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 意識が馬車の中に戻る。


 書庫の鍵は姿を消していた。おそらくコハルのもとに戻ったのだろう。

 鍵と共にコハルも本体へ戻れたとは思うが。リチアの魔術が成功するのを待つしかない。


 風の障壁を張り、魔力をすぐに感知できるよう集中する。


 外で警笛のような音が響いた。窓が開き、鳥の魔物が窓枠にとまる。

 嘴を大きく開いて、氷塊を連続で放ってきた。

 それらを障壁で弾くと、飛び掛かり鉤爪で攻撃してくる。全て障壁に阻まれ、窓へ戻ると再び鳴いた。


 もう一羽が現れ、同じように窓枠にとまり、魔術で水を生み出した。

 車内に水が満ちていく。それを先に来た一羽が息を吹きかけて凍らせた。

 しばらくすると、障壁に守られた俺以外の大部分が氷漬けになった。


 相手をするのが面倒で放っておいたが、俺の風の障壁はそれほど強固ではない。

 後は通信を待つだけだ、このまま大人しく馬車の中にいる必要もないだろう。


 手の平に炎を生み出す。鳥たちが慌てて飛び立ち、窓が閉まった。

 炎を放ち氷を溶かしていく。ある程度溶かしたところで闇の魔力を細長い刃のように形成し、それを馬車の扉の継目に押し込んだ。


 刃の先で小さな火花が起こる。そのまま闇の刃を動かしていき、扉の輪郭に沿って一周させた。

 この馬車自体が術具なのか、車体は光の障壁で守られていた。その一部を切り裂いていく。

 最後に扉部分を蹴ると、輪郭線だけ障壁を削り取られた扉は大量の水と共に吹き飛び、重い音を立てて地面を転がっていった。


 扉の形の空白から飛び降りる。吹き込む風で勢いを取り戻した炎は、馬車の外側を舐めるように移動させた。


 御者をしていた執事の男が慌てて馬車を飛び降りる。火はすぐに消えたものの馬が驚き、誰も乗せていない馬車は暴走し走り去っていった。


「待てっ! 今すぐ人質を殺すこともできる、それでもいいのか!?」

 振り返ると、焦った顔の男が小型の杖を握ってこちらへ向けてきた。


 攻撃してきた二羽、それと似たような鳥たちが上空に集まってきた。隊列を組んで旋回し、甲高い声で鳴き交わしている。

 男の杖からは光属性の力を感じた。だが純粋な魔力とは何かが異なるようにも思える。

 黙ってそれを眺めていると、男が歪んだ笑みを浮かべた。


「この鳥たちの信号は向こうにいる親鳥のもとまで届く。大人しく私に従え」

「馬車はもう無い。ここから歩いて向かうつもりか?」


 目的地までどの程度か知らないが、俺には風の移動術がある。だがこの男に風属性が使えるようには見えない。

 男は笑みを張り付けたまま、じりじりと間合いを詰めてきた。


「いいや。いい金づるだったが、お前のような規格外に手を出すあの間抜けには、ほとほと愛想が尽きた。ここらが潮時だ、奴の代わりにお前から報酬をいただいておさらばするさ」


 男が懐からいくつか物を出して地面に並べ始めた。

 それが終わるとこちらを向いたまま後退し、俺に拾うよう指示する。

 装飾品や短剣、なかなか質の良い銀が使われている。


「それら全てに、宿にあったお前の腕輪と同じ術を込めろ」


 ウルゼノスの遺物と称して売りさばくのだという。

 こいつは知らずに言っているのだろうが、遺物の力を取り込んだ俺の魔力を込めるなら、そう名乗っても詐欺には当たらないかもな。もし今後金に困ることがあれば真似をするか。

 言われた通り闇の障壁を込める間、それを大人しく眺めていた男が呟いた。


「しかし分からんな。お前ほどの魔物が、何故あんな凡庸な小娘に執着するんだ?」

 どうやらコハルのことを言っているらしい。

 いきなり魔物呼ばわりか。だがそれよりも聞き捨てならない単語があった。


「執着などしていない。お前には関係ないことだ」

「だがなあ……。あの美しい娘の方ならともかく……」

 美しい娘? リチアのことか? ……コハルとの差がわからん。


 作業を終えて後退すると、男がそれらを搔き集めて懐に収める。

 その後、鳥を操りながら立ち去ろうとする途中、一度足を止めて振り返った。


「礼代わりに一つ、秘術を教えてやろう。力を見せつけ、金や高級品を渡すのは悪くない。だがそれでなびかない女を攻略するためには……」

 俺の知らない魔術なのかと耳を傾けたが、どうも雲行きが怪しい。

「空気を読め。察しろ。無理なら地道に観察するところからだ。あとはまあ何か適当に甘い言葉でも囁いておけ。さすれば二度とフラれることはあるまい」


 さっきから一体何を言っているんだ、こいつは?


