に存在するのかと思い、試すことにした。

 こうして実際に成功したわけだが、にわかに信じ難い話だ。


 おそらく魂たちは、大賢者への妄信――催眠から目を覚ました。


 魔物を服従させる方法を知っているような奴だ。人を操る技術を持っていても不思議はない。

 どうもメトラというのは、伝承に語られる通りの人物ではなさそうだな。いっそウルゼノスよりも性質が悪い奴だったんじゃないか。


 屋敷の方へ目をやると、庭の片隅で貴族の男が倒れ込み気を失っていた。

 特に外傷があるようにも見えない。ただ周囲に余波が飛んできた痕はいくつか見えた。それに驚いて気絶しただけということか。運のいい奴だ。


 それにしても。どんな罠かと来てみれば、魔物と四翼にただ頼るだけの作戦だったのか。あの執事の言う通り、間抜けとしか言いようがない。


 闇の糸を繰り出す。同時に再び覚醒の術を使い、男のもとへ歩を進めた。



   ◆◆◆



「……う、うああ……」


 両手両足を闇の糸に巻かれて拘束された男が、近付く俺を引きつった表情で見上げてくる。

 俺は男の頭を掴んで持ち上げ、その頬に四翼が消滅し力を失った杖の先を押しつけた。


「もう忘れたか? 人質を返せば命だけは助けてやるぞ」

「あ、いや……その……」

「早くしろ。どうした? 返せないのか? 死ぬか?」


 杖を首に移動させて少し力を込めると、男が悲鳴を上げた。


「す、すまない……! あの娘たちは逃げ……いや、攫われてしまった! 鳥が屋敷を襲撃し、彼女たちを連れ去ったんだ! あっちの方角だ、は、早く助けに行ってあげるといい!」

「これだけ魔物を使役しておいて、鳥ごときにみすみす奪われたか。以前魔の山であの鳥を一羽殺したが、簡単だったぞ。――この糸を使ってな」


 拘束している闇の糸を少し締め上げる。男が青い顔で命乞いのようなものを始めた。

 俺は庭の中央あたりに男を放り投げた。そこまで戻り、男の前で杖をかざす。

 あの執事から奪った方だ。鳥たちが集まってくる。一羽、他よりもやや大型のものがいた。あれが親鳥か。


 鳥に指令を出すと、今度は親鳥だけが特徴的な鳴き声を上げた。

 それが響き渡った後、屋敷の至る所から次々に魔物が現れ、こちらへ向かってくる。

 続々と集結する魔物たち。既に首輪が外れているものが多い。倒れて動けないものを除けば三十匹ほどだろうか。よく雑魚ばかりこんなに捕まえたものだ。


 震えながらそれを見回していた男が、俺の前で不自由な身を小さく屈ませた。

「頼む、助けてくれ! 金ならいくらでもやる、だ、だから……!」

 金? 思わず吹き出してしまった。


「この状況を少しは読めよ。金で攻略できない相手には、それが有効だそうだ」


 書庫の所有権、もしくはコハルの命の予備が金で買えるなら、その申し出を喜んで受けるんだが。


 集まった魔物が俺たちの周囲で円を描いて整列し、一斉にこちらを見据えた。

 男が泣き喚きながら、同じような命乞いを続けてくる。


 俺は闇の糸を消し、男に風の障壁をかけた。

 錯乱しているこいつがそれに気付いたかはわからない。どうでもいい。


「お前が人質にした娘の温情だ。有り難く受け取るといい」


 縋りついてくる男を蹴って魔物の円陣を抜け、屋敷を後にする。

 歩きながら、握った杖の中の力を引き出す。込められた力を使うのではなく、吸収した。

 力を全て取り込むと、光属性の魔力が力を増し、最大値も大きく上昇した。


 杖が力を失った頃、後方から魔物の唸り声と男の悲鳴が届いた。杖の呪縛から解放され、鳥たちが服従する相手のいないただの魔物に戻ったのだろう。

 あの親鳥が他の魔物も統率していたようではあるが、中には男への強い怒りを迸らせている個体もいた。鳥の統率がなくても勝手に男へ復讐しに来たかもしれない。

 障壁を失う前に逃げ切れるかは、運次第といったところだろうな。


 何の力も無いただの棒となった杖を投げ捨てる。

 ウルゼノスの遺物と違い、光属性に適してはいるがそれほど珍しい素材ではない。売ったところで大した金にもならないだろう。


 遠ざかる悲鳴と咆哮を耳にしながら、俺は風の術に乗って帰路についた。


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