 踵を返して歩き始めた男が、その場で糸の切れた人形のように地面に倒れ込んだ。

 闇の術で眠らせた。上空の鳥たちが鳴くのを止め、徐々に散開していく。


 男の懐から先程の銀製品を取り出し、魔力を回収する。

 他の物に比べて、短剣の質が良い。あの腕輪よりも強力な障壁を込めることができた。

 これをコハルに渡すか……いや、やめておこう。あいつに短剣など持たせたら、いつ誤って自分の身を切るかわからない。


 間抜け面で眠る男を見下ろす。

 このまま見逃す気にはなれない事態を散々引き起こしてくれたわけだが。

 人は殺すなと言われたからな……。


 空になった銀製品をその場に残し、男の手から杖を取り上げる。

 散っていた鳥たちが再び上空に集まった。杖を持つ者の言う事を聞くらしい。

 親鳥とやらのいる方向へ全速力で飛ぶよう指示し、風の移動術でそれを追った。



   ◆◆◆



 鳥を追って移動を続ける。リチアの通信はまだ入らない。

 速度を落として望遠を使う。進路の先、ポロット内にそれらしい貴族の屋敷がないか探した。


 ふと望遠の視界に妙なものが引っかかり、そこに焦点を絞る。大きな鳥が一羽で飛んでいる。

 速度を上げ進んでいくと、鳥の姿がよく見えるようになってきた。

 あれは……魔の山の頂上にいた鳥だ。俺よりも遙か先で、同じ方角を目指している。


 鳥の姿の更に先に、一軒の屋敷が見えた。

 小高い丘の上に建ち、辺りにはほとんど何もない。よく見ると敷地内の至る所に魔物がうろついていた。

 杖に従う鳥の魔物、そして魔の山の鳥も、どうやらその屋敷に向かっているらしい。


 魔物を庭に放つような屋敷に、普通の人間が暮らしているとは思えない。ここだろうな。


 もう少し近付けば、中の様子も見えるかもしれない。

 望遠を切り上げた直後、耳に直接声が届いた。


『――ブリーズボイス!』


 リチアの通信がやっと入った。風の魔力が飛んでくる方角を確認する。


「リチア、聞こえるか。コハルもそこにいるか」

『! アメジストさ――……』


 通信を始めた途端、術が切れた。しばらく待つが音沙汰はない。

 思わず舌打ちする。まさか向こうで何か起きたのか……?


 だが方角からも、あの屋敷で間違いない。

 杖の指令を解除し、最高速度での移動に意識を集中させた。



 まだ肉眼では確認できないものの、屋敷にかなり近付いた頃、遠くの空に何かが見えた。

 速度を落とし望遠する。さっき見た魔の山の鳥だ。その背に人を乗せている。

 俺は思わずその場に立ち止まった。同時に通信が入る。


『アメジストさん! 聞こえますか?』

「ああ。お前たちの姿も見えている」


 鳥の背に乗っているのは、コハルとリチアだった。

 一体何が起きたのか。だが鳥に二人を攻撃する様子はなさそうだ。それどころか守ろうという意志のようなものを感じる。


 これで不安材料はほとんど消えた。


「そのままライカースへ向かえ。俺は用を済ませてから合流する」

『えっ!? わ、わかりました……。ではライカースでお待ちしています』


 途中、上空を飛ぶ鳥とすれ違った。俺の姿が見えたらしく、コハルが身を乗り出して手を振ってきた。

 リチアにこちらから通信を入れる。

「後ろの馬鹿に、余計なことをして墜落したら、死体を鳥に食わせてやると伝えろ」

『えええ……』

 通信を切り、風の術での移動を再開した。



 屋敷の前庭に到着すると、玄関先に一人の男がいた。


「くそっ! 何故だ、何故杖も持たないあんな小娘共が……!」

 何事か喚いては、近くにいる魔物を蹴り飛ばす。あの執事の男と比べ、魔力も魔術の素質も格段に低く見える。

 術を解いて歩いていくと、やっとこちらに気付き血の気の引いた顔で驚愕する。


「今すぐ人質を返せば、命だけは助けてやる」

 俺の言葉にそれまで震えていた男が後退るのをやめ、笑い出した。

「新たな主のもとへようこそ、美しき魔物よ! ……おっと、それ以上近付くな。お嬢さんたちを無事返して欲しくば、大人しく言う事を聞きたまえ」


 庭の中央で足を止める。

 庭といっても草が刈りこまれている程度でほとんど何も無い。視界を遮る物も無ければ、罠を隠せるような物陰も一見すると見当たらないが。


 俺の周囲を距離を保って魔物が取り囲む。全員があの鳥の魔物たちと似たような首輪をつけていた。

 男が懐から何か取り出す。それを仰々しい仕草で掲げてみせた。

 小型の杖。先端に羽のような飾りがついている。


「君のような闇属性の魔物にとっては忌々しい相手だろう、あの大賢者メトラの遺物だ」


 執事から奪った杖に似ているが、更に強い力を感じる。光の遺物だというが本当だろうか。


 男が聞いてもいないのに杖の解説を始めた。

 予想通り、魔物を降伏させ自由に使役できるというものらしい。魔物たちの首輪が服従の証のようだ。

 俺の使う操作に似てはいるが別物だろうな。それと知る限り、光属性にそんな魔術はなかったはずだ。未知の術だろうか。


「この奇跡の力がどうやって作られたか知っているかね? これは数多の人間の魂を取り込むことで生み出されたという話だ。賢者の弟子や信奉者らが、自ら望んでこの術具の贄となったそうだよ。いわば殉教の杖といったところさ」


 男は何が楽しいのか、酔ったようにべらべらと喋っては哄笑する。


「それで、俺を捕らえてお前に何の得があるんだ」

「話が早くて助かるよ。至高の逸品を追い求める貴族としての性、と言いたいところだが……君に協力してもらいたいことがあってね」

「協力?」

「私は闇の大魔術士ウルゼノス様の信奉者だ。だが口惜しいことに、かの方の遺跡には濃い瘴気が満ちているそうだ、人の身での探索は断念せざるを得ない。そこで君のような知性ある魔物に、探索と遺物の回収をお願いしようというわけさ」


 こいつも同じ穴の狢だったらしい。

 俺が先に力を回収した残りかすでよければ、くれてやっても構わないが……。


「下らない人間に使われてやる気はない。特にお前のような愚か者にはな」

 面倒な御託を終わらせるため言うと、男が数歩後退って杖の先を向ける。

「……そうか。崇高な任務の理解が得られなくて残念だよ」


 杖から解放された力が、闇を引き裂き光を四方へ迸らせた。


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